ISO審査員及びキャリアコンサルタントの方に有用な情報をお伝えします。

1.はじめに
本書は、法政大学の田中研之輔教授が、自身のキャリア経験と研究成果をもとに執筆した著作である。
田中教授は、2008年4月に法政大学の教員として着任した。教員生活を3年ほど過ごした頃、「このままでよいのだろうか」「このまま働き続けてよいのだろうか」と、自身のキャリアについて深く悩むようになったという。その背景には、自らのキャリアの成長を実感できなくなったことがあった。教授は、その要因を「自分のやりたいことを優先する働き方」から、「組織が求める役割を果たす働き方」への転換が十分にできていなかったことにあると振り返っている。
その後、さまざまなキャリア理論を学び、それを実践し続けたことで仕事への悩みは次第に和らぎ、働き方を見直すことによって生き方そのものも変化していった。キャリアに関する知見を習得し、それを日々の生活の中で実践することが、自身の成長と変化につながったとしている。
本書では、キャリア理論の知見に加え、田中教授自身の経験や、多くのビジネスパーソンへのヒアリングから得られた悩みや課題をもとに、キャリアに関する悩みを和らげ、自分らしいキャリアを築くための方法が紹介されている。その中核となる概念が「キャリアナレッジ」である。キャリアナレッジとは、キャリアに関するさまざまな悩みを一つひとつ解決していくための具体的な思考法を体系化した「知の基盤」である。
本書では、特に次の3点を重視している。

  1. 形式的な知識ではなく、実践を通して活用できる実践知であること。
  2. 転職・副業・起業などの「転機」だけでなく、日々の働き方や生き方といったキャリア形成の「日常」を重視すること。
  3. キャリアを「過去・現在・未来」という時間軸で捉え、自ら主体的に構築していくものと考えること。すなわち、キャリアとは、これまで生きてきたすべての経験の足跡であり、これからの人生を導く羅針盤でもあるという考え方である。

本当に大切なのは、実際に行動すること
キャリアについて考えるだけでは、悩みを解決することはできない。何も行動しなければ、不安や迷いに押しつぶされ、望むキャリアを築くことは難しい。
自分らしく生きるとは、周囲の人々や組織への感謝を忘れず、自らの意思を大切にしながら人生を歩むことである。そのためには、キャリアナレッジを学ぶだけでなく、日々の生活の中で実践し、自分らしい働き方や生き方を主体的に築いていくことが重要である。

明日からの自分を変えるために大切なこと

  1. キャリアは転機のときだけに考えるものではなく、日々の積み重ねによって形成されるものである。自分らしく生きるために、日頃からキャリアについて身近なテーマとして考える習慣を持つことが重要である。
  2. 自分が何を大切にしたいのかを明確にし、正しく悩み、まずは行動してみることが大切である。主体的に自分らしい人生を選択する姿勢を持ち続けることが求められる。

これからの時代は、組織と個人の双方を生かすことのできる人材が未来を切り拓く。組織と個人は対立する存在ではなく、互いに成長し合うパートナーとして共生していくことが重要である。

2.あなたに必要なのは「キャリア戦略」だ
1)キャリアで重要なのは、結果ではなくプロセス
キャリアを考えるうえで大切なのは、最終的な結果ではなく、その過程(プロセス)である。
キャリアの悩みを慢性化させないためには、自らのキャリア戦略を設計することが重要である。そのためには、社会環境の変化を正しく理解したうえで、次の三つの視点から自分自身を見つめ直す必要がある。

  1. 過去(これまでの経験)を受け入れる。
  2. 現在(今置かれている状況)を客観的に把握する。
  3. 未来(これからどのような人生・キャリアを築きたいのか)を構想する。

キャリアは、過去・現在・未来を一本の線でつなぎ、自ら主体的に設計していくものである。

2)キャリアの視点から見た三つの時代の変遷
昭和・平成・令和では、キャリアに対する価値観や働き方が大きく変化している。
昭和―「組織の時代」
昭和は「組織の時代」であった。高度経済成長を背景に、人々は組織の一員として懸命に働き、昇進や昇格を目指すことが一般的であった。終身雇用や年功序列を基盤とする日本型雇用が確立し、組織内でキャリアを積み重ねることが理想とされていた。
平成―「個人の時代」
平成になると、働き方は多様化し、フリーランスや副業など新たな働き方が広がった。また、組織の枠を越えて働く「バウンダリーレス・キャリア」や、複数の仕事を持つ「パラレルキャリア」といった考え方も注目されるようになった。
このような変化により、従来の組織内キャリアだけでは対応できない多様な働き方が生まれ、日本型雇用制度そのものが見直されるようになった。
令和―「関係性の時代」
令和に入ると、2019年に経団連元会長の中西宏明氏やトヨタ自動車の豊田章男氏が、「終身雇用の維持は難しい」と発言したことが大きな転機となった。
これは単なる企業側の事情説明ではなく、日本型雇用を根本から見直すための戦略的な問題提起であったと考えられる。
これまでのような、新卒一括採用・終身雇用を前提とした人材の流動性が低い雇用形態では、世界との競争に対応することは難しい。企業にも個人にも、新しいことへ挑戦し続ける姿勢が求められるようになった。
さらに2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大は、人々の働き方を大きく変えた。個人は自らのキャリアを見直し、企業は事業戦略や人材戦略を再構築する契機となった。
こうした背景から、田中教授は令和を「関係性の時代」と位置付けている。組織と個人が対立するのではなく、互いに価値を認め合いながら新たな関係性を築いていくことが、これからのキャリア形成には欠かせないのである。

キャリアの変遷から学ぶべき二つのポイント
キャリアの変遷を踏まえると、次の二点が重要である。

  1. 従来の「組織内キャリア」を前提とした、組織優位の価値観や制度から脱却すること。
  2. 一方で、完全に組織から独立した個人を目指すのではなく、組織との緩やかな関係性を維持しながら、自律的なキャリアを築いていくこと。

これからの時代は、組織か個人かという二者択一ではなく、双方が互いの価値を高め合う「共創」の視点を持つことが、持続的なキャリア形成につながる。

3)組織から独立するのではなく、関係性を深める
組織と個人の「関係性」に着目したキャリア形成とは、どのような考え方なのであろうか。
これからの時代に求められるのは、組織から完全に独立した「個人」を目指すことではない。自ら主体的に行動しながら、組織と個人の関係性をより良いものへと発展させ、その中で自分らしいキャリアを築いていくことが重要である。
組織も個人も、ともに「生き物」である。どちらも固定的・静的な存在ではなく、環境の変化に応じて、いつでも、どこからでも変化し続けることのできる動的な存在である。
また、企業だけでなく、学校、職場、地域社会、さらにはグローバルな組織など、社会を構成するあらゆる組織も、「ニューキャリア」の時代に適応していくことが求められている。
そのためには、組織への過度な依存から自らを解放しながらも、組織と個人を対立する存在として捉えないことが大切である。両者が互いの価値を認め合い、信頼関係を築きながら成長していくことで、変化の激しいニューキャリアの時代をしなやかに生き抜くことができる。
理想的なキャリアとは、組織と個人の力が互いに打ち消し合うのではなく、相乗効果を生み出す均衡状態にあることである。そのような関係性の中では、組織と個人の双方が活性化され、互いの成長を促し合う力の源泉となる。
すなわち、これからのキャリア形成に求められるのは、「組織か個人か」という二項対立ではなく、組織と個人が互いを生かし合いながら、ともに成長していく関係性を築くことである。

4)オフィスに縛られない、これからの働き方
コロナ禍を契機として、オフィスに縛られない新しい働き方が急速に浸透した。テレワークやワーケーションに代表されるように、働く場はリアルからオンラインへと大きく広がった。
これまでの職住分離型の働き方の中では、仕事を優先するあまり家庭生活が犠牲になることも少なくなかった。しかし、新しい働き方の普及によって、仕事と生活のバランスを見直す機会が生まれた。この変化は、ワークライフバランスの実現に向けた大きな転機となっている。
さらに、働き方をめぐるもう一つの歴史的な変化として、「組織内キャリア」から「キャリア自律型」へのワークシフトが挙げられる。社会や産業構造の変化が加速する中で、個人が主体的にキャリアを形成し続けることが求められるようになった。
なぜなら、自律的なキャリア形成は、個人にとっても組織にとっても重要なセーフティネットとなるからである。環境変化に適応しながら学び続ける人材は、組織に新たな価値をもたらすと同時に、自らの市場価値を維持・向上させることができる。

企業関係者への聞き取り調査からは、キャリア自律への移行を阻む要因として、次の三つが明らかになった。

① ファーストキャリア形成期における「不透明なキャリア展望」
ファーストキャリア形成期(22歳~35歳)において重要なのは、現場で求められるスキルを習得し、ビジネスパーソンとしての基礎を築くことである。
しかし、特にコロナ禍以降の新入社員は、入社式や新人研修、その後のオンボーディングまでオンラインで実施されるケースが増えた。その結果、職場での人間関係や社内ネットワークの構築が難しくなり、自身の将来像を描きにくい状況が生じている。

② ミドルキャリア期における「組織内キャリア依存」
ミドルキャリア期(35歳~55歳)の課題は、組織内キャリアへの過度な依存である。
ファーストキャリア形成期に蓄積してきたビジネススキルや社内ネットワークが固定化し、新たな挑戦を避ける傾向が生まれやすい。キャリア自律を実現するためには、部署異動や部門横断プロジェクト、社内兼業、副業などを通じた越境学習が重要となる。
しかし現実には、新たな挑戦を積極的に行う人と、増加する日常業務に追われて現状維持にとどまる人との二極化が進んでいる。

③ ポストオフ後の「キャリア失墜」とモチベーション低下
役職定年やポストオフ後におけるモチベーション低下も深刻な課題である。
与えられた業務をこなしながら定年まで漫然と過ごすのか、それとも人生100年時代を見据えて次のキャリアに向けた準備を始めるのかによって、その後の人生の充実度は大きく変わる。
ポストオフはキャリアの終わりではなく、新たなキャリアを設計するための転換点として捉える必要がある。
これからの時代、組織には従業員の主体的なキャリア形成を支援する役割が求められる。従来のように組織内で人材を育成するだけではなく、一人ひとりが自律的にキャリアを開発できる環境を整えることが重要である。
一方、個人に求められるのは、自身のキャリア形成を妨げている要因を客観的に把握し、その課題を一つひとつ解決していくことである。組織任せではなく、自らの意思で未来を切り拓く姿勢こそが、これからの時代に求められるキャリア自律の第一歩となる。

5)目の前の悩みを客観化するための二つの視点
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を活用することによって、人々の生活を豊かにし、企業の生産性や競争力を高めるための変革を意味する。
これに対して、本書ではCX(キャリア・トランスフォーメーション)を、組織に依存したキャリアから、自ら主体的にキャリアを切り拓く「キャリア自律」への変革と位置付ける。
従来の組織では、業務の細分化や分業が進む中で、社員は与えられた役割を着実に遂行することが求められてきた。その結果、自ら主体的に考え行動することに、無意識のうちにブレーキをかける風土が形成された側面もある。
しかし、本来、主体的に働くことこそが働き方の本質である。組織に遠慮するのではなく、自ら課題を発見し、考え、行動し、業務改善を積み重ねながら成果を生み出すことが、自律的なキャリア形成につながる。そして、そのような主体的な人材の存在こそが、組織の成長を支える原動力となる。
キャリア上の悩みを解決するためには、目の前の問題だけを見るのではなく、自分自身を客観的に捉える視点を持つことが重要である。本書では、そのための方法として、「空間の視点」と「時間の視点」の二つを提案する。

出典:田中研之輔(著)(2022) 「今すぐ転職を考えていない人のための キャリア戦略」 ディスカヴァー・トゥエンティワン

(以上)

(つづく)吉末直樹