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6.新任管理職からグロースマネージャーへ
1)人的資本経営における役割転換

人的資本経営の実現のカギを握るのは、従来の管理職からグロースマネージャーへの役割転換である。
(グロースマネージャーとは、チームメンバー一人ひとりのキャリア形成に深く関わりながら、組織と個人の双方の持続的成長を実現していく存在である。)
筆者である田中教授は、24時間営業を続ける牛丼チェーン店舗の管理職についてフィールドワークを行った。その成果は『丼家の経営―24時間営業組織のエスノグラフィー』としてまとめられている。
インタビューの中で特に印象的であったのは、「管理統制型」マネージャーと「成長応援型」マネージャーの違いと、それが店舗売上に与える影響である。
管理統制型のマネジメントは、テクノロジーとの親和性が高い。さまざまなツールを活用し、社員を効率的に「管理・監視」することが可能である。このような環境では、社員は常に監視されている感覚を持ち、業務の逸脱は起こりにくい。
しかし、こうしたマネジメントと店舗売上や離職率との関係を見ると、興味深い傾向が見られる。管理統制型の店舗の売上は、他店舗と比べて平均的、あるいは平均を下回る水準にとどまることが多い。また、社員やアルバイトの離職率も高い傾向にある。その背景には、管理統制的な環境のもとで働き続けたいと感じにくいという要因があると考えられる。
一方、成長応援型のマネジメントは、単なる管理を重視しない。マネージャーは時間を見つけて1on1を行い、現状の課題や本人の望む働き方を丁寧に聞き取り、個々の成長に寄り添いながらチームをまとめていく。社員やアルバイトが集まる控室には、マネージャーからの応援や称賛のメッセージが手書きで掲示されており、シフト外のメンバーも自然と集まり談笑する雰囲気が生まれている。このような店舗では、売上は月商ベースで全国1位を何度も記録しており、離職率も他店舗と比較して著しく低い。
人的資本経営の時代に求められる管理職の役割は、このような成長応援型マネジメントにあるといえる。業界や職種を問わず、求められるマネジメントの本質は変わらない。マネジメントとは、チームメンバーを管理することではなく、一人ひとりの成長に伴走することである。

2)グロースマネージャーとしての新任管理職-40の役割
グロースマネージャーとして求められる代表的な役割は、以下の40項目に整理することができる。これらの役割を意識して取り組むことで、メンバーとの良好な関係を構築しながら、チームとしての成果を高めることが期待できる。

40の役割

率先垂範する データドリブンで意思決定を行う
コミュニケーションを大切にする 顧客理解を深める
メンバーの意見に耳を傾ける 実験とテストを繰り返す
明確な目標を設定する 最適化と改善を繰り返す
フィードバックを積極的に行う 目標を明確に設定する
柔軟な対応を心掛ける クロスファンクショナルに働く
自分の強みと弱みを理解する データ分析スキルを磨く
メンバーを信じる 顧客ジャーニーを理解する
公正さを保つ 競合分析を怠らない
自分の感情をコントロールする マーケッティングとプロダクトの連携を強化する
ストレス管理を意識する プロダクトフィードバックを素早く反映させる
業務の優先順位をつける 成長を支えるインフラを意識する
決断力を持つ チームの能力を最大化する
メンバーのモチベーションを高める スピード感を大切にする
チームワークを重視する イノベーションを追求する
変化に対応する力を養う エラーから学び、改善する
継続的学習を心掛ける ユーザー中心の視点を持つ
ポジチィブな雰囲気をつくる ROI(投資対効果)を意識する
メンバーを育てる責任を持つ リーダーシップを発揮する
結果だけでなくプロセスも重視する 長期的ビジョンを持つ

(出典:本書P152)

3)部下という言葉に含まれるアンコンシャスバイアス
組織マネジメントの根幹を支えるのは「言葉」である。職場で日々交わされる言葉の積み重ねが、組織の風土や文化を形成していく。
その中で違和感を覚えるのが「部下」という言葉である。辞書的には、部下とは「組織などで、ある人の下に属し、その指示・命令に従って行動する人」と定義される。この言葉は、上下関係を前提とした職場構造を反映しており、上司と対をなす存在として位置づけられている。
しかし、管理職が「部下」という言葉を前提にメンバーを捉え、コントロールしようとする限り、社員一人ひとりの可能性に向き合うことは難しい。部下という言葉自体が階層的な組織文化を内包しており、主体性やフラットな関係性を重視する現代の職場環境においては、一定の矛盾を孕んでいるといえる。歴史的にも、この言葉は年功序列や縦社会の価値観と結びつきながら、その構造を強化してきた。
例えば、ある企業において、30代の女性社員Fさんがリーダーに昇進したケースがある。Fさんは、チームメンバーと主体的に意見を出し合い、協力して目標を達成するチームづくりを志向していた。
一方で、50代の男性社員Gさんは、Fさんを上司として認めない態度を取り続けた。インタビューでは「リーダーとしての指導力が足りない」との指摘があったが、具体的な根拠は示されなかった。その背景には、「部下は指示を受ける側であり、上司は指導する側である」という無意識の固定観念が存在していたと考えられる。Fさんが上下関係を過度に強調しないリーダーシップを採用したことで、Gさんは「上司らしくない」と感じ、結果として対立が生じたのである。
アンコンシャスバイアスとは、個人が無意識のうちに形成する偏見や先入観を指す。これらは意思決定や行動に影響を及ぼし、とりわけ多様性を重視する組織においては大きな課題となる。
「部下」という言葉に内在するアンコンシャスバイアスは、例えば以下のような形で現れる。

  1. ① 上司の指示に従うべき存在という固定観念
  2. ② 主体的な行動を期待しない前提
  3. ③ 能力や経験の過小評価
  4. ④ 上司より知識や経験が劣るという前提に基づく評価
  5. ⑤ 性別や年齢に基づく偏見
  6. ⑥ 若手や女性が上司である場合の能力軽視

これらのバイアスを緩和するためには、言葉の選択と意識改革が不可欠である。例えば、「部下」という表現の代わりに「チームメンバー」や「同僚」といった言葉を用いることで、過度な上下関係を前提としない関係性を築くことができる。
また、管理職にはコミュニケーションスキルの向上も求められる。フィードバックや指導においては、メンバーとの信頼関係を維持しながら、適切な言葉を選んで伝えることが重要である。特に厳しい判断を伝える場面においてこそ、その力量が問われる。
さらに、業務遂行と人間関係のバランスにも配慮が必要である。これまで同僚であった人が部下(チームメンバー)となる場合、関係性の変化に伴う葛藤やストレスが生じやすい。また、年上のメンバーに対するキャリア支援の難しさも課題となる。業務と人間関係の両立は容易ではないが、管理職にはその両面に向き合う姿勢が求められる。

4)キャリア適応性を高める
上記の課題を乗り越えるための処方箋となるのが、キャリア開発の知見である。キャリア構築理論では、キャリアを個人が自己を表現する手段と捉え、人生の物語を形成するプロセスと考える。キャリアは単なる職務経歴の積み重ねではなく、個人の価値観や目標を反映した「物語」であり、この物語をどのように構築していくかがキャリア開発の鍵となる。
キャリア構築理論においては、「キャリア適応性」が重要な概念として位置づけられている。キャリア適応性とは、個人がキャリア上の変化や課題に柔軟に対応する能力を指し、主に以下の4要素から構成される。

  1. ① 関心:自身のキャリアに対する将来への意識や準備の度合い
  2. ② 統制:キャリアにおいて主体的に意思決定を行う力
  3. ③ 好奇心:新しい機会や挑戦に対する関心・探究心
  4. ④ 自信:キャリア目標を達成するための自己効力感

さらに、キャリア構築理論では「個人の経験や価値観に基づいたキャリア物語の形成」に着目している点も重要である。新任管理職は、これまでの経験や学びを踏まえ、新たな役割の中でどのような物語を描くのかを主体的に考える必要がある。その際、自己理解を深めるとともに、将来のビジョンを明確にすることが不可欠である。
このキャリア物語の形成は、プロティアン・キャリア理論とも親和性が高い。プロティアン・キャリア理論は、個人が変化に柔軟に対応しながら、自らの価値観や目標に基づいてキャリアを築くことを重視する。すなわち、組織に依存するのではなく、自己主導でキャリアを形成していく姿勢が求められる。新任管理職にとっても、この自己主導性は極めて重要である。組織の期待に応えるだけでなく、自身の価値観や目標に基づいた意思決定を行うことで、長期的なキャリアの充実につながる。
また、新任管理職が成長を続けるためには、自己省察とフィードバックの活用が欠かせない。定期的なフィードバックを通じて自身のパフォーマンスを客観的に捉え、改善点を明確にすることで、持続的なスキル向上が可能となる。フィードバックは、自らの行動や意思決定を見直すための重要な機会である。
さらに、成功の鍵となるのがネットワーキングである。これは社会関係資本の蓄積ともいえる。組織内外でのネットワークを構築することで、他の管理職や専門家との情報共有や相互支援が可能となる。こうしたネットワークを通じて得られる知識やリソースは、キャリア資本の一部として、長期的なキャリア開発に大きく寄与する。

5)チームメンバーのキャリア成長に寄り添うグロースマネージャーとしての心得
グロースマネージャーの役割は、単なる業務管理にとどまらず、チームメンバー一人ひとりのキャリア支援にまで及ぶ。メンバーのキャリア成長を支援することは、結果として組織全体の成果向上にもつながるため、その重要性はますます高まっている。
グロースマネージャーは、個人の成長と組織目標を両立させる役割を担う。そのためには、メンバーが自身のキャリアビジョンを明確にし、その実現に向けた具体的なステップを踏めるような環境を整えることが求められる。
例えば、ある大手IT企業の営業職のメンバーは、自身の強みと弱みを十分に認識できていない状況にあった。グロースマネージャーは面談を通じて、過去の業績や顧客対応の実績を具体的に分析し、本人が自らの強みを自覚できるよう支援した。
チームメンバーの成長を促進するうえで、日常的なフィードバックは不可欠である。効果的なフィードバックには、以下の3つの要素が重要である。

  1. ① 具体性:抽象的ではなく、具体的な行動や成果に基づいて伝えること
  2. ② 即時性:できるだけ速やかに行い、タイムリーな改善を促すこと
  3. ③ 建設性:前向きな改善提案を含めること

また、別の事例では、大手IT企業の開発チームにおいて、あるメンバーが納期を遵守できない状況が続いていた。マネージャーはチーム全体の業務プロセスを見直し、当該メンバーのタスクの優先順位付けに課題があることを具体的に指摘した。その結果、パフォーマンスは改善し、納期遵守率は80%から95%へと向上した。
このように、グロースマネージャーがメンバーのキャリア成長を戦略的に支援するためには、以下の3段階プロセスが有効である。

  1. ① 現状分析:スキル、業務内容、キャリア目標を詳細に把握する
  2. ② ギャップ特定:現状と目標との間にあるスキル・経験の差を明確にする
  3. ③ 行動計画の策定:具体的なアクションプランを共に設計し、進捗を継続的に確認する

例えば、中堅社員Hはプロジェクトリーダーを目指していたものの、自身のスキル不足に不安を抱えていた。マネージャーは社内のリーダーシップ研修への参加を提案し、その結果、Hはプロジェクトを成功に導くことができ、自信とスキルの双方を大きく向上させた。
さらに、個別支援に加えて、チーム全体で継続的な成長を促進する文化を醸成することも重要である。そのためには、以下の要素が求められる。

  1. ① 学習機会の提供:社内外の研修やオンライン学習の活用
  2. ② 成功事例の共有:個人・チームの成果を共有し、相互に学び合う環境の構築
  3. ③ 心理的安全性の確保:意見交換や挑戦が尊重される風土づくり

グロースマネージャーとは、単に成果を求める存在ではなく、メンバーの可能性を引き出し、成長に伴走する存在である。その姿勢こそが、組織の持続的な成長を支える基盤となる。

出典:
田中研之輔氏、岩月 優氏 (2025) 「グロースマネジャー: 新任管理職のキャリア開発」 千倉書房

吉末直樹

以上