ロンドン物語6 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.428 ■□■
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*** ロンドン物語6 ***
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今年(2023年)8月に孫娘とその父親、そして家内と一緒にロン
ドンへ行って来ましたが、その目的はコロナ3年の空白期間後英
国はどう変わったかを実際に感じたいと思ってのことでした。孫
娘は昔(といっても6年前)の旧友に会ったりしていましたが、
私はセイコーエプソン時代(30年前)の思い出をたどっていまし
た。8日間はあっという間に過ぎてしまいました。

■■ 思いもしない昔の古傷 ■■
ここまで、ロンドンでの変化の体験をお話してきましたが、それに
しても英国のEU離脱は改めて大きな出来事であったと思います。
英国がEUを離脱するにあたっては、思いもしない昔の古傷(カト
リック系とプロテスタント系の住民が激しく対立し、約30年間に
3,000人以上の死者が出た)に触れることになりました。北アイル
ランド紛争は、1998年の「ベルファスト和平合意」により終止符
が打たれ、北アイルランドの帰属を巡って続いた紛争は合意により、
英領北アイルランドとアイルランドの約50キロに及ぶ境界線での
国境管理が廃止されました。北アイルランドは、アイルランド島全
域と同じルールで運営されることになり、英国内でも特殊な位置づ
けになりました。ところが、英国のブレグジットにより、国境で検
問が導入される可能性が出てきて、2018年には北アイルランドで新
たな反英国組織が車を爆発させる事件まで起き、テロ再燃の懸念が
高まりました。

■■ 英国のブレグジットにより何が起きたのか ■■
英国領北アイルランドとアイルランドとは、同じ島にあり陸地の国
境管理を厳格に実施することは、北アイルランド紛争の時代を想起
させることになります。一般に国が異なれば国境では、人に対する
国境検問及び物品に対する税関検査等、ハードな国境管理が行われ
ます。しかし、北アイルランドとアイルランド問題では、これを如
何に回避するかという課題が一貫して浮上していたのです。人の自
由移動の枠組み「共通往来地域」が英国とアイルランド両国にEU
加盟前から存在していましたので、これはブレグジット後も維持さ
れることであり問題はありませんでした。しかし、物品の動きにつ
いては、英国がEUの関税同盟から離脱すると同時に、何も手を打
たなければハードな国境管理が出現することになります。

■■ どんな議論がされたのか ■■
いま現在ロシアとウクライナが戦っていますし、同じような国同士、
あるいは民族同士の戦いは、結果、双方に被害を及ぼし最終的には
住んでいる人々を不幸にします。北アイルランド問題も一歩間違え
ると同じ轍を踏む恐れがありました。しかし、彼らは時間をかけて
いろいろな議論を辛抱強く続けました。
北アイルランド国境問題の英国とEU間の交渉は難航を極めました。
メイ首相は、20カ月の移行期間中に、EUとの間で交渉する特別な
税関・通商合意により、英国とEUの全境界で円滑な往来が実現さ
せることで、アイルランド国境を通過する物品に対して厳格な検査
を行う必要性は生じない、と主張しました。しかし、アイルランド
はEUの支持を受け、この将来的な通商協議が失敗に終わった場合
に備えた「保険」(バックストップ)を求めました。理論的にはアイ
ルランドをEU関税同盟から離脱させることが出来れば、物の自由
移動を北アイルランド限定で解決するという「禁じ手」が有り得る
のですが、これにはアイルランドが反対します。
英国は、ハードな国境管理の回避を英国とEUの将来の関係協定で
達成しようとする(先延ばし)、一方、EUは離脱協定の段階で解
決策を先に明確にすべきであると考えました。メイ首相は、厳格な
国境管理を回避するのに必要な「代替的な取り決め」が取り交わさ
れるまでの間、英国はEUの関税同盟内にとどまるとしましたが、
EU側は、北アイルランドのみが関税同盟にとどまるべきだと主張
しました。

■■ 目的は一緒であると言いながら・・・ ■■
英国とEU間には、北アイルランドでのハードな国境を回避すると
いう目標で一致しながら、それをどの様に達成するかという方法論
に於いて根本的な相違が明確になってきました。英国は、「北アイル
ランドは英国の不可欠な一部であることを完全に尊重する」ことを
前提に、次の3つのオプションの約束を表明しました。

(A)英国はアイルランド島の南北協力及びハードな国境管理を回
  避する。
(B)これが不可能な場合、英国はアイルランド島の特殊な状況に
  取り組むため特殊な解決策を提案する。
(C)解決策が合意に至らない場合、英国は、現在又は将来に於いて、
  南北協力、1998年ベルファスト協定の保全を維持する。

 以上のオプションは、英国とEU間の妥協の産物でした。EUは、
離脱協定で用意すべきはバックストップとしてのオプションCであ
り、オプションA及びBは将来の関係協定の交渉で取り組まれるべ
きであるとしましたが、英国側は、離脱協定で用意すべきはオプシ
ョンA及びBであるとしました。示されたオプションは、まさに同
床異夢の合意でした。