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ISO 9001 有効活用のためのビジネス改善ツール(第31回)

平林良人「ISO 9001 有効活用のためのビジネス改善ツール」(2005年)アーカイブ 第31回

第2章 日本式品質管理(日本式TQC)の主要概念、手法

2.1 歴史

第二次世界大戦後、日本の産業界はゼロからの出発を余儀なくされた。飲まず食わずの戦後の時代にあって、エネルギー源のない日本の生きる道は加工貿易しかないと喝破し、工業製品の量産化とそれに伴う製品品質の向上が日本の生命線であるとして、官民一体になって産業復興を強く推進した。

アメリカによる占領下、すべてのものがアメリカから導入されるのは自然の成り行きであったが、品質管理も1950年頃から組織的に紹介されるようになった。アメリカでは20世紀の初頭、内燃機関の発明等に端を発した大量生産の時代を迎え、種々の工業製品が新しい思想に基づく生産方式、すなわち近代生産方式に切り替わった。当然製品の品質管理についても、これらの近代生産方式に適した新しい思想が必要であった。これに適格な方向性を示したのが、アメリカのベル研究所のシューハート(W.A.Shewhart)であった。1931年シューハートは、SQC(Statistical Quality Control)という名で今日に知られる、数理統計学を応用した品質管理を提唱した(著書:工業製品品質の経済的管理;Economic Control of Quality of Manufactured Products)。

彼の発想は、大量生産も自然界と同じように「ばらつき」の世界にあり、コントロールの仕方で「ばらつき」の分布が異なるというものであった。製造工程からデータを抽出して、ある一定以上の数のデータを分析すれば、該当する工程がコントロールされた状態にあるのか、コントロールされない状態にあるのかが分かるというものである。シューハートの「管理図」は1930年代以降アメリカの品質管理に広く応用され、特にASME(American Society for mechanical Engineers)、ASTM(American Society for Testing of Materials)両組織はSQCの普及に力を入れた。1930年代には、ベル研究所のダッジとロミッグ(H.F.Dodge and H.F.Romig)が、抜取検査方式を確率論から導き出している。1940年代になるとアメリカでは軍がSQCの標準化を進め、アメリカ軍規格Z1.1~Z1.3等を制定した。Z1.1はGuide for Quality Control :1941であり 、 Z1.2、Z1.3は Control Chart Method に関するものである。

2.2 日本式TQCの誕生

1950年代日本には、アメリカにおいて第二次世界大戦中に大きな成果を上げたといわれるSQCが導入され、しだいに産業界で成果を上げるようになった。その一つのきっかけは、1950年のデミング(W.E.Deming)博士の来日だといわれている。デミングは1947年と1950年にGHQ(占領軍総本部)の統計調査のコンサルタントとして来日したが、1950年の来日の節、日科技連はデミングを招聘してSQCに関する8日間の講習会を開催した。デミングは、我が国の産業界にPDCAの使い方、管理図、サンプリング等を中心としたSQCを教えた。この講義は大きな反響を呼び、翌1951年にはデミングの芳志による印税を基金に、同博士の業績と友情を長く記念し、わが国の品質管理の発展に資する目的で、(財)日本科学技術連盟(日科技連)がデミング賞を創設した。

これ以降、統計的手法に基づく品質管理が各種企業に紹介され、またPDCA(管理のサイクル)の概念を含めた総合的な品質管理のカリキュラムが開発され、大学の正規の授業でも教えられるようになった。1954年には、今度はジュラン(J.M.Juran)博士が来日し、技術者を中心としたSQCだけでは限界があるとして、マネジメントのツールとしての品質管理の実施法を日本の産業界に講義している。

デミング賞は、品質管理手法を用いて顕著な経営改善を達成した企業を表彰するものであったため、各企業はSQCに留まらず更に多彩な経営改善手法に工夫を凝らすようになっていった。1960年当時の日本の品質管理の状況は次のように総括できる。
① 企業では、トップマネジメント(会長、社長)から現場の作業者に至るまで、各職位に応じて品質管理の意味をよく理解し、品質の維持と改善を通じて企業経営の水準を向上する努力が行われるようになった。
② 1960年頃より次第に日本の産業界にとって大きな課題となってきた貿易自由化論が台頭し、このために、これに関連を有する自動車、機械及び電気工業会においては、外国製品に対する競争力のある安くてよい品質の製品を生み出す企業体質を身につける必要が焦眉の急となってきた。このために、品質管理を積極的に導入することは当然のこととなった。
③ 日本のQCサークル活動が盛んとなり、1962年にQCサークル事務局が設立された。

このように、1960年代には各企業においてトップの明確な方針のもと、各部門がその垣根を越えて全社的に品質管理活動を実施するようになっていったが、これらの活動はTQC(Total Quality Control)と総称されるようになった。このTQCという用語はGEの品質管理部長であったファイゲンバウム(A.V.Feigenbaum)が、1961年にその著書「TQCの概念化:総合的品質管理 ; Total Quality Control」で初めて使ったものであるとされている。
ファイゲンバウムによれば、TQCとは、
「顧客に十分満足してもらえるかぎりにおいて、最も経済的に品質水準の製品を生産し販売していくために、組織内のいろいろなグループが払う品質開発、品質維持、品質改良の努力を1本にまとめる効果的なシステムである。」