044-246-0910
ISO審査員、キャリアコンサルタントの方への有用な情報をお伝えします。
4.自分らしくキャリアを築くためのSDCs ― 5つの持続的行動
1)持続的にキャリアを形成する
キャリアオーナーシップとは、日々の持続的な行動の積み重ねです。
上司に指示されて取り組むものではなく、何が必要かを自ら考え、自らアップスキルしていくことが本質です。
今こそ「持続的キャリア開発(SDCs: Sustainable Development Careers)」を推進し、問題を注視し嘆くのではなく、問題を開発していく力に注目すべき時期に来ています。
その主要テーマとなるのが 「人的資本の最大化」 です。
これは、働くことを通じて自らの可能性を最大限に発揮し続けるプロセスを意味します。
現在、日本企業の生産性や競争力が低下している背景には、労働人口の減少や高齢化だけでなく、一人ひとりの生産性が十分に向上していないことがあります。その大きな原因のひとつが、組織に依存した働き方によって生じるキャリアの停滞です。
つまり、一人ひとりが持つポテンシャルを十分に発揮できていないのです。
2)キャリアビジョンを描く ― 自分の価値観を起点に、ありたい自分の生き方を描く(行動指針その6)
自分のキャリアビジョンを考えるときは、まず自分の価値観を起点に言語化してみましょう。
これまでの仕事では、過去に取り組んできた経験や実績をベースに、新しい仕事がアサインされることが一般的でした。依頼する側も実績を重視し、受ける側も「過去の蓄積=キャリア」と考えがちです。
しかし今は、大きな変化の時代です。社会で求められることそのものが急速に変化していくため、過去の実績だけでは対応しきれない場面も出てきます。そのため、古い知識や経験をそのまま繰り返すのではなく、ビジネスパーソンとして日常的にスキルをアップデートし続けることが重要になります。
キャリアビジョンは「これまで」ではなく、「これからのありたい自分」を描くものです。自分の価値観を基盤にしながら、未来に向けて柔軟に変化し続ける姿勢が求められます。
3)内発的動機に向き合う ― 心の内側にある好奇心やモチベーションを起点に行動する(行動指針その7)
「内発的動機」とは、自分の内面から湧き上がる好奇心や探求心に基づく動機のことです。これに対して、報酬や評価といった外部から与えられるモチベーションは「外発的動機」と呼ばれます。
キャリア形成において大切なのは、内発的動機を起点にすることです。キャリアは他人から与えられるものではなく、自分の中にある好奇心やモチベーションを出発点として築くものだからです。
もし「自分の可能性が十分に発揮されていない」と感じるなら、その原因となっているブレーキ要因を探してみましょう。
- どんなことが自分の行動を止めているのか?
- どんな不安や思い込みが、自分を縛っているのか?
思いつくものを書き出し、ひとつずつ整理してみてください。そのうえでブレーキを外し、心と環境を整えてから、キャリア形成のアクセルを持続可能な範囲で踏み込むことが重要です。
4)機会を最大化する ― 企業や組織の環境に適応し、好循環を生み出す(行動指針その8)
「機会の最大化」とは、企業や組織の環境に柔軟に適応しながら、そこから新しいチャンスを引き出し、好循環を生み出していくことを意味します。
具体的には、現場の一プレイヤーであるうちから、経営者や現場責任者の視点を持って仕事に臨むことが重要です。こうした視座を持つことで、日常のチャレンジの幅を広げることができますし、トップの行動や判断と自分の考えを照らし合わせ、学びを深めることができます。
さらに、「人的資本の最大化」のためにはタイムマネジメントが欠かせません。時間は有限であり、その使い方が成果の質と量を大きく左右します。
そのために有効なのがテクノロジーの活用です。
- 離れた場所にいる人ともオンラインで会議が可能
- クラウドツールで複数人とファイルを共有できる
- 自動化や効率化ツールで作業時間を短縮できる
これらを取り入れることで、生産性を飛躍的に高めることができます。同じ時間の中でもより多く、より質の高いアウトプットを生み出す意識を持つことが大切です。
5)期待役割を意味づけする ― 外的認識と内的認識を定期的に同期し、自分ごと化する(行動指針その9)
キャリア形成の過程では、新しいポジションに就いたり、他部署への異動で新たなスタートを切ることがあります。その際に大切なのは、
- 「組織は自分に何を期待しているのか」
- 「自分は何を提供できるのか」
この2つを常に意識することです。
定期的に組織からの期待(外的認識)と自分の認識(内的認識)をすり合わせ、ズレを確認し修正していくことが欠かせません。これがキャリアのセルフメンテナンスにつながります。
セルフメンテナンスのポイント
キャリアを組織に委ねるのではなく、自ら築いていくためには、自分のコンディションを整えることが不可欠です。特に次の6つの観点が重要です。
- 1.仕事のアウトプット
- 2.人間関係
- 3.適切な食事
- 4.身体の状態
- 5.運動の継続
- 6.睡眠の質と時間
このうち食事・身体の状態・運動・睡眠は、自分の心がけ次第で改善できます。これらを良い状態で維持できると、自然と仕事の生産性が高まり、人間関係もスムーズになります。
実践例
著者自身も、夕食後にジムへ行ったりランニングを取り入れたりして、適度な疲労で睡眠の質を高めています。また、早寝を意識することで、朝のゴールデンタイムを有効に活用しています。
キャリアは自ら守り、育てていくものです。長く働き続けるためには、身体と心の状態を整え、無理なく持続的に成果を出す「コツ」を掴むことが肝心です。
6)持続的に自己変容する ― 新しいものを受容し、自己変容を積み重ねる(行動指針その10)
キャリアは年齢や性別に関係なく、いつからでも成長可能です。学びを続けることで、選択肢は広がり、キャリアは進化していきます。これまでのキャリア形成は「転職するか、会社に残るか」という二択で語られがちでした。これからは「選択」ではなく経験の蓄積という視点に立ち、複数のキャリアを同時に築くAND思考が重要になります。
複業という戦略
- 複業とは、複数の仕事を持ち、それぞれを本業として真剣に取り組む姿勢です。
- 人生100年時代において、複業は持続的な成長の行動戦略といえます。
- 「複業をすると本業がおろそかになる」という懸念は、実際には思い込みです。
タスクマネジメントを徹底し、生産性を高めれば、新しい挑戦に取り組む余地は必ず生まれます。
可処分時間を自己投資に変える
成長を続けるためには、可処分時間を「消費」ではなく「自己投資」に充てることが大切です。
✅ 2つのアプローチ
- 1.社会課題をインプットする
社会問題や矛盾について情報を集め、解決策を自分なりに考えることで、思考力と発想力を鍛える。 - 2.未来をデザインする
週に一度、自分が「これからどうありたいか」を考える時間を取り、短い言葉でもいいので記録する。
→ コンフォートゾーンから抜け出し、自ら主体的に可処分時間を設計することが、自律的キャリアへの移行を持続させるエネルギー源になります。
キャリアワークアウトを習慣化する
「キャリアワークアウト」とは、定期的に自分のキャリアに向き合い、状態を整える習慣のことです。キャリアは「結果」ではなく「コンディション」です。
- 企業での実践例
月1回の対話セッションを設け、チーム内で「仕事や人生でどうありたいか」を共有する。 - 個人での実践例
2週間に一度、10分だけ「3年後にやりたいこと」を書き出す。
(具体的に思いつかなくても大丈夫。まずは言語化することから始めるのがポイント。)
5.個人と組織の新たな関係を創出するグロース人事
1)組織課題を抽出し、キャリアオーナーシップ施策を検討する(行動指針その11)
「個人と組織のより良い関係を構築し、自分らしく働きながら組織の成長にも貢献する」という発言をすると、現場からは疑問の声があがることがあります。
しかし、キャリアオーナーシップは持続的な成長を目指す組織において、最重要事項といっても過言ではありません。具体的に言えば、キャリアオーナーシップは人事の役割を大きく転換させます。
従来の「管理・配置」などディフェンシブな管理機能にとどまらず、「成長・開発・抜擢」といったオフェンシブな成長機能へとシフトすることになります。
その際、参考となるのが ISO30414*1(人的資本に関する情報公開のガイドライン) です。
オフェンシブな成長側面として取り組むべきは、11の領域のうち以下の6つです。
- ダイバーシティ
- リーダーシップ
- 組織文化
- 生産性
- スキルと能力
- 後継者計画
さらに重要なのは、情報公開を前提に「測定」と「数値化」を進めることです。
具体的に、人的資本経営を推進する「グロース人事」とは、「スキルと能力」「生産性」に重点を置き、これまで可視化されにくかった「人的資本の最大化」に向けたプロセスや変化を数値化していく取り組みを指します。
| *1 ISO30414とは、国際標準化機構(ISO)が2018年に出版した、人的資本情報開示のためのガイドラインです。この規格は、組織が人材を重要な経営資源として捉え、その状況を客観的なデータで社内外に透明性高く報告できるように支援することを目的としています。具体的には、人材マネジメントに関する11の領域について、58の測定指標(メトリック)を用いて情報を開示する基準を示しており、日本でも人的資本の情報開示が義務化されたことで、さらに注目を集めています。 (出典:Google) |
2)キャリアオーナーシップを推進するための「戦略人事」を設計する(行動指針その12)
「戦略人事」という考え方は広く浸透していますが、実際に人事部門が戦略人事として機能しているケースはまだ多くありません。
戦略人事とは、従来の「採用・配置・調整・労務」といった役割にとどまらず、企業の経営戦略の目的達成を目指して、人事施策を総合的かつ戦略的にマネジメントすることを意味します。
企業活動の最大のエンジンは「人」です。社員一人ひとりがやりがいを感じ、人的資本を最大限に発揮できる状態をつくることこそが、企業の成果向上につながります。
そのために、今日からできることは次の3つです。
① 最高人事責任者(CHRO/CHO)と戦略人事について話し合う機会を持つ
CHROとの対話を通じて、注力すべきフォーカスポイントを見定める。
② CHRO/CHOが経営陣と定期的に話し合う仕組みを構築する
経営戦略・事業戦略・人事戦略は「上位下達」で決められるものではなく、3つを有機的に結びつける組織体制の構築が重要となる。
③ キャリア開発プログラムや人事施策の効果を数値・データで把握する
戦略人事の取り組みとして、パルスサーベイ*2などを活用し、施策の効果を定量的に示す。これにより、大胆な人事戦略についても経営層と建設的に議論できるようになる。
| *2 パルスサーベイとは、従業員の満足度やエンゲージメント、組織の状態などを把握するために、週1回や月1回といった短い間隔で、5問から15問程度の簡単な質問を繰り返し行う調査です。英語の「パルス(脈拍)」のように、組織の状況をタイムリーに、こまめに測定することを目的としています。この調査は、従業員の課題を早期に発見し、迅速な改善策を講じることで、組織のパフォーマンス向上や従業員の働きやすさにつなげるために活用されます。 |
参考文献:
田中 研之輔(著)(2024)「実践するキャリアオーナーシップ:個人と組織の持続的成長を促す20の行動指針」中央経済グループパブリッシング
吉末直樹(つづく)
