2025年8月27日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.522 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識5 認識の仕組み ***
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前回(Vol.521)は、パブロフとソーンダイクの研究から、「条件づけ」や「試行
錯誤学習」によって人や動物の行動が形成される仕組みを見てきました。今回は
私たちが組織内で人の「認識」や「行動」をどのように定着させるかを考えるう
えで、非常に実践的なヒントについてお話しします。
■■ 実践的なヒントとは? ■■
アメリカの心理学者バラス・スキナー(B.F. Skinner)による「スキナー箱の実験」
と、そこから導かれたオペラント条件づけの理論を取り上げます。スキナーは、
「反応の頻度を測定できる特別な装置(スキナー箱)」を使って、動物の自発的な
行動がどのように強化されていくかを研究しました。実験は以下のような流れです。
(1) 絶食させたネズミをスキナー箱に入れる。
(2) ブザーが鳴ったときにレバーを押すとエサが出るように設定する。
(3) ネズミはやがて、ブザーが鳴ったらすぐレバーを押すようになる。
このように、ネズミがレバーを押す行動は、エサ(報酬)によって**「強化」**さ
れ、反応の頻度が増加していきます。これが「オペラント条件づけ(operant
conditioning)」と呼ばれる学習理論です。
ポイントとなる概念は以下の通りです:
・好子(こうし):エサのように快をもたらし、行動を強化する刺激。
・確立操作:絶食させることで、エサに対する価値(強化力)を高める操作。
・先行刺激:ブザーのように、行動の前に現れる刺激。
・弁別刺激:ブザーが鳴っているときだけ行動が強化される。ブザーの有無に
よって行動の出現が変化する。
この実験は、人が日常的に経験する「ご褒美」「注意」「評価」など、あらゆる行動
の背景を理解する基礎となります。
■■ オペラント条件づけの意味とは? ■■
スキナーの理論では、行動の背後にある「意識的な意思決定」よりも、「その行動の
結果が環境にどう影響するか」が重視されます。つまり:
・ある行動の直後に気持ち良ければ、その行動は繰り返されやすくなる
・逆に、不快や無視された場合は、その行動は減少する
この仕組みを職場に当てはめると、部下の行動に対して以下のような対応が“強化”に
つながります:
(1) 改善提案をした社員に感謝を伝え、採用すれば、「また提案しよう」という動機
づけになる
(2) チーム全体の前で努力を認めれば、他のメンバーの行動も刺激される
(3) ミスをしても叱るよりも、建設的なフィードバックを与えることで行動を改善さ
せやすい
こうした行動強化の仕組みを理解することは、ISO9001の箇条7.3「認識」を深める
実践的アプローチでもあります。
■■ 報酬系のメカニズムと“やる気”の正体 ■■
スキナーの研究の背景には、脳の「報酬系」と呼ばれる神経メカニズムも存在します。
脳には、「何かを達成した」「期待どおりの結果を得た」ときに快感を引き起こす仕組
みがあります。これが、行動の強化を生理学的に裏づけています。
特に重要なのが、ドーパミンという神経伝達物質の働きです。
以下のような2つの経路で分泌され、私たちの行動や“やる気”をコントロールしてい
ます:
(1) 黒質から線条体へのドーパミン分泌
・意欲・運動の制御に関係
・行動を起こす前段階で活性化される
・パーキンソン病患者はこの経路が損傷されているため、動作や意欲が著しく低下
する
(2) 腹側被蓋野(VTA)から前頭皮質や側坐核へのドーパミン分泌
・達成や報酬に対する快楽に関係
・何かを達成したときに“気持ちよさ”を感じる
・スイッチを押すだけでこの刺激を得られるようにすると、ネズミは餓死するまで
スイッチを押し続けたという有名な実験もある
つまり、行動が繰り返される背景には、脳内の「報酬」処理が深く関係しているという
わけです。
■■ 外的動機づけと内発的動機づけ ■■
スキナーの研究は「外的報酬」が行動を強化することを示しましたが、現代の組織マネ
ジメントでは、**内発的動機づけ(自分の意思でやりたいと思う)**も重要視されてい
ます。
報酬や評価も有効ですが、それだけでは限界があります。人が自分から動くためには:
・自分の行動が意味あることだと「認識」する
・自分の成長や目標につながると「感じる」
・組織のビジョンと自分の価値観が「重なる」
このような“内発的報酬”のしくみも併せて設計する必要があります。
■■ 人の行動は、「設計」できる ■■
ISO9001の箇条7.3「認識」を実現するためには、単に方針や目標を伝えるだけでなく、
人の行動がどのように生まれ、強化されるのかという視点が必要です。
スキナーのオペラント条件づけと報酬系の理解は、「認識は行動から生まれる」という
実践的な示唆を与えてくれます。
その意味で、マネジメントとは「行動のデザイン」であり、組織とは「行動が繰り返
される環境」だとも言えるのです。