ロンドン物語5 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.427 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
― つなげるツボ動画版はじめました ―
*** ロンドン物語5 ***
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私は英国に都合20年あまり関係しました(1985~2005年)。うち
5年はセイコーエプソン工場長として過ごしましたが、残りは赴任
前の出張であったり、赴任終了後の滞留家族への支援とテクノファ
創立後のこれまた調査、ISO国際エキスパートとしての活動であっ
たりしました。この20年余りの経験に照らして、2016年の英国の
EU離脱劇は、「驚天動地」とはこのようなことを言うのかと、本当
にびっくりしました。

■■ 英国Britainと離脱Exitをつなげた言葉 ■■
英国のEU離脱は、英国Britainと離脱Exitをつなげた言葉で、
“ブレグジットBrexit”と呼ばれました。Brexitを巡る英国と欧州の
交渉は、以下のような双方に大きなメリットとデメリットがあるた
めに難航を続けました。
世界で事業展開する金融機関や製造会社等にとって、EU内に拠点
を置くことは必須と言ってもよい条件の一つです。特に金融機関は、
ロンドンの金融街を欧州拠点と位置づけ、パスポ-ト制度を生かし
てEU域内でのビシネスを展開する例が多かったと思います。巨大
な単一市場を抱えるEUは、世界のル-ル作りでも大きな影響力を
発揮していました。一つは工業製品やソフトウエア等の規格を欧州
内で決め、それを世界標準に主導することで、欧州製品が市場で有
利に展開していました。二つ目は、欧州の単一市場できちんと競争
を確保するという観点から、EUは厳格に独占禁止法ともいえる競
争法を適用し、競争ルールを明確にしています。欧州委員会はマイ
クロソフトやグーグルといった米国の巨大企業に対しても、競争阻
害を理由に数億ユーロ規模の多額の制裁金を課したり、競争法違反
で警告をしたりと、厳格な姿勢を取り続けています。

■■ EUの政策と調整者 ■■
EUでは、加盟国の債務危機を経て年金や社会保障を含めた歳出の
カットや消費税に当たる付加価値税率の増税を実施し、歳入と歳出
の両面で財政改革に取り組みました。財政再建を進める段階で、経
済成長が頭打ちとなり失業の増加も起き、スペインでは一時期若者
の失業率が50%近くに上昇しました。
このような厳しい雇用状況で頼りになったのがドイツでした。ドイ
ツは、労働市場の柔軟化、失業保険や健康保険の給付抑制策等を並
行して進め、企業部門を活性化して経済を良くする改革を進めまし
た。他の欧州諸国に比べて割高だった賃金水準を制御した事で、ド
イツは産業競争力を高め、経済は著しく改善しました。力強いリ-
ダ-であるドイツはEUの安定の軸になりますが、一方で「独り勝
ち」の構図が鮮明になり過ぎ、域内からのドイツに対する反発には
強いものがあります。EUにおいては、EU首脳が一目置く英国の存
在は、貴重なバランサー(調整者)として大きな役割を果たしてい
ましたが、2016年の英国離脱により、こうして力関係に影響が出る
のは必至で、65年を超す欧州統合の歴史の中で大きな変化を招きま
した。

■■ 英国のEUへの加盟 ■■
意外なことに、英国はEUの創立時の参加国ではありません。英国
はEUの前身であるEC発足20年後に加盟しました。英国がEU参
加したのは1973年で、それまでは、ドイツ、フランス、イタリア
がEUを引っ張っていました。したがって、英国から見ると海を隔
てた大陸の国々の共同体であって、初めから他人ごと、気乗りしな
いプロジェクトであったと見て良いかもしれません。その証拠にEU
に加盟しても頑固に自国通貨ポンドを使い続け、ユーロ貨幣の使用
を拒んできました。
・1952年:欧州石炭鉄鋼共同体( ECSC )が発足
・1967年:EUの前身、欧州共同体( EC )が発足
・1973年:英国がECに参加
そうはいっても、それから43年の間、英国は様々な曲折を経ながら、
ドイツ、フランス等大陸の各国と協力して大欧州のプロジェクトに
関わり続けてきました。2017年3月は、欧州統合の基本理念を定
めたロ-マ条約が締結されてから60周年の記念日だったのですが、
しかし、その日を待たずして英国はEU統合の歯車を逆回転させま
した。
英国に暮らすEU市民約300万人と、欧州大陸にEU市民として移
住した英国国民約120万人の夫々の権利がどの様な影響を受けるの
か、EU予算上の英国の財政的義務はいつ終了させるのか等の問題
が直前の問題として浮上しましたが、それ以上に重用な問題が現れ
ました。
それは、北アイルランド問題でした。イギリスの交渉目標は、関税
同盟から離脱し単一市場に加わらないこと、しかしそれ以外の事で
は可能な限り摩擦の少ない方法によって物品・サ-ビス貿易を確保
することでした。これに対して、EUはイギリスとの間にバランス
が取れた広範な自由貿易協定を締結することを交渉目標としていま
したが、両者共に北アイルランドでの「ハード」な国境管理を回避
することを望みました。「ハード」な国境管理とは、税関職員、警
官や兵士に依り厳格に管理されている国境を意味し、物理的な関連
施設を伴うことから「ハード:物理的」と呼ばれました。