ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する7」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年12月3日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.536 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する7 ***
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「組織は、この規格の要求事項に従って、必要なプロセス及びそれらの相互作用を含む品質
マネジメントシステムを確立し,実施し,維持し,かつ継続的に改善しなければならない。」
これは繰り返し述べてきたISO9001:2015の箇条4.4.1の冒頭の記述です。

■■ ABC分析という行動心理学の枠組み ■■
「確立」や「実施」は目に見える行動・作業ですが、「維持」は、人の行動が日常的に繰り
返される状態を示しますので、その気になって観察しないと目に見えません。
この「行動の定着」を支える仕組みとして、ABC分析という行動心理学の枠組みを調べまし
たのでご紹介します。
ABC分析とは、人間の行動を以下の3要素で捉える分析手法です。

項目 内容 説明
A(Antecedent) 先行条件 行動の直前にあった状況・きっかけ
B(Behavior) 行動 実際に取った行動
C(Consequence) 結果 行動の直後に起きた出来事・反応

行動心理学ではこの3つの関係性を観察することで、人がなぜその行動を取ったのか、今後
も取るかどうかを分析できると主張しています。
例として次のようなものが載っています。

A(先行条件) B(行動) C(結果)
上司から「報告は10時まで」と指示される 朝9:30に報告書を提出する 上司から「ありがとう」と言われる
同じ指示 報告書を10:30に提出する 無反応または軽く注意される

このように、行動の直前と直後に何があるかによって、人の行動は強化されたり消去された
りします。

■□■ 「維持」は“行動の結果の設計”で実現する ■□■
ISO9001の運用現場では、手順通りに行わない、記録が残らない、改善提案が出てこないと
いった課題がよく聞かれます。
これらはすべて、「望ましい行動が結果によって強化されていない」ことが原因です。
 ・改善提案を出しても何も反応がない → 出さなくなる(行動の“消去”)
 ・報告書が雑でも通ってしまう → 丁寧な報告が減る(良い行動が強化されない)
 ・会議で意見を言うと軽く流される → 発言しなくなる(無力感が定着)
これを防ぐためには、次の3点に着目して行動を「維持」する仕組みを作る必要があります。
(1) 先行条件を整える(A)
 → 行動が起こりやすいように、ルール/習慣/場づくりを設ける。
 ・例:日報提出を“朝礼で共有”に組み込む。
 ・例:改善記録フォームを作業台のすぐ横に置く。
(2)行動を明確にする(B)
 → 何をすればいいか、誰でも理解できるように明文化/見える化する。
 ・例:記録の記入例を掲示する
 ・例:5Sルールを写真付きで提示する
(3)結果(C)をデザインする
 → 望ましい行動の直後に「強化」が返ってくるように構築する。
 ・例:報告が丁寧だったらその場で感謝を伝える。
 ・例:月初に改善提案の採用結果を全員に伝える。
 ・例:手順通りできたら、その都度進捗を記録し評価に反映させる。

■□■ ABC分析の視点は「組織の維持力」を育てる ■□■
人の行動は、先行条件によって始まり、結果によって続くかどうかが決まります。ISOの仕
組みを維持したいなら、毎日の行動の“前”と“後”をどう作るかが重要です。
ISO9001における“維持”とは、「継続してよい行動が選択される組織文化を育てること」で
あり、その文化はABC分析に基づいた行動の結果を構築することによって形成されます。
QMSの文書やルールを整えた後にこそ、
 ・どの行動が
 ・どんな場面で
 ・どんな結果をもたらすか
を徹底的に分析し、「人が自然と動く組織」を目指そうではありませんか。

ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する6」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年11月26日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.535 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する6 ***
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ISO9001:2015における「維持しなければならない」という言葉は、非常に重みがあります。
「一度やれば終わり」ではなく、「やり続ける仕組みを持て」という規定です。規定のよう
にしたいと仕組みを考えますが、人は続けることが苦手です。始めたはいいが、数ヶ月後
には元通りになっている、これが多くの職場に見られる現象です。

■■ シェイピング法 ■■
ISO9001の“維持する”について「行動を続けさせる技術」のひとつであるシェイピング法に
ついて調べてみました。
シェイピング(shaping)とは、「目標行動に至るまでの段階的なスモールステップを設定し、
それぞれの時点で強化(ほめる・認める)を行う方法」です。この方法のポイントは「でき
ていないところだけを強化する」ことです。すでにできている行動をほめ続けても、新たな
成長は生まれません。
人が新しい行動に挑戦したとき、そのタイミングを逃がさずに「素晴らしい」と強化するこ
とで、次の段階へ進もうという意欲が高まります。

■□■ シェイピング法の応用 ■□■
職場へのシェイピング法の応用について説明します。最初は「文書の最新化」についての例
です。文書の最新化の業務を3つのステップに分けます。
 【ステップ1】文書を読んで理解する。
 【ステップ2】現状を調べ文書との間にギャップが無いかチェックする。
 【ステップ3】文書を改訂する。
この3つのステップの過程をフォローしステップ終了ごとに声を掛ける(行動を強化する)。
2番目の例を「新人教育」で説明します。
 【ステップ1】マニュアルの1章を読む。
 【ステップ2】実際に手順通りやってみる。
 【ステップ3】応用できるようになる。
この3つのステップの過程をフォローしステップ終了ごとに声を掛ける(行動を強化する)。
3番目の例を「改善提案制度」で説明したいと思います。
 【ステップ1】内容にいかんにかかわらず改善提案を出す。
 【ステップ2】具体的に実施する。
 【ステップ3】効果を確認する。
この3つのステップの過程をフォローしステップ終了ごとに声を掛ける(行動を強化する)。
このように、「次に何をすれば褒められるか」を明確にすることで、人は段階的に目標に近
づく行動を行い、仕組みは維持されるようになっていきます。

■□■フォワードとバックワード ■□■
上記シェイピング法では、ステップ1からだんだん行動を強化する(注目する、ほめる)
ことを説明しました。このようなステップ1から行動を順次強化する方法をフォワードシェ
イピングと呼びます。
この方法はステップが比較的短い場合に有効ですが、長い場合はフォローする方も大変です
し、実施する方も長いステップの途中で力が削がれてしまうケースも出てくるでしょう。そ
のような場合には、後ろの行動(結果の行動)から順次前に遡って行動を強化する(注目す
る、ほめる)方法が考えられます。後ろの行動からといっても現実は前の行動から進みます
から、現実と仮想との組み合わせを考えることになります。
【ステップ1】で最初の行動が終った時、最初の行動を強化すると同時に仮想的行動(達成
したと仮定した行動)を組合せで誉めます。【ステップ2】では、2番目の行動(現実)と後
ろから2番目の行動(仮想)を組み合わせて強化します。このような方法をバックワードシ
ェイピングと呼びます。
ISOの仕組みを維持するには、プロセスそのものを“行動の連続”として観察し、分割し、強
化することが必要です。

■□■ 維持するポイント ■□■
行動はスモールステップの一連の流れと考えます。ISO9001で規定されている「維持する」
は、「行動を定着する」と言い換えられます。
行動の定着をどう支えるかは、現場マネジメントに委ねられています。一気に完璧を求めず、
行動をステップに細かく分けて強化することがポイントです。
これが、行動心理学の知恵を活かした「維持する仕組みの作り方」です。

ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する5」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年11月19日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.534 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する5 ***
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ISO9001:2015箇条4.4.1には、「組織は品質マネジメントシステム(QMS)を確立し,実
施し,維持し,かつ継続的に改善しなければならない」とあります。
「確立」や「実施」は、比較的わかりやすく取り組めます。しかし、時間が経つほどに忘
れ去られ、形骸化しがちなのが「維持」です。

■■ 行動を見る ■■
この「維持」を実現するために、行動心理学の知見をご紹介します。行動心理学では人の
行動は“習慣”であり、行動は“仕組み”を変えることで変えられると説きます。QMSの「維
持」もまた、“仕組みで人の行動を継続させる”ことに近づけると考えます。そのためには
人の行動分析が必要です。
行動分析とは、人の行動を「性格」や「気持ち」からではなく、何等かからの“反応”とし
て捉える考え方です。
つまり、
 ・✕「あの人はやる気がない」←気持ち
 ・〇「決められたタイミングで報告していない」←決められたことへの反応
 ・〇「決められた手順を2回に1回忘れている」←同上
といったように、行動そのものに注目します。
この視点がISO9001の「維持」と深く関係するのは、「維持されない=決めた行動が続い
ていない」という問題だからです。

■■ 望ましい行動がとれない状態 ■■
行動心理学では、行動を観察・分析・調整することで、行動を組織に定着するように設計
できると説きます。私たちはときに「この人は仕事ができない」と包括的に言ってしまい
がちですが、行動分析の観点では、「仕事ができない」とは「ある場面で、適切な行動が
とれていない」と想定します。
そう想定する前提には、「行動は訓練/環境の整備によって変えられる」という考え方があ
ります。
つまり、「行動は変えられない/変えることは大変」と考えるのではなく、「行動が訓練され
ていない」あるいは「行動する環境が整っていない」からだと考えます。

■■ 行動変化の流れ ■■
行動を変えるには、大きく次の2つの方法があります。
(1)行動を増やす(強化)
(2)行動を減らす(弱化・置換)
この基本フローは以下のように説明することができます。
たとえば、「日報を出す」という行動を増やしたいときには:
 ・動機を高める(目的を明示、達成感を提供)
 ・取り組みやすい刺激を与える(テンプレート、音声入力)
 ・行動を繰り返す仕組みを作る(毎日15時のリマインダー)
 ・継続的に評価・称賛する(「読んだよ」「ありがとう」のフィードバック)
逆に、望ましくない行動(例:報連相の遅れ)を減らしたいときは:
 ・行動の原因(怒られる不安、面倒さ)を軽減
 ・行動を誘発する刺激(曖昧な業務指示など)を減らす
 ・他の行動(即座のチャット報告など)に置き換える
このように、「行動は変えられる」と考えることで、QMSの“維持”は実行可能な現実的テ
ーマとなります。

■■ 刺激と結果が“行動”を強化する ■■
人は「この行動をすると良いことが起きる」と感じたとき、その行動を続けます。
 ・報告したら上司が「ありがとう」と言った → 次も報告しよう(正の強化)
 ・手順通りに作業したらミスが減って楽になった → 続けよう(負の強化)
逆に「この行動をすると悪いことが起きる」と感じたとき、その行動を止めます。
 ・チェックリストを出したら「手抜きか」と言われた → やめる(弱化)
 ・報告しても無視された → もう報告しない(消去)
このように、人の行動は周囲の反応によって左右されます。だからこそ、適切な訓練と環
境を職場に設計することが重要になります。
ISO9001において、「文書を整えること」や「教育記録をそろえること」も大切ですが、
それ以上に大事なのは、「人が正しく行動する」訓練と環境を整えることです。
具体的には以下のアプローチが有効だと思います。
(1)行動目標の明確化
  → 「時間を守る」より「朝9:00までに日報送信」と具体的に
(2)小さな成功体験の提供
  → 初期は目標を低く設定し、成功感を得ることを優先
(3)行動に対する即時フィードバック
  → 上司や仲間から「できてるね」の声がけを習慣に
(4)望ましい行動の見える化
  → 行動頻度の記録や、取り組み内容の掲示をする。
(5)望ましくない行動の刺激や動機の除去
  → 面倒な手続き、曖昧なルールなど“やらなくなる原因”を見直す。

ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する4」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年11月12日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.533 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する4 ***
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人は「始める」ことよりも「続ける」ことが苦手です。そして続けるには、行動を支える
“動機づけ”が必要不可欠です。
QMSも全く同じで始めてみたが維持ができないことが多くあります。ISO9001では「品
質マネジメントシステム(QMS)を、確立し、実施し、維持し、かつ継続的に改善しなけ
ればならない」と要求されていますが、この中で最も難しいのが「維持」です。

今回は、維持に必須の「動機づけ」を高める方法を調べましたので、それらをどのように
現場の活動や運用に適用させるのかをお話ししていきます。

■■ 目標を明確にする ■■
人は「もっと頑張ろう」とか「品質を良くしよう」とか、あいまい声掛けなどでは動けま
せん。目標は、誰が見ても同じように理解できるレベルまでブレークダウンさせて明確に
することが必要です。
たとえば、「報連相を徹底する」ではなく、
 ・「朝10時までに前日の作業報告を上司に送る」
 ・「納期3日前までに顧客に納品確認を行う」
といったように、“いつ、誰が、何を、どのように”を明確にすることが必要です。

■■ 方針の共有■■
人はなぜやるのかが、腹落ちしていないとその行動を続ける行動を弱化させます。どれだ
け目標が明確であっても、「その目的が分からない」と感じるとやる気が湧いてきません。
「動機づけ」を高めるには、「組織の方針や理念が、現場で具体的に語られること」が重
要です。
たとえば、品質方針が「顧客満足の向上」であれば、
 ・「なぜ5Sを続けるのか」→「顧客に安心感を持ってもらうため」
 ・「なぜ報告書が必要か」→「納品トラブルを減らし、信頼につなげるため」
というように、一人ひとりの行動を方針につなげる説明が求められます。

■■ 方法の明示 ■■
人は「やってみよう」と思ってもどうやって?が分からないと前に進めません。そのため
に、目標を達成する方法を可視化することが必要です。
 ・業務改善の工程表を作る。
 ・人材育成のステップを明示する。
 ・「達成のためのツールや手順」をマニュアル化する。
達成するまでの道のりを示すことで、安心して行動できる環境が生まれます。

■■  自己決定感 ■■
人は「やらされる」より「選べる」とやる気が出ます。目標や方法を自分で決めたという
感覚(自己決定感)によって人の内面には自然と動機づけが高まるベクトルが生まれます。
たとえば:
 ・目標設定に本人の意見を取り入れる。
 ・育成計画の一部を本人が選べる形式にする。
 ・改善テーマを職場単位で決めさせる。
「選べる」「任されている」と感じる仕組みづくりが、長く続く行動の土台になります。

■■ 動機づけを維持する ■■
動機づけを維持するには、挑戦と成功体験のバランスがカギになります。挑戦する目標が
高すぎると自分にはできないと思いますし、低すぎると自分がやるまでもないと思います。
高すぎず、低すぎずという目標設定が重要です。目標設定が適度な難易度であると、小さ
な成功体験を積み重ねることができ、「やればできる」感覚、すなわちバンジュールが言
う「自己効力感」が育まれます。
 ・「5S活動の徹底」より「まずは机の引き出しから」
 ・「年間20件の提案」より「毎月2件の提案」

■■ 失敗のとらえ方 ■■
目標を達成できなかったとき、人は「自分に能力がない」と思いがちですが、そんな時に
は能力ではなく他の要因に目を向けさせることも必要です。
失敗した多くのケースの要因にありがちなものに「努力(時間や準備)」です。努力の問題
だったと本人が認識すれば次回のチャレンジにつながります。
人は何度も失敗を繰り返すと、「どうせやっても無駄」と感じ行動をやめてしまいます。こ
れを心理学では「学習性無力感」というそうですが、このような状態になった人には、「目
標の高さを思いきり下げる」ことで対処することが良いそうです。まずは「できた!」と
いう感覚を取り戻すことが最優先です。

■■ 努力をほめる ■■
うまく行ったときには結果もさることながら、結果に至ったプロセスを誉めることが次の
行動を引き出します。「すごいね、早かったね」よりも「コツコツ続けてたね」「工夫して
たね」と、努力や準備に良さ(行動プロセス)を誉めることがポイントです。
結果が出なかったときも、「ここまでよく取り組んだ」と声をかければ、「またやってみよ
う」と思えるのです。
「やる気が出ないから始められない」という声はよくあります。心理学的には事前の行動
が「やる気を生む」のだそうです。
 ・少しだけ手をつけてみる
 ・過去の記録を読み返す
 ・話し合ってみる
こうした行動のきっかけが、やる気の火種になります。「やる気を出してもらう」のでは
なく、「やる気が出る環境をつくる」ことが、マネジメントの役割です。

ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する3」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年11月5日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.532 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:維持する3 ***
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品質マネジメントシステム(QMS)を「維持する」ということが、多くの人の集まる組織
では至難の業であるということを、我々は嫌というほど思い知らされています。
今回は、「人はなぜ続けるのか?」「なぜやめてしまうのか?」という根本的な問いについ
て考えてみます。
ISO9001の箇条4.4.1では「組織は,・・・必要なプロセス及びそれらの相互作用を含む、
品質マネジメントシステムを確立し,実施し,維持し,かつ継続的に改善しなければなら
ない」と要求しています。しかし、人間の行動の本質を理解せずに仕組みだけを整えても、
それは続きません。
今回は、動機づけに関する代表的な心理学の研究を振り返りながら、「行動の継続性」を高
めるために必要な「動機」について調べてみたいと思います。

■■ アトキンソンの期待×価値理論(1957) ■■
アトキンソンは、人がどれだけ強く動機づけられるかを次の式で示しました。
<動機づけの強さ = 意思の高さ × 成功の期待 × 成功の価値>
つまり、「やってみたい(意思)」「やれそうだ(期待)」「やれたらうれしい(価値)」がそろ
っていると、人は行動を起こしやすくなるということです。
QMS維持の文脈でいえば、単に「続けましょう」と言うだけでなく、
 ・達成した結果を実感させる(例:業務改善で楽になる)
 ・成功の見通しを持たせる(例:小さな成功を早めに与える)
 ・成功を喜べる場をつくる(例:称賛を見える化)
これらを整えることが、維持する行動を生み出す鍵となります。

■■ ヴルームの期待理論(1964) ■■
ヴルームはアトキンソンと同様、「期待」と「成果の価値」が動機をつくることを提唱しま
した。
<動機づけの強さ = 目標達成可能性 × 成果の価値>
目標達成の可能性がゼロなら、どんなに魅力的なことでも動機はゼロです。また、成果が
見込めないなら、努力しようとする動機は起きません。この2つのことから
維持を考えるなら、次のような工夫が必要であると主張しました。
 ・目標を「できそう」と思えるレベルにする。
 ・成果が仕事やチームにとって価値あるものであることを共有する。

■■ アダムスの公平理論(1965) ■■
アダムスは、人が他人と自分を比べて不公平を感じると、動機が低下すると提唱しました。
努力に対する報酬(評価)が他人と比べて不公平に感じられたとき、人は以下のような行動
を取るというのです。
 (1)自分の努力を下げる。
 (2)評価基準に疑問を持つ。
 (3)他者との関係を断つ。
QMSの運用においても、「あの人ばかり評価される」「なぜ自分の努力が見えないのか」と
いう感覚は、維持をする妨げになります。
このようなことに対しては、a)評価の透明性を保つ、b)プロセスの努力も評価対象にする、
c)正当なフィードバックの場をつくる、というようなことを行うことが大切です。

■■ バンデューラの自己効力感(1977) ■■
「自分にできると思えるかどうか」、これを「自己効力感」といいます。バンデューラは、
この自己効力感を高めるための4つの要素を提唱しました。
 (1)行動の達成:小さな成功体験
 (2)代理的経験:他の人の成功を観察する
 (3)言語的説得:励ましや肯定的な声かけ
 (4)情動的喚起:緊張を和らげ、安心して挑戦できる状態
維持が難しいとき、人は「やってもムダだ」「続かない」と思いがちです。そのときこそ、
小さな成功を経験させ、仲間の例を見せ、「できるよ」と声をかけ、不安を取り除く、こ
の4点を実現させると継続を支える心理的土台になります。

■■ ロック&レイサムの目標設定理論(1990) ■■
ロックとレイサムは、人は具体的でやや高めの目標に対して強く動機づけられると提唱し
ました。自分が持っている能力に少し努力すれば届きそうな具体的な目標があり、しかも
達成した時の価値が自分で納得するような状況に置かれると実行に移そうという気持ちが
強くなるというのです。
自分で納得して達成すれば、その後の維持も継続されるという主張です。目標は具体的で
明確であればあるほど、人を行動にかき立てますが、逆に抽象的で一般的な目標ですとど
んなことを行ったらよいか分からず、目標はいわゆる絵に描いた餅になってしまいます。
維持においても、「その良い状態を保つ」という目標よりも、「毎週1回、記録を見直す」
といった具体的な行動に落とし込む工夫が重要になります。
ここで注意すべきは、目標が高すぎると「能力や知識が伴なわない」ということになって
しまうという点です。

■■ セリグマンの学習性無力感(1967) ■■
いままでは「維持をすること」の話でしたが、最後は「維持することを止める」ことにつ
いてお話しをします。
セリグマンは、どんなに努力をしても結果が変わらない状況が続くと、人は「何をしても
無駄」と学び、行動を起こさなくなることを示しました。

これはまさに、QMSで「やっても改善されない」「言っても反映されない」状態が続くと、
社員が無気力・無関心になる構図そのものです。
“維持する力”を理解することは、人間行動の動機を理解することから得られます。単にシ
ステムという仕組みを作っても、それを支え続ける仕掛けがなければ、ISO9001のQMS
は維持できません。その支えとなるのが、人の“動機”という見えないエネルギーです。動
機は単なる「やる気」ではなく、成功の期待、目標の明確さ、公平性、自己効力感、価値
観との一致など、複雑な構造を持っています。
それを理解したシステムを作ることが有効なマネジメントシステム構築のカギです。