2025年12月10日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.537 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:8 最終回 ***
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今まではマネージャーの立場から自部署組織の部下に「維持する」ことを徹底させる方法
について述べてきました。最終回はマネージャーの方々自身が「維持する」ことを継続す
る方法について述べたいと思います。この方法は部下を指導する場合においても参考にな
ると思います。
■■ 自己強化:本人の内側から生まれる力 ■■
維持継続には外的な指示や評価だけでなく、「本人の内側から生まれる力=内発的動機づ
け」が不可欠です。その中核となるのが自己強化と自己弱化です。
自己強化とは「よし、できた!」と自身を鼓舞する気持ちが行動を維持する力として働く
メカニズムです。自己強化は、ある行動の直後に、他人ではなく「自分自身が快感や満足
を感じること」によって、その行動が継続する心理的構造です。
これは、たとえば以下のような瞬間に起こります。
・整理整頓を終えて「気持ちがスッキリした」と感じる。
・クレーム対応がうまくいって「達成感」を得る。
・難しい報告書をまとめて「やればできる」と思える。
・自分で自分に「よく頑張った」と声をかける。
この「内側から湧き上がる満足感」があるからこそ、他人の評価がなくても人は行動を続
けられるのです。
今までの例に加えて次のようなこともあります。
・改善提案が採用されなくても、「考えをまとめられた」と自分を評価できる。
・手順を守って作業したあと、「ミスなく終わった」と自分を誉めることができる。
・文書管理を丁寧に行い、「整っている環境」に満足できる。
こうした自己強化の感覚が職場全体に根付くことで、他者からの指示や報酬がなくても、
自律的な行動が続く組織になります。
■□■ 自己弱化:もうやってもムダだ ■□■
一方、自己弱化とは、行動の直後に本人が“不快/落胆/失望”を感じることで、行動が減少
または消去されてしまう心理現象です。
特に注意したいのは、「努力したのに報われない経験」が繰り返されることで、次第にや
る気そのものが消えてしまうことです。これはいわゆる「学習性無力感」にもつながりま
す。
具体的にはこんな場面です。
・提案を出したがまったく反応がない →「意味がない」と思ってやめる。
・品質記録を丁寧に書いたのに見てもらえない →「どうせ誰も見てない」
・不具合を報告したら逆に責められた →「もう黙っておこう」
このように、行動の直後に自分自身が「嫌な気持ち/むなしさ」を感じると、本人の中で行
動を止める力が働くのです。
■□■ 自己強化と自己弱化は「設計」できる ■□■
私たちは往々にして、行動を他人から褒められたり叱られたりすることで行動をコントロ
ールします。しかし、行動心理学的には本人内面にある「評価システム」が継続を決定づ
けているようです。この評価システムをISO維持のために活用しようとすると、「自己強
化を促し自己弱化を防ぐ仕組み」を設計することが必要になります。
(1)自己強化を促す実務的アプローチ
a. 小さな成功を実感させる。
目標を「完璧」ではなく「できた部分」に焦点を当てる。(例)「毎日報告書を書く」
→「まず3日間続けることを目指す」
b. 内発的動機付けをする。
(例)「この書類、整理されていて気持ちがいいね」と伝えることで、気持ちよさを意
識させる。
c. 振り返りで達成感を言語化する。
週次の振り返りで「できたこと」を自分で書き出す。(例)「何が嬉しかった?何に満
足した?」と問う場を設ける。
(2)自己弱化を防ぐ実務的アプローチ
a. 努力の可視化と評価
成果が出なくても、「そこまでの努力」を上司が認知する。(例)「提案の中身はすぐ
には実現できないけど、ここまで考えたことは素晴らしいね。」
b. 過度な期待を避ける段階設計
最初から高すぎる目標を与えない(“できない”が続くと自己弱化)(例)難しい業務は
ステップを分けて評価する(Vol.535のシェイピング参照)。
c. 結果以外の視点を与える
「失敗したけど、ここは工夫してたね」「ここで躓いた理由は何だろう?」と成長の視
点を提供する。
■□■ 行動を維持する力は「自分の中」にある ■□■
ISO9001が求める維持は、形だけの継続ではなく、人が主体的に動き続けられる状態をつ
くることです。
そのためには、
・自分の行動に意味を見い出せる。
・自分の努力に誇りを持てる。
・自分自身がやってよかったと思える。
こうした“自己強化”の連鎖をつくる職場環境こそが、QMSを息づかせ、長く続けていく鍵
になります。
「維持」は誰かにやらされるものではありません。「自分で続けられるようにする」ことが
本当のマネジメントです。
