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3.三田国際学園の学校改革に伴うキャリア教育の導入
1)キュアリア教育導入に至る三田国際学園の歩み
三田国際学園は、東京都世田谷区にある中高一貫校である。1916年に高等女学校として創設され、100年以上の歴史を有する伝統校であるが、長年にわたり生徒数の減少という課題を抱えていた。
次の100年に向けて学校を存続・発展させるため、2015年に校名を「三田国際学園」へ変更するとともに、女子校から共学校へと大きく舵を切った。しかし、その当時の経営状況は極めて厳しかった。2014年度に入学した中学1年生はわずか23名であり、募集定員を大幅に下回る状況が2年間続き、1学年1クラスという小規模な学校運営を余儀なくされていた。
一方で、同じ中学受験市場においては、高い倍率を維持する学校も少なくない。受験生の保護者世代は、バブル崩壊後の長期的な景気低迷や終身雇用・年功序列制度の崩壊など、日本社会の大きな変化を実際に経験してきた世代である。そのため、従来型の教育だけでは子どもの将来を切り拓くことは難しいのではないかという不安を抱く保護者が増えていた。
こうした社会の変化を踏まえ、内田氏は、当時日本で推進されていたキャリア教育が、職業理解や職業能力の育成といった狭義のキャリア教育に偏っていることに疑問を抱いていた。変化が激しく先行きが不透明な社会においては、終身雇用を前提とした正社員を目指す教育や、それを支える従来型のキャリア教育だけでは十分ではないと考えたのである。
そこで内田氏が着目したのが、「プロティアン・キャリア」の考え方であった。これは、組織への依存でも独立でもなく、多様な人々との相互依存的な関係の中で、自ら主体的かつ柔軟にキャリアを築いていくという考え方である。
プロティアン・キャリアを支える重要なコンピテンシーとして、「アイデンティティ」と「アダプタビリティ(適応力)」が挙げられる。内田氏は、将来、生徒が社会で主体的に活躍するためには、中高6年間を通じて自己理解を深め、確かなアイデンティティを形成することが何より重要であると考えた。そして、生徒一人ひとりが自らのアイデンティティを探究し、育んでいくことをキャリア教育の中心的な柱として位置付け、その導入準備を進めていった。
2)学校改革の推進
学校改革の柱として導入されたのは、PBL型授業(プロジェクト・ベース・ラーニング)の相互通行型授業である。
相互通行型授業は、論理的思考のプロセスをたどる授業である。この試行錯誤の過程こそ「考える力」を伸ばす成長の糧とある。一度思考を始めた生徒は、受け身の姿勢に戻ることなく、問題の本質を考えていく中、自然と知識を吸収していく。この相互型授業を通じて身に就いた「考える力」は、未知の問題に直面したときに、恐れずに向き合い解決していく力となる。
3)担任としてのキャリア教育
内田氏は、プロティアン・キャリアの基盤となるアイデンティティの確立を重視し、中学校3年間のキャリア教育を3つのテーマに分けて構成した。その第一段階である中学1年生のテーマを「自己理解」と位置付けた。
内田氏は、自己理解を深めるためには、生徒の自己肯定感を育むことが不可欠であると考えた。自己肯定感が低い生徒は、自分のやりたいことや将来の希望を周囲に表現することをためらう傾向がある。そのため、朝礼や終礼、授業において、生徒同士が互いに意見を交わす「相互通行型授業」を積極的に取り入れ、一人ひとりが認められ、自分らしさを発揮できる学級づくりに取り組んだ。
また、学級通信を通しても、自己肯定感の大切さを継続的に生徒へ伝えていった。自己肯定感とは、「自分は大切な存在である」「自分には価値がある」「自分は周囲に必要とされている」という感覚である。こうした感覚を育むことによって、生徒は困難な課題や高い目標にも主体的に挑戦できるようになると考えた。
中学1年生において、「自己理解」を深める実践として、自分史の作成や自己紹介新聞の作成などの活動も実施した。これらのワークを通して、生徒は自らの経験や価値観、興味・関心を振り返り、自分自身について深く考える機会を得ることとなった。
4)コーチングを導入したキャリア教育
中学1年生のキャリア教育では、「自己理解」を重要なテーマとしている。その中心となる行事がオリエンテーション合宿であり、本校では合宿に至るまでの人間関係づくりに特に力を入れた。新入生には、互いを尊重し合う「横の関係」を大切にすることを繰り返し伝えている。
オリエンテーション合宿では、コーチングの手法を活用したワークを実施している。コーチングとは、対話を通じて相手の自己実現や目標達成を支援するコミュニケーション技法である。本校では1対1ではなく、3〜4人のグループを編成し、そのうち1人が目標を語る役、他のメンバーがコーチ役となる。生徒一人ひとりがコーチとしてクラスメイトを支援することで、互いに学び合う関係を育んでいる。
ここでの目標設定は、将来の職業を決めることを目的としているわけではない。生徒が職業選択だけに視野を狭めないよう、事前にその点を丁寧に指導している。コーチングの目的は、単に目標に向かって行動させることではなく、「自分自身と向き合うこと」にある。
プロティアン・キャリアにおいて重要なコンピテンシーの一つが「アイデンティティ」である。これは、①自分の価値観・興味・能力・計画などに気づいていること、②過去・現在・未来の自己概念が統合されていること、の二つの要素から成り立つ。
目標を設定する際に大切なのは、「過去と他人は変えることができない。しかし、未来と自分は変えることができる」という視点である。そのうえで、自分がどのような未来を描きたいのかを考え、主体的に目標を定めていくことが重要となる。
5)プレゼンテーションによる自律的キャリア教育
オリエンテーション合宿における目標設定は一つのゴールであるが、キャリア教育においては新たなスタートでもある。本校では、キャリアを広義に捉え、「キャリアとは人生そのものである」という考え方を生徒に伝えている。そして、過去の自分、現在の自分、未来の自分が連続した存在であることを理解してもらうために、「自己理解」をテーマとした10分間のプレゼンテーションに取り組ませている。
中学1年生は、「自己理解」をテーマに、自らの過去を振り返りながら、興味・関心や価値観について考察する。オリエンテーション合宿では、クラスメイトとの対話やコーチングを通じて自己理解を深めた。その後、夏休み期間を活用し、一人ひとりが過去・現在・未来の自分と向き合いながらプレゼンテーションの準備を進める。
多くの生徒にとって、人前で発表する経験は決して容易なものではない。そのため、生徒が前向きに取り組めるよう、本番を迎える10月まで継続的な支援を行った。授業や昼休み、放課後の時間を活用して何度もリハーサルを実施し、クラスメイトからの助言を受けながら原稿を繰り返し推敲した。
こうした努力を重ねてプレゼンテーションを成功させた生徒たちは、「自分自身と深く向き合うことができた」「自分の将来について考えるきっかけになった」「やり遂げた達成感を得られた」と語っている。この取り組みは、生徒の自己理解を深めるだけでなく、自らの人生を主体的に考える力を育む機会となっている。
4.三田国際学園のキャリア教育に関する「生の声」
1)次世代を育てたい
三田国際学園では、高校から4つのコースに分かれる。コースの一つに、自分たち自身で研究を行い、まだ見ぬ問題に挑戦する探究心を引き出し、研究者としての素養を培うプログラムを実践しているメディカルサイエンステクノロジーコース(以降MSTCと記載)がある。
MSTCのビジョンとして、「大学の研究室を私立中高一貫校に持ち込むこと」をテーマに推進してきた。
MSTCで学び、実験や研究を通して、研究者のマインドを持った生徒が、1人の研究者として大学を目指すことが望まれる。
三田国際学園のサイエンス教育では、コースに関わらず、日々の授業で「疑問・・仮説・・検証・・結論」というプロセスが大事にされる。中学校時代に習慣づけられたそのプロセスを土台に、MSTCでは、「基礎研究」に取り組み、「実験・・解析・・データ・・考察・・発表・・討論」というサイクルで学ぶ事で、物事を多面的、客観的に捉える訓練をしながら、問題を発見する力とその問いを解決するための力を養うのである。3年、または6年かけて養われる力は生涯において役立つ力となる。
三田国際学園におけるグローバル教育を推進するリーダーの一人は、オーストラリア、カナダ、イギリスで日本語教師の経験があります。その時の経験を通じて1人ひとりの個性が際立っている生徒が多く、互いの個性をクラスのみんなが尊重している事が強く印象に残りました。
現在の大学受験に力点を置きすぎている教育に違和感を持ち、自由な教育を実践している学校を探している中、三田国際学園に出会ったある教員は次のように学年通信で語っている。
「この現在、これからの未来、いろんなことが求められる。画一的な物差しで皆さんが測られる時代でなくなるのは確かです。自分で自分の人生を作っていき、人を巻き込んで仲間を作り、本当の多様な社会を実現してほしいと強く思います。高校生から大学生の間にどれだけ多くの人に会えるか、本気で生きている人とどれだけお話ができるか。とても大事な事だと思います。昨年考えたことが自分の中に蓄積され、それを土台に今がある。そう思って今この時に自分は何をするか、ということを考え続けて下さい。素晴らしい出会いがある中で、自分の軸が出来上がってきます。それがまた別の出会いを自分にもたらします。これが自分スケールの構築です。」
5.三田国際学園のキャリア教育に関する「生の声」
1)次世代を育てたい
三田国際学園では、高校から4つのコースに分かれ、その一つにメディカルサイエンステクノロジーコース(MSTC)がある。MSTCは、自ら研究課題を設定し、未知の課題に挑戦する探究心を育み、研究者としての素養を培うことを目的としたプログラムである。
MSTCでは、「大学の研究室を私立中高一貫校に持ち込むこと」をビジョンに掲げ、生徒が実験や研究活動を通じて研究者としての思考力や姿勢を身に付け、将来は一人の研究者として大学へ進学することを目指している。
三田国際学園のサイエンス教育では、コースを問わず、「疑問→仮説→検証→結論」という探究のプロセスを重視している。中学校で身に付けたこの思考プロセスを土台に、MSTCでは「基礎研究」に取り組み、「実験→解析→データ整理→考察→発表→討論」という研究サイクルを繰り返すことで、多面的かつ客観的に物事を捉える力を養っている。そして、課題を発見し、その解決に向けて探究する力を3年間、あるいは6年間かけて育成している。この力は、生涯にわたり活用できる重要な資質・能力となる。
三田国際学園のグローバル教育を推進するリーダーの一人は、オーストラリア、カナダ、イギリスで日本語教師を務めた経験をもつ。その経験を振り返り、次のように語っている。
「海外では、一人ひとりの個性が際立っており、クラス全体が互いの個性を自然に尊重していました。その姿勢は、日本の教育においても大切にしたいと考えています。」
また、大学受験を最優先とする従来の教育に違和感を抱き、より自由で主体性を育む教育を求めて三田国際学園に着任した教員は、学年通信で次のように生徒へ語りかけている。
「これからの時代は、画一的な物差しで人が評価される時代ではありません。自分自身で人生を切り拓き、仲間をつくり、多様な社会を実現してほしいと思っています。高校生から大学生の間に、どれだけ多くの人と出会い、本気で生きている人と語り合えるかは、とても大切です。昨年考えたことが今の自分の土台となり、その積み重ねが未来をつくります。『今、自分は何をするべきか』を問い続けてください。素晴らしい出会いを重ねる中で、自分自身の軸が育ちます。その軸が、新たな出会いを引き寄せ、自分だけのスケール(価値基準)を築いていくのです。」
キャリア教育を前向き推進している教員は、次のように述べている。
「教員を志したきっかけは、人の人生に関わっていく事に興味を持っていたからである。いろんな人と関わって、いろんな夢を一緒に見たいから教師になりたいと思ったのです。生徒のキャリアをサポートする事が、自分の教師の原点だと気がつきました。」
このように三田国際学園では、知識や受験対策だけでなく、生徒一人ひとりが自らの価値観や人生観を育み、自分らしいキャリアを主体的に切り拓く力を育成することを教育の根幹に据えている。
出典:
田中研之輔 (著), 内田雅和(著) (2021) 「プロティアン教育: 三田国際学園のキャリアエスノグラフィー」 株式会社キャリアナレッジ
(つづく)吉末直樹
