2026年2月4日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.543 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:文書化した情報 6:AIエージェントと文書管理 ***
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ISO9001箇条7.5.「文書化した情報」には、今まで述べてきたように多くの要求が規定さ
れています。その中でも重要と思われる要求が「文書の最新化」です。ISO9001では「最
新化」とは言わずに「更新」と言っていますが、組織によっては古い文書が改訂されずに
放置されていることが時々見られます。当然のこととして現状とのギャップが生じている
のですが、どうしたことか業務にはさほど問題にならないケースが多いようです。
■□■ 文書に基づいて仕事をしていない ■□■
規定文書と現実との間にギャップがあっても問題無く業務が進んでいるのは、人が最新の
状況に合わせて仕事をしているからだと思います。規定文書をいちいち見ながら仕事をし
ているわけではありません。しかし、昨年来日本でも喧伝されている「AIエージェント」
を使う段になるとそうはいきません。AIエージェントとは無縁だと思われている組織も多
いと思いますが、遅かれ早かれ世の中の動きは使わざるを得ない方向に進んでいきます。
その時に重要になるのが組織固有の規定文書です。AIに教え込む文書には最新の状況が記
載されていなければなりません。人間が行う場合は前述のように状況に合わせて仕事をし
ますが、AIには人間のような冗長性は無く、教えられたことだけをベースに仕事をします。
例えば、AIエージェントに「DR(デザインレビュー)」の補助役をやってもらうとしまし
ょう。AIがDRをサポートする或いは実質的にリードすることは、これから2,3年後に
は現実化すると思っています。例えば、金属部品加工会社で組織内規定文書が古いとどの
ようなことが起きるかを考えてみたいと思います。
■□■ 「文書管理規定」が古いと・・・ ■□■
文書管理規定が最新化されずに実態と乖離していると、DRは最初から「根拠が確定でき
ない会議」になります。新製品DRで扱う情報は、顧客図面、社内図面、材料仕様書、工
程フロー図、治工具図面、検査基準書、外注仕様書など多岐にわたります。これら文書の
版管理が甘いと、例えば材料仕様書は最新版、検査基準書は旧版、外注仕様書は中間版と
いう多重版運用が発生することになります。AIエージェントがDRで「Go」と判定して
も、どの基準に対するGoなのかが曖昧になります。
AIは教えられた文書が正しいことを前提に推論しますから、旧版が混入すると古い公差、
古い外部発注条件、過去の検査方法などを正として結論を出し、DRの判定品質、証跡品
質は信頼性の高いものとして担保することができなくなります。
■□■ 工程フロー図が古いと・・・ ■□■
さらに工程フロー図が古いとDRの結論は「口頭合意」に流れやすく、条件付きのクロー
ズ条件が曖昧になります。例えば、熱処理歪みの評価が条件付きでも「後でやる」で通
り、結果として、製造では金属部品の仕上げ寸法が出ないので再加工をしなければならな
くなります。AIが明確に議事録/判定理由などの記録をしっかりと残すことをしなくなる
可能性も高まります。工程フローが古いとどのプロセスでどんな記録を取らないといけな
いかがずれてしまい、後日から問題が発生した時にトレースすることができず、原因解析
をしづらくしてしまいます。さらに、記録がずれていると、組織に顧客からの監査(二者
監査)が入った場合などでは、「いつ、誰が、どの版で承認したか」を問われても説明が明
確にできなくなり、顧客からの信頼を低下させてしまう要因になってしまいます。このよ
うに古い工程フロー図をAIに教え込んでDR補助をさせると、AIは文書の書かれた工程
フローに基づいて仕事をしますから、DRゲートが形骸化し、後工程に多大な迷惑をかけ
ることになります。
■□■ 古い経営方針が文書化されている ■□■
経営者にとって経営方針は重要かつ必須なもので毎年最新化しているはずです。しかし、
文書管理がしっかりしていないと古い経営方針が残っている場合があります。そのような
古い経営方針を読み込んだAIは、例えば品質とコスト及び環境保全の優先順位が振れて
いる、すなわち「トレードオフ判断が明確でない」ので、勝手に判断をして最新の経営判
断に合わない結論を出してしまう可能性があります。
例えば、金属部品製造会社のDRにおいて、今は品質最優先の方針なのに2年前の経営方
針で投資抑制が謳われていたとすると、必要な設備、自動検査装置などを先送りし、必要
であるはずの工程能力を確保しないまま量産を開始するという失敗を起こしてしまうこと
が考えられます。あるいは、2年前の経営方針で顧客納期最優先となっていたのでDR判
定の根拠は品質より納期となってしまい、例えば、熱処理歪み問題を未収束のまま製造許
可を出してしまい、工程混乱を起こす原因を作ってしまうこともあります。
■□■ DRは技術評価だけではない ■□■
DRは技術評価だけに基づくものでなく経営判断にも基づくものです。AIが古い方針に基
づいてDT補助を実施すると、DRの結論が会社の意図から逸脱し、長期的には取引先評
価、利益体質、投資判断までに影響を及ぼすことがあり得ます。経営方針によって「どの
リスクは Goなのか」、「どのリスクはNoなのか」「条件付きGoの条件はどこまで厳しく
するか」を決めます。AIエージェントが論点抽出、リスク評価、判定案提示などのDR補
助をする場合、AIは経営方針をリスク評価の「重み付け」として使います。方針が古いと、
上述のようにAIは古い優先順位でリスクを評価し、例えばコスト削減が方針に乗っている
と、品質についての重大論点を軽視する可能性があります。経営方針の最新版には、経営
が直面する課題で優先する価値の順序、例えば、安全・法令・顧客要求は最上位、次に品
質、納期、原価、環境と言ったような枠組みが必要になります。
