2025年11月5日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.532 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する3 ***
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品質マネジメントシステム(QMS)を「維持する」ということが、多くの人の集まる組織
では至難の業であるということを、我々は嫌というほど思い知らされています。
今回は、「人はなぜ続けるのか?」「なぜやめてしまうのか?」という根本的な問いについ
て考えてみます。
ISO9001の箇条4.4.1では「組織は,・・・必要なプロセス及びそれらの相互作用を含む、
品質マネジメントシステムを確立し,実施し,維持し,かつ継続的に改善しなければなら
ない」と要求しています。しかし、人間の行動の本質を理解せずに仕組みだけを整えても、
それは続きません。
今回は、動機づけに関する代表的な心理学の研究を振り返りながら、「行動の継続性」を高
めるために必要な「動機」について調べてみたいと思います。
■■ アトキンソンの期待×価値理論(1957) ■■
アトキンソンは、人がどれだけ強く動機づけられるかを次の式で示しました。
<動機づけの強さ = 意思の高さ × 成功の期待 × 成功の価値>
つまり、「やってみたい(意思)」「やれそうだ(期待)」「やれたらうれしい(価値)」がそろ
っていると、人は行動を起こしやすくなるということです。
QMS維持の文脈でいえば、単に「続けましょう」と言うだけでなく、
・達成した結果を実感させる(例:業務改善で楽になる)
・成功の見通しを持たせる(例:小さな成功を早めに与える)
・成功を喜べる場をつくる(例:称賛を見える化)
これらを整えることが、維持する行動を生み出す鍵となります。
■■ ヴルームの期待理論(1964) ■■
ヴルームはアトキンソンと同様、「期待」と「成果の価値」が動機をつくることを提唱しま
した。
<動機づけの強さ = 目標達成可能性 × 成果の価値>
目標達成の可能性がゼロなら、どんなに魅力的なことでも動機はゼロです。また、成果が
見込めないなら、努力しようとする動機は起きません。この2つのことから
維持を考えるなら、次のような工夫が必要であると主張しました。
・目標を「できそう」と思えるレベルにする。
・成果が仕事やチームにとって価値あるものであることを共有する。
■■ アダムスの公平理論(1965) ■■
アダムスは、人が他人と自分を比べて不公平を感じると、動機が低下すると提唱しました。
努力に対する報酬(評価)が他人と比べて不公平に感じられたとき、人は以下のような行動
を取るというのです。
(1)自分の努力を下げる。
(2)評価基準に疑問を持つ。
(3)他者との関係を断つ。
QMSの運用においても、「あの人ばかり評価される」「なぜ自分の努力が見えないのか」と
いう感覚は、維持をする妨げになります。
このようなことに対しては、a)評価の透明性を保つ、b)プロセスの努力も評価対象にする、
c)正当なフィードバックの場をつくる、というようなことを行うことが大切です。
■■ バンデューラの自己効力感(1977) ■■
「自分にできると思えるかどうか」、これを「自己効力感」といいます。バンデューラは、
この自己効力感を高めるための4つの要素を提唱しました。
(1)行動の達成:小さな成功体験
(2)代理的経験:他の人の成功を観察する
(3)言語的説得:励ましや肯定的な声かけ
(4)情動的喚起:緊張を和らげ、安心して挑戦できる状態
維持が難しいとき、人は「やってもムダだ」「続かない」と思いがちです。そのときこそ、
小さな成功を経験させ、仲間の例を見せ、「できるよ」と声をかけ、不安を取り除く、こ
の4点を実現させると継続を支える心理的土台になります。
■■ ロック&レイサムの目標設定理論(1990) ■■
ロックとレイサムは、人は具体的でやや高めの目標に対して強く動機づけられると提唱し
ました。自分が持っている能力に少し努力すれば届きそうな具体的な目標があり、しかも
達成した時の価値が自分で納得するような状況に置かれると実行に移そうという気持ちが
強くなるというのです。
自分で納得して達成すれば、その後の維持も継続されるという主張です。目標は具体的で
明確であればあるほど、人を行動にかき立てますが、逆に抽象的で一般的な目標ですとど
んなことを行ったらよいか分からず、目標はいわゆる絵に描いた餅になってしまいます。
維持においても、「その良い状態を保つ」という目標よりも、「毎週1回、記録を見直す」
といった具体的な行動に落とし込む工夫が重要になります。
ここで注意すべきは、目標が高すぎると「能力や知識が伴なわない」ということになって
しまうという点です。
■■ セリグマンの学習性無力感(1967) ■■
いままでは「維持をすること」の話でしたが、最後は「維持することを止める」ことにつ
いてお話しをします。
セリグマンは、どんなに努力をしても結果が変わらない状況が続くと、人は「何をしても
無駄」と学び、行動を起こさなくなることを示しました。
これはまさに、QMSで「やっても改善されない」「言っても反映されない」状態が続くと、
社員が無気力・無関心になる構図そのものです。
“維持する力”を理解することは、人間行動の動機を理解することから得られます。単にシ
ステムという仕組みを作っても、それを支え続ける仕掛けがなければ、ISO9001のQMS
は維持できません。その支えとなるのが、人の“動機”という見えないエネルギーです。動
機は単なる「やる気」ではなく、成功の期待、目標の明確さ、公平性、自己効力感、価値
観との一致など、複雑な構造を持っています。
それを理解したシステムを作ることが有効なマネジメントシステム構築のカギです。
