Author Archives: 良人平林

ISO9001キーワード  認識 8 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年9月17日
————————————————————————-
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.525 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識8 ~「やめさせる」マネジメント ***
————————————————————————-
職場には、ときに「その行動はしないでほしい」「その習慣はとめた」というケース
が存在します。ISO9001の箇条7.3「認識」を踏まえ、組織内の好ましくない行動を
どう減らすか、またその際に避けるべき事柄についてお話しします。

■■ やめさせたい行動 ■■
たとえば――
 ・報連相の不足
 ・品質ルールを不順守
 ・同じミスの繰り返し
このような問題に対して、どのように“やめさせる”のか。やめさせることを体系的に
教えてくれるのが、「消去(extinction)」と「弱化(punishment)」という行動心理
学における考え方です。
これらは、「行動を定着させる(強化)」とは逆の見方ですが、「行動を減らす、やめ
させる」ということを考えてみます。これは、ISO9001の箇条7.3「認識」において、
好ましい認識を定着させるために、不要な認識を無くす働きかけとして説明すること
ができます。

■■ 何も起こらなければ行動はやがて消える ■■
「消去」とは、ある行動をしても報酬(強化子)が得られなくなることで、その行動
が次第に見られなくなる現象です。
代表的な例を見てみましょう:
 ・子どもが宿題を見せても褒められない → 次は持ってこない
 ・新人が相談しても解決されない → 徐々に相談しなくなる
 ・挨拶をしても無視される → そのうち挨拶しなくなる
このように、行動の直後に無反応が続くと、行動はやがて消えていきます。しかし、
この過程では「反応バースト(Extinction Burst)」という現象に注意が必要です。消
去を始めると、一時的に行動が逆に強まることがあります。
例:
 ・子どもが宿題を見せて無視される → より強くアピールする
 ・相談しても無視される → 何度もしつこく相談してくる

これは、「今までこの行動をすれば何か得られたはずだ!」という記憶が強いため、
「どうしても反応を引き出そうとする行動」が一時的に増える状態です。
この時に根負けして反応してしまうと、行動は強化され、消去が非常に困難になりま
す。
たとえば、根負けして「1度だけ」と相談に応じてしまうと、その経験が次にもいき
て再び好ましくない行動が戻ってきてしまいます。

■■ 行動の直後に“不快”があると減る ■■
「弱化」とは、ある行動の直後に不快なことが起こる、または快いことが減ることで、
その行動の頻度が減少するプロセスです。
ここでは2つのタイプがあります:
(1) 正の弱化:嫌なことを“与える”
 例:ルール違反に対して罰や注意を与える → 再発が減る
(2) 負の弱化:行動を“褒めない”(ネガティブに効く)
 例:報告(忖度内容)したのに褒めなかった → 次は報告しない

いずれも、「その行動をやめさせたい」という時に使われる手法です。

■■ 弱化と消去、どう使い分ける? ■■

比較項目 消去 弱化
方法 無反応で報酬を断つ 行動後に不快を与える、または快を失わせる
効果の現れ方 徐々に 比較的早い(ただし副作用あり)
注意点 反応バーストに注意 恐怖や反発を生むリスクあり

消去は穏やかで持続的な方法ですが、反応バーストに耐える忍耐が必要です。一方、弱
化は即効性がありますが、副作用として関係悪化や萎縮、モチベーション低下のリスク
もあります。
職場で活用する際は、「強化」とのバランスを考え、望ましい行動を強化しながら、不
要な行動を消去・弱化するという多角的なマネジメントが効果的です。

■■ 認識と結びつける ■■
好ましい行動が残り、不適切な行動は消えるマネジメントはISO9001の箇条7.3「認識」
を日常の業務に定着させる方法として活用できます。
「望ましい行動にはしっかりと反応し、望ましくない行動には反応しないか、適切に弱
化する」ことで、組織の行動パターンは自ずと整っていきます。
職場でよく見られる「悪しき慣習」「やる気の低下」「報連相の欠如」などは、個人の問
題ではなく、組織がどんな行動にどんな反応を返してきたかによって作られた結果です。
 ・行動は強化によって増え
 ・弱化・消去によって減り
 ・無反応によって消えていきます
つまり、「どんな反応をするか」で、組織文化も認識もその定着度合いが決まってくるの
です。

ISO9001キーワード  認識 7 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年9月10日
————————————————————————-
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.524 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識7 ~行動を定着させる ***
————————————————————————-
「わかっているのに、なぜやらないのか」
品質マネジメントにおいて、こうした疑問はつきものです。ISO9001の箇条7.3
「認識」では、組織の管理下で働く人々が、方針・目標・役割の重要性を理解し、
自発的に行動に結びつけることが求められています。
しかし、「理解した=行動が変わる」とは限りません。

■■ 行動の後に“いいこと”がある ■■
今回は、行動心理学における重要な概念である「強化」に焦点を当て、人の行動
がどのようにして定着するのか、そのしくみと活用方法を解説します。
「強化」とは、ある行動の直後に好ましい結果が起きることで、その行動の頻度
が増加することを指します。
人も動物も、経験によって行動を学習しますが、その最たる例がこの“強化”です。
以下に、日常の中の強化例を挙げてみましょう:
 ・子どもが宿題を見せる → 心からほめる → また宿題を進んでやる
 ・新人があなたに報告する → しっかり話を聴いて感謝する → 次も報告に来る
 ・お酒を飲む → 嫌なことを忘れる → また飲む
いずれも、「行動の後に報酬がある」ことで、行動が繰り返される典型的な例です。
この報酬には2つの種類があります:
(1) 正の強化(Positive Reinforcement)
 ある刺激を“与える”ことで行動が増える。
 例:成果を出した社員に賞賛の言葉を贈る。 → モチベーションが上がる。
(2)負の強化(Negative Reinforcement)
 ある不快な刺激を“取り除く”ことで行動が増える。
 例:面倒な報告書が免除される。 → 期限内に行動する習慣がつく。
重要なのは、どちらも「行動の直後に、好ましい結果が得られる」という点です。

■■ 強化のタイミング:いつ強化するかで効果が変わる ■■
行動が強化されるためには、「タイミング」が非常に重要です。
行動の直後に報酬があると、「この行動が良かったのだ」と学習しやすくなります。
心理学では、強化の与え方には以下の2つの方法があります:
(1) 連続強化
 行動をするたびに必ず強化する方法。習慣化の初期に有効ですが、強化が
 途切れると行動も止まりやすい(=消去しやすい)。
(2) 間歇(かんけつ)強化
 行動のうち、時々だけ強化する方法。反応が消えにくく、習慣として定着しやすい。
 間歇強化にはさらに4つのスケジュールがあります:

強化スケジュール 内容 行動例・影響
定比率スケジュール 一定回数の行動ごとに報酬 例:10回の来店で商品券。回数が見えるので反復しやすい
変比率スケジュール 回数にばらつきがある 例:抽選制キャンペーン。予測できないのでやめにくい
定間隔スケジュール 一定時間ごとに報酬 例:月ごとの給与。周期的な反応を生む
変間隔スケジュール 時間にばらつきがある 例:不定期な褒め言葉や評価。意識が続きにくいが根強く残る

この中で、最も行動が定着しやすいのは「変比率スケジュール」です。
たとえば、ギャンブルやSNS、スマートフォンゲームなどが「やめにくい」のは
このタイプの強化が使われているためです。
 
■■ 行動強化と組織マネジメント ■■
職場での行動定着にも、「強化」の知識は非常に役立ちます。たとえば、以下のよう
な施策が挙げられます。
(1) 強化の明確化(なにを褒めるのか)
 例:「ルール通りの報告」より「自ら考えて動いた報告」を重視する。褒めるポ
 イントがブレないように。
(2) 初期は連続強化 → 徐々に間歇強化へ
 例:新人の小さな改善提案にも毎回反応する → 慣れてきたら一定基準で評価へ
 移行。
(3) 変比率スケジュールの活用
 例:業務改善表彰を不定期かつ予測不可能なタイミングで実施。成果よりプロセ
 ス重視の評価も有効。
(4) 負の強化に頼りすぎない
 例:叱責がなくなった=報酬と勘違いされることもある。なるべく「快」を伴う
 強化が望ましい。

■■ 強化と“やる気”の関係:報酬と動機づけの接点 ■■
強化はしばしば「外発的動機づけ」と言われますが、適切に活用すれば「内発的動
機づけ(やる気)」にもつながります。
たとえば、
 ・最初は報酬目当てでも、やがて「自分の成長」や「達成感」が報酬になる。
 ・適切なタイミングでのフィードバックが、自己効力感(自分にもできるという
   感覚)を育てる。
このように、外発的報酬を“内発的報酬に転化する”プロセスを意識することが、行
動の習慣化と認識の定着には不可欠です。

■■ ISO9001の箇条7.3「認識」 ■■
組織のビジョンや品質方針を、「理解できる」から「実行できる」へつなげる重要
な橋渡しとなるのが、「行動の強化」という仕組みです。
人の行動は偶然に繰り返されるのではありません。何が強化され、何が無視された
かによって、日々少しずつ形づくられていきます。
そしてそれは、マネジメントによって「設計」できます。

ISO9001キーワード  認識 6 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年9月3日
————————————————————————-
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.523 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識6 人の行動を変える ***
————————————————————————-
「なかなか現場での行動が変わらない」「わかっているのに実践できていない」・・・。
品質マネジメントに携わる多くのリーダーが直面する課題です。
ISO9001の箇条7.3「認識」では、働く人々が品質方針や目標、自身の役割につい
て「認識」を持つことを求めています。しかし、どんなに丁寧に説明しても、人の
行動が伴わなければ、認識は根づいたとは言えません。

■■ 性格ではなく「行動」に着目する ■■
今回は、行動心理学に基づく「行動分析」を用いて、どうすれば人の行動を望まし
い方向に変化させることができるのかを考えていきます。
「人は変わらない」と言われがちですが、行動心理学は「人は行動から変えられる」
という確かな理論に基づいています。行動心理学の立場では、「性格が行動を決める」
のではなく、「行動の積み重ねが性格のように見える」と考えます。
つまり、「あの人はだらしない性格だ」と捉えるのではなく、「期限を守る行動が定着
していない」と行動に注目します。
このように捉えると、性格や価値観のように測定しにくい要素ではなく、観察できる
“行動”をベースに分析と改善が可能になります。これは、ISO活動においてPDCAを
回す際の「Check定性化→定量化」に通じる考え方です。

■■ 行動は「刺激」と「結果」によって変わる ■■
行動心理学では、行動の変化を「刺激 → 行動 → 結果」という流れで捉えます。
これは人間の基本的な学習メカニズムです。

刺激 行動が増える 行動が減る
嫌なことが減る ×
好きなことが増える ×
嫌なことが増える ×
好きなことが減る ×

 
たとえば「改善して褒められた」という刺激→行動が増える(強化)
「ミスをしたら厳しく叱られた」という刺激→行動が減る(弱化)
このように、人の行動は環境からのフィードバック(刺激)によって自然に変わります。

■■ 段階的な行動変容とターゲット行動の設計 ■■
人の行動は一夜にして変わるものではありません。行動心理学では、「段階的にターゲ
ット行動の頻度を増やしていく」という方針をとります。
たとえば、「会議で必ず発言する」というターゲット行動を目指す場合、最初は「会議
に出席する」「メモを取る」「目を合わせる」など、小さな行動から徐々に強化してい
くことで、無理なく変化を促します。

■■ 行動を変える4ステップ ■■
行動を変えるには、以下の4つの要素を明確にし、戦略的に働きかけることが重要です:
(1) 動機(モチベーション)
 なぜその行動をしたい(したくない)のか。内的・外的な欲求を整理します。
(2) 刺激(トリガー)
 どんなとき・どんなきっかけでその行動が生まれるかを把握します。
(3) 行動(ターゲット行動)
 具体的にどんな行動を「望ましい」とするか、観察可能な行動で定義します。
(4) 結果(フィードバック)
 その行動のあとに、何が返ってくるか、報酬か、罰か無反応かを明確にします。

■■ 望ましい行動を増やす vs 減らすアプローチ ■■
行動の「強化」と「弱化」の使い分けがポイントです。

使い分け 動機 刺激 行動 結果
行動(強化) 高める 増やす 反復練習させる 報酬を与える
行動(弱化) 解消する 取り除く 代わりの行動を考える フィードバック無

たとえば、行動(弱化)では、「遅刻を減らす」を考えると、
 ・動機:遅刻の動機(朝が苦手)を解消する支援を考える(例:柔軟出社)
 ・刺激:スマホゲームなどを無くす工夫をする
 ・代わりの行動:アラームを前倒を促す
 ・結果:叱責しない、何も起きないことで自然消滅(消去)を図る
こうした仕掛けが継続されることで、行動の変化が定着し、「認識」が深まっていき
ます。

■■ 「人は変えられない」は誤解である ■■
行動心理学は、「性格」や「考え方」のような捉えにくい要素を責めるのではなく、
「行動という現象に着目することで、人を科学的に支援する」方法論です。
ISO9001の箇条7.3「認識」において、伝えた内容が行動につながっていない場合、
それは人の問題ではなく、仕組みや環境の設計に課題があると思います。
 ・行動を見える化する
 ・小さな成功体験を積ませる
 ・結果を丁寧にフィードバックする
 ・モチベーションを支える環境をつくる
これらを戦略的に行うことが、認識を「形ある行動」に変えるための第一歩です。

ISO9001キーワード  認識 5 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年8月27日
————————————————————————-
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.522 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識5 認識の仕組み ***
————————————————————————-
前回(Vol.521)は、パブロフとソーンダイクの研究から、「条件づけ」や「試行
錯誤学習」によって人や動物の行動が形成される仕組みを見てきました。今回は
私たちが組織内で人の「認識」や「行動」をどのように定着させるかを考えるう
えで、非常に実践的なヒントについてお話しします。

■■ 実践的なヒントとは? ■■
アメリカの心理学者バラス・スキナー(B.F. Skinner)による「スキナー箱の実験」
と、そこから導かれたオペラント条件づけの理論を取り上げます。スキナーは、
「反応の頻度を測定できる特別な装置(スキナー箱)」を使って、動物の自発的な
行動がどのように強化されていくかを研究しました。実験は以下のような流れです。
(1) 絶食させたネズミをスキナー箱に入れる。
(2) ブザーが鳴ったときにレバーを押すとエサが出るように設定する。
(3) ネズミはやがて、ブザーが鳴ったらすぐレバーを押すようになる。
このように、ネズミがレバーを押す行動は、エサ(報酬)によって**「強化」**さ
れ、反応の頻度が増加していきます。これが「オペラント条件づけ(operant
conditioning)」と呼ばれる学習理論です。
ポイントとなる概念は以下の通りです:
 ・好子(こうし):エサのように快をもたらし、行動を強化する刺激。
 ・確立操作:絶食させることで、エサに対する価値(強化力)を高める操作。
 ・先行刺激:ブザーのように、行動の前に現れる刺激。
 ・弁別刺激:ブザーが鳴っているときだけ行動が強化される。ブザーの有無に
  よって行動の出現が変化する。
この実験は、人が日常的に経験する「ご褒美」「注意」「評価」など、あらゆる行動
の背景を理解する基礎となります。

■■ オペラント条件づけの意味とは? ■■
スキナーの理論では、行動の背後にある「意識的な意思決定」よりも、「その行動の
結果が環境にどう影響するか」が重視されます。つまり:
 ・ある行動の直後に気持ち良ければ、その行動は繰り返されやすくなる
 ・逆に、不快や無視された場合は、その行動は減少する
この仕組みを職場に当てはめると、部下の行動に対して以下のような対応が“強化”に
つながります:
(1) 改善提案をした社員に感謝を伝え、採用すれば、「また提案しよう」という動機
  づけになる
(2) チーム全体の前で努力を認めれば、他のメンバーの行動も刺激される
(3) ミスをしても叱るよりも、建設的なフィードバックを与えることで行動を改善さ
  せやすい
こうした行動強化の仕組みを理解することは、ISO9001の箇条7.3「認識」を深める
実践的アプローチでもあります。

■■ 報酬系のメカニズムと“やる気”の正体 ■■
スキナーの研究の背景には、脳の「報酬系」と呼ばれる神経メカニズムも存在します。
脳には、「何かを達成した」「期待どおりの結果を得た」ときに快感を引き起こす仕組
みがあります。これが、行動の強化を生理学的に裏づけています。
特に重要なのが、ドーパミンという神経伝達物質の働きです。
以下のような2つの経路で分泌され、私たちの行動や“やる気”をコントロールしてい
ます:
(1) 黒質から線条体へのドーパミン分泌
 ・意欲・運動の制御に関係
 ・行動を起こす前段階で活性化される
 ・パーキンソン病患者はこの経路が損傷されているため、動作や意欲が著しく低下
  する
(2) 腹側被蓋野(VTA)から前頭皮質や側坐核へのドーパミン分泌
 ・達成や報酬に対する快楽に関係
 ・何かを達成したときに“気持ちよさ”を感じる
 ・スイッチを押すだけでこの刺激を得られるようにすると、ネズミは餓死するまで
  スイッチを押し続けたという有名な実験もある
つまり、行動が繰り返される背景には、脳内の「報酬」処理が深く関係しているという
わけです。

■■ 外的動機づけと内発的動機づけ ■■
スキナーの研究は「外的報酬」が行動を強化することを示しましたが、現代の組織マネ
ジメントでは、**内発的動機づけ(自分の意思でやりたいと思う)**も重要視されてい
ます。
報酬や評価も有効ですが、それだけでは限界があります。人が自分から動くためには:
 ・自分の行動が意味あることだと「認識」する
 ・自分の成長や目標につながると「感じる」
 ・組織のビジョンと自分の価値観が「重なる」
このような“内発的報酬”のしくみも併せて設計する必要があります。

■■ 人の行動は、「設計」できる ■■
ISO9001の箇条7.3「認識」を実現するためには、単に方針や目標を伝えるだけでなく、
人の行動がどのように生まれ、強化されるのかという視点が必要です。
スキナーのオペラント条件づけと報酬系の理解は、「認識は行動から生まれる」という
実践的な示唆を与えてくれます。
その意味で、マネジメントとは「行動のデザイン」であり、組織とは「行動が繰り返
される環境」だとも言えるのです。

ISO9001キーワード  認識 4 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年8月20日
————————————————————————-
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.521 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識4 ~「認識の定着」を考える ***
————————————————————————-
ISO9001の箇条7.3「認識」では、働く人々が自らの仕事の意義や影響を理解し、
品質マネジメントにおいて貢献できるようにすることが求められます。しかし、
情報を伝えただけで人が自然に理解、認識し、行動を変えることはあまり期待で
きません。

■■ パブロフの犬:条件づけが行動をつくる ■■
人の認識を行動に結びつけることに関しては、「行動心理学(行動主義心理学)」
について理解すると良いと思います。これは、観察可能な人間の“行動”を通じて
心理を理解しようとするアプローチであり、教育、研修、動機づけ、行動改善な
どの場面で実践的に活用されています。
ここでは行動心理学の原点とも言える2つの実験――パブロフの犬と猫の問題箱
――を紹介しながら、行動と認識の関係を探っていきます。20世紀初頭、ロシア
の生理学者イワン・パブロフは、消化器系の研究を行う中で、偶然にも心理学史
に残る発見をします。
彼は、犬の頬に唾液管を取り付け、餌を与えたときの唾液の分泌を測定していま
した。ところが、まだ餌を与えていないのに、飼育員の足音を聞いただけで唾液
が出ることに気づいたのです。この現象に注目したパブロフは、次のような実験
を行いました。
 ・ベルを鳴らしてから餌を与える、という行動を繰り返す。
 ・やがて、ベルの音だけで唾液を分泌するようになる。
 ・ベルだけを鳴らし続けると、反応は次第に消えていく(消去)。
 ・数日後、再びベルを鳴らすと、また唾液が出る(自発的回復)。
この現象は「古典的条件づけ」と呼ばれ、人間の学習や行動にも深く関わるもの
です。
たとえば、職場で「褒められたときの達成感」や「ミスを怒られたときの緊張」
なども、ある種の条件づけによって形成されます。つまり、環境の刺激と反応の
繰り返しで、人の行動様式は作られると考えられます。
7.3認識で要求されている「ISOの方針や品質意識」も同様に、「情報伝達→行動
→成果→評価」の連鎖を繰り返すことで、認識の定着可能性が高まります。

■■ ソーンダイクの猫:試行錯誤から学ぶ ■■
アメリカの心理学者エドワード・ソーンダイクは、猫を使った実験で「試行錯誤
による学習」を実証しました。彼は、次のような実験を行いました。
 ・紐を引くと扉が開く仕組みの「問題箱」に猫を入れる。
 ・外に餌(刺激)を置くことで、猫に動機づけを与える。
 ・初めはさまざまな行動を試すが、偶然紐を引いて扉が開く。
 ・何度か繰り返すうちに、「紐を引く」という正反応が強化され、反応時間が
  短くなっていく。
このような学習は、以下の3つの法則によって説明されています。
(1) 試行錯誤学習(S-R結合)
 ・動物や人間は、刺激(S)と反応(R)を結びつけて学習する。
 ・正しい反応を繰り返すことで、その結合が強まり、行動が定着する。
(2) 効果の法則
 ・満足や快をもたらす反応は強化され、行動が起きやすくなる。
 ・不満足や不快をもたらす反応は弱まり、行動が減少する。
 ・快・不快の強さに応じて、学習の速度や定着度も変わる。
(3) レディネス(準備性)の法則
 ・学ぶ準備ができているときには、より効率的に学習できる。
 ・逆に、準備ができていない状態では、学習が定着しにくい。
これらの理論は、現代の研修やOJT、行動変容の場面でも非常に重要な指針とな
ります。

■■ 行動心理学の実務への応用:認識の定着とは何か? ■■
これら2つの研究が教えてくれることは、「人の行動は、偶然ではなく、環境との
関わりで形成される」という点です。そして、その行動が習慣化し、意味を持つ
ようになることで、初めて「認識」が生まれます。
ISO9001箇条7.3「認識」において重要なのは、以下の3点です:
(1) 行動を起こすための「きっかけ(刺激)」を整える
例:朝礼での品質方針の唱和、改善提案の仕組み
(2) 行動が報われる「成功体験」や「評価」を設ける
例:改善による成果を可視化し、表彰やフィードバックを行う
(3) 失敗を学びに変える環境をつくる
例:ミスを責めず、原因を共有し再発防止策を話し合う仕組みづくり
つまり、「伝えたかどうか」ではなく、「行動に結びついているかどうか」が、認識
の成否を分けるのです。

■■ 行動から“認識”をつくるリーダーシップ ■■
行動心理学の実験は、一見すると動物の単純な学習のように思えるかもしれません。
しかしその本質は、「人は環境によって学び、変化し、成長する」存在であるという、
人間への深い理解にあります。経営者やリーダーが「部下が認識を持っていない」
と感じたとき、部下に責任があるとは限りません。
「その認識を持たせる環境を作っているか? 行動を引き出す仕掛けがあるか?」
などを問うことがマネジメントには必要です。