2025年7月30日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.519 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード 認識 2 ***
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ISO9001箇条7.3「認識」について考えていますが、前回は心理学の起源と行
動心理学の登場について触れました。組織の中で働く人々が、自分の役割や業
務の意味を「自分ごと」として認識するためには、単なる情報の共有では不十
分であり、心理的な働きかけが不可欠です。今回はその前提として、心理学の
歴史を17世紀から20世紀初頭までたどり、人の「認識」の成り立ちについて
お話しします。
■■ 17世紀:デカルトと“魂”の正体 ■■
心理学の源流は、哲学と生理学にあります。その原点とも言えるのが、17世紀
の哲学者ルネ・デカルトです。彼は「我思う、ゆえに我あり」の命題で有名で
すが、同時に心と身体の関係についても深い洞察を残しました。
デカルトは、牛の心臓と血流の研究から、肉体は魂がなくても機械のように動
くという結論に達しました。これは、「心(魂)」がなくても身体は反応する――
つまり、心身は別の存在であるという「心身二元論」の誕生であります。
この考えは、のちの心理学において、「観察可能な身体」と「内面で起きる精神」
の双方を扱う基礎的な視点となりました。
■■ 18世紀:メスメルと催眠療法の始まり ■■
18世紀には、フランツ・アントン・メスメルが登場します。彼は“動物磁気”と
いう概念を提唱し、人間や動物には見えないエネルギー(磁気)が流れており、
そのバランスが崩れると病気になると考えました。この理論は現代科学とは異
なりますが、彼が行った治療法は、のちに催眠療法(ヒプノセラピー)として
発展していきました。
「無意識の影響で人の行動や体調が変化する」という考えは、心理学が人の深
層心理へと向かう扉を開くきっかけとなりました。
■■ 19世紀:ヴント、心理学を“科学”にする ■■
1879年、ヴィルヘルム・ヴントがドイツ・ライプツィヒ大学に世界初の心理学
実験室を設立しました。これにより、心理学は哲学の一部ではなく、科学とし
ての第一歩を踏み出すことになります。
ヴントの研究の中心は「意識」でした。彼は、「人の意識は経験によって構成さ
れる」とし、その経験を感覚・学習・感情の要素に分け、それらがどのように
組み合わさって意識を形成するかを「内観法(自己観察)」によって探りました。
この時代は、心理を“観察できる対象”として扱い始めた画期的な時期です。そし
て「経験によって意識が形成される」という考え方は、現代の認識教育やOJT
の土台にも通じています。
■■ 1895年:フロイトと“無意識”の発見 ■■
心理学の歴史に大きな転機をもたらしたのが、オーストリアの精神科医ジーク
ムント・フロイトです。彼は、当時「ヒステリー」と呼ばれた症状の原因を、
身体ではなく無意識の心的外傷(とくに幼少期の抑圧された体験)にあると考
えました。
その治療法として提唱されたのが、「カタルシス療法」=言葉による解放(お話
し療法)です。これは、心の深層に眠る感情や記憶を言語化することで、症状
を軽減しようとする方法でした。「無意識の存在を意識化する」という考え方は、
人の認識や行動の背景をより深く理解するうえで、非常に重要な視点となりま
した。
■■ 1911年:アドラーと“目的”のある心理学 ■■
フロイトの弟子でありながら、異なる理論を築いたのがアルフレッド・アドラー
です。
アドラーは、個人心理学の創始者として、「人は劣等感を克服し、目的に向かっ
て行動する存在である」と説きました。
彼によれば、すべての問題は「対人関係の中にある」とされ、仕事・友情・愛と
いう3つの“タスク”をどう捉えるかによって、人生の課題も異なるという実践的
な理論を展開しました。アドラー心理学は、組織における「役割意識」や「目的
意識」に深く関係しており、個々の行動の動機を探る手がかりとなります。
■■ 1920年:ユングと“集合的無意識”の概念 ■■
最後に紹介するのが、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングです。彼は、
フロイトの無意識理論をさらに広げ、「集合的無意識」という概念を提唱しました。
・コンプレックス:感情と観念の複合体
・個人的無意識:個人の経験に基づく無意識
・集合的無意識:人類に共通する普遍的イメージや原型
さらに彼は、心理のエネルギーの方向性として「外向型/内向型」、心的機能を
「思考・感情・感覚・直観」に分類し、個人の認知スタイルの理解に寄与しまし
た。これは現在の性格診断(MBTIなど)にも影響を与えています。
■■ 心理学の歩みは「認識」への理解の歩み ■■
心理学の歴史を振り返ると、人間の認識とは「ただ知る」ことではなく、「感じ、
理解し、意味づける」プロセスそのものだと気づかされます。
ISO9001の箇条7.3「認識」は、まさにこの“人の内面”を重視した考え方です。
組織の目標や方針を、人が自分事としてとらえるには、単なる情報ではなく、
心に届く働きかけが必要です。