附属書SLに現れる「リスクと機会」 | 平林良人の『つなげるツボ』

—————————————————–
■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.78■□■

*** 附属書SLに現れる「リスクと機会」***

—————————————————–
■□■IS031000と附属書SLとの関係■□■
 フォーラムの続きです
(昨年テクノファ年次フォーラムでは附属書SLに関して、
有識者の方に集まっていただいてパネルディスカッションを
行いました)。

フォーラムの時の様子をお伝えしますが、出席者の方の発言は
平林の責任で編集させていただいています。

平林(テクノファ):
 ではこれまでいろいろな規格で話に出てきた「リスク」に関して、
 野口さんにIS031000における定義を含めてご紹介いただきたいと
 思います。

野口和彦さん(日本代表委員三菱総合研究所 研究理事):
 IS031000と附属書SLとの関係については、幾つかの観点があり、
 複雑な立場にいます。

 今回、附属書SLにおいてISOマネジメントシステムに
 リスクという概念が採用されたのでIS031000の位置付けが
 ISOマネジメントシステム規格関係者の間で大きくなりました。

 ただ、ご存知のとおり
 IS031000はマネジメントシステム規格ではないので、
 IS031000の立場からみると附属書SLはIS031000を
 縛る存在ではありません。

 今回、附属書SLにおいてリスクという言葉を定義する際に
 IS031000を使用してもらったのですが、
 そこでは幾点か議論があったと聞いています。

平林解説:
 ISO31000は2009年にISOから発行された規格で
 ”Risk management – Principles and guidelines
 (リスクマネジメント-原則及び指針)”というタイトルで、

 タイプBといわれるガイド規格であり、
 要求事項が入っているタイプAの規格ではありません。

 また、組織がリスクを取り扱う場合の推奨事項を記述しており、
 マネジメントシステム規格に分類されるものでもありません。

 次の特徴があります。

 ●リスクの定義が、2002年版の
 ”事象の発生確率と事象の結果の組み合わせ” から、
 ”目的に対して不確さが与える影響” に変更された。

 ●リスクマネジメントで使用される用語を幅広く掲載している。

 掲載されている50の用語は、
 それぞれの相関関係に基づき分類整理され定義されている。

 リスクの定義を巡ってはISOとIECで議論の対立があり、
 IECはこの規格から抜けたと言われている。

■□■相性の悪いポジティブorネガティブ■□■

野口さん:
 議論の一つは「ポジティブorネガティブという、
 両方の可能性があるというところに関する抵抗感」です。

 附属書SLでは、定義においてリスクは
 ポジティブorネガティブの両方の可能性があると言っていながら、
 「6.1リスク及び機会への取り組み」においては、
 リスクをネガティブな部分だけでとらえています。

平林解説:
 附属書SL箇条3用語の定義3.09「リスク」では、定義の注記1に、
 「影響とは,期待されていることから,好ましい方向又は
 好ましくない方向にかい(乖)離することをいう」という
 記述があります。

 この記述から「リスクおける影響」には、
 好ましいもの(ポジティブ:positive)と、
 好ましくないも(ネガティブ:negative)の両方があると
 理解されています。

野口さん:
 二つ目は、附属書SLは、
 IS031000のリスクの定義をそのまま使用しておらず
 一部を使っていることに関する議論です。

 IS031000ではリスクは「ある目的に対する不確かさの影響」ですが、
 附属書SLでは「目的に対する」という個所が取られています。

 これは概念に不備があったわけではなく、
 IS031000で目的はObjectiveという単語を使っていますが、

 このObjectiveがマネジメントシステム規格ではかなり狭い意味で
 使われているケースがあり、誤解を生みかねないからだそうです。

 「リスクとはそんなに小さなものではない、もっと大きいものである、
 組織や社会のそもそもの目的に対する不確かさの影響であり、
 Objectiveでは狭すぎる」というわけです。

 規格作成は、通常、全体を4つくらいのグループ
 (TG:Task Groupなどと呼ばれる)で分担して、策定作業を進めます。

 4つぐらいのグループが各箇条を並行して作成していますと
 どうしても横のつながりが悪くなります。

 最後にリーダーを中心にして、
 全員で全体の整合を確認するという進め方が多いのです。

 おそらくこの6.1を担当したグループにおいては、
 たまたま「古いリスクの概念のまま進められ」見直されずに
 そのまま残ってしまったケースだったのでしょう。

平林解説:
 一つの規格を作成するには膨大は人的労力が必要になります。

 数十人の専門家が一つのテーブルで議論を進めていく
 不効率さを無くすため、普通は4~5チームに分けて、
 それぞれが規格の一部を対象にして議論を進めます。

 現在私が属しているPC283(労働安全衛生ISO45001規格)でも
 5チームにわけて議論が進められています。

■□■相性の良い組織の状況の理解■□■

野口さん:
 反対に相性がよさそうな点としては、
 例えば附属書SLの「4.1組織及びその状況の理解.」と
 「4.2利害関係者の二一ズ及び期待の理解」は、
 まさしくIS031000で書かれている内容そのものです。

 附属書SLの要求していることは、
 「リスクは内外の状況によって変わるので、
 その状況をしっかりと定義しなさい」、

 また「リスクを分析する前に
 しっかりとコミュニケーションをして利害関係者の
 ニーズを把握しなさい」ということです。

 この部分はまさにIS031000が主張していることと
 重なっています。

 こうした点などから附属書SLには
 「組織を良くしていこう」という方向性がうかがえますが、
 これはまさにIS031000と全く同じだと思います。

 今紹介したことを踏まえて附属書SLの一つの形として
 IS031000をご覧いただくと、

 「組織及びその状況の理解」や「二一ズの期待」、
 「リスク及び機会の取り組み」などの中身がより具体性を
 もって見えてくると思います。

以上