ISO9001キーワード 文書化した情報4 | 平林良人の『つなげるツボ』

2026年1月14日
———————————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.541 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:文書化した情報 4 ***
———————————————————————————
ISO9001箇条7.5「文書化した情報」の要求には、以下のような細分化された要求事項が
あります。
箇条7.5.2に「a)適切な識別及び記述」、「b)適切な形式及び媒体」、「c)適切性及び妥当性
に関する適切なレビュー及び承認」という規定があります。

■□■ 7.5.2 a)適切な識別及び記述 b)適切な形式及び媒体 ■□■
細分箇条7.5.2の要求「a)適切な識別及び記述」及び「b)適切な形式及び媒体」について
解説をしたいと思います。
<狙い>
「情報がどのような内容なもので、いま使うべき最新版はどれか」を誰が見ても分かる状
態にすることである。識別が適切でないと、現場は旧版を参照したり、似た文書を取り違
えて使用したりして、品質事故を起こす要因となる。特に最近話題のAIエージェントを
活用しようとするとフローの中身の吟味(情報最新化)は必須である。
<実務ポイント>
 ・文書名(短くても意味が通る)
 ・文書番号(アルファベットと数字の組合せ QP-12、WI-23 等)
 ・版(Rev.)と発行日(または改訂日)
 ・作成部門/責任者
 ・適用範囲(工程・製品・拠点・対象者)
 ・関連文書(上位規程、関連手順、帳票)
 ・媒体(PDF、Excel、写真、サンプル、DBなど)が異なっても同じ考えの識別
<良い事例>
 ・作業手順書:
  「WI-PRD-014 最終検査手順(対象:製品A、B/拠点:本社工場/Rev.3/
  2025-10-01)」のように、表紙またはヘッダに一目で分かるで情報を記載。現場の
  棚・端末においても“WI-PRD-014”で検索ができ旧版は閲覧不可になっている。
 ・検査記録(Excel):
  ファイル名に「製品A_最終検査_2025-12_Rev.1」、シートにも版・帳票番号を記載
  し、印刷されても識別ができる。
<悪い事例>
 ・「検査手順(最新版)」というファイルが複数のフォルダに点在し、どれが正か分
  からない。
 ・帳票を印刷すると版数や帳票番号がどこにも表れず、記録基準が明確でないため結
  果を追跡ができない。
 ・写真や動画が「JPG_0001」だけで場所・日付・対象などが特定できない。
<改善のコツ>
 ・“紙になっても識別できる”ことを基準に、ヘッダ/フッタに「文書番号・版・日付」
  を固定表示しておく。
 ・ルールを難しくしすぎない(番号体系は“検索と一意性”があれば十分)。

■□■ 7.5.2 c)適切性及び妥当性に関する適切なレビュー及び承認 ■□■
「c) 適切性及び妥当性に関する適切なレビュー及び承認」における「承認」について解説
します。
<狙い>
承認の目的である「この内容で運用してよい」という組織としての意思決定を記録として
明確にしておくとともに、誤った手順や曖昧な基準が使われることを防ぐ。
<実務ポイント>
 ・ “誰が何を確認して承認するか”を明確にする。
    〇 技術妥当性:製造技術、品質保証、設計など
    〇 運用妥当性:現場責任者(実行可能性)
    〇 最終承認:部門長、管理責任者など
 ・電子承認の場合:承認ログ(日時・承認者・版)が残る仕組み
 ・軽微な改訂の扱い(誤字修正は簡易承認、基準変更は正式承認 など)
<良い事例>
 ・検査基準書:品質保証課長が基準妥当性を確認、製造課長が運用可能性を確認、最
  終承認は品質責任者が行う。改訂理由と範囲(対象製品・工程)を承認時にチェッ
  クする。
 ・製造教育資料:内容を技術課長が、表示/安全/法規などコンプライアンス視点を品
  質保証課長がそれぞれレビューし、承認記録を残す。
<悪い事例>
 ・「現場が便利だから」と担当者が手順書を更新、承認なしで配布使用。後日、内部
  監査で“基準を権限者でない者が勝手に変えていた”と判明した。
 ・承認印はあるが、誰がいつ押したかが不明(押印欄が空欄)、電子文書において権限
  者以外が直せる、修正履歴が残る仕組みになっていない。
<改善のコツ>
 ・“承認は、押印ではなく、「新規/変更の責任を引き受けた証拠として扱う」という考
  えを持つ。
 ・承認フローは短くする(現場が勝手に運用する時間を無くす)。
 ・旧版は隔離して対象外にする仕組みを持つ。
 ・紙文書は回収する仕組みを持つ。
 ・発行日をYYYY-MM-DDにより記載する。

ISO9001キーワード 文書化した情報3 | 平林良人の『つなげるツボ』

2026年1月7日
———————————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.540 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:文書化した情報 3 ***
———————————————————————————
“Documented Information(文書化した情報)”は、従来の「文書(document)」と「記録
(record)」を一本化しましたが、現実には文書と記録は分けて考える方が理解しやすいと
思います。ただ近年、企業では紙だけでなく、電子データ、写真、サンプル、クラウド上
のログ、チャット履歴など、情報の形が多様化していますので、2015年版では「消えずに
残り管理できる情報」として文書と記録を規定しています。

■■ 定義の核心 ■■
文書化した情報の定義を細分化すると、ポイントは次の3つになります。
1. 情報(Information)
 情報とは意味あるデータです。単なる数値や文字列(データ)は、目的・文脈・解釈が
 与えられて初めて「情報」になります。たとえば、温度「23.4」というデータは、それ
 が“どの工程の、どの設備の、どの時刻の測定値か”等が紐づいて、初めて品質を管理す
 るための情報になります。
2.媒体(Medium)
 紙だけではなく、磁気・電子式・光学式ディスク、写真、マスターサンプルなどが媒体
 になり得ます。すなわち「PDF」「Excel」「画像」「動画」「データベース」「実物サンプ
 ル」も、要求事項に適合する形で管理できていれば“文書化した情報”となります。
3.管理(Control)
 文書化した情報は、作っただけでは不十分で、「管理されていること」が求められます。
 どこにあるか分からない手順書、最新版が特定できない帳票、改ざんや紛失リスクが放
 置されたデータなどは、存在していても「管理」されていないためISO9001規格に適合
 したことになりません。

■□■ 「あらゆる形式・媒体」「あらゆる情報源」 ■□■
附属書SL(共通テキスト)「文書化した情報」の定義の注釈1に「あらゆる形式媒体」「あ
らゆる情報源」という表現が出てきます。あらゆるという意味は、組織が自分たちの業務
にとって最適な形を選べることを意味しますが、その選択は妥当なもので運用上も管理が
適切になされていることが必要です。
たとえば「紙の手順書をやめて、タブレットで閲覧する」ことは近年多くの組織に見られ
ることですが、
 ・通信できない場所で閲覧できる。
 ・閲覧権限(編集できる権限)は限定されている。
 ・改訂時に旧版は現場に残らない。
 ・バックアップや復旧ができる。
といった管理が伴わないと、かえって問題を起こすことになります。

■□■ 文書化した情報の3つの例 ■□■
「文書化した情報」定義の注釈2には次のことが「文書化した情報の例」として書かれてい
ます。
 -関連するプロセスを含むマネジメントシステム
 -組織の運用のために作成された情報(文書類)
 -達成された結果の証拠(記録)

1.関連するプロセスを含むマネジメントシステム
 ここにおける「文書化した情報」は、単なる「標準類のファイル」ではなく、プロセス
 がどう繋がり、どう運用され、どう成果に結びつくかが見える形で情報が整備されてい
 る状態を意図しています。プロセス関連図、工程フロー、役割分担、指標、変更管理の
 仕組みなどが典型な「文書化した情報」です。
2.組織の運用のために作成された情報(文書類)
 いわゆる手順書、作業標準、規程、チェックリスト、教育資料、仕様書、帳票の記入要
 領などです。ここは「現場が迷わない」「同じ結果が再現できる」レベルで必要十分に
 整えるのがポイントで、やみくもに作ると“守れない文書”になりやい点に注意が必要で
 す。
3.達成された結果の証拠(記録)
 検査成績、測定結果、校正記録、教育訓練記録、監査記録、是正処置の記録、会議議事
 録、顧客クレーム対応履歴などが該当します。記録は「やったことの証拠」であり、後
 から検証できることがその価値です。よって、改ざん防止、追跡性(いつ・誰が・何を)、
 保管期間、検索性が管理上のポイントになります。

■□■ 文書化の問題点と改善 ■□■
35年前、日本にISOが上陸した時(1990年ころは黒船とも評された)には、文書化の
必要性が大々的に喧伝されました。欧米では人々の多様性(人種、階級、ジェンダー)に
よるコミュニケーションの必要性からなんでも文書にすることが多く、その部分が誇張化
されて日本に紹介され多くの組織でマニュアル作りが行われました。しかし、文書を作っ
ても守れないものであったり、現場で維持できないものであったり、結果最新化されない
形骸化した文書が多く存在することとなり、今でもその状態が続いている組織も多いと思
われます。認証を受けるために初期に審査機関向けに作成した文書の多くが形骸化してい
ることがあると思います。
ISO9001が伝えている核となるメッセージは、「文書化した情報は、“紙の文書”に限定され
ず、意味あるデータとしての情報が、適切な媒体で、組織として管理されている状態にし
ておく」ということです。
「文書化した情報」を整えることは、単なるマニュアル作りではなく、組織の運用を安定
させ、再現性を高め、結果の証拠を残し、継続的改善を回すためのインフラ整備であると
仕事の目的を再認識することが大切だと思います。

ISO9001キーワード 文書化した情報2 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年12月24日
———————————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.539 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:文書化した情報 2 ***
———————————————————————————
前回からISO9001:2015のキーワードとして「文書化した情報」を取り上げています。
ISO9001:2015年版に登場した「文書化した情報」とは何でしょうか。改めて日本語とし
てちょっと聞きなれない「文書化した情報」とは何かをお話ししてみたいと思います。

■■ 英語ではDocumented Information ■■
英語では “Documented Information”と言っていますが、JISでは「文書化した情報」と
素直に訳しています。ここでJISとは何かについて簡単に説明いたします。今更という方は
読み飛ばしてください。
JIS( Japanese Industrial Standard)は日本産業規格と呼ばれ日本の諸産業の標準化を担って
いる文書で「日本産業標準化法」という法律に基づいて経済産業省から発行され、今までに
約12,000規格くらい発行されています。日本産業標準化法の目的は第一条に次のように謳
われています。
(法律の目的)
第一条 この法律は、適正かつ合理的な産業標準の制定及び普及により産業標準化を促進す
 ること並びに国際標準の制定への協力により国際標準化を促進することによつて、鉱工業
 品等の品質の改善、生産能率の増進その他生産等の合理化、取引の単純公正化及び使用又
 は消費の合理化を図り、あわせて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。

文中に「国際標準」という言葉が出てきますが、これがISO(International Organization
for Standardization)です。ISOは1926年にジュネーブに民間組織(NGO)として設立された
国際組織で、これまでに約22,000件くらいの規格を発行してきていますが、多くのISO規
格がJIS規格になっています。JISにするためには英語を日本語に翻訳しなければなりません
が、ISO9001規格はJISQ9001という規格に翻訳されています。

■□■ 文書化した情報 ■□■
Documented Informationという英語は、私の知る限りISOで使い始めた用語で「組織が
管理し、維持するよう要求されている情報及びそれが含まれている媒体」と定義されていま
す。そして;
(1)文書化した情報は、あらゆる形式及び媒体の形をとることができ、あらゆる情報源か
  ら得ることができる。
(2)文書化した情報には、次に示すものがあり得る。
  ・関連するプロセスを含むマネジメントシステム
  ・組織の運用のために作成された情報(文書類)
  ・達成された結果の証拠(記録)
(3)情報とは意味あるデータである。
(4)媒体としては紙、磁気、電子式若しくは光学式コンピュータディスク、写真、マスター
  サンプルなどがありえる。
などということがISO9000:2015に説明されています。

■□■ 文書化した情報の最新化 ■□■
文書化した情報を最新化して維持する方法については前号で述べましたが、文書の内容の吟
味も重要です。特に近い将来AIエージェントに教師データとして供することを考えると今か
ら確実に行うことが大切であると思います。
文書最新化の際に必ず行うべき中身の充実については次のようなことがあります。
 ・実際の運用手順と一致しているか。
 ・最新の顧客要求/法令/設備/システムなどと整合しているか。
 ・誤解を招く表現や陳腐化した記載がないか。
 ・関係する文書との整合性を確認し、関連部門からレビューを受けているか。
文書管理マニュアルの別紙として1枚程度の「レビューガイドライン」を作成しておくこと
をお勧めします。

このような最新化の仕事はどうしても後送りされる仕事になりがちですが、「小さな修正」か
ら始めて最新化仕事のハードルを下げることも工夫の一つでしょう。例えば、文書の全てを見
直すのではなく、「表記の統一」とか「法律/制度名称の更新」とか「部門名・担当名の修正」
などを行うことが文書見直への認識を高めます。
さらにせっかく最新化しても承認ルートが複雑で時間がかかりすぎると現場が疲弊します。
電子承認フローを導入すれば、印鑑待ち/メール遅延などの「紙の壁」も解消されると思います。

ISO9001キーワード 文書化した情報 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年12月17日
———————————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.538 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:文書化した情報 ***
———————————————————————————
ISO9001:2015の箇条7.5.2には、「文書化した情報の作成および更新」に関して以下の3
点が規定されています。
a) 適切な識別及び記述(例えば、タイトル、日付、作成者、参照番号)
b) 適切な形式及び媒体(例えば、言語、ソフトウェアの版、図表、紙、電子媒体)
c) 適切性及び妥当性に関する、適切なレビュー及び承認

■■ a)とb)は比較的運用しやすい ■■
この3つの規定のうちa)とb)については比較的取り組みやすい項目です。しかしc)の文書
の適切なレビュー及び承認は、滞っている組織が圧倒的に多いように思います。
更新されていない手順書、古い版のまま棚に眠るマニュアル、実態と乖離した規定類など、
こうした形骸化文書は、QMSの根幹である「実行可能なルール」そのものを損なう存在に
なります。
新しい文書はそれなりに作りますが、作った文書を見直すことはどうも苦手な組織が多い
ようです。これはVol.537までお話ししてきた「維持する」ことが苦手であるということ
と繋がります。新しい文書は何らかの理由から「待ったなしの目の前にある課題」で実施
しないと組織が困るのでしょう。しかし、すでに作った文書を見直して最近化することは
直ちに困ることにならないということが見直しが進まない理由であると思います。
困ることがないならば形骸化文書はそのままで良いとのご意見もあるかもしれませんが、
AIエージェントの時代には困ること必至です。

■□■ 文書の最新化が進まない組織の共通点 ■□■
AIが人間に変わって仕事をする時代がすぐ目の前にあります。定型化した仕事はAIの方
が効率良くこなします。複雑な仕事、変化する仕事、相手の心を忖度しなければならない
仕事などは人間が行う仕事として集約されていきます。

なぜ、文書の見直しはされないのでしょうか。いくつか思い当たる要因を掲げてみます。
きちんと見直しされている組織もあると思いますが、私が経験した要因は次のようなもの
です。
(1)「誰が見直すか」が曖昧
 → 作成者や部署長が“なんとなく”担当とされており明確な役割分担がない。
(2)レビューの基準が不明瞭
 → 何をもって「見直すべきか」の判断が人によって異なる。
(3)“期限管理”がない
 → 見直し時期が設定されておらず、「必要になったら見直す」が常態化。
(4) 運用と乖離していて見直し自体が困難
 → 現場のやり方と文書がズレすぎて手がつけられなくなっている。
(5)更新に至るプロセスが煩雑
 → 変更申請→レビュー→承認→再配布の流れが重たく手を出しにくい。
これらの状況が積み重なることで、「古いけどそのまま使うしかない」文書が量産されてい
るのだと思います。

■□■ 最新化を維持するポイント ■□■
ではどうすればよいかということになります。「維持する」シリーズでも述べましたが、や
らなければ困る状態を作ることに尽きると思います。それは、すべての文書に「見直し責
任者」と「見直し周期」を明記することが一つの案です。
 ・責任者は必ず個人名で設定(例:部門責任者、文書作成者本人など)
 ・見直し周期は「最大○年」と上限を決めておく(例:2年以内に一度は確認)
例:手順書のフッターに以下を記載
【見直し責任者:○○部長 最終レビュー日:2025年12月 次回レビュー期限:2027 
年12月】

更に、最新化をイベント化することも考えられます。単に「2年に1度見直しよう」では
確実に行われませので、「定期レビュー」により強制力をつけることが考えられます。
実務での方法の例:
 ・年度初め/上期末などに「文書レビュー月間」を設定
 ・総務または管理責任者がチェックリストを配布/督促
 ・未実施者にはリマインド通知+次回マネジメントレビューで報告
部門ミーティングで「この手順は今も現場で使えてる?」という雑談から始めてもいいと
思います。まずは最新化することに気持ちを傾くことが第一歩です。

ISO9001キーワード  品質マネジメントシステムの「維持する8 最終回」 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年12月10日
———————————————————————————
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.537 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:8 最終回 ***
———————————————————————————
今まではマネージャーの立場から自部署組織の部下に「維持する」ことを徹底させる方法
について述べてきました。最終回はマネージャーの方々自身が「維持する」ことを継続す
る方法について述べたいと思います。この方法は部下を指導する場合においても参考にな
ると思います。

■■ 自己強化:本人の内側から生まれる力 ■■
維持継続には外的な指示や評価だけでなく、「本人の内側から生まれる力=内発的動機づ
け」が不可欠です。その中核となるのが自己強化と自己弱化です。
自己強化とは「よし、できた!」と自身を鼓舞する気持ちが行動を維持する力として働く
メカニズムです。自己強化は、ある行動の直後に、他人ではなく「自分自身が快感や満足
を感じること」によって、その行動が継続する心理的構造です。

これは、たとえば以下のような瞬間に起こります。
 ・整理整頓を終えて「気持ちがスッキリした」と感じる。
 ・クレーム対応がうまくいって「達成感」を得る。
 ・難しい報告書をまとめて「やればできる」と思える。
 ・自分で自分に「よく頑張った」と声をかける。
この「内側から湧き上がる満足感」があるからこそ、他人の評価がなくても人は行動を続
けられるのです。
今までの例に加えて次のようなこともあります。
 ・改善提案が採用されなくても、「考えをまとめられた」と自分を評価できる。
 ・手順を守って作業したあと、「ミスなく終わった」と自分を誉めることができる。
 ・文書管理を丁寧に行い、「整っている環境」に満足できる。
こうした自己強化の感覚が職場全体に根付くことで、他者からの指示や報酬がなくても、
自律的な行動が続く組織になります。

■□■ 自己弱化:もうやってもムダだ ■□■
一方、自己弱化とは、行動の直後に本人が“不快/落胆/失望”を感じることで、行動が減少
または消去されてしまう心理現象です。
特に注意したいのは、「努力したのに報われない経験」が繰り返されることで、次第にや
る気そのものが消えてしまうことです。これはいわゆる「学習性無力感」にもつながりま
す。
具体的にはこんな場面です。
 ・提案を出したがまったく反応がない →「意味がない」と思ってやめる。
 ・品質記録を丁寧に書いたのに見てもらえない →「どうせ誰も見てない」
 ・不具合を報告したら逆に責められた →「もう黙っておこう」
このように、行動の直後に自分自身が「嫌な気持ち/むなしさ」を感じると、本人の中で行
動を止める力が働くのです。

■□■ 自己強化と自己弱化は「設計」できる ■□■
私たちは往々にして、行動を他人から褒められたり叱られたりすることで行動をコントロ
ールします。しかし、行動心理学的には本人内面にある「評価システム」が継続を決定づ
けているようです。この評価システムをISO維持のために活用しようとすると、「自己強
化を促し自己弱化を防ぐ仕組み」を設計することが必要になります。
(1)自己強化を促す実務的アプローチ
 a. 小さな成功を実感させる。
  目標を「完璧」ではなく「できた部分」に焦点を当てる。(例)「毎日報告書を書く」
  →「まず3日間続けることを目指す」
 b. 内発的動機付けをする。
 (例)「この書類、整理されていて気持ちがいいね」と伝えることで、気持ちよさを意
  識させる。
 c. 振り返りで達成感を言語化する。
  週次の振り返りで「できたこと」を自分で書き出す。(例)「何が嬉しかった?何に満
  足した?」と問う場を設ける。

(2)自己弱化を防ぐ実務的アプローチ
 a. 努力の可視化と評価
  成果が出なくても、「そこまでの努力」を上司が認知する。(例)「提案の中身はすぐ
  には実現できないけど、ここまで考えたことは素晴らしいね。」
 b. 過度な期待を避ける段階設計
  最初から高すぎる目標を与えない(“できない”が続くと自己弱化)(例)難しい業務は
  ステップを分けて評価する(Vol.535のシェイピング参照)。
 c. 結果以外の視点を与える
  「失敗したけど、ここは工夫してたね」「ここで躓いた理由は何だろう?」と成長の視
  点を提供する。

■□■ 行動を維持する力は「自分の中」にある ■□■
ISO9001が求める維持は、形だけの継続ではなく、人が主体的に動き続けられる状態をつ
くることです。
そのためには、
 ・自分の行動に意味を見い出せる。
 ・自分の努力に誇りを持てる。
 ・自分自身がやってよかったと思える。
こうした“自己強化”の連鎖をつくる職場環境こそが、QMSを息づかせ、長く続けていく鍵
になります。
「維持」は誰かにやらされるものではありません。「自分で続けられるようにする」ことが
本当のマネジメントです。