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4)プロティアン・キャリア教育
生徒が主体的に自分の人生を向かい合えるようになるには膨大な時間が必要となる。中学1年生のオリエンテーション合宿におけるコーチング研修から始まる三田国際学園のキャリア教育。「自己理解」「職業研究」「学問研究」という学年ごとにテーマを定めた学園祭におけるキャリアに関するプレゼンテーションは高校1年生で自らの「将来ビジョン」をテーマに続く。
以下の生徒のポートフォリオは学園祭のプレゼンを通じて自分の人生にしっかり向き合う姿勢を示している。
①人と人がつながる
「三田国際学園に入学して本当によかったと思えたのが今回の学園祭だ。今年の学園祭の2日間は、昨年と比べ物にならないくらい、忙しく休む間がなかった。しかし、つらいな、大変だなとは全く感じなかった。むしろ、他のことを忘れてしまうくらい、最高に楽しい時間を過ごすことができた。
学園祭の2日目にあった出来事が心に残っている。
プレゼンの終了後、僕のところに受験生の子の保護者がやってきた。その子は僕のプレゼンを見て感動していたと言っていた。僕のことをあこがれの中学生だと感じ、三田国際に入り一緒に頑張りたいと思ってくれたのだと言っていた。保護者の方は、僕の事、三田国際のいろいろな事を質問してくれた。この出来事は、自分の心の中の宝物になった気がする。自分のプレゼンで一人の受験生の心を動かすことができた。自分のことをあこがれの中学生と思ってくれたのは、言葉にできないくらい嬉しい。」
②リフレクティブ・ヒアリングの実施
三田国際学園では、中高一貫教育の6年間を通して、生徒が自らの人生や将来について主体的に考える機会を数多く設けてきた。その教育的効果を検証するため、2020年12月、学校改革後の中学第1期生である高校3年生を対象にリフレクティブ・ヒアリングを実施した。
調査では、選択式質問と自由記述式質問を組み合わせ、生徒のキャリア意識や価値観の変化について把握した。
選択式質問は、次の3項目である。
- 将来の職業について考える機会があったか。
- 将来の職業だけではなく、自分の人生について考える機会があったか。
- 学園祭で実施したプレゼンテーションは、自分のキャリアを考える機会となったか。
調査結果から、将来の職業だけではなく、自分自身の人生について考える機会があったと回答した生徒は、「どちらかといえばそう思う」を含めると95%を超えた。また、学園祭で実施した「過去・現在・未来」をテーマとするプレゼンテーションについても、「自分のキャリアを考える機会となった」と回答した生徒は、「どちらかといえばそう思う」を含めると80%を超えていた。
これらの結果から、三田国際学園のキャリア教育が、生徒に将来の職業選択だけではなく、自らの人生そのものについて考える機会を提供していたことが確認できる。
さらに、自由記述式リフレクションでは、生徒の価値観や主体性の変化をより具体的に把握することができた。
「三田国際学園での6年間で、自分のキャリアを意識するきっかけとなった行事や授業について自由に記述してください」という質問に対しては、次のような回答が見られた。
「自分のキャリアとは、自分の行動や思考の軸となるものだと思う。」
「昨年のプレゼンテーションを見返したとき、自分が昨年よりも未来を具体的に考えられるようになっていることに気付いた。」
「どれが正しい未来かは分からない。でも、今頑張りたいこと、やりたいことが分かっていれば、それでいいということが理解できた。」
これらの記述からは、生徒がキャリアを職業選択ではなく、自らの価値観や人生の方向性として捉えるようになっていることが読み取れる。
続いて、「これからの自分のキャリアについて自由に記述してください」という質問では、
「人々の自由な生のために、世界で抑圧される人々を助けることができる人間になりたい。」
「具体的な職業は決まっていないが、人の幸せを支える仕事に就きたい。」
「困っている人に自然と手を差し伸べられる人になりたい。」
「自分にできること、自分が好きなことを極めた先に、自分にできる最大限の社会貢献があると思う。」
など、自らの価値観を基盤とした人生観や社会貢献への意識を示す記述が数多く見られた。
さらに、「大学で学びたいこと、挑戦したいこと」については、
「異文化に触れ、世界を広げたい。」
「子どもの発達や教育について学びたい。」
「社会問題について議論できる場をつくりたい。」
「学生が学ぶ意味や生きる意味を見いだせる教育について研究したい。」
など、大学進学を目的とするのではなく、その先に実現したい社会や自分の役割までを見据えた回答が多く見られた。
以上の自由記述から、生徒は大学進学を単なる進路選択として捉えるのではなく、その先の社会課題や自己実現まで視野に入れながら、自らのキャリアを主体的に構想していることが分かる。
これらの結果は、三田国際学園における6年間のキャリア教育が、生徒の価値観やアイデンティティを育み、自らの人生を主体的にデザインする力を養ってきたことを示している。また、生徒の記述には、プロティアン・キャリアが重視する「価値観に基づくキャリア形成」や「変化に適応しながら学び続ける姿勢」が数多く見られ、本学園のキャリア教育の有効性を裏付ける重要な実証結果であると考えられる。
③発想の自由人
「発想の自由人」は、三田国際学園が教育理念として大切にしている言葉である。この理念には、既存の価値観や固定観念にとらわれることなく、自ら考え、自らの人生を主体的に切り拓く人材を育成したいという願いが込められている。
21世紀のキャリア教育では、キャリアを単なる職業選択として捉えるのではなく、生涯にわたる自己実現の過程として広義に捉えることが重要である。そのためには、生徒が自分自身と向き合う機会を継続的に設けるとともに、変化し続ける日本社会や世界との接点を数多く提供し、多様な価値観に触れる機会を創出する必要がある。生徒一人ひとりの可能性を広げるキャリア教育が求められているのである。
以下は、2020年度のキャリア教育講演会終了後に、高校3年生が記したポートフォリオの一部である。
<新しい時代の生き方>
「この3年間、たくさんのキャリア教育を受ける機会をいただき、『自分には何ができるのだろう』『どういう生き方をしていけばよいのだろう』『これから先、どう生きていけばよいのだろう』と悩み、考えてきた。しかし、その答えは決して一つではないことに、今回改めて気付くことができた。
『本当に自分はこのままでいいのか』『本当に自分の考えに自信を持っているのか』と考え続けてきた。
今提唱されている『新しい時代の生き方』も、決して唯一の正解ではない。社会はこれからも変化し続け、さらに新しい生き方が生まれていくのだと思う。」
このポートフォリオからは、生徒が変化の激しい社会を前提として、自らの生き方を主体的に問い続けている姿が読み取れる。正解を求めるのではなく、「自分はどう生きたいのか」という問いを持ち続けている点は、三田国際学園が目指すキャリア教育の成果の一つである。
20世紀のキャリア観では、昇進や昇格、収入、社会的地位などが右肩上がりに向上していくことが理想とされてきた。一方、現代社会では、個人が主体的にキャリアを形成し、環境の変化に応じて柔軟に方向転換しながら成長していくことが求められている。終身雇用を前提とした一つのキャリアモデルではなく、多様な役割や価値観を受け入れながら、自らの人生をデザインしていく時代へと移行している。
だからこそ、中学生・高校生という人格形成の重要な時期に、自らの価値観や人生について深く考える時間を設けることには大きな意義がある。三田国際学園では、社会の変化を批判的に捉え、自ら考え、自ら選択する力を育むことを重視している。このような教育は、プロティアン・キャリアが重視する「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」の形成にもつながっている。
「発想の自由人」とは、変化する社会の中で既存の価値観にとらわれることなく、自ら考え、自らの価値観に基づいて人生を選択し続ける人である。三田国際学園のキャリア教育は、そのような主体的な生き方を支える基盤を育成する実践であり、21世紀型キャリア教育の一つのモデルであると考えられる。
7.結論
1)三田国際学園におけるキャリア教育の成果
本書では、三田国際学園における6年間のキャリア教育の実践を、キャリア・エスノグラフィーの手法を用いて記述・分析した。
三田国際学園が一貫して重視してきたのは、生徒一人ひとりが自らの人生と向き合い、主体的に未来を切り拓く「自律的なキャリア形成」を支援する教育である。
これまで日本では、偏差値や学歴が進学や就職における重要な指標として重視されてきた。現在では企業において学歴だけで人材を評価する考え方は変化しつつあるものの、「難関大学への進学が有利な就職につながる」という価値観は依然として根強く残っている。
一方で、社会で活躍するためには、学歴だけではなく、変化する環境に対応する力や主体的に課題を解決する力が求められることが広く認識されるようになってきた。三田国際学園は、このような社会の変化を踏まえ、「社会から求められる人材の育成」を教育改革の中心に据え、キャリア教育を推進してきた。
その中で重視されたのが、「何を知っているか」ではなく、「何ができるようになったか」を重視するコンピテンシー教育である。本学園では、「共創」「問題解決能力」「リーダーシップ」「社会参画」「革新性」「異文化理解」「創造性」「責任感」などを主要なコンピテンシーとして位置づけ、教科教育や総合学習、学校行事を通して育成を図ってきた。
本研究で分析したポートフォリオ、リフレクティブ・ヒアリング、インタビュー調査からは、生徒が6年間の学びを通して、自ら問いを立て、他者と協働しながら課題を解決し、自分自身の価値観や人生観を形成していく姿が確認された。また、多くの生徒が大学進学を単なる進路選択ではなく、その先の社会課題や自己実現につながる学びとして主体的に捉えていた。
これらの実践は、プロティアン・キャリアが重視する「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」の形成を支える教育として機能していることを示している。三田国際学園のキャリア教育は、生徒が変化の激しい社会の中で、自ら問いを立て、自ら学び、自らの人生を主体的に切り拓いていく力を育む実践であり、21世紀型キャリア教育の一つのモデルとなる可能性を示している。
2)生徒と保護者の当事者意識
三田国際学園では、キャリア教育が着実な成果を上げていることが確認された。生徒へのインタビュー調査からは、一つひとつの進路行事や日々の授業、留学などの多様な体験を通して、「自分らしい生き方」を探究する姿勢が育まれ、自律的なキャリア形成を体現する成長が見られた。
具体的には、次のような意識の変化が確認された。
- キャリアを他人任せにするのではなく、自ら主体的に形成していこうとしている。
- キャリアとは固定された結果ではなく、さまざまな選択の積み重ねによって変化し続けるものであると理解している。
- キャリアは環境や状況の変化に応じて、自らの意思で切り拓き、変えていくことができると捉えている。
このように、自らの人生に当事者意識を持つことができる生徒は、将来の進路選択においても主体的かつ積極的に行動する姿が見られた。
また、このような自律的なキャリア形成に対する意識は保護者にも共通して見られた。主体的にキャリア形成へ取り組むことによって、自らの将来に対する当事者意識が高まるという点は、生徒・保護者双方に共通する特徴であった。
3)プロティアン・キャリア教育の未来
三田国際学園の特徴の一つは、多様なキャリアを歩んできた教員がキャリア教育を推進している点にある。民間企業での勤務経験者、海外での教育経験者、公立・私立学校での教員経験者、さらには研究機関での研究経験者など、多様なバックグラウンドを持つ教員が、それぞれの経験を生かしながらキャリア教育に携わっている。
さらに、キャリア教育を推進する担い手は教員だけに限られるべきではない。キャリアカウンセラーをはじめとする外部専門人材との連携も重要である。
例えばアメリカでは、専門性を有するスクールカウンセラーやキャリアカウンセラーが、生徒のキャリアプランニング、進路準備、キャリア探索を専門的に支援している。
一方、日本では教員が学習指導、生徒指導、進路指導など多様な役割を担っており、キャリア教育についても教員への負担が大きい現状がある。しかし、キャリア教育のすべてを教員が担うことには限界がある。
キャリア教育とは、生徒と学校外の社会を結び付けるとともに、過去・現在・未来をつなぎ、自らの人生を主体的に設計する力を育む教育である。そのため、多様な経験を有する教員の配置に加え、キャリアカウンセラーをはじめとする外部専門人材の積極的な活用や協働を進めることは、日本のキャリア教育をさらに発展させるために不可欠である。
4)本書の成果と今後の課題
最後に、本書を通して明らかになった成果と今後の課題を整理する。
- ① 学園祭でのプレゼンテーションなど、主体的にキャリアと向き合う経験を積んだ生徒は、ワークキャリアだけでなくライフキャリアを重視し、自らの人生全体を見据えてキャリアを考えるようになった。
- ② ライフキャリアを中心に据えたキャリア教育は、生徒が将来のキャリアを主体的に展望する力を育む上で有効であった。
- ③ 多様な人生経験や職業経験を有する教員が、三田国際学園におけるキャリア教育の推進に大きく貢献していた。
- ④ キャリア教育をより充実させるためには、企業やNPOなどの外部組織と連携・協働し、多様な学びの機会を創出していくことが不可欠である。
出典:
田中研之輔 (著), 内田雅和(著) (2021) 「プロティアン教育: 三田国際学園のキャリアエスノグラフィー」 株式会社キャリアナレッジ
(プロティアン教育 おわり)吉末直樹
