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3)WHYと期待をしっかり伝える
人的資本経営において、メンバーに仕事をアサイン(渡す)するときは、WHAT(何をするのか)やHOW(どのように進めるのか)だけでなく、WHY(なぜその仕事を行うのか)を伝えることが重要です。
WHYが明確になることで、仕事に向き合う動機づけが高まります。
WHYを伝える際には、次の3つの視点が有効です。
- ① キャリアプランの視点
その仕事が本人の将来像につながるものであると理解できるようにし、仕事を通じてキャリアのイメージが持てるよう支援します。 - ② 働く動機の視点
メンバー一人ひとりの働く動機の違いを尊重し、「どのような時に働きがい・やりがいを感じるか」を丁寧に聞くことで、価値観を把握し、適切な関わり方が見えてきます。 - ③ 強みの視点
本人の強みを伝え、その強みが仕事の中でどのように生きるかを示します。強みの発揮は、人的資本の観点だけでなく、自己効力感の向上にもつながります。
さらに、仕事を渡す際には「メンバーへの期待」を併せて伝えることが大切です。具体的には、「こういう人材になってほしい」「強みを活かすために、このようなマインドや能力を身につけてほしい」といった、定性的な期待をイメージとともに伝えると、本人の成長意欲を引き出しやすくなります。
4)ルールとセットで権限を移譲する
TMO(チーム経営責任者)に求められる人材育成のスキルとして重要なのは、権限をルールとセットで移譲することです。
任せ方のポイントは次の3つです。
- ① 渡す権限を明確にする
メンバーが自分の判断で行動できる範囲を明確に示すことが必要です。曖昧なままでは迷いが生じたり、逆に越権してしまうリスクがあります。 - ② リスクヘッジの仕組みを用意する
権限を移譲したからといって丸投げするのではなく、報告や相談のタイミングをあらかじめ設定しておく事が重要です。これにより、問題の早期発見や軌道修正が可能になります。 - ③ メンバーの視座を高める
「この仕事は、チーム(組織)の中でこういう意義がある」といった背景を伝え、メンバーがより上位の視点で物事を捉えられるよう促します。視座が上がることで、仕事の判断基準や主体性も高まります。
7.フラットで風通しの良いチームをつくる力 <チームビルディング力>
1)なぜチームビルディング力が必要なのか
現在のビジネスは、個人ではなくチームで遂行することが前提となっています。
ビジネスにおけるチームとは、共通の目標や目的を共有し、それを達成するために協働する人たちの集まりです。企業組織においてチームが機能するためには、共通目標が明確であること、そして一人ひとりのメンバーがその目標に納得し、賛同していることが重要なポイントとなります。
チームビルディングとは、柔軟性を保ちながら高いパフォーマンスを発揮できる組織を構築するための手法です。
エンゲージメントは、以下の2種類のものがあります。
- ① 従業員エンゲージメント
従業員と会社とのつながりの強さを示す概念で、従業員が会社を信頼し、愛着を持ち、貢献したいと感じている状態を指します。主に「組織」からの影響が大きいとされています。 - ② ワークエンゲージメント
従業員が自らの仕事の役割や意義を理解し、活力や熱意を持って仕事に没頭している状態です。
こちらは「職場環境」からの影響が比較的大きいとされます。
2)ナラティブにビジョンを語る
チームビルディングにおいて重要なのは、上位方針をそのまま伝える「伝書鳩」に甘んじるのではなく、自らチームのビジョンを設定し、ナラティブ(語り)として伝える力です。
事業環境が激しく変化する現代では、ビジネスモデルの見直しや、それに伴う組織改編が高い頻度で求められています。その結果、上位方針はビジョンやパーパスといった抽象度の高い表現が増えています。
チームビルディングの第一歩は、TMOが上位方針を自分自身が腹落ちするまで噛み砕き、チームとしてのビジョンに落とし込むことです。
これまで優秀な中間管理職には、分析力が高く、論理的で筋道を立てた思考を得意とする、いわゆる「左脳型」の人材が多く見られました。
しかし、人的資本経営が重視される現在のマネジメントにおいては、「右脳型」の要素が欠かせません。右脳型は感性が豊かで、感覚的・総合的な判断に優れるとされます。人は論理や理屈だけでは動かず、感情に大きく左右される存在です。その感情に働きかける鍵となるのが「ストーリー」や「ナラティブ」です。一般に、「ストーリー」は外形的・客観的な視点が強く、「ナラティブ」は経験に基づく主観的な要素が強いとされます。
チームビルディングのためのビジョン設定では、メンバーが頭の中で具体的な情景を思い浮かべられることが重要です。そのためには、自らの体験をベースに語ること、そして感情的に話すのではなく、感情を表す言葉を適切に織り込むことが求められます。
3)キックオフで参画意識を高める
TMOに求められるチームビルディングのスキルの一つが、キックオフの場で全メンバーが参加できる機会を設けることです。メンバーの主体性を引き出すためには、参画意識を高めることが不可欠です。「自分たちの方針である」という意識を持てたとき、行動は受動的なものから主体的なものへと変わります。
上位方針として与えられた数値目標自体は変更できませんが、「チームとして大切にする価値観」「皆で挑戦する課題」を付け加えることは可能です。これにより、目標が自分事として捉えられるようになります。
4)対話でメンバーの自己肯定感を高める
チームビルディングにおいては、あらゆるコミュニケーションの場面で性急に合意を求めるのではなく、対話を重視する姿勢が重要です。対話を通じて互いの違いを認め合い、尊重することが、信頼関係の土台を築きます。
「対話」とは、意見を一致させることを目的とするものではなく、それぞれの違いを違いとして受け止め、尊重するコミュニケーションです。自分の特徴や異なる意見を尊重されることで、相手との関係性は深まり、心理的安全性も高まります。また、こうした「違い」は、その人自身の強みである可能性が高く、強みを発掘する上でも極めて重要な要素となります。
5)オープンで心理的安全性の高いカルチャーをつくる
組織開発とは、上司と部下、社員同士といった組織内の人間関係に焦点を当て、その変化や相互作用を通じて組織を活性化し、成長につなげていくさまざまな取り組みを指します。
「心理的安全性」は、組織行動学者エイミー・エドモンソンが提唱した概念であり、「チームの他のメンバーが、自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義されています。
グーグルの社内調査では、心理的安全性の高いチームは、離職率が低く、多様なアイデアを効果的に活用でき、収益性が高く、評価も有意に高い傾向があることが示されました。この結果を受け、「心理的安全性」は組織開発における重要な手法として注目されるようになりました。
TMOは、メンバーの力を借りながら、メンバー自身がチームを主体的に引っ張っていく状態をつくることを目指します。そのためには、会社の方針だけでなく、チームの現状や課題についても、可能な限り情報をオープンに共有し、信頼関係を築くことが重要です。
さらに、TMO自身が「どのようなチームを目指すのか」を明確に示すことで、メンバーは安心して意見を述べ、挑戦できるようになり、オープンで心理的安全性の高いカルチャーが育まれていきます。
8.人材を自らも獲得してくる力 <人材獲得力>
1)「採用」ではなく「獲得」する
人的資本を活かすリーダーは、社内に限らず戦略的に外部の人材も巻き込みながらチームをつくっていきます。これは、多数の候補者の中から人を選ぶ「採用」とは異なり、明確な狙いを持って人材を迎え入れる「獲得」という考え方です。
人的資本経営においては、「獲得」という言葉が持つ「簡単には手に入らないものを、意図と努力をもって手に入れる」というニュアンスが重要です。
そのためには、あらかじめ必要な人材像(求める能力・経験・価値観)を明確にし、日頃からスカウティングを行いながら、機会があれば積極的に声をかけ、獲得につなげていきます。
2)人材獲得を「自分ごと」にする
TMOは、「人材は人事が獲得してくれるもの」という意識を改め、自らが人材獲得の先頭に立つ姿勢が求められます。公募型の人事異動制度を導入する場合には、他部署のメンバーから「この部門を経験してみたい」「あの上司と一緒に仕事がしたい」と思われる存在であることが重要です。
また、人材獲得と同時に重要なのが人材の定着です。チームメンバー一人ひとりの強みやスキルを理解し、その人が自分のチームでどのようにキャリア資本を磨けるのかを示し、成長を支援していくことが、結果的に人材の流出を防ぎ、魅力あるチームづくりにつながります。
3)必要な人的資本を定義する
人材獲得にあたっては、自部門において現在および将来に必要となる人材像を、TMO自身の言葉で定義しておくことが不可欠です。求める人材を曖昧なままにしていては、戦略的な獲得はできません。
また、外部から人材を獲得する前に、
- ①現メンバーの育成によって対応できないか
- ②他部署や外部パートナーとの協業で補えないか
といった選択肢を検討することも重要です。人材獲得は「採ること」そのものが目的ではなく、必要な人的資本をどう確保するかという経営視点で考える必要があります。
4)チームの魅力を自分の言葉で語る
社内外から新たな人材を獲得するためには、自らがリーダーを務めるチームの魅力を、分かりやすく自分の言葉で伝える力が求められます。
特に社内人材に対しては、「このチームで何を実現したいのか」「メンバーにどのように成長してほしいのか」
といったメッセージそのものが、チームの魅力であり強みとなります。
こうした想いが明確に語られているチームには、人が集まり、結果として人材獲得力の高い組織が形成されていきます。
9.新メンバーの加入でチームを活性化する <オンボーディング力>
1)「組織社会化」から「オンボーディング」へ
これまで新メンバーの受け入れは、必要な能力・知識・ルール・価値観を身につけ、既存の組織に適応していくプロセスとして捉えられてきました。これは「組織社会化」と呼ばれる考え方です。
一方、人的資本経営におけるオンボーディングでは、新メンバーを組織に適応させるだけでなく、受け入れる側も新メンバーの強みを活かしながら、より良いチームへと進化させていくという意識が求められます。オンボーディングとは、新メンバーの加入を契機に、チームそのものを活性化させる取り組みなのです。
2)獲得理由を周知する
オンボーディングにおいてTMOに求められる重要な役割の一つが、新メンバーを獲得した理由と、そこに込めた期待を明確に伝えることです。あわせて、新メンバーに担ってもらう役割を具体的に示します。
これにより、既存メンバーは「なぜこの人がチームに加わったのか」を理解でき、新メンバーに対する協力や支援が生まれやすくなります。また、新メンバー自身も「自分に何が期待されているのか」を理解できるため、安心してチームに溶け込むきっかけとなります。
3)チームカルチャーを伝え、アンラーニングを促す
中途採用のメンバーに対しては、「何となくなじんでくれればよい」と考えるのではなく、チームのカルチャーを意識的に伝え、アンラーニングを促すことが重要です。
TMOとしては、「前の職場とは違うかもしれないが、私たちのチームではこういう考え方で、こう行動している」というメッセージを、押し付けにならない形で、日常のコミュニケーションの中でさりげなく伝えていきます。この積み重ねが、新メンバーの行動変容を促し、チームカルチャーへの理解と定着につながっていきます。
4)新メンバーの加入でチームそのものをアップデートする
新メンバーの加入は、チームの目標やビジョン、行動目標を見直し、アップデートする絶好の機会となります。
その背景には、主に次の3つの効果があります。
- ① 原点回帰効果
新メンバーを迎えることで、「自分たちの仕事は何のために行っているのか」という原点を、既存メンバーがあらためて考え直す機会となります。 - ② 共通目標効果
新メンバーのオンボーディングに関する目標をチーム全体で共有することで、一体感が生まれ、メンバーの帰属意識が高まります。 - ③ 風通し効果
新たな役割の設定やコミュニケーション機会の増加により、チームの風通しが良くなり、相互支援や貢献実感が高まります。
10.経営・戦略・チームの状況をスピーディーに把握する <全体俯瞰力>
1)企業が人的資本に注目する理由
中間管理職は、これまで主に自部門のマネジメントを担い、必ずしも強い経営視点を求められる立場ではありませんでした。しかし、事業環境が急速に変化する現在においては、各部署の管理職にも組織全体を見渡す「全体俯瞰力」が求められています。
こうした背景のもと、企業が人的資本に注目する理由として、主に次の4点が挙げられます。
- ① 後継者育成
役員などのキーポジションを担う人材について、将来を見据え、どのように後継者を育成していくかが重要な課題となっています。 - ② 新たなビジネスモデル創出に向けた人材の獲得・育成
新規事業やビジネスモデルを生み出すために必要な人材を、計画的に獲得・育成していく必要があります。 - ③ 人材不足環境下での組織づくり
人材不足が進む中、社員のエンゲージメントを高め、離職率を低下させる組織づくりが求められています。 - ④ コア・コンピタンスの確立
競争優位の源泉となるコア・コンピタンスを明確にし、「起業家精神に富む風土」など、自社ならではのカルチャーを確固たるものにしていくことが重要です。
2)組織の方針を咀嚼する
上位方針には、それが策定された背景やプロセスがあり、そこには経営トップの想いが込められています。
TMOは、現場の状況や課題、メンバーの顔ぶれなどを踏まえ、チームのリーダーとして上位方針を咀嚼し、自分の言葉で伝えることが求められます。
単に方針を伝達するのではなく、「なぜこの方針なのか」「チームとして何を意識すべきなのか」を翻訳して伝えることで、メンバーの納得感と行動につながります。
3)データに基づき仮説を立てる
チームや組織の状況を、感覚や印象だけで捉えるのではなく、データに基づいて仮説を立てる姿勢が重要です。データを有効に活用するためには、次の4つのポイントがあります。
- ① データは可視化ツールであると認識する
サーベイ結果などのデータは、現状を可視化する為の手段です。分析して終わりにするのではなく、アクションにつなげることが本来の使い方です。 - ② 自チームの目指す姿を意識して読み取る
データを見る際には、単なる数値の上下ではなく、「自分たちが目指す状態と比べてどうか」という視点を持つことが重要です。 - ③ データと日常の観察を結びつける
数値だけに頼るのではなく、日頃チームを観察して感じていることとデータを結びつけることで、理解が深まります。 - ④ 仮説を立て、対話につなげる
データから仮説を立て、その仮説をもとにメンバーと対話を行うことで、課題の本質に近づく事ができます。
11.まとめ
「人的資本経営」は、これからの企業経営やチーム・マネジメントのカギを握る考え方として、大きな注目を集めています。本書では、活躍が期待されるTMOに求められる「チーム経営力」を、7つの能力に分解して解説してきました。
一人ひとりが働きがいを持って仕事に取り組むためには、TMOを含む管理職に過度に依存しない、自律的な組織の実現が理想とされます。本書で述べてきたTMOの役割は、その理想に至るまでの重要な通過点として位置づけられています。
その実現に向けて鍵となるのが、情報をどこまでオープンにできるかという姿勢です。メンバー自身が、TMOに求められる能力や役割を理解し、より上位の視座を持つことで、組織全体の視野は大きく広がります。
こうした視座を備えることで、メンバーは自律的に行動し、メンバー同士が良い状態をつくり出し、結果として自律的な組織が育まれていきます。本書は、その第一歩を踏み出すための指針として執筆されました。
出典:
上林 周平 (著、編集)、 田中 研之輔 (監修)(2022) 「人的資本の活かしかた」 アスコム
吉末直樹(つづく)
