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6)人的資本も最大化を実現する方法
企業内におけるキャリア開発の支援の重要性が高まりつつあり、その中で「1on1」の重要性がたかまりつつある。特に管理職向けの講演や研修において、1on1の実施方法に関する質問が頻出し、「どのように1on1をすすめればよいのか」「1on1の目的やゴールが不明確である」といった声が寄せられる。1on1の目的及び実施方法について理論的枠組みを踏まえながら、実務的視点を交えて論じる。
①1on1の目的
1on1の最大の目的は「人的資本の最大化」にある。これは、組織におけるメンバーが自身のポテンシャルを最大限に発揮し、組織全体の成長へとつながる環境を整備することを指す。1on1は単なる評価の場ではなく、メンバーの成長を促進する時間として位置付けられるべきである。
②1n1の実施手法
1on1の最適な軽視駅として、「リアルミーティング」が推奨される。その理由は、対面によるミュニケーションでは、非言語情報を観察することが可能であるためである。具体的には、メンバーの会議室への入り方、歩行の仕方、声の抑揚、身体の向き、発言時のうなづき方等、様々な要素からンバーの心理状態を読み取る事ができる。
これらの観察は、メンバーの現状を深く理解する上で重要な役割を果たす。
③1on1の適切な時間
1on1の適切な時間は20分程度とされる。1時間の1on1は現実的でなく、マネージャーにとって大きな負担となる。現在の企業現場では、月1~2回の30分の1on1が推奨されている、筆者の田中教授は20分を最適な時間であると考えている。
④1on1の進め方
開始にあたり「では、1on1を始めましょう」という明確な合図を設けることが推奨される。その後、メンバーの業務内容について柔軟な問いかけを行う。
「現在の業務は順調ですか」などの問いかけを行うことにより、メンバーの意識を業務モードから対話モードへ切り替えることができる。
⑤キャリアカウンセリングとしての1on1
1on1の場では、業務の問題解決だけでなく、メンバーのキャリアを支援する役割も担う。そのため、キャリアカウンセリングの技法である「傾聴」を活用することが有効である。
メンバーが「業務で困っていることがある」と相談してきた場合には、「この時間はキャリア面談ので、別の機会にしましょう」という対応をすることは適切ではない。メンバーの発話を受け入れ、対話を通じて問題の本質を整理することが求められる。
⑥意思決定の促進
1on1の場は、メンバーの悩みを聞くだけでなく、具体的な行動変容を促すことにある。メンバー自身に当事者意識を持たせ問題に対する意思決定を促すことが求められる。例えば「この問題に対して、今日から何ができますか」と問いかけることで、行動計画を言語化させることが可能となる。

7)新任管理職がメンバーのキャリア形成に寄り添うための10の質問
新任管理職がメンバーのキャリア形成に寄り添うために有効な10の質問を提示する。
① 質問1:「これまでのキャリアで最も誇りに思う成果は何ですか」
メンバーの過去の経験や強みを顕在化させるための質問である。ポジティブ心理学によれば、成功体験を振り返ることで自己効力感が高まることが示されている。これにより、メンバーは自己の価値を再認識し、次のキャリアステップに向けた自信を得ることができる。
② 質問2:「5年後、どのような姿でありたいですか?」
将来ビジョンの明確化を目的とした質問である。本質問は、スーパーのキャリア発達理論に基づき、目標設定の重要性を踏まえたものである。管理職がメンバーのビジョンを理解することで、組織目標との整合性を図ることが可能となる。
③ 質問3:「現在の仕事で特に楽しいと感じることは何ですか?」
メンバーがどのような業務にやりがいを感じているかを把握するための質問である。ジョブ特性モデル(Hackman & Oldham, 1976)では、内発的動機づけを高めるために、仕事の充実感や楽しさを特定することの重要性が指摘されている。
④ 質問4:「今後、どのようなスキルを身につけたいですか?」
メンバーの学習意欲やスキル開発ニーズを明らかにすることを目的とする。キャリア資本理論(DeFillippi & Arthur, 1994)では、知識資本の蓄積がキャリア形成において重要であるとされている。
⑤ 質問5:「現在の仕事で改善したい点はありますか?」
メンバーの課題や不満を把握し、早期に対応するための質問である。組織行動学の研究(Robbins & Judge, 2017)では、不満の解消がエンゲージメント向上に寄与することが示されている。
⑥ 質問6:「これまでのキャリアで、特に学びの大きかった失敗は何ですか?」
メンバーのレジリエンスや自己省察力を引き出すことを目的とする。成長マインドセット(Dweck, 2006)の理論では、失敗を学習機会として捉えることが持続的な成長につながるとされている。
⑦ 質問7:「理想の上司や同僚とはどのような人ですか?」
メンバーが重視する価値観や職場環境の期待を明らかにするための質問である。文化適合理論(Schneider, 1987)の観点から、チームの適合性や配置の最適化に資する情報が得られる。
⑧ 質問8:「どのような働き方が最もパフォーマンスを発揮できると思いますか?」
メンバーの働き方の志向や効率性を把握するための質問である。自己決定理論(Deci & Ryan, 1985)では、個人のニーズに適した働き方が動機づけを高めるとされている。
⑨ 質問9:「どのようなフィードバックが最も役立つと感じますか?」
メンバーにとって効果的なフィードバックの方法を把握するための質問である。フィードバックの質とタイミングがパフォーマンスに影響を与えることは、Kluger & DeNisi(1996)の研究で示されている。
⑩ 質問10:「今後のキャリア形成において、どのようなサポートが必要ですか?」
具体的な支援ニーズを把握し、適切な支援を提供するための質問である。キャリア支援における双方向性を高める意図を持つ。

8)新任管理職が自らキャリアコンディションを内省するための10の質問
新任管理職が自身のキャリアコンディションを内省し、持続的な成長につなげるために有効な10の質問を提示する。
① 質問1:「これまでのキャリアの中で、最も充実感を得た瞬間はどのような経験でしたか。その要因は何でしたか?」
個人がキャリアにおいて重視する価値観や動機を特定するための問いである。充実感を得た経験を振り返ることで、内在的モチベーションの源泉を明確にすることができる。
Iさん(35歳、営業部長)は、新規事業の立ち上げで困難を乗り越え、目標を達成した際に大きな充実感を得たという。「部下と共に成功を分かち合えたことが何よりの喜びだった」と語り、この経験がチームワークの重要性と自身の役割認識を深める契機となった。
② 質問2:「現在の職務において、最も自信をもって遂行できる業務は何ですか。また、その理由は何ですか?」
自己の強みを把握し、管理職としての能力を高める基盤を築くための問いである。
Jさん(40歳、製造部課長)は、「製造プロセスの効率化が得意」と述べ、過去のプロジェクトで製造ラインの効率を15%向上させた経験を持つ。これにより、組織内での信頼を獲得している。
③ 質問3:「逆に、最も課題を感じる業務は何ですか。それを克服するために何が必要だと考えますか?」
弱点の認識と改善に向けた具体的な行動計画を導くための問いである。
Kさん(30歳、マーケティングリーダー)は、データ分析を課題と認識し「分析スキル向上のために専門セミナーに参加している」と語る。この取り組みは今後のキャリア発展に寄与すると考えられる。
④ 質問4:「リーダーとして目指したい理想像はどのようなものですか。それはなぜですか?」
自己認識を深め、長期的なリーダーシップの方向性を明確にするための問いである。
Lさん(50歳、人事部長)は、「信頼される相談役でありたい」と述べ「部下の成長支援が組織全体の成長につながる」と考えている。
⑤ 質問5:「周囲の同僚やメンバーから、どのような点が評価されていると感じますか。また、改善が求められる点は何だと考えますか?」
他者からの評価を内省し、対人関係や影響力を見直す契機となる問いである。
Mさん(42歳、開発部チームリーダー)は、「責任感が評価されている」と感じる一方で「コミュニケーション不足」が課題であると認識し、意見交換の機会を増やす取り組みを進めている。
⑥ 質問6:「これまでのキャリアで最も大きな挫折はどのような場面でしたか。それをどのように乗り越えましたか?」
挫折経験を振り返ることで、レジリエンスや問題解決力のパターンを明らかにする問いである。
Nさん(38歳、ITプロジェクトマネージャー)は、予算削減という困難に直面したが「チームで解決策を模索し、乗り越えた」と語る。
⑦ 質問7:「現在、メンバーのモチベーションを高めるためにどのような取り組みを行っていますか。その効果をどのように評価していますか?」
リーダーシップの実践とその効果を客観的に振り返るための問いである。
Oさん(45歳、営業部長)は、定期的な1on1を通じて部下の意見を尊重しモチベーション向上を図っている。
⑧ 質問8:「仕事とプライベートのバランスをどのように保っていますか。その取り組みがキャリア全体にどのような影響を与えていると考えますか?」
持続可能なキャリア形成に向けた自己管理能力を見直すための問いである。
Pさん(50歳、経営企画部長)は、「家族との時間を確保することで仕事への集中力が高まる」と述べている。
⑨ 質問9:「今後のキャリアで達成したい目標は何ですか。そのために必要なリソースやスキルは何だと考えますか?」
目標設定と戦略的思考を促進する問いである。
Qさん(35歳、企画部)は、「海外プロジェクトへの参画」を目標とし語学力向上のために夜間学校に通っている。
⑩ 質問10:「あなたにとって成功とはどのような状態ですか。その定義は時間とともにどのように変化してきましたか?」
成功の定義を再評価し、キャリアの一貫性と方向性を確認する問いである。
Rさん(55歳、営業企画部長)は、「若い頃は昇進が成功だったが、現在は部下の成長こそが自分の成功である」と語っている。

9)結論
本書では、新任管理職が直面する課題を整理し、それを克服するためのキャリア適応の理論的背景と、人的資本経営の観点からのアプローチを提示した。新任管理職には、非管理職時代の職務遂行能力に加え、組織内での影響力、リーダーシップ、意思決定能力が求められる。新たな役割への適応にあたっては、職場環境の特性を理解し、適切なマネジメント戦略を選択することが重要である。また、チームの多様性に配慮し、1on1を通じた対話によるメンバー支援を行うことが、円滑な役割転換のカギとなる。
本書の議論を総括すると、組織内におけるキャリア発展の成否は、個人の能力だけでなく、組織的支援や社会的文脈との相互作用に依存していることが明らかとなる。特に、以下の3点が新任管理職のキャリア開発における重要な基盤として示唆される。
第一に、新任管理職は専門能力の深化と並行して、リーダーシップ能力の体系的な向上を図る必要がある。本書で提案した「成長モデル」は、単なるスキルの習得にとどまらず、自己認識、意思決定力、問題解決力といったリーダーの基礎的資質の発展を重視している。これらの能力は、日常業務のみならず、組織変革や危機対応においても重要な役割を果たす。
第二に、キャリア開発においては、所属組織の支援体制が重要な役割を担う。具体的には、上司やメンターによる指導、組織内外のネットワークの活用、定期的なフィードバック制度の整備などが挙げられる。本書では、これらの要素が新任管理職の自信と能力の向上に大きく寄与することが確認された。
第三に、社会的・文化的文脈の影響も無視できない要因である。本書で取り上げた事例からは、国や地域の文化的価値観や労働市場の特性が、管理職のキャリア形成に影響を及ぼすことが示された。例えば、日本においては、年功序列や終身雇用といった伝統的な雇用慣行が、管理職の役割期待やキャリア進展に特有の影響を与えている。一方、グローバル化が進展する現代においては、多文化的な職場環境や多様な価値観に対応する能力が不可欠となっている。
結論として、新任管理職には、単なる業務遂行者から、組織の成長を牽引するグロースマネージャーへと進化することが求められる。そのためには、キャリア適応性を高めるとともに、メンバーとの関係構築を通じて人的資本を最大限に活用する能力が不可欠である。また、リーダーシップの実践、フィードバックの受容、組織文化への適応、メンバー育成の強化といった多面的な能力の向上が求められる。加えて、メンタルヘルスやワークライフバランスの確保も、長期的なキャリアの成功にとって重要な要素である。

出典:
田中研之輔氏、岩月 優氏 (2025) 「グロースマネジャー: 新任管理職のキャリア開発」 千倉書房

以上

吉末直樹