ISO審査員及びキャリアコンサルタントの方に有用な情報をお伝えします。

3)「キャリア対話」を組織文化に
企業現場では、キャリア1on1、キャリア相談、キャリア面談などの「キャリア対話」に注目が集まっている。
本章では、キャリア対話の理論的背景や企業現場における価値を確認しながら、キャリア対話の問いかけリストについて見ていく。
キャリア対話の魅力は、社員一人ひとりのキャリア状況に寄り添い、これまでのキャリア形成に丁寧に向き合える点にある。キャリア形成が多様化する中で、個人が自らの価値観や目標、能力を振り返り、環境変化に柔軟に対応しながらキャリアを築いていくための手段として、キャリア対話は重要な役割を担っている。
キャリア対話とは、自分のこれまでとこれからのキャリアについて、職場の上司、同僚、後輩、友人などと対話を重ね、考えを深めていくプロセスである。対話を通じて、自身の価値観やスキル、目指す方向性が明確になり、意思決定の質も向上する。また、自分では気づかなかった新たな視点や選択肢に出会えることも、大きな利点である。

キャリア対話は、キャリア理論においても重要視されている。サビカスのキャリア構築理論では、キャリアを「自己概念を具現化するプロセス」と定義し、対話をその核心的要素として位置づけている。
「人は自らのキャリアを物語として語り直すことにより、自分が本当に大切にしているテーマや価値観に気づくことができる」とされ、対話はその物語を形づくる重要な場となる。
また、クランボルツの計画的偶発性理論では、キャリア形成における偶然の重要性が強調されている。計画だけでキャリアを築くのではなく、偶然の出来事を柔軟に活用することの価値を説いている。キャリア対話は、偶然の機会を見逃さないための「アンテナ」の役割を果たす。他者との対話によって新たな視点やネットワークが得られることで、予期しなかったチャンスが広がっていく。

さらに、「キャリア適応力」という概念も、キャリア対話の重要性を裏づけている。キャリア適応力とは、環境変化に柔軟に対応し、主体的にキャリアを形成していく能力のことである。そこには、好奇心、忍耐力、自己効力感などが含まれる。対話を通じてこれらの力を高めることは、変化の激しい現代社会において特に重要である。自己理解を深め、未来の可能性を模索するプロセスとしてのキャリア対話は、単なる「話し合い」を超えた戦略的な意味を持っている。
キャリア対話は、さまざまな場面で活用されている。例えば、企業における上司と部下のキャリア面談では、従業員が自身の目標を明確にし、それに対して会社がどのような支援を行えるかを話し合う機会が設けられている。こうした対話は、社員のモチベーション向上だけでなく、組織全体の生産性向上にもつながる。

キャリア対話を効果的に行うためには、いくつかのポイントがある。まず、相手の話を丁寧に傾聴することが必要である。一方的に意見を押し付けるのではなく、共感的に耳を傾けることで、対話の質は高まる。
また、オープンクエスチョンを活用することも重要である。
「今後、どのようなことに挑戦したいですか」「その選択に、どのような意味を感じていますか」といった問いかけを通じて、対話の相手が深く考えるきっかけをつくることができる。
さらに、建設的なフィードバックを通じて、対話相手が自信を持って次のステップへ進めるよう支援することも大切である。
キャリア対話は、人的資本経営の推進やキャリアオーナーシップの実現において、重要な役割を果たす。単なる自己分析や相談の場にとどまらず、自らのキャリアを主体的に形成する力を育むプロセスでもある。キャリアに迷いや不安を抱える人々にとって、対話は希望や解決策を見出すための鍵となる。そして、対話を通じて得られる自己理解や他者からの新たな視点は、これからのキャリアを切り拓く大きな力となるだろう。

4)キャリア対話のカギを握る20の質問
キャリア対話のカギを握る20の質問は、自己理解を深め、具体的なキャリアゴールを見出すために役立つ。

番号 質問
これまでのキャリアで最も誇りに思う成果は何ですか?
現在の仕事で特に満足している点と、不満に感じている点は何ですか?
今後のキャリアで大切にしたい価値観や信念は何ですか?
新しいスキルや知識を身に付ける事に対して、どのような意欲や関心を持っていますか?
キャリアを通じてどのような貢献をしたいと考えていますか?
今後のキャリアで挑戦したいと思う分野はなんですか?
現在の仕事やライフスタイルにおいて、何か変えたいと思っていることはありますか?
定年後も仕事を続ける意欲はありますか?続ける場合、どのような形が理想ですか?
これまでに獲得したスキルや経験は、他のどのような分野で活かせると考えていますか?
10 キャリアの新しい方向を探るために、何を犠牲にしてもいいと考えていますか?
11 仕事と生活のバランスについてどのように考えていますか?
12 キャリアの変化に対してどのくらいリスクをとる意欲がありますか?
13 今後のキャリアで何を達成したいと考えていますか?そのために必要なステップは何ですか?
14 自分の強みや得意分野について、どのように生かすことができると考えていますか?
15 経験や知識を次の世代にどのように伝えていきたいと考えていますか?
16 新しい人脈やネットワークをどのように築いていきたいですか?
17 退職後のキャリアや生活についてどのようなイメージを持っていますか?
18 現在の職場での役割や仕事の内容についてどのように変えたいと思っていますか?
19 人生の目的やミッションと、仕事の関係性についてどのように感じていますか?
20 キャリアの開拓を進めるために、最初に取り組むべきは何だと思いますか?

まずは、過去を振り返ることから始める。自分がどのような状況で成果を上げ、何にモチベーションを感じてきたのかを整理することで、自身の強みや価値観が見えてくる。また、仕事に対する満足や不満を分析することで、現状のキャリアをどのように調整すべきか、その方向性を見定めることができる。

次に、自分が大切にしている価値観や信念について深く考えることが重要となる。キャリアの選択は、「何を大切にし、何に意味を見出すか」と深く結びついている。社会に貢献したいのか、個人として成長したいのか、あるいは家族との時間を重視したいのか。こうした価値観を明確にすることで、キャリア選択における迷いが少なくなり、判断もしやすくなる。

さらに、新しいスキルや知識を身につける意欲があるかを考えることも重要である。働く環境は常に変化しており、学び続ける姿勢がキャリアの選択肢を広げる鍵となる。また、自分のスキルや経験が他の分野でどのように活かせるかを探ることで、新たな可能性や方向性を見出すことができる。

加えて、キャリアを考えるうえでは、仕事と生活のバランスも欠かせない視点である。現在のライフスタイルを見つめ直し、自分にとって理想的な働き方や生き方を考えることで、より納得感のあるキャリア形成につながる。人生100年時代においては、短期的な成果だけでなく、長期的な幸福感や充実感を意識したキャリア設計が求められている。

また、自分の強みや得意分野をどのように活かしていくかを考えることも大切である。自身の能力や経験をどのように社会や組織に役立てられるのか、さらに、それらを次世代へどのように継承していくのかを考えることで、キャリアの意義や価値はより深まっていく。単に自分自身のためだけでなく、周囲や次世代にも貢献できるキャリアを築くことが可能となる。

さらに、人生の目的やミッションと仕事との関係について深く考えることも、これからのキャリア形成における重要な要素である。キャリアは単なる生計の手段ではなく、自分の人生の目標や価値観と一致しているとき、仕事への情熱や満足感は大きく高まる。そのためには、自分の人生の目的を見つめ直し、それがキャリアとどのように結びついているのかを明確にすることが重要となる。

これらの問いをベースにキャリア対話を重ね、現時点での暫定的な答えを丁寧に整理していくことが、キャリア開拓の第一歩となる。具体的な目標や価値観を明確にすることで、行動に移す際の迷いが少なくなり、自信を持って新たな挑戦を始めることができるだろう。

20の質問を通じて、自分の価値観や目標、スキルを棚卸しすることは、これからのキャリア開拓に向けた明確なビジョンを描くための大きな支えとなる。キャリアは人生の一部であり、同時に人生そのものを豊かにする重要な要素でもある。自分らしい道を見つけるためのプロセスを丁寧に進めていきたい。
そして、こうしたキャリア対話の積み重ねこそが、社員一人ひとりの可能性に寄り添い、互いの成長を支え合う組織文化の醸成につながっていくのである。

5)経営者・人事担当者がおさえてくべきキャリア開拓のポイント
① ミドルシニア社員のキャリア開拓の重要性

ミドルシニア期の社員が持つスキルや知識を活かすことは、企業の競争力を高めるうえで不可欠である。
ミドルシニア社員は、長年にわたる業務経験を通じて、高い課題解決能力や豊富な人脈を培っている。また、次世代リーダーや若手社員にとっては知識と経験の源であり、組織のノウハウを継承する重要な役割も担っている。
そのため、ミドルシニア社員のキャリア開拓を支援することは、組織内における知識と経験の蓄積を促進し、企業の持続的成長を支える重要な要素となる。
② 経営層が考慮すべきキャリア開拓の要素
年齢を重ねるにつれて、社員のキャリアに対するモチベーションや価値観は変化していく。経営層や人事担当者は、ミドルシニア社員が抱くキャリアゴールや仕事観を理解し、その実現に向けた支援を行う必要がある。
例えば、社会貢献、後進育成、柔軟な働き方など、多様化するニーズに応じた支援策が求められる。
また、中高年層の社員は、家族の介護や自身の健康管理など、仕事以外の責任や課題も増えていく。そのため、個々の状況に応じた柔軟な働き方を選択できる環境を整え、仕事と生活のバランスを保ちながらキャリアを継続できるよう支援することが重要である。
さらに、自らキャリアを再設計し、将来の目標を見つけられるようにする支援も必要となる。キャリアカウンセリングやメンター制度を活用し、価値観やスキルを再評価することで、より意義のあるキャリアパスを模索できるよう支援していくことが求められる。
③ キャリア継続のための教育とトレーニング
ミドルシニア社員に対する継続的な教育やトレーニングは、キャリアの維持と発展に欠かせない。
特に、デジタルリテラシー教育を通じたITスキルの向上は、業務効率の改善だけでなく、環境変化への適応力向上にもつながる。
また、中高年社員が持つノウハウを組織全体で共有し、若手社員へ継承する仕組みを整えることも重要である。具体的には、研修やトレーニングプログラムの中で経験談を共有したり、ワークショップを通じて実践的な知識を伝える場を設けたりすることで、ノウハウ継承を促進できる。
④ 柔軟な働き方の提供
柔軟な働き方を提供することは、ミドルシニア社員のキャリア継続を支えるうえで重要である。
例えば、テレワーク環境を整備することで通勤負担を軽減し、効率的に働ける環境を提供できる。また、仕事とプライベートの両立を支援するために、フレックスタイム制度や短時間勤務制度の導入も有効である。
さらに、退職時期を柔軟に選択できる制度や、労働時間を段階的に減らしていく「段階的引退制度」を整備することで、仕事から生活へのスムーズな移行を支援することができる。
⑤ キャリアの再設計支援
企業が行うべき重要な支援の一つに、キャリア再設計支援がある。
ミドルシニア社員が自身のキャリアを見直し、新たな目標設定を行う際には、キャリアカウンセラーによる支援が有効である。また、経験豊富なミドルシニア社員同士がメンターとして関わり、キャリアについて助言や支援を行うことも効果的である。
こうした取り組みによって、新たな視点や目標を発見し、自分らしいキャリアを再構築するきっかけを提供することができる。
⑥ 組織内でのノウハウ共有と次世代育成
経験豊富なミドルシニア社員をメンターとして若手社員とペアリングし、知識やスキルの継承を促進することが重要である。
また、社員が持つ知識や経験をデジタル化し、組織全体で共有できる仕組みを構築することも必要となる。これにより、情報の蓄積と共有が進み、次世代への知識継承がスムーズに行われる。
さらに、若手社員がリーダーシップを育めるような育成プログラムを整備し、ミドルシニア社員がサポーターとして関与することで、組織内での学びと成長の循環が生まれる。結果として、リーダーシップや組織運営の知見が継承され、組織の持続的成長につながっていく。

出典:
田中研之輔 (著), 山口裕二 (著), 野澤友宏 (著) (2025) 「これからのキャリア開拓」 中央経済社

(つづく) 吉末直樹

以上