Category Archives: つなげるツボ

ISO9001キーワード  認識 4 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年8月20日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.521 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識4 ~「認識の定着」を考える ***
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ISO9001の箇条7.3「認識」では、働く人々が自らの仕事の意義や影響を理解し、
品質マネジメントにおいて貢献できるようにすることが求められます。しかし、
情報を伝えただけで人が自然に理解、認識し、行動を変えることはあまり期待で
きません。

■■ パブロフの犬:条件づけが行動をつくる ■■
人の認識を行動に結びつけることに関しては、「行動心理学(行動主義心理学)」
について理解すると良いと思います。これは、観察可能な人間の“行動”を通じて
心理を理解しようとするアプローチであり、教育、研修、動機づけ、行動改善な
どの場面で実践的に活用されています。
ここでは行動心理学の原点とも言える2つの実験――パブロフの犬と猫の問題箱
――を紹介しながら、行動と認識の関係を探っていきます。20世紀初頭、ロシア
の生理学者イワン・パブロフは、消化器系の研究を行う中で、偶然にも心理学史
に残る発見をします。
彼は、犬の頬に唾液管を取り付け、餌を与えたときの唾液の分泌を測定していま
した。ところが、まだ餌を与えていないのに、飼育員の足音を聞いただけで唾液
が出ることに気づいたのです。この現象に注目したパブロフは、次のような実験
を行いました。
 ・ベルを鳴らしてから餌を与える、という行動を繰り返す。
 ・やがて、ベルの音だけで唾液を分泌するようになる。
 ・ベルだけを鳴らし続けると、反応は次第に消えていく(消去)。
 ・数日後、再びベルを鳴らすと、また唾液が出る(自発的回復)。
この現象は「古典的条件づけ」と呼ばれ、人間の学習や行動にも深く関わるもの
です。
たとえば、職場で「褒められたときの達成感」や「ミスを怒られたときの緊張」
なども、ある種の条件づけによって形成されます。つまり、環境の刺激と反応の
繰り返しで、人の行動様式は作られると考えられます。
7.3認識で要求されている「ISOの方針や品質意識」も同様に、「情報伝達→行動
→成果→評価」の連鎖を繰り返すことで、認識の定着可能性が高まります。

■■ ソーンダイクの猫:試行錯誤から学ぶ ■■
アメリカの心理学者エドワード・ソーンダイクは、猫を使った実験で「試行錯誤
による学習」を実証しました。彼は、次のような実験を行いました。
 ・紐を引くと扉が開く仕組みの「問題箱」に猫を入れる。
 ・外に餌(刺激)を置くことで、猫に動機づけを与える。
 ・初めはさまざまな行動を試すが、偶然紐を引いて扉が開く。
 ・何度か繰り返すうちに、「紐を引く」という正反応が強化され、反応時間が
  短くなっていく。
このような学習は、以下の3つの法則によって説明されています。
(1) 試行錯誤学習(S-R結合)
 ・動物や人間は、刺激(S)と反応(R)を結びつけて学習する。
 ・正しい反応を繰り返すことで、その結合が強まり、行動が定着する。
(2) 効果の法則
 ・満足や快をもたらす反応は強化され、行動が起きやすくなる。
 ・不満足や不快をもたらす反応は弱まり、行動が減少する。
 ・快・不快の強さに応じて、学習の速度や定着度も変わる。
(3) レディネス(準備性)の法則
 ・学ぶ準備ができているときには、より効率的に学習できる。
 ・逆に、準備ができていない状態では、学習が定着しにくい。
これらの理論は、現代の研修やOJT、行動変容の場面でも非常に重要な指針とな
ります。

■■ 行動心理学の実務への応用:認識の定着とは何か? ■■
これら2つの研究が教えてくれることは、「人の行動は、偶然ではなく、環境との
関わりで形成される」という点です。そして、その行動が習慣化し、意味を持つ
ようになることで、初めて「認識」が生まれます。
ISO9001箇条7.3「認識」において重要なのは、以下の3点です:
(1) 行動を起こすための「きっかけ(刺激)」を整える
例:朝礼での品質方針の唱和、改善提案の仕組み
(2) 行動が報われる「成功体験」や「評価」を設ける
例:改善による成果を可視化し、表彰やフィードバックを行う
(3) 失敗を学びに変える環境をつくる
例:ミスを責めず、原因を共有し再発防止策を話し合う仕組みづくり
つまり、「伝えたかどうか」ではなく、「行動に結びついているかどうか」が、認識
の成否を分けるのです。

■■ 行動から“認識”をつくるリーダーシップ ■■
行動心理学の実験は、一見すると動物の単純な学習のように思えるかもしれません。
しかしその本質は、「人は環境によって学び、変化し、成長する」存在であるという、
人間への深い理解にあります。経営者やリーダーが「部下が認識を持っていない」
と感じたとき、部下に責任があるとは限りません。
「その認識を持たせる環境を作っているか? 行動を引き出す仕掛けがあるか?」
などを問うことがマネジメントには必要です。

ISO9001キーワード  認識 3 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年8月6日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.520 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード:認識3 ~心理学の分類と認識の関係 ***
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前回(Vol.519)は、心理学の歴史を振り返りながら、人間の認識や行動に対す
る理解の広がりをたどりました。今回はその続編として、現代の心理学がどの
ように体系化され、私たちの実務や組織づくりにどう応用できるのかを考える
ために、心理学の分類についてご紹介します。

■■ 心理学は2つに大別できる:基礎心理学と応用心理学 ■■
ISO9001の箇条7.3「認識」では、組織の管理下で働く人々が「自分の仕事の意
味」や「業務が品質目標にどう関係するか」などを理解・実感していることが求
められます。これを実現するには、人の心の動きや行動特性を科学的に理解する
必要があります。その道しるべが、心理学です。
心理学は大きく2つの分野に分かれます。
(1) 基礎心理学:人間の心と行動の仕組みを理論的に解明する学問。
(2) 応用心理学:基礎心理学の知見を現実の課題解決に応用する実践的な学問。
それぞれにどんな分野があるのか説明をします。

■■ 基礎心理学の主要分野 ■■
基礎心理学は、「人間とは何か?」を科学的に明らかにすることが目的です。以下
のような分野があります。
(1) 認知心理学
人間の情報処理能力に注目し、「記憶」「思考」「判断」「問題解決」などを研究す
る分野です。たとえば、同じ情報でも人によって受け取り方が異なるのはなぜか?
といった問題に答えます。ISOの方針を「どう伝えると理解されやすいか」という
場面に直結します。
(2) 学習心理学
経験によって行動がどう変わるかを研究します。有名な例が「パブロフの犬」で、
刺激と反応の関係から条件づけの仕組みを明らかにしています。教育や訓練の方法
設計に不可欠な知識です。
(3) 行動心理学(行動主義)
目に見える「行動」を科学的に観察・分析する分野です。たとえば、特定の行動が
何によって引き起こされ、どう強化されるかを追究します。フィードバックや報奨
制度の設計に役立ちます。
(4) 知覚心理学
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚など、人の五感に関する認知プロセスを研究します。
安全標識やマニュアルの色づかい、音声指示の有効性など、職場環境の設計にも影
響します。
(5) 神経心理学
脳の損傷や異常が精神や行動に与える影響を研究する分野で、神経疾患のリハビリ
や認知症への理解にも活用されます。
(6) 生理心理学
脳波・心電図・皮膚電気反応などの生体反応から、人の心理状態を探る学問です。
たとえば「うそ発見器」もこの研究分野に含まれます。
(7) 発達心理学
人間の心理が年齢とともにどのように変化していくかを研究します。新人や若手、
中堅、ベテランといった年齢や経験に応じた指導法の設計に役立ちます。
(8) 人格心理学
人の性格・パーソナリティと行動の関係性を探る学問です。性格検査やチーム編成
など、人材配置やリーダー育成の基礎にもなります。
(9) 社会心理学
人間が他者や集団と関わる中で、どのように行動や意識が変化するかを研究します。
たとえば「集団の中だと人はなぜ無責任になるのか」など、組織運営に直結する課
題を扱います。

■■ 応用心理学の主要分野 ■■
応用心理学は、基礎心理学の知見を現実社会の課題に活かす実践的な分野です。
(1) 臨床心理学
うつ病や不安障害など、精神的な問題を抱える人へのカウンセリングや心理療法に
関わります。メンタルヘルス支援において重要な分野です。
(2) 犯罪心理学
犯罪者の心理、再犯の防止、予防教育などを扱います。組織内の不正防止教育など
に応用が可能です。
(3) 産業心理学
職場における人間関係、モチベーション、労働環境、リーダーシップなど、企業活
動に直結するテーマを扱います。ISO9001の運用にも非常に関係の深い分野です。
(4) 教育心理学
学習者の理解度や成長に応じた教育方法、学びの設計を行う分野です。社内教育や
OJTの設計に役立ちます。
(5) 災害心理学
地震や事故、パンデミックなどの災害発生時における人間の心理や行動を研究しま
す。安全衛生やリスクマネジメントに応用されます。
(6) スポーツ心理学
選手のモチベーション管理、チームづくり、目標設定などに関わる分野で、ビジネ
スにおけるパフォーマンス向上にも応用が可能です。

■■ 心理学の全体像を知ることは「認識」を支える力になる ■■
このように心理学は非常に幅広い分野を持ち、人の“認識”や“行動”を深く理解する手
がかりにあふれています。ISO9001箇条7.3「認識」を実践的に進めるには、こうし
た心理学の知見をマネジメントに活かすことが極めて有効です。
たとえば、
・どう伝えれば相手に届くか(認知心理学)
・どうすれば人は行動を変えるのか(行動心理学・学習心理学)
・なぜ人によって反応が異なるのか(人格・発達心理学)
・チーム内の認識の差をどう埋めるか(社会・産業心理学)
こうした視点を持つことで、単なる知識の伝達を超え、「意味ある認識」を組織に根
づかせることが可能になります。

ISO9001キーワード  認識 2 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年7月30日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.519 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  認識 2 ***
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ISO9001箇条7.3「認識」について考えていますが、前回は心理学の起源と行
動心理学の登場について触れました。組織の中で働く人々が、自分の役割や業
務の意味を「自分ごと」として認識するためには、単なる情報の共有では不十
分であり、心理的な働きかけが不可欠です。今回はその前提として、心理学の
歴史を17世紀から20世紀初頭までたどり、人の「認識」の成り立ちについて
お話しします。

■■ 17世紀:デカルトと“魂”の正体 ■■
心理学の源流は、哲学と生理学にあります。その原点とも言えるのが、17世紀
の哲学者ルネ・デカルトです。彼は「我思う、ゆえに我あり」の命題で有名で
すが、同時に心と身体の関係についても深い洞察を残しました。
デカルトは、牛の心臓と血流の研究から、肉体は魂がなくても機械のように動
くという結論に達しました。これは、「心(魂)」がなくても身体は反応する――
つまり、心身は別の存在であるという「心身二元論」の誕生であります。
この考えは、のちの心理学において、「観察可能な身体」と「内面で起きる精神」
の双方を扱う基礎的な視点となりました。

■■ 18世紀:メスメルと催眠療法の始まり ■■
18世紀には、フランツ・アントン・メスメルが登場します。彼は“動物磁気”と
いう概念を提唱し、人間や動物には見えないエネルギー(磁気)が流れており、
そのバランスが崩れると病気になると考えました。この理論は現代科学とは異
なりますが、彼が行った治療法は、のちに催眠療法(ヒプノセラピー)として
発展していきました。
「無意識の影響で人の行動や体調が変化する」という考えは、心理学が人の深
層心理へと向かう扉を開くきっかけとなりました。

■■ 19世紀:ヴント、心理学を“科学”にする ■■
1879年、ヴィルヘルム・ヴントがドイツ・ライプツィヒ大学に世界初の心理学
実験室を設立しました。これにより、心理学は哲学の一部ではなく、科学とし
ての第一歩を踏み出すことになります。
ヴントの研究の中心は「意識」でした。彼は、「人の意識は経験によって構成さ
れる」とし、その経験を感覚・学習・感情の要素に分け、それらがどのように
組み合わさって意識を形成するかを「内観法(自己観察)」によって探りました。
この時代は、心理を“観察できる対象”として扱い始めた画期的な時期です。そし
て「経験によって意識が形成される」という考え方は、現代の認識教育やOJT
の土台にも通じています。

■■ 1895年:フロイトと“無意識”の発見 ■■
心理学の歴史に大きな転機をもたらしたのが、オーストリアの精神科医ジーク
ムント・フロイトです。彼は、当時「ヒステリー」と呼ばれた症状の原因を、
身体ではなく無意識の心的外傷(とくに幼少期の抑圧された体験)にあると考
えました。
その治療法として提唱されたのが、「カタルシス療法」=言葉による解放(お話
し療法)です。これは、心の深層に眠る感情や記憶を言語化することで、症状
を軽減しようとする方法でした。「無意識の存在を意識化する」という考え方は、
人の認識や行動の背景をより深く理解するうえで、非常に重要な視点となりま
した。

■■ 1911年:アドラーと“目的”のある心理学 ■■
フロイトの弟子でありながら、異なる理論を築いたのがアルフレッド・アドラー
です。
アドラーは、個人心理学の創始者として、「人は劣等感を克服し、目的に向かっ
て行動する存在である」と説きました。
彼によれば、すべての問題は「対人関係の中にある」とされ、仕事・友情・愛と
いう3つの“タスク”をどう捉えるかによって、人生の課題も異なるという実践的
な理論を展開しました。アドラー心理学は、組織における「役割意識」や「目的
意識」に深く関係しており、個々の行動の動機を探る手がかりとなります。

■■ 1920年:ユングと“集合的無意識”の概念 ■■
最後に紹介するのが、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングです。彼は、
フロイトの無意識理論をさらに広げ、「集合的無意識」という概念を提唱しました。
 ・コンプレックス:感情と観念の複合体
 ・個人的無意識:個人の経験に基づく無意識
 ・集合的無意識:人類に共通する普遍的イメージや原型
さらに彼は、心理のエネルギーの方向性として「外向型/内向型」、心的機能を
「思考・感情・感覚・直観」に分類し、個人の認知スタイルの理解に寄与しまし
た。これは現在の性格診断(MBTIなど)にも影響を与えています。

■■ 心理学の歩みは「認識」への理解の歩み ■■
心理学の歴史を振り返ると、人間の認識とは「ただ知る」ことではなく、「感じ、
理解し、意味づける」プロセスそのものだと気づかされます。
ISO9001の箇条7.3「認識」は、まさにこの“人の内面”を重視した考え方です。
組織の目標や方針を、人が自分事としてとらえるには、単なる情報ではなく、
心に届く働きかけが必要です。

ISO9001キーワード  認識 | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年7月18日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.518 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  認識 ***
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ISO9001箇条7.3「認識」では、「組織は、管理下で働く人々が、品質マネジメ
ントに関して認識をもつことを確実にしなければならない」と規定されていま
す。
この“認識”とは単なる知識の理解や情報の伝達ではありません。組織の方針
や目標、自分の役割や重要性を自分ごととして実感することが求められている
のです。
では、この「認識」を高めるために、経営者や部署長、リーダーは何を意識す
べきでしょうか。その答えのヒントは、人間の行動や思考を探る「心理学」に
あります。

■■ 心理学の誕生 ; 人の心に科学で迫る ■■
なかでも、行動心理学は、「なぜ人は動くのか」「どのようにすれば人の意識
が変わるのか」を科学的に解き明かそうとする分野です。
心理学は19世紀末に、ドイツのヴィルヘルム・ヴントがライプツィヒ大学に
世界初の「心理学実験室」を開設したことに始まります。心理学が「哲学」や
「生理学」の枠を超え、独立した学問としてその第一歩を踏み出したのです。
ここでの心理学は、「意識とは何か」「人の心の構造はどうなっているのか」
という内面的なアプローチの研究で、その流れが主流となりました。しかし、
その内面的な研究は、再現性に乏しく、科学としての信頼性には課題を残した
ものでした。

■■ 行動主義の登場――観察できる“行動”に焦点をあてる ■■
そこで20世紀初頭に登場したのが、「行動主義心理学(ビヘイビオリズム)」
です。アメリカの心理学者ジョン・ワトソンは、「心理学は行動を予測し、
制御する科学である」と主張し、人の内面ではなく、外から観察できる“行
動”に注目しました。
この流れを受けて、イワン・パブロフの「犬の唾液実験」や、B.F.スキナー
の「オペラント条件づけ」など、刺激と反応の関係を通じて人の行動を理解
しようとする研究が進みました。
ここでは、環境(働きかけ)によって人の行動がどう変わるかが重要視され、
「適切な刺激を与えれば、人の行動も変わる」とされました。
これは、ISO9001における「認識」の育成、確立にも応用できる考え方です。
たとえば、どれだけ良い方針を掲げても、現場にそれが“伝わる”だけでは足
りず、“実感できる仕掛け”がなければ、行動にはつながらないのです。

■■ 認知心理学の発展――人はどう情報を理解するのか ■■
1960年代以降、単純な刺激と反応の図式だけでは説明できない複雑な人間の行
動に注目が集まり、「認知心理学」が発展します。
認知心理学では、人が情報をどう受け取り、理解し、記憶し、意思決定に活か
していくかというプロセスを重視します。
たとえば、人は同じ言葉でも、状況や感情によって意味の受け取り方が変わり
ます。
また、自分に関係があると感じた情報のほうが記憶に残りやすく、行動にもつ
ながりやすいといった知見もあります。
これもまた、ISO9001箇条7.3の実践に役立ちます。単に「品質方針を知らせま
した」ではなく、「自分の業務とどう関係するかまで伝えたか」「どうすれば
理解を深められるか」といった工夫が求められるのです。

■■ 人の認識を高めるには何が必要か ■■
心理学の歴史が示しているのは、「人の認識は、情報を与えるだけでは育た
い」ということです。認識とは、理解+納得+内面化によって生まれます。
つまり、経営者、部署長やリーダーには次のような働きかけが求められます:
(1) 情報の伝え方に工夫を加える(認知心理学)
(2) 行動に結びつくような仕組みを設ける(行動心理学)
(3) 部下が「自分事」として捉えるよう支援する(動機づけ理論)
これらを意識することで、形式的な伝達ではなく、「認識として根づく伝達」
が可能になります。

■■ ISO9001と心理学の接点にある「認識」 ■■
ISO9001箇条7.3「認識」は、単なる情報伝達ではなく、働く人々が自分の業務
の意味や影響を理解し、自発的に行動できるようにすることを求めています。
そのためには、心理学の視点から「人はどう学び、どう納得し、どう動くの
か」を理解することが極めて重要です。
心理学の歴史に触れることは、まさにその第一歩となります。

ISO9001キーワード  信頼される本物のリーダー | 平林良人の『つなげるツボ』

2025年7月9日
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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.517 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
*** ISO9001キーワード  信頼される本物のリーダー ***
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前回は、革新のリーダーシップを通じて、組織の未来を切り拓くために必要な
ステップとリーダーの資質について考えました。今回はさらに一歩踏み込み、
「信頼される本物のリーダー」とは何かをお話ししたいと思います。
今回のテーマは「オーセンティック・リーダーシップ」です。
これは2003年、ビル・ジョージが著書『ミッション・リーダーシップ』で提
唱した概念で、「倫理観と自己理解に基づいた“本物のリーダーシップ”」を意味
します。近年の不祥事や組織不信の中で、改めて注目されている考え方です。

■■ なぜ「本物のリーダー」が必要なのか? ■■
2000年代初頭、アメリカでは大手企業による不正会計や隠ぺい行為が社会的に
大きな問題となりました。短期的な株主利益や市場評価を優先するあまり、企
業が本来守るべき倫理や社会的責任が軽視され、結果として長期的な信頼と利
益を失ってしまったのです。
こうした反省の中から浮かび上がったのが、「倫理観に根ざし、信念を持って
行動するリーダーの必要性」です。これこそが、オーセンティック・リーダー
シップの出発点です。
「authentic」という言葉は、「確実な」「本物の」「偽りのない」という意味を
持ちます。オーセンティック・リーダーシップとは、外部の評価や流行、立場
に流されず、自分の価値観や信念をもとに誠実に行動するリーダーシップです。

■■ オーセンティック・リーダーの5つの特性 ■■
オーセンティック・リーダーには、以下のような特徴が求められます。
(1) 自らの目的を明快に理解している
自分が何のためにリーダーとして存在しているのか、どんな価値を組織や社会
に提供したいのかを明確に理解しています。
(2) 価値観や倫理観に忠実に行動する
どんなに困難な状況であっても、自らの倫理に背かず、正しいと信じる行動を
貫くことができます。外部の評価よりも、自分の信念を軸に判断します。
(3) 情熱的に人をリードする
本音で話し、弱みを見せることも恐れず、情熱と誠実さを持って周囲に働きか
けます。だからこそ、信頼され、共感される存在になります。
(4) 信頼に基づくリレーションシップを築く
活発でオープンな人間関係を築き、互いに支援し合えるネットワークを育てま
す。チームの中に信頼の文化を根づかせるのが特徴です。
(5) 自己を律し、学び続ける
傲慢にならず、常に自分の行動を振り返り、成長を求めて謙虚に学び続けます。
自分の限界を認める強さがあるリーダーです。

■■ オーセンティック・リーダーシップを育む4つのステップ ■■
こうしたリーダーシップは、先天的なものではありません。日々の実践と内省の
積み重ねによって育まれていくものです。以下の4つのステップが、オーセンテ
ィック・リーダーへの道標(道しるべ)になります。
(1) 自分を理解する
まず、自分の強み・弱みを把握することから始まります。リーダーはすべてにお
いて万能である必要はありません。むしろ、自分の特性を受け入れ、それをどう
生かすかを考えることが重要です。また、自分の言動が周囲にどう影響している
かを知る努力も欠かせません。
(2) 自分の倫理観を明確にする
日々の判断や行動が、どんな価値観に基づいているのかを整理します。そして、
その倫理観が組織や社会にとって望ましいものであるかを問い直します。これに
より、「信頼できる人」「一貫性のある人」としての評価が得られるのです。
(3) 行動を振り返る
リーダーの影響力が大きいからこそ、自分の行動が「何を伝えたのか」を常にチ
ェックする必要があります。時に周囲の期待や上司の意向に流されていないか、
自分らしい判断ができているかを見直し、必要があれば軌道修正を図ります。
(4) 公平で透明性のある関係を築く
信頼関係は一朝一夕に築かれるものではありません。秘密主義や裏表のある態度
では、メンバーの信頼を失います。どんな立場の相手にも率直で誠実に向き合う
姿勢が、信頼される基盤となります。

■■ なぜ今、オーセンティック・リーダーシップが求められるのか ■■
現代は、情報の透明性が飛躍的に高まり、組織の倫理が問われる時代です。
一度失った信頼を取り戻すには、かつて以上の時間と努力が必要になります。
また、組織の中で働く個人も、自らの価値観に照らして行動したいと望んでいま
す。そうした中で、リーダーが誠実であること、ブレない価値観を持っているこ
とは、チームの安心感やエンゲージメントにつながるのです。
ISO9001の視点から見ても、「組織の方向性と整合したリーダーシップの確立」は
極めて重要です。その中には、倫理と信頼に根ざしたリーダーの在り方も含まれ
ます。

■■ リーダーは「正しさ」を示す存在 ■■
オーセンティック・リーダーシップは、派手な演説やカリスマ性とは無縁かもし
れません。ですが、静かに、しかし確かに組織の価値観を形づくるリーダーシッ
プです。
「自分は何を大切にしているのか」
「その価値に基づいて行動できているか」
この問いを持ち続け、自らを律し、誠実に人と向き合うリーダーこそ、これから
の時代に信頼される“本物”のリーダーです。