ISO審査員、キャリアコンサルタントの方に有益な情報をお送りします。

2)ビジネスマナーとしてのキャリア自律
組織には、さまざまなルールがあります。組織の中で働く以上、これらのルールを遵守することが求められます。しかし、その一方で、組織のルールに従うことに意識が向きすぎると、個人が自らのキャリアについて考え、主体的に行動する「キャリア自律」が失われていくことがあります。
キャリア自律とは、ビジネスパーソン一人ひとりが、自分自身の働き方やこれからの生き方について向き合い、自ら考え、主体的に行動していくことです。
もし、キャリア自律が必要ないと考えるのであれば、「自ら主体的に働く必要はなく、所属する組織にキャリアを預けておけばよい」ということになります。しかし、変化の激しい現在において、組織に自分のキャリアを委ねるだけでは、将来にわたって自分らしい働き方を実現することは難しくなっています。
かつては、大学卒業後に一つの企業に入社し、その企業の中で昇進・昇給を重ねながら上昇していく「直線的なキャリア」が、一般的なキャリアモデルと考えられていました。
しかし現在では、転職や副業、役割の変更など、一つの企業の中だけでは完結しないキャリアを歩む人も増えています。転職しても必ずしも思いどおりにいくとは限りません。また、一つの組織で働き続ける場合でも、必ずしも昇進できるとは限らず、事業環境や会社の業績によっては、給与が下がることもあります。
このように考えると、現在の働き方に適しているのは、従来の直線的なキャリアモデルだけではありません。
一つの組織の中で昇進や昇格という評価を得られなかったとしても、その期間を単なる停滞と捉える必要はありません。その時期を、次のキャリアに向けて経験や能力、人脈などを蓄積する「キャリア形成のための溜め」の時期と捉えることもできます。
重要なのは、「キャリア=職業経験」と狭く捉えないことです。キャリアには、職業経験だけでなく、転職、学習、家族との生活、地域活動など、さまざまなライフイベントや人生における経験が含まれています。
キャリアとは、個人が歩んできた時間の経過そのものであり、一人ひとりの歴史性を含んだものです。したがって、私たちは「キャリア」という言葉を、職業だけに限定するのではなく、人生そのものを含む広義の意味で捉えていく必要があります。
キャリア自律とは、組織から離れて自由に働くことではありません。組織の一員として役割を果たしながら、自分自身のキャリアについても主体的に考え、行動することです。それは、これからのビジネスパーソンにとって、一つの「ビジネスマナー」ともいえるのではないでしょうか。

3)個人と組織のより良き関係性を
キャリアとは、他の人と比べるためのものではない。
キャリアとは、これまで歩んできた自分を見つめ、これから歩む自分を思い描き、働き方と人生をつなぐものである。言い換えれば、キャリアとは人生そのものである。
ビジネスシーンでの成功こそが、人生の成功であるかのような風潮すらある。しかし、キャリアは仕事だけを意味するものではない。その人生を、自らの手でより豊かなものにしていくことが大切である。
これまでの伝統的なキャリアの考え方では、「キャリアは組織に預けるもの」であり、キャリアの所有者は組織であると考えられていた。
そのため、伝統的なキャリア観を持ち続け、組織内での昇進や昇格をキャリアの中心に置いている人にとっては、「キャリア自律は必要ない」と感じることもあるだろう。
しかし現在、一つの組織にとらわれず、副業、兼業、転職など、多様な働き方を選択するビジネスパーソンが増えている。働き方はいま、大きな転換期を迎えているのである。
こうした変化に合わせて、私たち自身のキャリア観もバージョンアップしていかなければならない。
個人の視点から、これからの働き方や生き方を構想していく。
副業をするのか、転職するのか、今の仕事を続けるのか。定年退職後をどう過ごすのか。企業の寿命よりも個人のキャリアのほうが長くなった今、人生のさまざまな局面で、自らのキャリアをハンドリングしていくことが不可欠である。
今いる組織に不満がある場合にも、自らが行動を起こさなければ、状況を変えることはできない。
「自ら考え、自ら決め、自ら行動する」。
つまり、これからの時代には「キャリアの自律」が必要なのである。
そして、キャリア自律とは、組織から離れることではない。自らのキャリアを主体的に考えながら、組織の持つ機会や資源を活用し、個人と組織がより良い関係を築いていくことなのである。

伝統的キャリアとプロテイアン・キャリア

伝統的キャリア プロテイアン・キャリア
キャリアの所有者 組織 個人
価値観 昇進・権力 自由・成長
移動の程度 低い 高い
成果 地位・給料 心理的成功
姿勢 組織的コミットメント 仕事満足感・専門的コミットメント
アイデンティティ 組織から尊敬されているか
自分は何をすべきか(組織認識)
自分を尊敬できるか(自尊心)
自分は何をしたいのか(自己認識)
アダプタビリティ 組織に関連する柔軟性
(組織内での生き残り)
仕事に関連する柔軟性
現行のコンピテンシー
(市場価値)

(出典:本書P237)

4)「47%の職業消失」は成長機会に
あらゆる分野で、デジタル化、コンピューター化、ネットワーク化、オートメーション化が加速している。
2013年に発表されたオックスフォード大学の論文「雇用の未来」(カール・フレイ教授、マイケル・オズボーン教授)では、今後のテクノロジカル・イノベーションによって、現在存在する職業の47%が消失する可能性が示唆されている。
また、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーク」のように、雇用関係を結ばない働き方も増えている。
こうした働き方を選択する場合、請け負った仕事を自身のキャリアポートフォリオとして記録・蓄積していくことが重要である。
その際には、クライアントから、個人のホームページなどに仕事の実績として掲載することについて、あらかじめ許可を得ておくとよい。
実績一覧を公開することで、自分の仕事の経験や成果が可視化され、次の仕事の受注につながる可能性が高まる。

5)楽しく働く人に共通すること
仕事を楽しいと感じているビジネスパーソンには、共通する特徴がある。それは、自ら楽しいと思える仕事に主体的に向き合い、その仕事にやりがいを感じ、得られた成果に納得しているという点である。
何を大切にしているのかが明確であるため、仕事を楽しんでいる人は、同僚の働き方に一喜一憂しない。他人と比較するのではなく、自分自身の価値観に基づいた働き方を確立しているのである。
仕事が楽しくなるか、つまらなくなるかの分かれ目は、「自ら主体的に仕事に向き合えているかどうか」にあるといえる。
著者の友人に、15年間勤めた大企業を辞め、新たな職場で働き始めた人がいる。その友人は、「人生を取り戻した気がする」と語っている。
新しい職場では、直属の上司から何度もダメ出しを受ける。それでも、本人は仕事が楽しいと言う。なぜなら、自分で考え、自分がやりたいことに向き合っているからである。自分の時間を、自らの意思で使っているのである。
これからは、これまで経験したことのなかった「70歳まで生涯現役で働き続ける」という生き方を、現実的に考えなければならない。
その際、社会の諸制度に対して批判や不満を投げかけるだけではなく、自らのキャリアを形成しながら、長く続く職業人生をいかに豊かなものにしていくかを考える必要がある。
その選択と決断を担うのは、他でもない自分自身なのである。

6)組織を活性化させるキャリア・オーナーシップ
これまでの日本型雇用では、現在の職場でこれ以上働き続けることが難しいと感じた場合、転職を選択することが一般的であった。
企業の側も、「転職は、社内でキャリアを形成できなかった人の負け犬の選択である」と捉える傾向があった。
しかし、これからの働き方は、より自由で多様なものへと変化していく。
その自由さや多様さの先にあるのは、単に働き方の選択肢が増えることではない。「やりがいを持って働く」「より楽しく働く」「組織にとっても個人にとっても、生産性高く働く」といった状態を実現することである。
企業が社員にとってよりよい職場環境を整備し、社員が主体的にキャリアを形成できるよう支援することは、組織の活性化にもつながる。その結果として、離職率の低下も期待できる。
また、社員の側にも、「自ら主体的に働く」という意識が求められる。自らキャリア形成に取り組んでいる人は、組織の中でも仕事にやりがいを感じながら働いている。
組織人として働くことと、キャリア・オーナーシップを持つことは、決して矛盾・対立するものではない。
大切なのは、組織のことを自分自身のこととして考え、組織の成長と自らの成長を重ね合わせていくことである。
これまでのキャリア研修は、「個人のキャリア」に焦点を当てすぎる傾向があった。そのため、研修の場では理解されても、現場で実践されない形式的な取り組みにとどまることもあった。
これからのキャリア研修は、事業戦略の一環として位置づけ、現場で必要とされる人材像や組織の課題を踏まえながら、個人のキャリア形成をともに考え抜いていく必要がある。
それは、キャリア研修そのものを変革することである。
研修を通じて目指すべきは、「組織人として働きながら、自らキャリア・オーナーシップを持つビジネスパーソンへと変わる」ことである。
今こそ、組織と個人の双方にとって価値ある働き方を実現し、働くことの本質を取り戻していきたい。

7)キャリア・ダイアローグを重ねていく
プロティアン・キャリア論で重視されているのは、「個人と組織の関係性」をよりよいものにしていくことである。
個人と組織の関係性に焦点を当てるからこそ、組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォームを促進することができる。
重要なのは、組織内キャリアから自律型キャリアへの転換を促すために、戦略人事施策を展開していくことである。
それは、テレワークやハイブリッドワークの導入にとどまらず、その先にある働き方を考えることである。従来型のオフィスワークよりも、生産性や競争力を高めるには何をすべきか。そのためにどのような施策が必要なのかを、組織全体で考え抜いていくことが求められる。
① 同僚と語る
人事戦略や経営戦略を考えるうえで、社員が現在抱えている業務上の課題について、リアルな声を把握することは非常に重要である。
経営層、人事部、キャリアデザイン部門などに提案したい取り組みの一つが、「キャリア・ダイアローグ」である。
例えば、月2回、1時間程度、オンラインでキャリア・ダイアローグセッションを開催する。性別、年齢、職務、職位にかかわらず参加できる、オンラインの社員イベントである。
最初のテーマは、「それぞれが感じている業務上の課題」である。
12分間、グループごとに、日頃から課題と感じていることをできるだけ多く出し合う。普段感じている問題を、すべて書き出すことをルールとする。
ブレイクアウトセッション終了後は、全体で内容を共有する。すると、組織内に存在するさまざまな課題が見えてくる。
以前の取り組みでは、次のような5つの課題が挙げられた。
・テレワークによってメールでのコミュニケーションが増加し、業務を圧迫している。
・新入社員や中途採用社員と、リアルなコミュニケーションが取りにくい。
・所属部署以外の活動が見えにくい。
・業務上わからないことを、気軽に質問しにくい。
・これからのキャリアに不安を感じている。
これらの業務課題について、キャリア・ダイアローグに経営者、経営幹部、人事責任者などに順次参加してもらい、どのように解決していくかを社員とともに考える機会にしていく。
何より大切なのは、一人ひとりが自らのキャリアについて、立場に関係なくフラットに語り合える時間を、組織側がつくることである。そこに、キャリア・ダイアローグを実施する大きな意味がある。
② 組織の課題にも向き合っていく
キャリア・ダイアローグを重ねていく中で、徐々に組織課題についても、同じように対話し、考える機会を設けていく。
例えば、「生産性や競争力を高めるにはどうしたらよいか」「売上を伸ばすにはどうしたらよいか」といったテーマを、通常の所属部署の業務とは異なるキャリア・ダイアローグのテーマとして取り上げる。
だからこそ、社員からリアルな意見や発想を引き出すことができる。
月1~2回、こうしたテーマを継続的に取り上げることで、参加者は次回のキャリア・ダイアローグまでに、自分自身にできることを考え、実際に行動するようになる。
課題への気づきが、行動変容のきっかけとなるのである。
今後、実現していきたいことの一つは、キャリア・ダイアローグを、よりオープンな場へと発展させていくことである。

出典:
田中研之輔(著)(2022) 「今すぐ転職を考えていない人のための キャリア戦略」 ディスカヴァー・トゥエンティワン

(以上)

(つづく)吉末直樹