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ISO審査員及びキャリアコンサルタントの方に有用な情報をお伝えします。
1.はじめに
本書は、法政大学教授・田中研之輔氏と岩月優氏による共著である。
社員が持続的に成長していくための鍵は、一人ひとりが自らの課題や現状を的確に把握し、将来のありたい姿を明確に描いたうえで、目の前の仕事に主体的に向き合い、日々の実践を積み重ねていくことにある。そして組織には、研修・育成・評価・制度といった多面的な仕組みを通じて、社員のキャリア開発を支援する役割が求められる。
しかし、現実の企業現場においては、これらの仕組みが必ずしも十分に機能しているとは言い難い。加えて近年、企業はDX(デジタル・トランスフォーメーション)によるビジネスモデルの変革を推進する一方で、CX(キャリア・トランスフォーメーション)として、従来の働き方の良さを継承しつつ、新たな働き方へと進化させていくことも求められている。
こうしたDXとCXの双方を推進する立場にある管理職の役割は、まさに歴史的な転換点を迎えているといえる。本書は、この問題意識を出発点としている。
本書では、社員の持続的成長に伴走する管理職を「グロース・マネージャー」と定義する。グロース・マネージャーとは、チームメンバー一人ひとりのキャリア形成に深く関わりながら、個人と組織の双方の持続的成長を実現していく存在である。
本書は、新任管理職が直面するキャリア転換と、その過程における支援のあり方を体系的に探究するものである。とりわけ、管理職に求められる能力や責任の変化が新任管理職に与える影響を明らかにし、その対応策としてのキャリア開発支援の重要性を論じていく。
2. 新任管理職になる
1)新任管理職のキャリア課題
厚生労働省(2018年)の分析によれば、若年層が管理職への昇進を希望しない主な理由は、次のとおりである。
- 責任が重くなる(71.3%)
- 業務量が増え、長時間労働になる(65.3%)
- 現在の職務内容で働き続けたい(57.7%)
- メンバーを管理・指導できる自信がない(57.7%)
さらに、厚生労働省(2024年)の分析では、管理職の役割定義や報酬体系の見直しが重要な課題として挙げられており、若年層の昇進意欲を高めるための具体的施策の必要性が指摘されている。
こうした課題に対して十分な対策を講じない企業では、新任管理職の早期離職や、チーム全体のパフォーマンスおよび士気の低下といった問題が生じかねない。その結果、組織全体の活力や競争力の低下につながる恐れがある。
新任管理職のキャリア開発を支援することは、単なる自己実現や個人的成長にとどまらず、個人が社会に貢献する力を高めるという社会的意義を持つ。また、スキル向上は報酬や待遇の改善にも結びつき、モチベーションや生産性の向上を促す。さらに、こうした取り組みは社会全体の人材の流動性を高めることにも寄与するであろう。
2)新任管理職に関する研究
経営学者であるピーター・ドラッカーは、管理職および組織運営に関する包括的な理論を提唱している。その理論は、新任管理職が直面する多様な課題に対し、実践的な示唆を与えるものである。
ドラッカーは、管理職の役割を「成果をあげること」に集約されると定義した。ここでいう成果とは、単なる目標達成ではなく、組織全体としての価値創出に貢献することである。
管理職の具体的な役割は、次の三つに整理できる。
- ① 目標の設定と方向性の提示
- ② リソースの最適化
- ③ 人材育成とモチベーションの向上
一方で、新任管理職が直面する主な課題として、以下が挙げられる。
- ① 役割変化への対応:自身の専門性や過去の成功体験にとらわれず、組織全体の視点に立って意思決定・行動できるようになること。
- ② 人間関係の再構築:職場の多様性が高まる中で、従来の年功序列的な考え方を見直し、信頼関係を再構築すること。
- ③ 時間管理の徹底:時間を重要な経営資源として捉え、費用対効果を意識した行動をとること。
- ④ 組織からの期待への対応:チームワークを高め、業務の無駄を改善し、生産性向上に貢献すること。
ドラッカーの理論は、新任管理職がこれらの課題を乗り越え、組織全体の成果を高めるための有効なフレームワークを提供している。
3)新任管理職のストレス対処法
新任管理職は、新たな役割を担う過程で強いストレスに直面することが多い。とりわけ、期待される行動や業務内容が明確でない場合や、複数の役割間に矛盾が生じた場合には、戸惑いや葛藤を感じやすい。さらに、上司に相談しても「自分で判断しなさい」と委ねられるケースもあり、心理的負担が増大することがある。
キャリア開発の視点からは、役割期待を明確化するとともに、求められる能力とのスキルギャップを埋めるためのトレーニングやサポート体制の整備が重要となる。
また、昇進に伴い同僚や部下との関係性が変化し、孤立感や不安感を抱く場合もある。このような状況に対しては、リーダーとしてのアイデンティティの確立と、コミュニケーション能力を高めるための継続的なトレーニングが有効である。
4)新任管理職を取り巻く諸状況
この数十年の間に、管理職を取り巻く環境は大きく変化してきた。とりわけ重要な変化として、「組織のフラット化」「管理職のプレイヤー化」「職場の多様化・高齢化」の三点が挙げられる。
第一に、「組織のフラット化」である。これは、役職が幾層にも重なる従来のピラミッド型組織の見直しを指す。フラット化によって、組織内の情報伝達や意思決定のスピードは向上した。一方で、管理職に就任する前に、段階的に責任や権限を経験する機会が減少し、十分な準備期間を持たないまま昇進するケースが増えている。
第二に、「管理職のプレイヤー化」である。近年では、管理職がマネジメント業務に専念するのではなく、実務担当者(プレイヤー)としての役割も並行して担う割合が高まっている。その結果、部下育成や組織運営に割ける時間やエネルギーが制約されやすくなっている。
第三に、「職場の多様化・高齢化」である。雇用形態、性別、国籍、年齢などが多様化し、同時に高齢化も進展している。こうした環境下では、管理職自身の経験則に基づく一律的な育成や動機づけは通用しにくくなっており、より柔軟で個別性を重視したマネジメントが求められている。
5)新任管理職の役割転換
新任管理職が直面する問題や苦労については、立教大学の元山年弘教授による中間管理職33名へのインタビュー調査(2008,2013)が参考になる。そこでは、職務を遂行する際に管理職が直面する問題の具体的内容がリストアップされているほか、問題を抱えることにより生じる心理的な抵抗や障害も示されている。
こうした役割転換期に生じる諸問題に対する改善策として、以下の三点が考えられる。
- ① 昇進システムの改善
キャリアパスの多様化を図るとともに、昇進対象者の選抜方式を見直す必要がある。
その理由は、「優秀な非管理職が必ずしも優秀な管理職になるとは限らない」という点にある。専門性とマネジメント能力は必ずしも一致しないため、評価基準の再設計が求められる。 - ② 心理的レディネスの向上
新たな役割への円滑な移行に備え、事前に必要な経験や知識を蓄積することが重要である。
たとえば、非管理職時代に主任などの立場で疑似的なマネジメントを経験し、役割転換前に実践的な経験を積むことで、心理的・能力的な準備を整えることができる。 - ③ 新任管理職のエンパワーメント
管理職の待遇改善や報酬体系の見直しを行い、責任に見合った権限や経営資源を付与することが必要である。
十分な裁量と支援体制があってこそ、管理職は組織の成果に主体的に貢献することができる。
6)新任管理職に研究に積み残された課題
新任管理職に関する研究は多岐にわたり、リーダーシップ研究の中でも重要な位置を占めている。しかしながら、いくつかの未解決の課題が依然として残されている。
第一に、組織文化や業界特性が新任管理職の適応プロセスに与える影響について、包括的に検討した研究は十分とはいえない。組織ごとの文化的背景や産業構造の違いが、役割転換の難易度や支援のあり方にどのような差異をもたらすのか、さらなる検討が求められる。
第二に、ジェンダーや多様性の視点から新任管理職を分析する必要性が高まっている。雇用形態、性別、年齢、国籍などの多様化が進むなかで、管理職への移行体験がどのように異なるのかを明らかにすることは、実践的にも理論的にも重要である。
第三に、新任管理職のキャリア開発を長期的に追跡する研究の蓄積が求められる。現時点では、昇進直後の短期的な適応に焦点を当てた研究が多い一方で、キャリア全体の中で役割変化をどのように経験し、どのように成長していくのかを分析した研究は限られている。
本書では、こうした研究動向を踏まえ、役割と挑戦、適応プロセス、ストレス対処法などに関する主要な知見を整理した。これらの知見は、新任管理職が直面する課題を多角的に理解し、より適切な支援策を構築するための基盤を提供するものである。
3.職場環境とマネジメント(1)高負荷型と低負荷型
1)新任管理職の職場環境の4タイプ
新任管理職が実際にどのような役割へと転換していくのかについて、インタビュー調査の結果を基に検討する。
本調査は、新任管理職(課長)8名を対象に実施した。対象者はいずれも20代から40代の大卒者で、従業員3,000名以上のプライム市場上場企業に勤務している。職種は人事、総務、技術職である。
新任管理職の置かれた職場環境を分析するにあたり、本書では「管理職への役割転換」と「マネジメント対象となるメンバーの多様性」という二つの観点を軸とした。そして、
- 業務の非連続性の多寡(昇進前後で業務内容がどれだけ変化するか)
- メンバーの多様性の多寡(年齢・ジェンダー・雇用形態など)
の二軸を設定し、データ分析の結果、次の四類型を導出した。
① 高負荷型 (業務の非連続性:大、 メンバーの多様性:高)
業務内容が大きく変化し、かつ多様なメンバーをマネジメントする必要がある職場環境である。過去の経験が通用しにくく、業務遂行とメンバーマネジメントの双方において負荷が高い。組織運営の難易度が最も高い類型といえる。
② 低負荷型 (業務の非連続性:小、 メンバーの多様性:低)
昇進前の経験やノウハウを活用しやすく、メンバーも比較的同質であるため、管理職としての負担は相対的に軽減されやすい環境である。
③ 業務キャッチアップ型 (業務の非連続性:大、 メンバーの多様性:低)
メンバーは同質であるものの、業務内容の変化が大きいため、新任管理職は業務理解やスキルのキャッチアップに多くの時間と労力を費やす傾向がある。
④ メンバー配慮型 (業務の非連続性:小、 メンバーの多様性:高)
業務自体の連続性は保たれているが、メンバーが多様であるため、一人ひとりへの配慮や関係構築に時間を要する職場環境である。
2)高負荷型
高負荷型は、異動などにより業務内容に大きな変化が生じ、かつメンバー構成が多様であるという特徴を持つ。これまでの経験則が通用しにくいため、負担が最も大きく、組織運営の難易度も高い職場環境である。
<Aさん(34歳・男性)の場合>
新卒で入社後、営業部門に配属され、先輩社員の指導を受けながら経験を積んできた。先輩社員が人事部へ異動したことをきっかけに人事業務に興味を持ち、本人も人事部へ異動することになった。
新しい部署では、9割以上が女性社員であり、育児などの理由で短時間勤務をしている社員も多い。また、40代・50代の年上のメンバーも多く、性別・年齢・働き方の異なるメンバーをマネジメントする立場となった。
ここでのポイントは、「自分が主体」から「メンバーが主体」へと役割が変化する点であり、非管理職から管理職への非連続性が生じることである。複数のチームを管理する立場となり、担当する業務も多岐にわたるため、メンバーの動向をすべて把握することは難しくなる。そのため、仕事をメンバーに任せるマネジメントが必要となる。
また、メンバーの属性や業務内容の違いといった表層的ダイバーシティ(*1)だけでなく、仕事に対する価値観や考え方の違いといった深層的ダイバーシティ(*2)にも配慮することが求められる。
*1 表層的ダイバーシティ:性別、年齢、国籍など
*2 深層的ダイバーシティ:性格、価値観、業務に関する知識や経験など
<Bさん(34歳・女性)の場合>
営業部門で経験を積んでいたが、次第に企画・開発の仕事に関心を持つようになり、本人の希望により技術部へ異動した。異動後2年が経過した頃、コミュニケーション能力の高さや人当たりの良さが評価され、管理職に抜擢された。
しかし、年上の男性社員に仕事を依頼しても「今はやりたくない気分」と返答されたり、仕事を他の人に転嫁されるなど、メンバーから軽くあしらわれる場面もあった。
こうした経験を通じて、会議の場では「不安」を見せず、毅然とした態度で意思決定を行うことが管理職には求められることに気づいた。また、メンバーの性格や得意分野を理解し、それぞれに応じてコミュニケーションの取り方を柔軟に使い分けることの重要性も学んだ。
3)低負荷型
低負荷型は、業務内容などの非連続性が少なく、メンバー構成も比較的同質的である。そのため、これまで蓄積してきた経験を最大限に活用しやすく、管理職の負担が比較的軽減されやすい職場環境である。
<Cさん(41歳・女性)の場合>
Cさんは思慮深く謙虚な人柄で、依頼された仕事の納期を確実に守るなど、仕事の丁寧さに定評があった。また、後輩の面倒見もよく、若手社員からも慕われていたことから、管理職に就任することになった。
メンバーは同年代から年下の女性が多く、これまで築いてきた関係性も良好である。さらに、課内業務の大部分を熟知していたため、新任管理職就任に伴う負荷は、インタビュー対象者の中でも比較的少ないケースであった。
Cさんの勤務先にはMBO(目標管理制度)があり、管理職が課の目標を設定し、それをベースにメンバーがそれぞれの目標を立てる仕組みになっている。しかし、管理職として自分自身の目標だけでなく、課全体の目標を設定する立場になると、「何を目標とすべきか」「どこから手を付ければよいのか」が分からず、戸惑いを感じた。
また、これまであまり意識していなかったメンバーに対しても、全員に対して公平な態度やコミュニケーションを取らなければ、不満や不平が生じる可能性があることにも気づくようになった。
出典:
田中研之輔氏、岩月 優氏 (2025) 「グロースマネジャー: 新任管理職のキャリア開発」 千倉書房
吉末直樹
以上
