Category Archives: つなげるツボ

ISO9001キーワード リーダーシップ4 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年5月28日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.511 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  リーダーシップ 4 ***
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前回は、「リーダーとは何か」「リーダーシップとは何か」を取り上げ、リーダー
シップは特定の人に限られた資質ではなく、誰もが発揮できるものであることを
お話ししました。では、この「誰もがリーダーになり得る」という考え方は、い
つどのようにして生まれたのでしょうか。
今回は、リーダーシップの理解を深めるために、リーダーシップ研究の歴史をた
どってみたいと思います。。

■■  リーダーは「生まれつき」?~資質論(特性理論)の時代  ■■
リーダーシップに関する初期の研究は、19世紀末から20世紀前半にかけての
「資質論(特性理論)」にあります。この理論は、「リーダーとは生まれながらに
して特別な資質を備えた人物である」という考えに基づいています。
当時の研究者たちは、多くの偉大なリーダー(歴史的指導者や成功した企業家な
ど)を観察し、彼らに共通する資質を見つけ出そうとしました。代表的な資質に
は以下のようなものがあります。
(1) 知性
 学識や判断力、創造的な思考力など、高度な知的能力を有している。
(2)行動力
 困難にひるまず、最後までやり抜く力。環境に適応しつつも、状況を動かす
 エネルギーを持つ。
(3) 信頼感
 自信と責任感を持ち、周囲からの信頼を集め、良好な人間関係を築ける。
このような研究は、リーダーの人物像を浮き彫りにするという意味では一定の成
果を上げましたが、同時に大きな限界もありました。
なぜなら、特定の資質を持たない人がリーダーとして成功するケースや、資質を
持っていてもリーダーとして機能しないケースが数多く見られたからです。つま
り、「リーダーとしての成功は資質だけでは説明できない」という壁に直面したの
です。
さらに、文化や組織風土によって求められるリーダー像も異なることが明らかにな
り、「普遍的な資質を探す」アプローチ自体に限界があることがわかってきました。

■■ リーダーは「行動によって育つ」~行動論の登場 ■■
1950年代に入ると、資質論の限界を克服する新たな視点として、「行動論(ビヘイ
ビア理論)」が登場します。この理論は、「リーダーは生まれるのではなく、特定の
行動によって育つ」という考え方に立脚しています。
この動きの先駆けとしてよく知られているのが、1939年の心理学者クルト・レヴ
ィン(Kurt Lewin)によるアイオワ研究です。レヴィンは、リーダーシップのスタ
イルを次の3つに分類しました:
(1) 専制型リーダーシップ
 リーダーが全ての意思決定を行い、メンバーは指示に従うだけのスタイル。未熟
な集団では一定の効果を上げますが、創造性や自律性は育ちにくい傾向があります。
(2) 放任型リーダーシップ
 リーダーがほとんど関与せず、メンバーに自由を与えるスタイル。成熟した個人
が多い場合は自発的な行動が生まれやすい反面、方向性を見失うリスクがあります。
(3) 民主型リーダーシップ
 リーダーがメンバーの意見を尊重しながら意思決定を進めるスタイル。チームの
参加意識や責任感が高まり、最も安定した成果が得られるとされました。
この研究が重要なのは、「リーダーにとってどのような行動が有効か」という具体
的な方向性を示した点にあります。つまり、リーダーの資質に頼らなくても、適切
な行動を学び、実行することでリーダーシップは発揮できるということです。
また、この研究以降、リーダーシップは「訓練可能なスキル」として多くの組織で
注目されるようになりました。これは、近年の企業研修や人材育成プログラムにも
深く根付いています。

■■ 行動論の発展とその影響 ■■
その後、オハイオ州立大学やミシガン大学の研究によって、リーダーの行動はさら
に体系化されていきます。とくに、以下の2軸がリーダーシップにおいて重要であ
るとされました。
(1) 構造づくり(仕事志向)
 目標や役割を明確にし、メンバーが何をすべきかを具体的に示す行動。生産性や
業務の効率化に貢献します。
(2) 配慮(人間関係志向)
 メンバーの感情やニーズに注意を払い、信頼関係を築く行動。チームの満足度や
継続性に寄与します。
この2軸をバランスよく活用することで、より安定した成果と人間的なつながりの
両立が可能になるとされました。
これらの研究成果は、今日の多くの組織において「リーダー像の多様性」や「個人
の成長可能性」を尊重する考え方の土台となっています。

■■ 状況によって変わるリーダーシップとは? ■■
「資質論」から「行動論」への研究の展開を通じて、リーダーシップは固定的なも
のではなく、行動や環境によって形成されるという認識が広がりました。しかし、
これだけでは説明しきれない現実も存在します。
たとえば、同じ行動をとっていても、ある場面では成功し、別の場面ではうまくい
かないという現象が起こります。これを受けて登場したのが、「状況理論」や「コ
ンティンジェンシー理論」といった理論です。「状況によってリーダーシップはど
う変化するのか」という視点が重要になっています。

ISO9001キーワード リーダーシップ3 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年5月21日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.510 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  リーダーシップ 3 ***
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前回は、ISO9001における「リーダーシップ」について、その要求事項や近年に
おける捉え方を中心にお話ししました。今回はその続編として、そもそも「リー
ダー」とは誰のことか、そして「リーダーシップ」とは何かについて、お話しし
ます。

■■  リーダーとは誰か  ■■
「リーダー」という言葉を聞くと、皆さんはどのような人物像を思い浮かべるで
しょうか。多くの場合、リーダーシップのある人=グループの役職に就いている
人、というイメージを抱きがちです。しかし実際には、「リーダーである」とい
う状態は、必ずしも役職や肩書きと一致するものではありません。
リーダーには以下のような多様な姿があります。
(1) 組織の中で地位を与えられている人
  部長や課長といった役職に就いている人は、形式的にはリーダーと見なされ
  ます。
(2) メンバーの中心となる人
  組織内で自然と人が集まり、相談や話題の中心となる人です。役職は問われ
  ません。
(3) メンバーから頼りにされている人
  困ったときに真っ先に相談されるような存在です。
(4) メンバーに影響を与える人
  行動や発言が周囲の考え方や行動に影響を及ぼす人です。
(5) メンバーを指導・統率する人
  実際に動きをまとめ、メンバーを導いていくような存在です。
(6) 実際にリーダーシップを発揮し、結果を出している人
  役職に関係なく、自ら働きかけて周囲に変化をもたらす人です。
このように、「リーダー」という概念は形式的な地位だけでなく、影響力や周囲と
の関係性、実際の行動によって定義されるものなのです。

■■ リーダーシップとは何か ■■
では、リーダーが発揮すべき「リーダーシップ」とは何でしょうか。ISO9001の
視点では、「組織において方向性を示し、人々を支援し、マネジメントシステムの
有効性に寄与する」ことが求められています。
リーダーシップとは、「目標達成を目指すグループにおいて、リーダーがその目標
に向けて、メンバーに対して有益な影響を与える行動」のことです。
つまり、単に命令を下すだけではなく、メンバーの力を引き出し、方向性を整え、
全体としてのパフォーマンスを最大化するための働きかけがリーダーシップの本質
なのです。

■■ リーダーシップとマネジメントの違い ■■
ここで混同されがちな概念に、「マネジメント」があります。マネジメントは主に
「管理」の機能であり、組織の維持や効率的運用を目的とするものです。一方、リー
ダーシップは変革や革新に向けた推進力といえます。
以下はリーダーとマネジャーの違いを示した対比表です。

リーダー マネジャー
変化を求める 組織の保全を求める
リスクを取って改革を進める リスクを回避し安定を保つ
革新的 保守的
外に目を向ける 内に目を向ける
「何をするか」を考える(行動重視) 「どうやるか」を考える(効率重視)

このように、リーダーとマネジャーは役割が異なるだけで、どちらが優れていると
いうものではありません。 組織には両方の視点が必要です。変化をもたらす推進力
と、それを支える安定の力が、互いに補完し合うことが求められるのです。

■■ 求められるリーダーシップの在り方 ■■
近年は変化のスピードが速く、情報も多様で複雑です。SNSの普及により、情報は
瞬時に共有され、影響力を持つ個人が組織の枠を越えて登場しています。このよう
な時代においては、かつてのようなトップダウン型のリーダー像では十分ではあり
ません。
むしろ今必要とされるのは、**「分散型リーダーシップ」や「サーバントリーダー
シップ」**と呼ばれるような、新しい形のリーダーシップです。
それは、誰か一人のカリスマ的なリーダーに依存するのではなく、組織内の多くの
メンバーがそれぞれの立場でリーダーシップを発揮することを許容し、支援し合う
ような形です。チームの中の誰もが、ある場面では「リーダー」となり得るのです。

■■ 誰もがリーダーになり得る ■■
今回取り上げた「リーダー」と「リーダーシップ」は、単なる役職や命令の発信元
ではありません。リーダーシップとは、目標に向かうために周囲に良い影響を与え
続けること。組織内の役職に関係なく、誰もがリーダーになり得るという視点が、
これからの時代にはますます重要になります。
マネジメントとの違いを理解し、両者をバランスよく取り入れながら、よりしなや
かで力強い組織を作っていくこと。それが、近年のリーダーに求められる役割だと
思います。

ISO9001キーワード リーダーシップ2 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年5月14日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.509 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** ISO9001キーワード  リーダーシップ 2 ***
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ISO9001キーワード「リーダーシップ」についてお話ししています。能力のある
人の仕事に干渉、あるいは介入すると、その人はやる気をなくしてしまうかもし
れません。任せておく方がモチベーション高く業務の推進がはかどるかもしれな
い、という話をしました。

■■  業務担当者の力量  ■■
反対に、能力がまだ不十分な人の場合は、指導あるいは支援が必要です。どの程
度の指導が適切なのかは、慎重に判断しなければなりません。ISO共通テキスト
(附属書SL)においては「-XXXマネジメントシステムの有効性に寄与するよう
人々を指揮し,支援する」とありますが、仕事をする状況に応じて「指揮し、支
援する」程度は変わってきます。
このような背景のもと、上司は部下の仕事遂行の状況を適切に判断することが求
められますが、そもそも仕事を適切に推進するために必要な要素とは何でしょう
か。当然のことながら、(仕事を行う)人に関する要素がまず挙げられます。
 ・ 経験(社歴)
 ・ 知識
 ・ 技能
 ・ やる気(メンタル)
リーダーは、部下の力量を日ごろから観察し、業務の指導・支援レベルを決める
ことが求められます。

■■ 仕事の準備状況 ■■
支援レベルを決める要素は他にもあります。人に関する要素に加えて、次のよう
な準備状態についても確認する必要があります。
 ・ 標準書類
 ・ 設備メンテナンス
 ・ 補助道具の用意
 ・ 材料
 ・ 電気、ガス、水道などのエネルギー
 ・ パートナ、請負業者
 ・ その他
多くの工場では、始業前点検でこのような項目の確認をしているでしょう。飛行
機、鉄道、自動車などの旅客輸送事業者、サプライチェーン運送会社などでは、
アルコール検査、体調検査、睡眠時間チェックなどを事前準備項目に加えている
と思われます。
リーダーは、担当者が仕事をスタートさせるにふさわしい状況・環境にあるかを
確認し、支援レベルを決める必要があります。

■■ レディネス ■■
海外のプロジェクトなどにおいては、よく “readiness(レディネス)” というこ
とが言われます。「準備は万端整っているか」「抜けはないか」「一度スタートする
ともう元へは戻れないぞ」などの言葉がその後に続きます。
我々の日常の仕事においてはあまり的確な例ではないかもしれませんが、仕事に
どの程度介入すべきかの判断の例として、業務の準備レベルを体系的に分析する
TRL をご紹介します。
Technology Readiness Levels(TRL) と呼ばれる「技術準備レベル」を決め
る基準ですが、JAXAなどでは「技術開発水準」と呼んでいます。もともとは、
NASAが体系的な分析に基づいて新技術の開発レベルを評価するために考えられ
たものです。
TRLは、異なる領域の技術間であっても開発水準に関する一貫性のある統一的な
議論を可能にするとされています。TRLは、プログラムコンセプト、技術要件、
実証済みの技術能力などを検討することで決定されます。

■■ Technology Readiness Levels ■■
TRLは1970年代にNASAにより開発されました。米国国防総省は2000年代初頭
から、物の調達においてこのレベル基準を採用しています。2008年までに欧州宇
宙機関(ESA)でも使用されるようになりました。欧州委員会は2010年、EU資金
による研究・イノベーションプロジェクトにこのスケールの採用を推奨しています。
2013年には、「ISO 16290:2013規格」の発行により、国際標準化機構(ISO)によ
ってTRLスケールの標準化が行われました。現在では、宇宙開発計画のみならず、
多くの分野の研究開発などにも広く用いられるようになっています。

■■ 状況対応リーダーシップ ■■
話はNASAにまで広がり、我々の日常からはやや離れてしまいましたが、ここでお
伝えしたいのは、リーダーシップとは一律に発揮されるべきものではないというこ
とです。
部下、あるいは同僚でも良いのですが、相手の仕事に取り組んでいる状況・環境・
レディネスに応じて、支援・指導・介入などのレベルを変えることが重要です。こ
の考え方を「状況対応リーダーシップ」といいます。
この考えは、「分散型リーダーシップ」にもつながるものです。前回のメルマガ最後
の部分でリーダーの多様化についてお話ししましたが、まさしくトランプ関税に代
表される「何が起こるかわからない時代」においては、もっとも仕事を知っている
人がリーダーとなって、その分野を引っ張っていく
ことが求められています。

ISO9001キーワード リーダーシップ | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年5月7日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.508 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** ISO9001キーワード  リーダーシップ ***
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今回からISO9001キーワード「リーダーシップ」についてお話をいたします。
組織を活性化するためにはいくつかの要素が必要になります。例えば、組織の目
的が明確になっている、扱っているコト/モノが時代に合っている、組織を構成
する人々の志が高い、組織の向かう所が明確になっている等が思い付きます。
ISOマネジメントシステムでは、箇条5「リーダーシップ」において以下のよう
な要求をしています。

■■  5 リーダーシップ  ■■
ISO共通テキスト(附属書SL)において、リーダーシップに関しては以下の3つ
の箇条があります。
 5.1 リーダーシップ及びコミットメント
 5.2 方針
 5.3 責任及び権限
これら3箇条の中で内容が多岐にわたっていて、内容についてもいろいろな見方
ができる5.1を取り上げたいと思います。

5.1 リーダーシップ及びコミットメント
トップマネジメントは,次に示す事項によって,XXXマネジメントシステムに関
するリーダーシップ及びコミットメントを実証しなければならない。
-XXX方針及びXXX目的を確立し,それらが組織の戦略的な方向性と両立するこ
 とを確実にする。
-組織の事業プロセスへのXXXマネジメントシステム要求事項の統合を確実にする。
-XXXマネジメントシステムに必要な資源が利用可能であることを確実にする。
-有効なXXXマネジメント及びXXXマネジメントシステム要求事項への適合の
 重要性を伝達する。
-XXXマネジメントシステムがその意図した結果を達成することを確実にする。
-XXXマネジメントシステムの有効性に寄与するよう人々を指揮し,支援する。
-継続的改善を促進する。
-その他の関連する役割が,その責任の領域においてリーダーシップを実証する
 よう支援する。

■■ 誰が何をしなければならないのか ■■
箇条5.1はトップマネジメントが組織において行うべきことを要求していますが、
要求事項の6番目には次の記載があります。

-XXXマネジメントシステムの有効性に寄与するよう人々を指揮し,支援する。

この記載にある「人々を指揮し,支援する」とはどのようなことを意味している
のでしょうか?このような質問をしますと、多くの方が怪訝な表情を浮かべます。
そして、リーダーシップは力強く、叱咤激励して進む方向を明確にすることであ
る、陣頭に立って指揮を執ることである、そんなことは常識であり、改めて聞く
ことの意味が分からない、と言います。
確かに、戦国時代の武将のイメージでリーダーシップが語られた昭和の時代にお
いては、そのとおりのイメージが社会の通念であったと思います。しかし、平成、
令和と時代が変わり多くの人がそれぞれの考えを持ち、それぞれ異なる能力を誇
示する時代のリーダーシップは、もはやそのような力強いイメージは大分薄れて
きていると思います。
例えば、能力のある人がモチベーション高く業務を推進している場面において、
「目標通り進められていますか」と声を掛けたらどうなるでしょうか。自分は信
用されていない、日ごろの言動を見てもらえていない、上司の目は節穴だ、だか
ら評価が悪いに違いないなど、声をかけた上司には思ってもみなかったことを惹
起させてしまうかも知れません。

■■ 分散化リーダーシップ ■■
インターネットが世に現れて50年位が経ちました。インターネットはもともと軍
事用のバケット通信から生まれ、いまやSNSには無くてはならないものになりま
した。その恩恵には大きなものがあり、個人が自分の判断で個別にネットワーク
を作ることができ、50年前には考えられなかった豊富な情報を手に入れることが
できる時代になりました。
SNSの人々に与える影響には多大なものがあり、良きにつけ悪しきにつけ多様化
は避けて通れません。多様性はリーダーシップのあり方にいろいろな影響を与えて
います。かつてのように一糸乱れずリーダーを先頭に戦いを挑むイメージから多く
にリーダーがそれぞれの持ち場において自分の力を存分に発揮して戦うイメージに
変わってきています。

ISO9001キーワード コミュニケーション7 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年4月30日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.507 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
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*** ISO9001キーワード  コミュニケーション7 ***
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ISO9001キーワード「コミュニケーション」についてのお話を6回にわたってし
てきましたが、今回は最後のキーワード「コミュニケーション」についてです。
要求事項がどう変わってきたかをお話ししてこのキーワード連載の締めにします。

■■  標準の最新化  ■■
現在使われているJIS9001:2015規格の前身はJIS9001:2008規格です。ISOでは
原則5年に一度見直しをすることになっていますが、実質的には10年あるいは
それ以上の期間がかかっています。2025年の現在もISO9001規格の見直しが進
んでいて、次期改正は2026年になる予定です。なぜこのような話をしたかと言
いますと、標準化の性質に根ざした本質的なことを確認したかったからです。組
織においては一度ルールを決めるとそれへの準拠が求められますが、いつの間に
かルールそのものが実態に合わなくなっているということが多くあります。
そのため組織の標準は定期的に見直ししなければなりませんが、そのことをISO
マネジメントシステムでも要求しています。そのISO規格自身も最新化している
わけですが、どんな最新化が行われているのかを「コミュニケーション」でお話
ししたいと思います。

■■  JIS9001:2008規格  ■■
JIS9001:2008規格においてのコミュニケーションの要求は「5.5.3 内部コミュ
ニケーション」というところに在りました。要求事項は次のように簡単なもので
した。「トップマネジメントは,組織内にコミュニケーションのための適切なプロ
セスが確立されることを確実にすること。また,品質マネジメントシステムの有
効性に関しての情報交換が行われることを確実にすること。」
当時はこの要求事項を組織全体のコミュニケーションと読めることから、「方針
説明会とか職場の朝会とか、あるいは各種会議など」をコミュニケーションの内
容として社内で規定して維持するという組織が多かったように思います。
「方針説明会とか職場の朝会とか、あるいは各種会議など」でしたら、多くの会
社で日常的に行っていることで、特に目新しいことではなく組織では抵抗なく規
定していったと思われます。

■■  JIS9001:2015規格  ■■
次に発行された2015年版での要求事項はがらりと変わって次のようなものにな
りました。

7.4 コミュニケーション
組織は,次の事項を含む,品質マネジメントシステムに関連する内部及び外部の
コミュニケーションを決定しなければならない。
a) コミュニケーションの内容
b) コミュニケーションの実施時期
c) コミュニケーションの対象者
d) コミュニケーションの方法
e) コミュニケーションを行う人

どうでしょうか?どうしてこんなにコミュニケーション要求事項が変わったので
しょうか。まさしく経営環境が変わって最新化されたからです。2015年版でa)
~e)と具体的な記述になった背景としては、世界的にコミュニケーションの重要
性が組織の中で高まったからでしょう。この頃からEUでは人材から人財へ、す
なわち人を資源として観るのではなく資本として観るような動きが顕著になって
います。人を資源として観るとなるべく少なく、安く、効率的に扱う(扱うとい
う言葉は不遜ですが・・・)ということなりますが、資本としてみるとなるべく
多く、高く、効果的に扱うということになります。この動きが人的資本という表
現になり、上場会社の人的資本開示の義務化ということに繋がってきました。EU
では2010年頃、アメリカでは2018年頃、日本は一番遅く2023年に義務化がさ
れました(金融庁及び東証)。

■■ コミュニケーションはどうあるべきか ■■
このような背景においては人に対する考え方を変えていかなければならず、その
過程におけるコミュニケーションは従来にも増して重要なものになってきたと言
えます。もっとも、日本では人を資本としてみることは古くから多くの企業で行
われてきていましたので、目新しいことではなかったかもしれません。
ここで改めてa)~e)の要求事項を眺めてみると容易なことではないと個人的は思
います。
というのは、a)~e)は大きく分けて会社全体、グループ、個人の3つ位に分けて
考えなければ実効性がないと思われるからです。
私の個人的な考えを申すならば、会社全体のコミュニケーションでしたらa)方針
など、b)年度初め、c)全員、d)方針大会(リアル/ネット)/社内報、e)社長となる
でしょう。グループでしたらa)目標など、b)4半期ごと、c)グループ全員、d)会議
など、e)グループ長となるでしょう。個人でしたらa)業務進捗、悩み事など、
b)毎月、c)個人、d)ワンonワン、e)上司となるでしょう。