ISO9001キーワード  認識 7 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年9月10日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.524 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識7 ~行動を定着させる ***
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「わかっているのに、なぜやらないのか」
品質マネジメントにおいて、こうした疑問はつきものです。ISO9001の箇条7.3
「認識」では、組織の管理下で働く人々が、方針・目標・役割の重要性を理解し、
自発的に行動に結びつけることが求められています。
しかし、「理解した=行動が変わる」とは限りません。

■■ 行動の後に“いいこと”がある ■■
今回は、行動心理学における重要な概念である「強化」に焦点を当て、人の行動
がどのようにして定着するのか、そのしくみと活用方法を解説します。
「強化」とは、ある行動の直後に好ましい結果が起きることで、その行動の頻度
が増加することを指します。
人も動物も、経験によって行動を学習しますが、その最たる例がこの“強化”です。
以下に、日常の中の強化例を挙げてみましょう:
 ・子どもが宿題を見せる → 心からほめる → また宿題を進んでやる
 ・新人があなたに報告する → しっかり話を聴いて感謝する → 次も報告に来る
 ・お酒を飲む → 嫌なことを忘れる → また飲む
いずれも、「行動の後に報酬がある」ことで、行動が繰り返される典型的な例です。
この報酬には2つの種類があります:
(1) 正の強化(Positive Reinforcement)
 ある刺激を“与える”ことで行動が増える。
 例:成果を出した社員に賞賛の言葉を贈る。 → モチベーションが上がる。
(2)負の強化(Negative Reinforcement)
 ある不快な刺激を“取り除く”ことで行動が増える。
 例:面倒な報告書が免除される。 → 期限内に行動する習慣がつく。
重要なのは、どちらも「行動の直後に、好ましい結果が得られる」という点です。

■■ 強化のタイミング:いつ強化するかで効果が変わる ■■
行動が強化されるためには、「タイミング」が非常に重要です。
行動の直後に報酬があると、「この行動が良かったのだ」と学習しやすくなります。
心理学では、強化の与え方には以下の2つの方法があります:
(1) 連続強化
 行動をするたびに必ず強化する方法。習慣化の初期に有効ですが、強化が
 途切れると行動も止まりやすい(=消去しやすい)。
(2) 間歇(かんけつ)強化
 行動のうち、時々だけ強化する方法。反応が消えにくく、習慣として定着しやすい。
 間歇強化にはさらに4つのスケジュールがあります:

強化スケジュール 内容 行動例・影響
定比率スケジュール 一定回数の行動ごとに報酬 例:10回の来店で商品券。回数が見えるので反復しやすい
変比率スケジュール 回数にばらつきがある 例:抽選制キャンペーン。予測できないのでやめにくい
定間隔スケジュール 一定時間ごとに報酬 例:月ごとの給与。周期的な反応を生む
変間隔スケジュール 時間にばらつきがある 例:不定期な褒め言葉や評価。意識が続きにくいが根強く残る

この中で、最も行動が定着しやすいのは「変比率スケジュール」です。
たとえば、ギャンブルやSNS、スマートフォンゲームなどが「やめにくい」のは
このタイプの強化が使われているためです。
 
■■ 行動強化と組織マネジメント ■■
職場での行動定着にも、「強化」の知識は非常に役立ちます。たとえば、以下のよう
な施策が挙げられます。
(1) 強化の明確化(なにを褒めるのか)
 例:「ルール通りの報告」より「自ら考えて動いた報告」を重視する。褒めるポ
 イントがブレないように。
(2) 初期は連続強化 → 徐々に間歇強化へ
 例:新人の小さな改善提案にも毎回反応する → 慣れてきたら一定基準で評価へ
 移行。
(3) 変比率スケジュールの活用
 例:業務改善表彰を不定期かつ予測不可能なタイミングで実施。成果よりプロセ
 ス重視の評価も有効。
(4) 負の強化に頼りすぎない
 例:叱責がなくなった=報酬と勘違いされることもある。なるべく「快」を伴う
 強化が望ましい。

■■ 強化と“やる気”の関係:報酬と動機づけの接点 ■■
強化はしばしば「外発的動機づけ」と言われますが、適切に活用すれば「内発的動
機づけ(やる気)」にもつながります。
たとえば、
 ・最初は報酬目当てでも、やがて「自分の成長」や「達成感」が報酬になる。
 ・適切なタイミングでのフィードバックが、自己効力感(自分にもできるという
   感覚)を育てる。
このように、外発的報酬を“内発的報酬に転化する”プロセスを意識することが、行
動の習慣化と認識の定着には不可欠です。

■■ ISO9001の箇条7.3「認識」 ■■
組織のビジョンや品質方針を、「理解できる」から「実行できる」へつなげる重要
な橋渡しとなるのが、「行動の強化」という仕組みです。
人の行動は偶然に繰り返されるのではありません。何が強化され、何が無視された
かによって、日々少しずつ形づくられていきます。
そしてそれは、マネジメントによって「設計」できます。