ISO9001キーワード  認識 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年7月18日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.518 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  認識 ***
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ISO9001箇条7.3「認識」では、「組織は、管理下で働く人々が、品質マネジメ
ントに関して認識をもつことを確実にしなければならない」と規定されていま
す。
この“認識”とは単なる知識の理解や情報の伝達ではありません。組織の方針
や目標、自分の役割や重要性を自分ごととして実感することが求められている
のです。
では、この「認識」を高めるために、経営者や部署長、リーダーは何を意識す
べきでしょうか。その答えのヒントは、人間の行動や思考を探る「心理学」に
あります。

■■ 心理学の誕生 ; 人の心に科学で迫る ■■
なかでも、行動心理学は、「なぜ人は動くのか」「どのようにすれば人の意識
が変わるのか」を科学的に解き明かそうとする分野です。
心理学は19世紀末に、ドイツのヴィルヘルム・ヴントがライプツィヒ大学に
世界初の「心理学実験室」を開設したことに始まります。心理学が「哲学」や
「生理学」の枠を超え、独立した学問としてその第一歩を踏み出したのです。
ここでの心理学は、「意識とは何か」「人の心の構造はどうなっているのか」
という内面的なアプローチの研究で、その流れが主流となりました。しかし、
その内面的な研究は、再現性に乏しく、科学としての信頼性には課題を残した
ものでした。

■■ 行動主義の登場――観察できる“行動”に焦点をあてる ■■
そこで20世紀初頭に登場したのが、「行動主義心理学(ビヘイビオリズム)」
です。アメリカの心理学者ジョン・ワトソンは、「心理学は行動を予測し、
制御する科学である」と主張し、人の内面ではなく、外から観察できる“行
動”に注目しました。
この流れを受けて、イワン・パブロフの「犬の唾液実験」や、B.F.スキナー
の「オペラント条件づけ」など、刺激と反応の関係を通じて人の行動を理解
しようとする研究が進みました。
ここでは、環境(働きかけ)によって人の行動がどう変わるかが重要視され、
「適切な刺激を与えれば、人の行動も変わる」とされました。
これは、ISO9001における「認識」の育成、確立にも応用できる考え方です。
たとえば、どれだけ良い方針を掲げても、現場にそれが“伝わる”だけでは足
りず、“実感できる仕掛け”がなければ、行動にはつながらないのです。

■■ 認知心理学の発展――人はどう情報を理解するのか ■■
1960年代以降、単純な刺激と反応の図式だけでは説明できない複雑な人間の行
動に注目が集まり、「認知心理学」が発展します。
認知心理学では、人が情報をどう受け取り、理解し、記憶し、意思決定に活か
していくかというプロセスを重視します。
たとえば、人は同じ言葉でも、状況や感情によって意味の受け取り方が変わり
ます。
また、自分に関係があると感じた情報のほうが記憶に残りやすく、行動にもつ
ながりやすいといった知見もあります。
これもまた、ISO9001箇条7.3の実践に役立ちます。単に「品質方針を知らせま
した」ではなく、「自分の業務とどう関係するかまで伝えたか」「どうすれば
理解を深められるか」といった工夫が求められるのです。

■■ 人の認識を高めるには何が必要か ■■
心理学の歴史が示しているのは、「人の認識は、情報を与えるだけでは育た
い」ということです。認識とは、理解+納得+内面化によって生まれます。
つまり、経営者、部署長やリーダーには次のような働きかけが求められます:
(1) 情報の伝え方に工夫を加える(認知心理学)
(2) 行動に結びつくような仕組みを設ける(行動心理学)
(3) 部下が「自分事」として捉えるよう支援する(動機づけ理論)
これらを意識することで、形式的な伝達ではなく、「認識として根づく伝達」
が可能になります。

■■ ISO9001と心理学の接点にある「認識」 ■■
ISO9001箇条7.3「認識」は、単なる情報伝達ではなく、働く人々が自分の業務
の意味や影響を理解し、自発的に行動できるようにすることを求めています。
そのためには、心理学の視点から「人はどう学び、どう納得し、どう動くの
か」を理解することが極めて重要です。
心理学の歴史に触れることは、まさにその第一歩となります。