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1.はじめに
本書の著者は、法政大学教授の田中研之輔氏です。田中教授は、米国での在外研究を終えて法政大学に着任してから3年ほど経った頃、目の前の業務には真摯に取り組んでいるものの、その先のキャリアが見えず、「このままでよいのだろうか」と悩む時期を経験されたといいます。
日々の仕事に向き合っていても、将来像が描けないと、どこか停滞感が残り、心も十分には満たされません。そこで突破口を求め、キャリア開発に関するさまざまな文献を読み進める中で出会ったのが、「プロティアン・キャリア(一般社団法人プロティアン・キャリア協会 公式サイト)」という考え方でした。
「プロティアン・キャリア」とは、個人と組織の関係性をより良いものに保ちながら、環境や社会の変化に柔軟に対応し、主体的にキャリアを築いていくという考え方です。
本書は、この「プロティアン・キャリア」を軸に、キャリアに悩む状態から一歩踏み出すための実践的なトレーニング――いわば「キャリア・ワークアウト」を紹介する一冊です。構成は、読者の問いに答える形で進んでいき、自分自身と向き合いながら読み進められる内容となっています。
2.「組織依存」からの脱却
1)質問1:「プロティアン・キャリア」とは何でしょうか?
「プロティアン・キャリア」とは、自分自身の軸を持ちながら、環境や社会の変化に柔軟に適応し、自分らしいキャリアを主体的に形成していく考え方です。個人と組織の関係性をより良いものに保ちながら、自らの意思でキャリアを築いていく点に特徴があります。
この「プロティアン・キャリア」を形成するうえで欠かせない要素が、「アイデンティティ(自分の軸)」と「アダプタビリティ(変化適応力)」の二つです。
「アイデンティティ」とは、「自分は何者なのか」という問いへの答えであり、自分らしい価値観や働き方を指します。重要なのは、個人としてのアイデンティティを確立するだけでなく、それが市場や組織からも求められる形になっていることです。
一方、「アダプタビリティ」とは、組織や環境、社会の変化に対応して自分自身をアップデートしていく力を意味します。外部環境の変化を受け止めながら、自分らしいキャリアを築こうとする意欲そのものと言えるでしょう。
ITの進歩やAIの台頭、新型コロナウイルスの流行などにより、現代社会は急速かつ大きく変化しています。こうした時代においては、自分の欲求や価値観、能力を正しく理解したうえで、社会の変化に応じて仕事を選択し、必要なスキルを身につけていくことが求められます。
従来のやり方に固執し、自らを変えないことに安心感を覚えていると、やがて時代から取り残され、市場や社会の構造的な変化に飲み込まれてしまうのです。
2)質問2:キャリアの行き詰まりや停滞感を解消する方法はありますか?
キャリア形成が思うように進まず、行き詰まりや停滞感を覚える状態は「キャリアプラトー」と呼ばれます。このキャリアプラトーに陥る主な要因は、大きく分けて次の3つがあります。
① 業務の作業化・マンネリ化
仕事に慣れ、同じ業務を繰り返すようになると、ある瞬間に「このままでいいのだろうか」と不安を感じることがあります。業務が作業化・マンネリ化することで、仕事を通じた成長実感が得られにくくなるためです。
この状態から抜け出すには、自分の意志で「労働生産性を最大化」する視点を持つことが有効です。慣れた業務をどこまで効率化できるか、あるいは同じ時間でどれだけ質の高いアウトプットを出せるかに挑戦することで、ビジネススキルを磨き、マンネリ化からの脱却を図ることができます。
② 他職種・他組織への羨望
他部署で活躍する同僚や、別の会社で成長している友人、同世代で成功している著名人の話を聞き、モヤモヤした気持ちを抱くことも少なくありません。
そのような場合は、「越境体験」を意識してみましょう。他職種や他組織への羨望を原動力に変え、自ら行動を起こすことが重要です。副業への挑戦や、社会人インターンシップへの参加など、今いる環境を一歩離れ、自分の意志で学び、新たな挑戦をすることで、キャリアの停滞感を打破することができます。
③ 昇進・昇格の硬直化
経験を積んだからといって、誰もが昇進したり望むポジションに就けるわけではありません。組織で長く働くほど、昇進や地位の向上が働く目的になり、それが叶わないことで大きな挫折感を抱くこともあります。
この状況から抜け出すためには、キャリアに対する価値観の転換が必要です。キャリアは組織に預けるものではなく、自分自身で築いていくものだと捉え直し、主体的に意思決定し行動していくことが求められます。
「プロティアン・キャリア」は、自分らしさを明確にし、変化に適応する力を養うことで、こうしたキャリアの行き詰まりや停滞感を乗り越えるための有効な考え方と言えるでしょう。
3)質問3:組織依存から抜け出すためには、どうすればよいでしょうか?
昇進・昇格を目指して組織の中で努力してきた経験は、決して無駄にはなりません。キャリアの壁にぶつかったときこそ、自己否定に陥らないことが大切です。これまで積み重ねてきた人生経験や仕事の経験は、すべて自分の財産です。
キャリアに行き詰まりを感じた際には、原因を過度に追究して自分を責めるのではなく、「これからどうするか」という視点に立つことが重要です。過去ではなく未来に目を向け、「未来志向」「解決思考」で戦略を立てていきましょう。
① 抜け出すための方法
やり方
まず、現在直面しているキャリア上の課題を箇条書きで書き出します。
キャリアの停滞を感じるきっかけとなった出来事や、何が問題となって行き詰まっているのかなど、自分のキャリアにとって「ブレーキ」になっている要因を明確にします。
次に、その「ブレーキ」に対して、どのような行動を取れば気持ちが前向きになるのかを考えます。そして、今の状況から抜け出すための「アクセル」となる具体的な行動を書き出します。
効果
「プロティアン・キャリア」の基本姿勢は、「悩むより考える、考えるより行動する」です。行動に移すことで、新たな選択肢や可能性が見えてきます。
まずは視点を「未来」に向け、小さくてもよいので「行動」に移すことを習慣化していきましょう。
4)質問4:「プロティアン・キャリア」を実践するなら転職した方がよいですか
転職は、自分が納得して働くための一つの手段にすぎません。「転職=プロティアン・キャリア」ではありません。
大切なのは、世間や他人の価値観に合わせるのではなく、自分自身の気持ちを軸にキャリアを考えることです。
つまり、拠りどころとなるのは「自分の納得感」しかないのです。
会社という組織は、キャリアに関するさまざまな「資本」の宝庫です。ここでいう資本とは、会社で働くことによって得られるスキルやネットワークを指します。
- 自分が成長するために必要なスキルや人間関係を、今の会社で築ける余地はあるか
- 今の会社で得られる資本を、最大限に獲得・活用しきったか
この2点が、転職を考える際の重要な判断軸になります。
① 転職の4つのパターン
- 同業種・同職種への転職
目標を明確にしないまま転職すると、「せっかく転職したのに、想像したような変化が起きなかった」という事態に陥り、結果として転職を繰り返してしまう可能性があります。 - 同業種・異職種への転職
業界特有の知識は活かせますが、新しい職種に必要な専門知識やスキルは、転職後に改めて身につける必要があります。 - 異業種・同職種への転職
職種は変えず、異なる業界に挑戦するパターンです。新しい業界の知識や文化を学ぶ必要がありますが、これまで培ってきたスキルや同職種のネットワークを活かしながら、専門性をさらに深めることができます。 - 異業種・異職種への転職
これまでの経験を直接転用できないため、知識やスキルをゼロから獲得する必要があります。最初は苦労しますが、乗り越えることができれば、知識・スキル・人間関係が大きく広がり、変化適応力も鍛えられます。
② 転職するかどうかを見極める方法
やり方
- 今の会社で得られる「資本(スキル・ネットワーク)」を、最大限に獲得・活用しきったかを考える
- 活用しきったと感じる場合は、転職によって新たにどんな資本を得たいのかを明確にする。
- まだ活用しきっていない場合は、今の会社でどんな資本を獲得するのかを具体的に考える。
効果
「自分の成長につながるかどうか」という長期的な視点でキャリアを捉え、冷静かつ客観的に検討できるようになります。
5)質問5:35歳までに一度くらい転職した方がよいでしょうか?
私たちは日常のさまざまな場面で「年齢」を判断基準にしがちです。ビジネスの場でも、初対面で「おいくつですか」と年齢を確認し合うことは少なくありません。しかし、この質問を耳にするたびに、「年齢そのものをキャリアのブレーキにしてしまっているのではないか」と感じます。
日本社会は、海外と比較して同質性が高く、年齢が判断軸として用いられやすい傾向があります。その結果、「〇歳までに〇〇すべき」という固定観念が、キャリア選択を狭めてしまうことがあります。
人生100年時代のキャリア戦略を論じた書籍『LIFE SHIFT 2』において、リンダ・グラットン教授は、年齢に関する興味深い視点を提示しています。教授は、「時間」と「年齢」を単純に結びつける考え方を見直し、年齢をより柔軟で順応性の高い概念として捉える必要があると指摘しています。
具体的には、年齢には以下の4つの側面があるとされています。
- 暦年齢:生まれてから現在までの年数
- 生物学的年齢:身体的・健康的な若さを基準とした年齢
- 社会的年齢:組織や社会の制度・役割によって規定される年齢
- 主観的年齢:自分自身が「何歳だと感じているか」という認識
これからのキャリア形成において、特に重要になるのは「主観的年齢」です。個人のキャリアにおいて、生まれてからの年数を示す「暦年齢」そのものは、本質的な指標ではありません。むしろ、自分自身が年齢をどう捉え、どのように向き合っていくかが問われます。
年齢に対する無意識の偏見によって、キャリアにブレーキをかける必要はありません。大切なのは年齢ではなく、日々の行動と学びの積み重ねです。その積み重ねこそが、明日の自分のキャリアを形づくっていくのです。
6)質問6:「会社員であっても会社に依存しないキャリア」とは何ですか?
この問いを理解するためには、時代の変化を踏まえたうえで、「組織」と「個人」の関係性がどのように変わってきたのかを整理する必要があります。ここでは、「伝統的キャリア」と「プロティアン・キャリア」を比較しながら、その違いを見ていきます。
「伝統的キャリア」とは
キャリア開発の視点から見ると、「伝統的キャリア」は組織内キャリアと捉えることができます。このモデルでは、キャリアを築く主体は個人ではなく組織です。
個人は組織にキャリアを預け、組織の方針や人事制度に沿って配置・育成・評価されていきます。
組織に属する個人は、組織の目標にコミットし、成果を上げることで昇進・昇格を果たします。上司や同僚からの評価、組織内での地位や役割が「働くよりどころ」となり、組織の中で生き残るために、社内の変化に適応していくことが求められます。このモデルでは、キャリアの安定性は組織への依存度と強く結びついています。
「プロティアン・キャリア」とは
一方、「プロティアン・キャリア」では、キャリアを築く主体は組織ではなく個人です。キャリアは、組織が管理するものではなく、自分自身の成長や充足を目的として主体的に創り上げていくものと考えます。
個人は一つの組織にとどまることを前提とせず、転職・副業・独立などを通じて、組織の内外を自由に行き来しながらキャリアを形成していきます。これは直線的ではなく、経験を重ねながら発展していく螺旋的なキャリアモデルです。
キャリア開発の観点からは、「プロティアン・キャリア」は自律的キャリアと言い換えることができます。会社員であっても、会社に依存するのではなく、自分自身の成長を軸に働くことが特徴です。キャリアのオーナーは常に「個人」にあります。
また、プロティアン・キャリアでは、社会的な地位や肩書きによる成功・失敗ではなく、自分の目標を達成できたかどうかという「心理的成功」が重視されます。
自分を尊敬できるかという「自尊心」を働くよりどころとし、所属する組織だけでなく市場からも求められる人材であることを意識しながら、社会の変化に適応していきます。
つまり、「会社員であっても会社に依存しないキャリア」とは、
- 組織に所属しながらも
- キャリアの主導権は自分が握り
- 成長・学習・価値提供の軸を組織の外にも持つ
という働き方です。
会社は「キャリアを預ける場所」ではなく、「自分のキャリア資本を高める場の一つ」として位置づけられます。
以上
出典:
田中研之輔氏(2022) 「キャリアの悩みを解決する13のシンプルな方法 キャリア・ワークアウト」 日経BP
吉末直樹(つづく)
