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6)「空間の視点」で特異性に気づき、改善を促す
「空間の視点」とは、他国、他地域、他社、他部署など、自分の所属する環境とは異なる場所と比較しながら、自らの立ち位置を捉える視点である。
このような複眼的な視点を持つことで、自分自身や所属する組織の特徴や課題、さらには強みや改善点を客観的に認識することができる。
例えば、長年同じ部署で同じ業務に従事している人が、「空間の視点」から自らのキャリアを見直してみると、新しい人との出会いや異なる価値観に触れる機会が少なく、閉ざされたキャリアになっていることに気づく場合がある。
キャリアは身近なテーマであるからこそ、視野が狭くなりやすい。だからこそ、職場、会社、業界、異業種、地域、さらには海外へと視野を広げたり、逆に自分の足元へ視点を戻したりしながら、自らのキャリアを空間的・相対的に位置付ける習慣が重要である。
このような「空間の視点」を持つことで、自身のキャリアを客観的に捉え、新たな可能性や改善の方向性を見いだすことができる。

7)「時間の視点」で生産性を高める
キャリア形成においては、「空間の視点」とともに「時間の視点」を持つことが重要である。
キャリア形成が思い描いたとおりに進む人と、思うように進まない人との差は、この時間の捉え方や使い方にある。どのようなキャリアであっても、その形成には一定の時間が必要である。そのため、時間をどのように認識し、どのように活用するかが、キャリア形成の成否を左右する重要な要素となる。
コロナ禍以前、多くの企業では働き方改革の一環として残業時間の削減に取り組んでいた。しかし、テレワークの普及に伴い、勤務時間と私生活との境界が曖昧になり、結果として労働時間が長時間化するという新たな課題も生じている。
このような状況の中で、個人が取り組むべきことは、勤務時間を意識し、その限られた時間の中で生産性を高めることである。受け身の「やらされ仕事」ばかりでは、仕事に対する心理的負担が増し、働く意欲や創造性も低下してしまう。
一方で、自ら課題を発見し、改善に向けて主体的に行動する姿勢は、生産性の向上だけでなく、自律的なキャリア形成にもつながる。
目の前の悩みや課題に直面したときには、「空間の視点」と「時間の視点」の両方から捉えることを習慣化したい。そして、「これは組織として意思決定すべき課題なのか、それとも個人が主体的に取り組むことで改善できる課題なのか」を整理して考えることが重要である。
一人ひとりが主体的に考え、行動するようになることで、個人のキャリアはより充実したものとなり、その積み重ねが組織全体の生産性や競争力の向上につながっていくのである。

8)ビジネスパーソンのためのキャリア戦略
個人と組織の関係性をより良いものにし、自分らしく働きながら、自らの人生を豊かにしていくためには、どのような具体的な行動が必要なのだろうか。その鍵となるのが、これからのアクションを設計する「戦略的思考」である。
企業経営においては、事業目的を達成するために、市場の中でどのような優位性を獲得していくのかを考え、具体的な戦略を立てる。思いつきだけで事業を成功させ、持続的に発展させていくことは難しい。企業を持続可能な形で成長させるためには、「人・モノ・カネ」といった経営資源をどのように配分するのかを熟慮しなければならない。経営戦略なくして、企業の持続的な発展はあり得ない。
ビジネスパーソンは、日頃からこうした戦略について考えている。しかし、その戦略的思考を、自分自身のこれからのキャリアに当てはめて考える機会は、意外と少ないのではないだろうか。
そこで重要になるのが「キャリア戦略」という考え方である。
ビジネスパーソンにとってのキャリア戦略とは、働くことや生きることを通じて、自分が成し遂げたいことを明確にし、その実現に向けて主体的にキャリアを形成していくための、中長期的な行動設計を意味する。
キャリア戦略を考える際には、将来の目標を見据えた中長期的な視点を持つことが重要である。一方で、キャリアは企業経営とは異なり、社会環境や組織、自分自身の価値観など、さまざまな要因によって変化する。そのため、一度立てた計画に固執するのではなく、目の前の状況や環境の変化を捉えながら、その都度、柔軟に戦略を修正していくことが求められる。
つまり、キャリア戦略とは「未来を固定する計画」ではなく、「目指す方向を持ちながら、環境の変化に応じて柔軟に行動を選択していくための指針」である。
この考え方は、ビジネスパーソンだけに必要なものではない。大学生、主婦、リタイア後の人など、年齢や立場にかかわらず、すべての人が自分らしい人生を歩むための行動指針として活用することができる。
自らの人生を企業経営と同じように「戦略」という視点から捉えてみることで、これまで見えていなかった選択肢や可能性に気づくことができる。キャリア自律とは、まさに自分自身の人生を主体的に経営していくことなのである。

9)「長期・分散・積立」で自らのキャリアを作る
キャリア形成には、大きく二つの考え方がある。
一つは、「現状行動型キャリア形成」である。これは、目の前の仕事や課題に一生懸命取り組み、その積み重ねによってキャリアが形成されていくと考えるものである。
もう一つは、「未来創造型キャリア形成」である。将来のプランを描き、「なりたい自分」の姿を明確にしたうえで、その実現に向けて必要なことに取り組んでいく考え方である。
この二つは、しばしば二者択一のように捉えられるが、どちらか一方が正解というわけではない。
現状行動型キャリア形成は、目の前の仕事や自分がやりたいことに集中して取り組めるというメリットがある。一方で、社会動向や技術革新を見据えずにキャリアを形成していると、「AIに仕事を代替され、これまで携わってきた職種だけでは生計を立てることが難しくなる」といった事態も起こり得る。
一方、未来創造型キャリア形成にもリスクがある。将来の「なりたい自分」を意識するあまり、未来のことばかりに目が向き、目の前にある仕事や経験を十分に積み重ねられなくなる可能性がある。
田中研之輔教授が提唱する現代版プロティアン・キャリアは、この二つの考え方を統合するものである。目の前の仕事や経験を大切にしながら、「なりたい自分」に向けて主体的にキャリアを形成していく。
その基軸となるのが、アイデンティティ(自分らしくあること)とアダプタビリティ(変化に適応する力)である。自分らしさを大切にしながら、社会や環境の変化に柔軟に適応していく。この両者を意識することが、これからのキャリア形成において重要になる。
そして、キャリア形成を「閉じない」ことも重要である。自分一人の問題として捉えるのではなく、個人と組織、社会との関係性の中で、キャリアを「開いて」考えてみる。こうした視点を持つことが、変化の激しい時代を生き抜くうえで重要となる。

① 自分の強みを可視化する
経営戦略や事業戦略においては、自社の強みを的確に把握することが出発点となる。これは、個人のキャリア形成にも当てはまる。
「自分の強み」は、これまで投資してきた時間と、そこに積み重ねてきた経験や知識から見いだすことができる。
個人のキャリア形成において、新しい挑戦を始めてすぐに成果が出ることは少ない。いつまでに、どの程度の力を身につけ、現場でどのような成果を出していくのか。こうした時間軸も、個人が主体的にマネジメントすべき重要な要素である。
そこで、まず過去から現在までを振り返り、「自分の強みは何か」を明らかにする。そして、現在から未来を見据え、「これから何を自分の強みにしていくのか」を定める。
過去の経験から現在の強みを確認することと、未来に向けて新たな強みを育てること。この二つが、キャリア形成を支える両輪となる。

② 「キャリアナレッジ分析シート」で強みを可視化する
自分の強みを可視化するためにお勧めしたいのが、「キャリアナレッジ分析シート」の活用である。
このシートに、自分が何となく把握している知識や経験、スキルなどを具体的に書き出すことで、自分の強みを明確に自己認識することができる。
シートを作成する目的は、自らのキャリア形成を客観的に把握することにある。そのため、「これが自分の強みだ」と思うものについては、遠慮せず、自信を持って書き出してみることが大切である。
さらに、現在の強みを可視化したら、次に「今後のキャリア計画シート」を活用し、これから伸ばしていきたい強みについて記入する。ここでは、今後伸ばしたい強みを三つ挙げてみる。
自分の考えを言葉にすることには、大きな効果がある。実際にシートに書き込み、それを意識するようになると、日頃接するさまざまな情報の中から、自分が伸ばしたいキャリアナレッジに関連する情報が自然と目に留まるようになる。
もちろん、キャリア形成の過程で、伸ばしたい強みを適宜修正しても構わない。しかし、三つすべてを途中で諦めてしまうことは、これまで投資してきた時間やコストを考えると、必ずしも勧められない。少なくとも一つは継続し、時間をかけて自分の強みに育てていくことが重要である。
このように、現在のキャリア状態を可視化し、これからのキャリア形成の方向性を明確にすることで、初めてプロティアン・キャリアの考え方を実践に移すことができる。
キャリア形成は、短期間で完成させるものではない。目の前の仕事に取り組みながら、複数の強みや経験に分散して投資し、時間をかけて積み重ねていく。その意味で、キャリア形成にも「長期・分散・積立」という考え方が有効なのである。

田中教授のキャリアナレッジ分析シート
蓄積したキャリアナレッジ分析シート

強み 投資した時間積み重ねてきた経験
社外顧問
アドバイザー
2011~2021 新規事業開発
プログラム開発
事業提携
英語 2004~2008 在外研究員として
研究発表、現地企業の視察・商談
著書・翻訳・連載 2008~2021 毎年出版、記事執筆や対談

のばしたいキャリアナレッジ  今後のキャリア計画

強み投資した時間積み重ねてきた経験
顧問先上場 2022~2027 上場への事業グロース
経営陣との戦略構築
英語 2022~2030 毎年出版
起業 2022~2030 会社の経営

(本書P64より引用)

10)キャリアは偶発的に形成されるのか
クランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論」における、「キャリアの8割は偶然の出来事によって形成される」という考え方は、キャリア理論の中でも広く知られている。
「計画的偶発性理論」は、「単線的キャリアプランニング」へのアンチテーゼといえる。人生には予測できない出来事が数多くあるため、将来のキャリアプランを明確に描いたとしても、そのとおりに進むとは限らない。だからこそ、目の前で起こる出来事を柔軟に捉え、それをキャリア形成の機会として最大限に活用すべきだという考え方である。
さらに、偶然の出来事を活用するためには、ただ待っているのではなく、自ら行動を起こすことが重要だとされている。行動することによって、新たな出会いや経験が生まれ、それが次の偶然につながっていく。
この考え方について、著者は「50%は納得できるが、50%は物足りない」と感じている。

物足りなさを感じる理由は、主に二つある。
①行動を起こす必要性は示されているものの、「どのような行動を起こすべきか」については十分に示されていない。
②偶然の出来事をキャリア形成に活用するための「法則性」が明らかにされていない。

この二つの課題を解消するためには、次の二つの視点が必要だと考える。
①単線的なキャリアプランではなく、「螺旋的キャリアプラン」を描くこと
②偶然の出来事を活用するための「法則性」を、これまでのキャリア経験の蓄積から見いだすこと
キャリア開発やキャリア形成には、時間の経過が欠かせない。個人のキャリアに流れる時間と同時に、社会にも「社会的時間」が流れている。
ところが、DXやAIをはじめとする急速な技術革新によって、社会が変化するスピードはかつてないほど速くなっている。いわば、社会変化にかかる時間が濃縮・短縮されているのである。
その結果、社会的時間の経過が個人のキャリア形成よりも速くなり、両者の間にギャップが生まれている。職業や仕事のあり方が大きく変化しているにもかかわらず、個人のキャリア形成がその変化に追いつかないという状況も生じている。

こうした時代において、「偶然の出来事を最大限に活用しましょう」というメッセージだけでは、十分な説得力を持たなくなっているのではないだろうか。
そこで、これからのキャリア形成に必要となるのが、「戦略的実践」である。
偶然の出来事を待つのではなく、自らの強みや経験、社会の変化を踏まえながら、未来を見据えて行動する。そして、行動した結果から学び、必要に応じて方向を修正し、さらに次の行動につなげていく。
これは、あらかじめ一本の道を決めて進む「単線的キャリア」ではない。行動と経験、振り返りと修正を繰り返しながら、キャリアを螺旋状に発展させていく考え方である。
これからのキャリア形成における合言葉は、こうなる。
「キャリアの8割は、戦略的実践によって決まる。」
偶然を待つのではなく、戦略を持って行動する。その行動が新たな偶然を生み、偶然を経験に変え、経験を次の戦略へとつなげていく。
この循環こそが、変化の激しい時代における新しいキャリア形成のあり方なのである。

出典:
田中研之輔(著)(2022) 「今すぐ転職を考えていない人のための キャリア戦略」 ディスカヴァー・トゥエンティワン

(以上)

(つづく)吉末直樹