ロンドン物語10 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.440 ■□■
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*** ロンドン物語10 ***
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前回イギリスの大学についてお話をしましたが、もう少しイギリ
スの高等教育事情のお話をしたいと思います。まずは私立学校で
ありながら、どうしてパブリックスクールというのでしょうか。
今年9月にはザ・ナイン(パブリックスクール頂点)の一角を占
めるラグビー校の日本校(ボーディングスクール)が千葉県柏の
葉キャンパスに開校しました。

■■ イギリスのパブリックスクール ■■
パブリック スクールについてお話をしたいと思います。なぜ私立
学校なのにパブリックというのでしょうか。プライベートスクー
ルと言わないのはどうしてでしょうか。
パブリックスクールはその発祥として教会との関係、そこから王
室との関係がありました。15世紀ごろの時代のPublicは、公衆
という意味ではなく、 王の面前に出るという意味で使われていま
した。王の前に出ても恥ずかくない教育をする、ひいては貴族の
子弟(王の前に出ることが多い)を対象に教育をするという沿革
をもっています。貴族の子弟に教育を受けさせるという目的をもっ
て創立された学校がPublic School なのです。建物も豪華ですし、
先生をはじめとするスタッフもその道の第一人者が就任していま
した。王室の保護がある代わりに大変厳しい規律もありました。
いざとなれば、戦場で先頭に立って軍隊の指揮をとれるような訓
練もされていました。それに対して、庶民の子供たちのために創
立された学校がGrammar Schoolで文字通り文法に沿って教え読
み書きができるようになる学校です。 貴族、庶民を問わず両方の
学生は大学(オックスフォートとかケンブリッジとか)に入学す
るための資格を在学中に取ります。

■■ Aレベルとは  ■■
前回大学への入学システムの説明でAレベルの話をしました。
Public SchoolでもGrammar Schoolでも、大学進学希望者は大学
受験できる資格を取らなければなりません。それがAレベル
(General Certificate of Education Advanced Level)で、様々な
科目の中から、学生個人が3~5科目選んで学習します。大学での
専攻科目を見据えて、それに必要な科目を選ぶ必要がありますので、
この選択はかなり重要となってきます。毎年5月に一斉試験があり、
8月下旬にAレベルの成績(A+,A,B,C)が決まります。この成績
によって、どの大学に行くかの進路が決まってきます。
イギリスでは、若者の失業率が上昇しNEET(not in employment,
education, or training)と呼ばれる就労、就学、訓練をしない若年
者の問題に対応するため、2015年より18歳までが義務教育と
なりました。ただ、義務教育といっても必ずしも100%学業につ
くのではなく、働きながらの職業訓練も含まれます。

■■ 日本のPublic School  ■■
いま国際教育への感度が高い日本家庭の間で話題となっているのが、
Public School英国私立校の中でも知名度の高い、ハロウ校とラグ
ビー校の日本校開校です。2022年9月、岩手県の安比に「ハロウ
インターナショナルスクール安比ジャパン」が開校しました。日本
最大級のスキーリゾート、36ホールを持つゴルフ場、18面のテニ
スコートなどの周辺施設も利用できる恵まれた環境にあります。
全寮制で未来のリーダーを育成する教育を行うとしています。
ラグビー校の日本校であるRugby School Japanは2023年9月に
柏の葉キャンパスに開講しました。ラグビー校は、イートン校を
はじめとする英国の私立学校のトップ9校 「The Nine」のうちの
1校であり、「The Nine」の中で最も早く共学化をはかり(1992年)、
450年以上の伝統と革新を兼ね備えた名門校です。英国では、13~
18歳までの共学の寄宿制学校(ボーディングスクール)で、約850
人が寮で暮らしながら勉強しているそうです。柏の葉キャンパス千
葉大学内に開校し、寄宿と通学の両方の選択肢を用意しているそう
です。問題は授業料の高さです。小学校6年から高校3年までの7
年制ですが、年間500万円以上かかるといわれています。日本の
富裕層だけでなく中国、東南アジアの富裕層の子弟をターゲットに
しているといわれ、今年9月の最初の学生140名(小学校6年)
は日本を含め16か国の子供たちであったと報じられていました。

■■ パブリックスクールの戦略  ■■
イギリスのPublic Schoolの戦略はしたたかです。中国には既に4校
(上海、北京など)、東南アジアでもバンコックに開校しています。
日本には国際的に通用するボーディングスクールはほとんど存在し
ていませんから、日本にビジネス目的で滞在している裕福な中国人
や東南アジア人にとって、子どもの教育は大きな悩みの種です。中
国やタイで実績のある英国名門校の姉妹校が日本にあれば、彼らは
喜んで子弟を通わせるといわれています。パブリックスクールの中
でも、イートン校、ハロウ校、ラクビー校といった学校は特に有名
で、全世界にその名前が知られています。イートン校はウィリアム
王子やハリー王子など英国王室の子弟が通っていましたし、ハロウ
校はチャーチルを筆頭に何人もの首相を輩出しました。宥和(ゆう
わ)政策で知られるチェンバレン首相はラクビー校の出身ですし、
ジョンソン元首相はイートン校を卒業しています。
寮で7年間一緒に暮らした仲間は一生の宝物です。国際的なネット
ワークを子供の時代から作らせようとする親の心情を見事にくすぐ
る戦略が日本でも動き始めました。

ロンドン物語9 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.439 ■□■
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*** ロンドン物語9 ***
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再びロンドン物語に戻りたいと思います。いま日本では高校学費
無償化、大学学費無償化の議論が盛んです。8月にロンドンに行
ったことをきっかけにイギリスにおける高等教育とそこに至る
パブリックスクールのお話をしたいと思います。

■■ イギリスの高等教育(18歳以降) ■■
イギリスの大学は全国に100近くあります。国立かどうかとい
う概念が日本とは異なりますが、国が経営しているわけではなく
それぞれ独立して経営しています。ほとんどが、国から補助金を
もらっているという点では準国立といってもいいかもしれません。
イギリスでは、1998年まで大学の学費はすべて無償だったの
ですが、2000年当時平均して年間9,000ポンド(約145万
円)かかっていました。といっても大学によって違っていたり、
スコットランドの学生は無償だったりもします。また、学費とい
っても入学時に払わなければならないわけではなく、学費と生活
費のローンを国から借り、卒業後ある一定の年収に達してから返
済するシステムになっています。
ちなみに日本人など外国人がイギリスの大学に入る場合はかなり
高い学費を払う必要があります。これは1998年までも同様で、
それまで財政の厳しい大学は外国人学生の学費収入が大きな収入
源になっていました。

■■ イギリスの入学試験 ■■
日本と違って大学ごとの個別の入学試験はありません。生徒は、
あらかじめ希望大学に応募し、Aレベルで必要な成績が取れた場
合に入学が許可される仕組みになっています。必要な成績が取れ
なかった場合は、その時点で第2、第3希望の大学に進むかどう
か再検討します。大学は、通常3年間の学士号課程ですが、4年
のコースもあります。学部を卒業したら学士の資格を習得できま
す。その時First(ファースト)、2-1(ツーワン)2-2
(ツーツー)といった成績が与えられますが、この卒業成績は、
のちの就職や進学にかなり重要視されます。ファーストは、狭き
門なのでたいていの大学生は2-1を目指して勉強しています。
その後は、大学院で修士号や博士号を習得するコースに進みます。
通常、修士は1~2年、博士は3年からとなっています。イギリ
スの大学は、何年かの社会経験を積んだ上で入学する社会人学生
も多く、特に大学院レベルでは何らかの専門職に付いている人が
さらに勉強するために入学することも少なくありません。

■■ パブリック・スクール ■■
パブリック・スクールは、もともとは教会と密接なつながりがあ
るところが多く、その活動の一環として始まった部分もあります。
しかし、歴史とともに徐々に形を変えてきており、教育にお金を
かけることができる家庭の子どもたちが、名門大学入学を目指し
て通わせる学校という側面が強まってきています。英国で子ども
をパブリック・スクールに入学させたいと考えている親は、
 ・自身がパブリック・スクールに通っていたので、子どもにも
同等の良い体験をさせたい。
 ・公立校に比べて充実した環境や施設で子どもを学ばせたい。
 ・名門大学へのステップとして価値を感じている。
というのが大きな理由となっています。
卒業生に聞くと、同級生は親が資産家や実業家、銀行や大企業勤
めの人が多いと聞きます。英国でパブリック・スクールに通わせ
る、ということは日本の子どもたちを日本の私立中高に通わせる
よりもハードルが高いとおもいます。特に学費は日本に比べてか
なり高額です。寄宿舎に暮らし、生活のすべてがほとんど学校で
行なわれるような所だと年間に平均して500万円ほどかかりま
す(円安の昨今はもっと高い)。
1968年に制定されたパブリック・スクール法が認定した最初
の学校で、伝統、学力の点から見ても申し分なく、英国では
「ザ・ナイン」と呼ばれる9校を紹介します。
 ・チャーターハウス・スクール
 ・イートン・カレッジ
 ・ハロウ・スクール
 ・マーチャント・テイラーズ・スクール
 ・ラグビー・スクール
 ・シュルーズベリー・スクール
 ・セント・ポールズ・スクール
 ・ウェストミンスター・スクール
 ・ウインチェスター・カレッジ

番外編_日経品質管理文献賞受賞8 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.438 ■□■
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*** 番外編_日経品質管理文献賞受賞8 ***
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日経品質管理文献賞をいただいた「JSQC-TR 01-001 テクニカ
ルレポート 品質不正防止」の概略を説明してきましたが、今回
がその最終回になります。今回は7章「品質不正をなくすため
に社会はどうしたらよいのか」についてです。組織は品質不正
を起こさない組織能力、組織文化を構築することが求められま
すが、組織が良い組織文化を獲得・醸成するためには、組織の
このような取り組みを社会として後押しする仕組みも大切です。

■■ 7章 品質不正をなくすために社会はどうしたらよいのか ■■
(1)内部通報制度、SNS活用、マスコミ報道
内部通報やSNSは、今まで内部に潜んでいた問題や課題を掘り
起こす社会基盤として優れたものです。マスコミ報道に関して
は、品質不正が発覚した時には一時的に過熱するものの、すぐ
に関心を失ってしまう傾向があります。マスコミ報道について、
報道のあと事案が変わっても継続的に品質不正について発信す
ることも必要です。

(2)行政処分発令、行政指導
品質不正の対象が人の命に関係するものになると、国からの行
政指導、改善指導などが発令される例が出てきます。行政処分
発令や行政指導の実施に至った例をみると、それまで長い間見
逃されてきて、内部告発やSNSを契機に発覚に至ったものが多
いようです。なぜ、このような見逃しが起こったのかを掘り下
げ、効果的な行政処分や行政指導が行なわれることが必要です。

(3)コーポレートガバナンス・コード
コーポレートガバナンス・コードは、5つの基本原則に個々詳
細の原則が計31、その下に補充原則が計47示されていますが。
品質に関する要求が書かれていません。環境、安全と同様に品
質に関する記述の追加が望まれます。

(4)日本経済団体連合会
日本経済団体連合会は、2021年、会長より「品質管理に関わ
る不正といったことは、日本の製造業の強みである品質保証
を揺るがす問題である。調査委員会の報告書を踏まえ、再発
防止に取り組んでほしい。経団連としても、これまで以上に、
この問題について真摯に向き合っていく。」と経済団体とし
てこの問題に正面から取り組む姿勢を示しています。

(5)経済同友会
組織の品質不正問題に対して、代表幹事は会見で、経営者は
品質不正を起こさない経営の重要性を強調し、全国地域ブロ
ックや都道府県の支部において企業から提起された問題や課
題に対して、問題解決や課題達成活動に長年取り組んでいま
す。

(6)日本商工会議所
日本商工会議所は、古くから毎年11月に開催される「品質
月間」を一般財団法人日本科学技術連盟、一般財団法人日本
規格協会と共に主催団体として活動を行っており、2023年
には64年目になります。加盟組織において品質問題は重要
な問題であり、品質不正の未然防止に一役を担っています。

(7)QCサークル本部・支部・地区
QCサークル本部・支部・地区では、地域別や業種別、また
サークルの熟成度合いに応じた大会、研修会、フォーラムな
どの各種行事を企画・開催するとともに、支援について議論
するための委員会、幹事会等、手厚い体制を整備しており、
品質不正に関しても組織で活動することが望まれます。

(8)人を育てる仕組み
人の意図的なルールへの不遵守を防ぐためには、倫理観や問
題解決能力を持った人を育てることが必要です。このことを
一つの組織で行うのは必ずしも容易ではありませんが。組織
が人を育てることを社会として支援することは大変重要なこ
とです。
a)教育のための社会的リソースの強化
社会に組織が活用できる教育リソースが整備され、組織がこ
れらを有効に活用できるようになると良いのですが、たとえ
ば、基本的な技術者倫理教育については、APRIN(Association
for the Promotion of Research Integrity、公正研究推進協会)
が教材を提供しています。個別の技術的な内容について自組
織内で教育を行うことができない場合でも、学協会などがセ
ミナーなどを提供しています。最近では、MOOC(Massive
Open Online Course)を活用するなどの方法もあります。
b)学協会等における倫理綱領の整備
学協会などが品質不正に関連する倫理綱領をまとめ、積極的
に会員に共有していくということも社会的活動として必要で
す。日本品質管理学会では倫理的行動のための指針をまとめ
てはいますが、この指針に基づく啓発活動を積極的に推進し
ていく必要があります。また、一度学んで終わりではなく、
繰り返し活動に参加して認識をその都度リフレッシュし、各
組織に持ち帰って共有、展開することが期待されます。
c)初等中等教育の役割
人の意識の多くは若い時の経験に基づきますが、必要な力量
の根底を支える基礎的な知識や考え方、倫理観を身につける
のは初等中等教育における役割であると思います。現在の学
習指導要領では、「問題発見・解決能力及び情報活用能力」
が重要視されており、QCストーリーに基づく問題解決の考
え方やデータの取り扱い方を学ぶ機会が増えると期待されて
います。先駆的な事例を学協会主導で進め、ベストプラクテ
ィスの共有・展開を社会全体で進めていくことが望まれます。

番外編_日経品質管理文献賞受賞7 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.437 ■□■
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*** 番外編_日経品質管理文献賞受賞7 ***
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「JSQC-TR 01-001 テクニカルレポート 品質不正防止」の目次
に沿って、今回は6章「品質不正をなくすために組織はどうし
たらよいか」の続きをお送りします。組織が品質不正を防止する
ためには精神論を説いたり、内部通報制度活用、内部監査実施、
コンプライアンス教育だけでは限界があります。品質不正が発生
する要因を考えると、品質不正を起こすことのない組織文化を醸
成する必要があります。

■■  組織文化の醸成 ■■
(1)望ましい組織文化
品質不正を起こしにくい組織のイメージは次のようなものです。
a) 正規の手順や基準、ルールを守る意識や行動様式が定着して
いる。
b) 変化や変更に敏感に反応し、対応することが出来ている。
c) 経営者、現場を含めて組織の全体で共通の価値観が形成され
ている。
d) 組織のメンバーは他者(上司や同僚、部下、他部門、他組織)
の活動に関心がある。
e) メンバーの間や階層間で活発なコミュニケーションが行われ
ている。

(2)TQMによる望ましい組織文化の形成
上記の5項目とTQM活動要素との関係を整理すると次のように
なります。
a) 正規手順・基準の遵守
-新製品・新サービス開発管理、プロセス保証による正規手順・
 基準の明確化・見える化
-日常管理による逸脱の防止・正規手順の定着
-小集団改善活動による参画意識の向上と遵守意識の定着
-品質管理教育によるプロセスや標準の大切さの認識 
b) 変化点への着目
-方針管理による経営環境における変化への対応
-日常管理による変化点への対応
c) 全社に共通する価値観
-方針管理による価値観の共有、方向づけ、全社のベクトル
 合わせ
-日常管理、小集団改善活動による価値観の共有・定着 
-品質管理教育による顧客重視、プロセス重視、全員参加など
 の価値観の共有 
d) 他者の活動への関心
-新製品・新サービス開発管理による顧客・社会、他部門、他
 組織に対する関心・意識の向上
-プロセス保証による前後の工程に対する関心・意識の強化
-小集団改善活動による自部門、他部門のメンバーとの交流
e) 多様なコミュニケーション
-方針管理による階層間、部門間、組織間の意識・考え方のす
 り合わせ
-日常管理による手順に従ったフォーマルな報告・連絡・相談
-小集団改善活動による様々な人々の間のコミュニケーション
 の活発化 
TQMには、組織文化に関係し、組織文化を形成・改善する活動が
多重的に含まれている。組織の文化を形成・改善する上でTQM
は有効かつ重要である。

(3)組織文化によるTQMの定着
一時的にはTQMを形式的に実施することはできても強力なリー
ダーシップがなければ、組織文化はいずれ形骸化し機能しなくな
ります。
-正規の手順やルールを守らない。
-変化に鈍感で同じ手順を繰り返している。
-経営層と現場で価値観にズレがある。
-他者が何をやっているか知らず、行動にも関心がない。
-コミュニケーションが活発でなく、報連相も十分でない。

(4)TQMと組織文化の関係
品質不正を発生させないためのTQMの実施と組織文化の改善は
表裏一体で相互に依存しています。TQMによって品質不正を発
生させないよう組織文化を改善すると同時に、一方で組織文化を
醸成することによって品質不正を発生させないTQMを定着させ
ます。
   

番外編_日経品質管理文献賞受賞6 | 平林良人の『つなげるツボ』

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■□■ 平林良人の『つなげるツボ』Vol.436 ■□■
― ISOマネジメントシステムのテクノファ ―
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*** 番外編_日経品質管理文献賞受賞6 ***
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組織が品質不正を防止するためには精神論を説いたり、内部通報
制度活用、内部監査実施、コンプライアンス教育だけでは限界が
あります。品質不正が発生する要因を考えると、品質不正を起こ
すことのない組織文化を醸成する必要があります。 TQM(Total
Quality Management)はその方法の一つです。
「JSQC-TR 01-001 テクニカルレポート 品質不正防止」の目次
に沿って、今回は6章「品質不正をなくすために組織はどうした
らよいか」日常管理の徹底と改善活動の続きです。

■■ 日常管理の徹底と改善活動の促進 ■■
(3)改善活動の促進
  SDCAサイクル(日常管理)の徹底は、日常的に発生する問
題を発見、認識することになる。問題を認識した後、この問題解
決のための取り組みの一つが、小集団改善活動である。1962年
に日本で誕生したQC サークル活動は、製造業を中心に現場力を
高めて、高度経済成長を実現したことはよく知られている。日常
管理の徹底には、強い現場づくりに取り組むことが不可欠であり、
こうして改善活動が促進され、環境変化に柔軟に対応できる強い
組織が生まれてくる。

(4)問題解決力の向上
 問題解決には、問題を効果的・効率的に解決するための考え方、
手順、解析ツールなどが必要となる。そのためには全員が問題解
決を学び、実践できるようになることが不可欠となる。具体的な
方法については、日本品質管理学会の規格「品質管理教育の指針」
を参照するのがよい。

(5)TQMによる品質不正の防止
 TQMの推進による日常管理の徹底は、品質不正の発覚を防止
するための極めて有効な手段である。品質不正は突然表面化する
わけではない。必ず予兆がある。ところが、組織文化が適切でな
いと、この予兆が無視されてしまう。したがって、この予兆をし
っかりつかまえて対処することが大切である。このような役割を
果たすのが日常管理である。

■■ リスクマネジメントの促進  ■■
品質不正を防ぐ上では、どのようなトラブルや異常がどのような
場面で発生するかを事前に洗い出して事前対応しておく活動が欠
かせない。リスクマネジメントは、事業や組織の運営に影響を与
えるリスク(不確実性のある事象)に対して、適切な予防を施す
一連のプロセスであり、諸リスクが発生する前にそれらを予め回
避するか、あるいは被害を最小限に抑えるためにさまざまな対策
を講じることである。
(1)リスクマネジメントの要点
組織活動には多くのリスクが内在する。このため、グループ全て
を対象に、どの会社・部門においてどのような業務遂行上のリス
クが存在するのか、それらのリスクをどのように回避するか等を
予め明らかにし、日頃トップマネジメントから第一線に至るすべ
ての階層で確認し、管理対象にしていることが重要となる。
加えて、顧客・社会のニーズや競合状況も変化するので、定期的
な見直しも欠かせない。中でも、法令。条例の不遵守や契約に関
わる不遵守のリスクの重要性は高く、とりわけ安全性を損なうリ
スクがもしも発生したら、組織の存続にかかわる致命傷になりか
ねない。
a) リスクを特定(発見)する
先ず、あらゆるリスクをリストアップする。そのためには、
外部で発生した品質不正に関する情報、内部で発生している意
図的な不遵守等に関する情報などを集め、いくつかの典型的な
タイプに整理する必要がある。その上で、同様のリスクが自組
織にあるかどうかを検討する必要がある。特に関係する法令や
条例の違反、各種規格類からの逸脱、顧客・社会と約束した契
約関係の不遵守事項などのプライオリティは高い。
b) リスクを算定(分析)する
洗い出したリスクの重大さを明らかにする。具体的には、リ
スクが顕在化した際の「影響の大きさ」と「発生確率」の両面
から両方を掛け合わせた結果を物差しに、それぞれのリスクが
どのくらい重大なものかを算定する。影響の大きさや発生確率
は可能な限り定量化を指向する。
c) リスクを評価する
リスクの大きさを影響度と発生確率の組み合わせで評価する。
d) リスクへの対応
-回避:リスクを完全に取り除く。
-軽減:悪影響を及ぼすリスク事象の発生確率や影響度を受
容可能な限界値以下にまで減少させる。
-移転:リスクを他者と共有する(例:保険)。
-受容:リスク軽度のものは手を打たない。
e) リスク対策の実施
個々のリスクに対して、前項で選択した対応策を実施する。
f) モニタリング
リスクを許容限界値まで下げたとしても、全く予想外の事態
が起こらないとも限らない。変更管理時の確認や、安全性にか
かわる事項等は注意深いモニタリングが必要である。
g) 有効性評価と是正
有効性の評価とその是正のサイクルを回す。顧客・社会の要
求は常に変化するし、組織のリスク対応の強弱も変動するので、
それらを勘案した定期的な見直しプロセスの設定と実施が大切
である。