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5.社員のやる気を一気に奪う、間違った職場作り
人材確保を運任せの採用に頼っている

ここでは「関係密度」を低くする例をいくつか挙げていきます。
「職場の関係性」については取り組みを行わずに、相性・マッチングという労働市場任せの「運に期待した、いいひと採用」を行っている企業と出会うことがあります。そうした企業では社員より、「離職や欠員の要因を解消しないまま、いい社員を募集して欠員を補っても無理がある」という声が聞かれます。
これは、穴の開いたバケツに水を組み入れている状況です。問題の本質と解決方法を取り違えているのです。
このような企業は、「入社と共に会社の都合を理解して忖度に染まってくれる」自分達にとり都合の良い人材にあたるまで、永遠に採用を続ける。「部下ガチャ」を回し続けている企業になってしまうでしょう。
必要なのは、入社後の「関係性」を構築しやすい職場環境を整える事なのです。

2060年生産労働人口は現在の6割まで減る
「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)によると、2060年の日本の人口は現在のおよそ7割の約8,674万人になる事が見込まれています。そのうち26.9%が75歳以上の高齢者がしめ、15歳から64歳までの生産労働人口は、今より4割少ない約4,418万人になる事が見込まれています。
帝国データバンクの調査によると、人手不足を感じている企業の割合が50.1%にのぼっています。
人口減少を背景とする人手不足は、企業にとり死活問題となります。
AIをはじめとするデジタル化の進展により業務の効率化が進み、労働集約的な事業は転換期を迎え、社員を量でかかえる考え方も変わる事が予測されます。
つまり社員が目の前の仕事を完遂する気持ちを持ち続けられなければ、顧客からの依頼にこたえることができなくなります。
企業がこの先何十年も生き残っていくには、社員を確保するとともに、やる気の高まるような職場環境を整備することが求められているのです。

制度や仕組みで、「静かなる退職者」を隠す
「静かなる退職者(クワイエット・クイティ)」という言葉があります。これは、実際に退職するわけではないものの、企業内で「やる気をもって一生懸命に働く」という姿勢を失い、受け身の働き方にとどまっている人たちを指します。彼らは仕事に意義や目的を見いだせず、依頼された業務の「最低限」だけをこなし、それ以上の貢献をしない姿勢をとっています。
この状態がもたらすリスクは、組織だけでなく、個人にも及びます。1年のうち約4分の1の時間を「後ろ向きな気持ち」で過ごすということは、言い換えれば、貴重な時間を自らの成長機会として活かせていないということです。その時間が積み重なるほど、キャリアや将来は理想から遠ざかってしまいます。自分自身の可能性を閉ざしてしまうリスクは小さくありません。
一方、組織の視点から見ると、「正常なチームは掛け算である」という考え方があります。メンバーの一人ひとりが前向きに取り組むことで、個々のパフォーマンスは2倍にも3倍にも高まり、その結果として組織全体の成果も大きく飛躍します。ところが、チームの中に一人でも「静かなる退職者」がいると、その掛け算の結果はゼロ、あるいはマイナスになってしまうこともあるのです。チームの力を最大化するうえで、この影響は決して軽視できません。
問題の本質は、多くの場合、個人の資質ではなく、職場環境にあります。配属後の人間関係の悪化や職場の空気によって、意欲を失い、「静かなる退職者」に追い込まれてしまうケースが少なくないのです。さらに、制度や仕組みを導入することで、こうした「やる気を失う瞬間」が覆い隠され、見えにくくなってしまうこともあります。
真に必要なのは、こうした意欲低下の兆しを早期に察知し、環境を整えることです。

新しい組織論に「飛びつく」前に考えるべきこと
なぜなら、組織の成立には次の3つの要素が不可欠だからです。

  1. 貢献意欲 — 組織のビジョン達成に貢献したいという意欲
  2. 共通目的 — 組織と社員に共有された明確な目的
  3. コミュニケーション — 必要な情報の共有と相互理解

この「3要素」が揃っていなければ、いくら理論や仕組みを導入しても機能しません。組織の成立は一朝一夕ではなく、時間をかけてじっくりと築いていくプロセスです。新しい組織論を次々と取り入れて“オーバーフロー”状態になり、本来注力すべき組織基盤づくりがおろそかになってしまうことは避けなければなりません。

理念が響かない職場の現実
「エンゲージメントを高める」「自立自走型の組織を目指す」といった言葉を部下に投げかけても、現場では多くの場合、右から左へと流されてしまいます。
それは、その言葉が、彼らの日常を変える実効性のあるものとして受け取られていないからです。
現場で長く働く社員ほど、理想と現実とのギャップを痛感しています。抽象的なスローガンは、お題目として聞き流されるだけです。こうした状況を変えるためには、何よりも社員同士の関係性が良好であることが前提条件となります。信頼関係のない職場で、理念が浸透することはありません。

「How」よりも「Why」
今の時代、「How(どうやるか)」に関する情報はあふれています。新しい施策や手法を探すこと自体は難しくありません。
しかし、組織がどの方法を選ぶかを決めるためには、「Why(なぜそれをやるのか)」という目的が明確でなければならないのです。
新たな仕組みを導入したり、これまでと異なる考え方を取り入れたりする際には、社員の「やる気」と「納得感」が欠かせません。そのためにも、「How」への取り組みをきっかけに「Why」を共有するためのコミュニケーションを積み重ねることが重要です。
幹部や管理職には、この「Why」を丁寧に言語化し、社員と共有しながら組織を成立させる土台をつくることが求められます。組織改革は理論の導入ではなく、関係性と目的の共有から始まるのです。

関係がぎくしゃくした職場で「心理的安全性」を叫ぶ前に
「心理的安全性」とは、組織のメンバー一人ひとりが、非難や否定を恐れることなく、自分の考えや気持ちを言葉や行動で表現できる状態を指します。
この概念が広く注目されるきっかけとなったのは、Googleが2013年〜2015年に実施した生産性向上プロジェクト「プロジェクト・アリストテレス」です。調査の結果、チームの生産性を高めるうえで「心理的安全性」が不可欠な条件であると結論づけられました。
では、どうすれば心理的安全性を高めることができるのでしょうか。
個人として、次の3つの行動を意識することが重要です。

  • 無表情をやめ、感情を適切に表現する
  • 交流の機会を積極的に増やす
  • 相手の意見を最後までしっかり聞く

これらは、他者との信頼関係を築くための基本的なソーシャルスキルです。
どれほど理念を掲げても、職場の人間関係が良好でなければ、心理的安全性は確保できません。まずは、日々の小さなコミュニケーションから信頼を積み重ねることが、安心して働ける職場づくりの第一歩となるのです。

一億総「他人社会」だからこそ、関係性の良い組織が生き残る
人は、生まれた瞬間から生きていくための学習を始めています。
その最初の学習は、「微笑み返し」と呼ばれる行動です。赤ちゃんは「微笑む」という行為の意味を理解しているわけではありません。しかし、周囲の大人の反応を本能的に感じ取り、それをまねることで「関係性をつなぐ」最初の一歩を踏み出します。
そして、このときに使われるのが「表情」です。表情は、人と人が接点を持つための最初のアプローチであり、いわば「ヒューマンモーメント(人間らしいかかわり合い)」の原点です。
しかし、現代社会ではこのヒューマンモーメントが少しずつ壊れつつあります。
日常生活にデジタルが深く浸透し、もはやスマートフォンのない生活は想像できません。その一方で、人と人との自然な関係性の「根っこ」が少しずつ失われているのです。
さらに新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、テレワークが進み、他者との直接的な接触が激減しました。その結果、自分がどこに所属しているのか、何を拠りどころにすべきなのかが見えにくくなり、「自分とは何か」というアイデンティティの崩壊に直面する人が増えています。
自分の存在目的が曖昧なままでは、他人を理解することも、他人に理解されることもできません。その結果、職場はますます「仕事をするだけの場所」へと輪郭を強め、関係性が希薄なままになります。
デジタル化が進んだ今の社会では、望めばほとんど人と関わらず、半径数メートルの世界だけで一生を終えることも可能です。だからこそ、「関係性の質」を高められる組織こそが、これからの時代を生き残る鍵になるのです。

社員の「やる気」を育む2つの要素
人がやる気(モチベーション)を高めるための要因は、心理学では「動機づけ」と呼ばれます。
動機づけには大きく分けて2つの種類があります。

  1. 外発的動機づけ(物的側面)
    昇格、給与や報酬、希望する部署・地域への異動など、外部から与えられるインセンティブによってやる気を引き出す仕組みです。
  2. 内発的動機づけ(人的側面)
    自分自身の興味・関心、やりがい、達成感といった内面から湧き上がる意欲によって行動を起こすものです。これは企業が直接与えることのできない領域です。

外発的動機づけに偏った組織では、給与や待遇を上げ続けることに限界が訪れたとき、モチベーションを維持できなくなる危険性があります。報酬の上昇に依存した状態では、持続的なやる気を育てることは難しいのです。
一方、内発的動機づけは、個人の成長や将来の成功といった「自分自身の目的」が原動力になります。そのため、与えられた仕事をこなすだけでなく、必要とされる以上のことに主体的に取り組む意欲が生まれやすくなります。
企業が長期的に成長していくためには、外発的動機づけと内発的動機づけのバランスを意識し、特に内発的動機づけを引き出す環境づくりが欠かせません。

6.未来に向けてどのような職場風土を作るか
フラット組織の形成

職場において「関係密度」を高め、そこで生まれた文化が組織全体に浸透した状態を、ここでは「フラット組織」と呼びます。
フラット組織の具体的な特徴

  • 役職や部署の壁にとらわれず、自由で率直なコミュニケーションが行われている
  • 企業の存在目的を全員が共有し、その達成に向けて自律的に考え、行動している
  • 個人の成長を重視し、従業員一人ひとりの意見が最大限に尊重・反映されている

組織形態としての位置づけ
「フラット組織」は、従来型のトップダウンによるピラミッド型組織と、各社員の主体性を重視するアメーバ型組織との中間に位置する形態です。
稲盛和夫氏が実践したアメーバ経営では、組織を「アメーバ」に見立て、5〜10人程度の小集団に細分化し、各ユニットを独立採算で運営するという方式が取られました。このような「アメーバ型組織」へ一気に移行するのは、現実的には容易ではありません。
そのため、多くの企業にとっては、まず「ピラミッド型組織」から「フラット組織」へ移行し、段階的に変革を進めることが現実的なアプローチとなります。

フラット組織の本質
「フラット組織」は、単なる組織構造の話ではなく、職場の風土や文化に焦点を当てた考え方です。
真に難しいのは組織図を変えることではなく、そこで働く人々の考え方・意識・行動を変革することにあります。

5年後、自分が「何者になっているか」を意識する
これから新たに企業で働き始めるとき、最初の5年間はキャリア形成において極めて重要な時間となります。
1日8時間、年間245日働くと仮定すると、5年間で約9,800時間という膨大な時間を企業で過ごすことになります。
この時間を

  • 目的を持って積み重ねていく人
  • ただ漫然と過ごしてしまう人

この二者の間には、年数を重ねるほどに埋めがたい差が生まれることは容易に想像できます。
だからこそ、企業を選ぶときには

  • どのような場所で働くのか
  • どのような思考を持った人と働くのか

といった観点が非常に重要になります。
5年という時間の使い方、そしてその時間を共に過ごす「環境」と「仲間」の選択が、その後のキャリアや人生に大きな影響を与えるのです。

大切なのは「ワークライフバランス」ではなく「ライフコネクト」
これまで平成の時代では、「オンとオフを分ける」「仕事と生活のバランスをとる」といったワークライフバランスの考え方が主流でした。
しかし、今の時代は仕事と生活を切り離すのではなく、仕事が人生の一部として自然に結びつく「ライフコネクト(人生への接続)」の時代へと移り変わっています。
つまり、「将来の選択肢」と「自分の老い方(生き方)」は、いまの働き方や行動の積み重ねによって形づくられるということです。
企業や職場に求められているのは、

  • 仕事を単なる「労働の場」として捉えるのではなく、
  • 社員一人ひとりの人生に接続される場へと変えていくこと。

そして社員自身も、

  • 仕事を通じて得られる経験・人脈・学びなどの可能性を最大化し、
  • 自らの人生を豊かにデザインしていく姿勢

「ライフコネクト」とは、仕事と人生を対立させるのではなく、相互に活かし合う関係を築くという新しい価値観なのです。

まとめ
本書は、「関係密度」という視点を軸に、職場風土のあり方とその変革について記述しています。
テクノロジーの進化とともに、職場は多様性・多層性が飛躍的に高まりました。しかしその一方で、多くの職場では「本音を言えない」まま日々の業務に取り組む社員が少なくありません。
時代の移り変わりとともに市場環境は大きく変化しているにもかかわらず、上司と部下、社員同士の関係性は十分に変化していない――その停滞感が多くの現場で指摘されています。むしろ、関係性が後退しているように感じられるケースも見られます。
著者は、働くことを通じて「役に立っている実感」を持てる職場づくりを目指し、「職場風土プロジェクト」に取り組んできました。その過程で、まず「できそうなこと」を見つけ、小さな一歩から風土づくりを進めることが、職場を変える大きな力になると説いています

出典:
中村 英泰 (著)、田中 研之輔 (監修)(2022)「社員がやる気をなくす瞬間 間違いだらけの職場づくり」アスコム 

吉末直樹(つづく)