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6.三田国際学園が主体性を育む6年間の軌跡
1)なぜプロティアン・キャリア教育が必要なのか
21世紀の社会で活躍するためには、既存の価値観や制度に縛られることなく、自ら考え、自ら道を切り拓いていく力が求められる。これまでのように、有名大学への進学や大企業への就職を人生のゴールとするキャリア観は、もはや絶対的なものではない。変化が激しく将来を予測することが困難な時代においては、組織に依存するのではなく、自ら主体的にキャリアを形成する姿勢が重要となる。
20世紀の日本型雇用を前提としたキャリア観では、組織が主体となり、個人は組織の中で役割を果たす存在として位置付けられてきた。しかし、終身雇用や年功序列が揺らぐ現代においては、個人が主体となり、自らの価値観や強みを基盤としてキャリアを形成する「プロティアン・キャリア」の考え方が重要になっている。
プロティアン・キャリアを提唱したダグラス・ホールは、次のように述べている。
「我々もまた学ぶ能力を持っているが、一方、そのことによって貪欲な組織に搾取される第一候補となってしまう。冷酷にも、我々の学校、職業、そして経営者が貪欲にも我々に教え込もうとしているのは、このような特質なのである。」
この指摘は、学校教育が知識や正解を教えることに偏り、主体的に考え行動する力を十分に育成できていないことへの問題提起である。これからの教育には、「正解を教える教育」ではなく、「自ら問いを立て、自ら考え続ける力」を育む教育が求められる。
こうした時代の要請を踏まえ、三田国際学園は21世紀型教育への大きな転換を図っている。その象徴が「相互通行型授業」である。相互通行型授業では、教員から投げかけられる「トリガークエスチョン」が、生徒の知的好奇心を刺激する出発点となる。「なぜだろう」という問いを追究する学びは、生徒の探究心を高め、授業での議論を活性化させる。
また、グループディスカッションや協働学習を通して、生徒はコミュニケーション能力、課題解決能力、そして他者と協働して価値を創造する共創力を育んでいく。このようなアクティブラーニングの積み重ねは、変化する環境に柔軟に対応する「アダプタビリティ(適応力)」の育成につながる。
変化の激しい21世紀社会では、あらかじめ用意された正解を求める力ではなく、正解のない課題に対して自ら考え、他者との対話を通じて新たな解を見いだす力が求められる。その過程で、生徒は多様な価値観に触れ、自分自身の考えを深めることによって、「自分とは何者か」というアイデンティティを形成していく。
2)三田国際学園のキャリア教育プログラムの取り組み
三田国際学園のキャリア教育は、「自己理解」「職業研究」「学問研究」の三つを柱とし、生徒が主体的に自らの進路を選択できるよう体系的に設計されている。
中学1年生では「自己理解」、中学2年生では「職業研究」、中学3年生では「学問研究」を総合学習のテーマとしている。しかし、これらは学年ごとに独立した学習ではなく、相互に関連し合う循環的な学びとして位置付けられている。
例えば、自己理解を深める過程では、自分がこれまでどのようなことに興味・関心を抱いてきたのか、将来どのような職業に就きたいのか、どのような学問を探究したいのかを考えることになる。また、職業研究や学問研究を進める中で、新たな興味や価値観が生まれ、それが再び自己理解を深める契機となる。このように、「自己理解」「職業研究」「学問研究」は車輪のように相互に作用しながら、生徒の主体的なキャリア形成を支えている。
この三つの学習を通して、生徒はプロティアン・キャリアにおいて重要な概念である「アイデンティティ」の形成を促していく。アイデンティティとは、「自分とは何者か」という問いに向き合い、自らの価値観や強み、将来の方向性を見いだしていく過程で形成されるものである。
このアイデンティティ形成を支える学校行事として重要な役割を果たしているのが学園祭である。学園祭では、生徒一人ひとりが総合学習の成果をプレゼンテーションとして発表する。プレゼンテーションでは、発表資料やシナリオを自ら作成するとともに、聞き手との対話を意識した参加型の発表に取り組む。この経験を通して、生徒は自らの考えを論理的に整理し、他者へ伝える力を身に付けていく。
プレゼンテーションの準備では、実際にフィールドワークやインタビューを行うことが推奨されている。
中学1年生の「自己理解」では、自身の出身小学校や通っていた塾、お世話になった先生などを訪問し、自分自身についてインタビューを行う。事前に質問項目を準備し、自ら電話などでアポイントメントを取り、他者から見た自分の長所や短所、成長の様子などを聞き取ることで、多面的な自己理解を深めていく。
中学2年生の「職業研究」では、自分が興味を持った企業を訪問する。生徒は企業の連絡先を自ら調べ、電話でアポイントメントを取り、企業訪問を実現する。断られることも少なくないが、別の企業へ挑戦したり、粘り強く交渉を続けたりしながら、自ら機会を切り拓く姿勢を身に付けていく。
さらに、中学3年生の「学問研究」では、自分が関心を持った学問分野について探究し、その分野の大学教員へのインタビューに挑戦する。大学教員への訪問依頼は容易ではないため、多くの生徒はオープンキャンパスなどを活用しながら直接対話の機会を得ている。
3)キャリア教育の浸透
2015年の校名変更を機に、三田国際学園は新たな教育理念のもと、本格的にキャリア教育を導入した。本学園では、キャリアを単なる職業選択や進学指導として捉えるのではなく、生涯にわたり多様な役割を果たしながら、自分らしい生き方を主体的に築いていく過程として広義に捉えている。
キャリア教育の実践を通して、生徒一人ひとりの学びや成長はポートフォリオとして継続的に蓄積されている。これらの記録を分析すると、生徒の価値観や人生観の変容が読み取れ、キャリア教育の理念が着実に浸透していることが確認できる。
①「人生を愛そう」から見える価値観の形成
中学2年生のポートフォリオ「人生を愛そう」には、次のような記述がある。
「周りにいる優秀な人に憧れ、それを目指すよりも、自分の個性を磨く方が、市場価値の高い人間になれると思った。」
「誰かと比べるのではなく、自分を愛し、自分の人生と向き合うことだ。」
「僕は、自分が大好きで熱中できることに取り組んでいきたい。」
この記述からは、他者との比較ではなく、自分自身の価値観や個性を大切にしながら人生を歩みたいという意識が形成されていることが分かる。大学進学や職業選択を目標とする狭義のキャリア観ではなく、「どのような人生を送りたいのか」という広義のキャリアを主体的に考え始めている点が注目される。
②価値観の確立と主体的な学び
内田先生の講演を受講した後のポートフォリオには、次のような記述が見られる。
「人生に答えはない。」
「自分の価値観がしっかりしている人ほど幸福度が高い。」
「大人になっても、自ら学ぶ姿勢を持ち、それを行動に移せる人でありたい。」
この文章からは、「正解のない時代」を前向きに受け止め、自ら価値観を形成しようとする姿勢が読み取れる。また、「自ら学び続ける人になりたい」という記述は、生涯学習への意欲と主体性の芽生えを示している。
③環境変化への適応力(アダプタビリティ)の育成
新型コロナウイルス感染症の影響下で作成された「こんな時だからこそ明るく」というポートフォリオでは、次のように述べられている。
「私は様々なものに触れようとした。」
「自分で工夫して乗り切ろうということしか考えていない。」
「実際、この期間を楽しめている。」
感染症の拡大という予測不能な環境の変化に対して、生徒は悲観的になるのではなく、自ら工夫し、新しいことへ挑戦する姿勢を示している。この記述は、変化する環境に柔軟に対応する「アダプタビリティ(適応力)」が育まれていることを示す好例である。
④自分の軸となるもの
法政大学キャリアデザイン学部の学生との交流会後、生徒は次のようなポートフォリオを記している。
「ボーッしているだけではチャンスに巡り合えない。」
この言葉が、生徒にとって最も印象に残った学びであったという。
生徒は、それまで「計画的偶発性理論」を、「人生は偶然やハプニングによって変わるものだから、今を精一杯生きていればよい」という意味で理解していた。しかし、交流会を通じて、計画的偶発性理論とは、目標や目指す姿を持って主体的に行動するからこそ、偶然の出来事を新たな機会として生かすことができるという考え方であることに気付いた。
生徒は次のように記している。
「将来は分からないからこそ、自分の軸となる完成型や人物像を持つことが必要なのではないかと感じた。」
また、社会課題の解決について学んだことを踏まえ、
「社会に出て課題解決のプロセスに関わることができたとき、きちんと提案できるようになりたい。そのために、自分に合った学問を選び、自ら学ぶ機会を増やしていきたい。」
と述べている。
このポートフォリオからは、生徒が将来を他者や環境に委ねるのではなく、自らの人生に責任を持ち、主体的にキャリアを切り拓こうとする意識が育まれていることが読み取れる。また、目標や価値観を持ちながら学び続けようとする姿勢は、プロティアン・キャリアが重視する「アイデンティティ」と、変化に対応する「アダプタビリティ」の双方の形成につながっていると考えられる。
キャリアデザイン学部の学生との交流会後に作成されたポートフォリオを分析すると、このような主体的なキャリア観を表現する記述が数多く見られた。2015年の学校改革以降、三田国際学園が推進してきたキャリア教育は、生徒一人ひとりの価値観や将来観に着実な変化をもたらし、自ら人生をマネジメントしようとする意識を育んでいることが確認できる。
以上のポートフォリオからは、生徒が単に進学や就職を目標とするのではなく、自らの価値観を形成し、自分らしい人生を主体的に歩もうとしている姿勢が明確に読み取れる。これは、三田国際学園が推進するキャリア教育が、生徒のアイデンティティ形成と主体性の育成に大きく寄与していることを示している。
(以上)
出典:
田中研之輔 (著), 内田雅和(著) (2021) 「プロティアン教育: 三田国際学園のキャリアエスノグラフィー」 株式会社キャリアナレッジ
(つづく)吉末直樹
