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ISO 9004:2018 持続する成功を達成するための指針 その1

 ISO 9004:2009は2018年4月に改正されました。ISO 9001:2015の改正と比較して余り話題になりませんでしたが、組織が継続して社会から信頼を得ることに関して、いろいろと役に立つガイド規格であると思います。昨今の製造業を中心とする品質問題の噴出にも一定の効用をもたらす内容であると思います。JIS化も検討されていますので、継続して情報入手をされることをお勧めします。
ISO 9004:2018は、ISO 9001:2015が発行された後に規格開発が着手されましたので、発行時期が今年になってしまいましたが、ISO 9001との整合性には留意をしています。
2000年頃までは、9001と9004はペアー規格と呼ばれ、箇条ごと対比できる形で規格開発がすすめられましたが、それ以降は厳密に対比できる形での開発はされなくなりました。

 9004:2018の序文には次のように書かれています。「JIS Q 9001:2015は,組織の製品及びサービスへ信頼を与えることに重点を置いているが,この規格は,組織の持続的成功を達成する能力へ信頼を与えることに重点を置いている。」
そもそもISO 9004という規格は何を狙いとして発行されてきたのでしょうか。ISOのマネジメント規格には、Type AとType Bの2種類があります。Type Aは要求事項が書かれている規格で現在30余あります。Type Bは組織に推奨する位置づけで書かれたガイド規格で60~70位あります。ISO 9004は品質マネジメントについてのガイド規格の一つです。ISO 9004:2018 の序文には次のように狙いが書かれています。「この規格は,JIS Q 9000:2015で記載されている品質マネジメントの原則を参照しながら,組織が,複雑で,過酷な,刻々と変化する環境の中で,持続的成功を達成するための手引を提供している。」

 ここからは旧規格ISO 9004:2009との違いについて説明をします。2009年から10年経った中での、改正された規格の狙いはどこにあるのかを序文から読み解いてみたいと思います。「組織の成功に影響を及ぼす要因は長年の間、断続的に出現,進展,増大又は減少し,こうした変化への適応が持続的成功にとって重要である。例えば効率,品質,迅速性などこれまでに検討されていたであろうものに加えて,社会的責任,環境要因及び文化的要因が挙げられる。こうした要因をとりまとめることが,組織の状況の一部となる。」ここ10年、世界のいろいろな組織は、企業の社会的責任について指針、ガイドなどを出しています。
3年前には国連からSDGsが出されています。SDGs(Sustainable Development Goals)については、別の機会に紹介したいと思いますが、国連の主導するSDGsの17の目標とISO規格との関連をISOは詳細に発表しています。

 ISO 9004の特徴は、ISO 9001が製品・サービスの品質保証、品質管理にフォーカスしているのに対して、組織の品質経営に言及しているところにあります。組織が持続的に成功するには、トップをはじめ管理者の学習、リーダーシップが重要であり、トップ層のエンジンの強さが組織の改善及び革新の達成をもたらし,持続的成功に導くとしています。また、巻末には組織が自己評価するために評価事項一覧が掲載されています。この自己評価ツールは、9004の概念をどの程度理解し、導入しているかをレビューするために役立ちます。

 ISO 9004:2018規格の構造(目次)は次の通りです。

  • 箇条1. 適用範囲
    • この規格は,組織が持続的成功を達成する能力を高めるための手引を提供している。この規格は, JIS Q 9000:2015で示される品質マネジメントの原則と整合している。
  • 箇条2. 引用規格
  • 箇条3. 用語及び定義
  • 箇条4. 組織の品質と持続的成功
  • 箇条5. 組織の状況
  • 箇条6. 組織の個性(identity)
  • 箇条7. リーダーシップ
  • 箇条8. プロセスマネジメント
  • 箇条9. リソースマネジメント
  • 箇条10. 組織のパフォーマンスの分析と評価
  • 箇条11. 改善、学習、改革
  • 自己評価ツール

 この箇条の原文では、”quality of organization”と言う英語が使われています。qualityは、「製品・サービスの品質を意味する」と言われてきましたが、組織にもquality(質)という概念は当然あるわけです。他の使用例としては、「quality of life 人生の質」などがあります。人生とか組織とかは製品ではないので、“品”は取って“質”と訳すのがよいかと思います。

 さて、箇条4ではこの組織の質が持続的成功のカギであると言っていますが、そのカギが何かは書かれていません。それは組織が決めることです、と説明しています。ただ、要素の一つとして利害関係者への対応が上げられており、直接の顧客にとどまらず、それを超えて広く利害関係者を捉えることがよいとされています。

 箇条5は「組織の状況」というタイトルで、持続的成功を達成するための組織の能力について触れています。組織の状況の意味するところは、組織の能力に影響を及ぼす経営環境の変化です。利害関係者のニーズと期待を考慮することは重要ですが、個々の利害関係者のニーズと期待は異なりますので、整合を取ることが必要です。また、利害関係者のニーズ及び期待は対立したり、整合したりあるいは急速に変化する可能性があります。

 そのような変化を含んで長期にわたり利害関係者のニーズ及び期待を一貫して満たすには、短期的及び中期的目標を持ち持続的成功を達成する長期的戦略を構築することが必要です。また、組織は外部及び内部の課題が明確にして、組織の持続的成功へのリスクを減少させ、又は持続的成功を強化する機会をもたらす活動をする必要があります。

 組織の個性の原文は、“identity of organization”です。ここでは“identity”を上記タイトルのように「個性」と訳しましたが、辞書を見ると「正体、素性、身元、同一」などの日本語が並んでいます。組織の個性は、ミッション、ビジョン、価値観、文化に基づいてその性格が決まります。ミッション、ビジョン、価値観、文化は相互に依存しており、それらはダイナミック(動的)なものと理解することが望ましいとしています。

 ここでは“culture”という英語も使われています。culture(文化)は次のものから醸成されると説明しています。

  • beliefs : 信念
  • history : 歴史
  • ethics : 倫理
  • behavior : 行動
  • attitudes : 態度

トップマネジメントは,経営環境の変化に応じて、ミッション,ビジョン,価値基準及び文化を見直すことが望ましいとしています。持続的成功を達成する組織の能力にこの見直しは影響を及ぼす可能性があります。

 箇条7リーダーシップは次の4つの細分箇条に分かれています。

  • 一般
  • 方針及び戦略
  • 目標
  • コミュニケーション

当然のこととして、持続的成功を達成するにはトップのリーダーシップが必須です。
ISO 9004:2018に特徴的なことは、CSRのような社会的責任(SDGsを含む)、就業生活の質、顧客体験価値などにポイントを置いているところです。

 トップマネジメントの戦略について次のように書かれています。
「トップマネジメントは,例えばコンプライアンス(compliance),品質,環境,エネルギー,雇用(employment),労働安全衛生,就業生活の質(quality of work life),革新(innovation),セキュリティ(security),プライバシー(privacy),データ保護(data protection)及び顧客体験(customer experience)などの側面に対処することが望ましい。」
ここに、顧客体験(customer experience):カスタマーエクスペリエンスという聞きなれない言葉が出てきます。”customer experience value”とも言われ、顧客は商品・サービスの利用において、さまざまな「体験」を価値とし認識するとしています。これは、VOC(Voice of Customer)よりもさらに進んだ、顧客満足を向上させる戦略をいいます。顧客は、単に商品・サービスを購入するだけでは満足しない、いまや店舗の雰囲気、販売員の対応、ブランド商品を試着する、最高アイテムを身につける喜びなどの体験を通じてその企業の価値を感じとります。カスタマーエクスペリエンスこそが競合他社との差別化要因になるという戦略です。VOCは顧客の生の声を聞いて一定水準の企業価値を目指す活動ですが、カスタマーエクスペリエンスは「顧客の期待を上回る満足度」を提供する戦略です。

 箇条8はプロセスマネジメントについてガイドしています。
ISO 9001:2015では、プロセスアプローチという用語を使用していますが、9004:2018では「プロセスマネジメント」という用語を使用しています。プロセスアプローチよりも広い概念であると思います。
ISO 9004:2018では、外部から提供されるプロセス(外部委託)を含むすべてのプロセスを、組織の目的とプロセスの様々な目的との間のバランスを最適化して、運用管理することをプロセスマネジメント(プロセスの運用管理)と呼んでいます。
プロセスは、組織の中にネットワークとしてつながって価値を伝達しています。そのプロセスは、ネットワークを通じて有機的なシステムとして機能している場合に、より効果的、効率的に組織の目標達成に貢献します。また、プロセスはそれぞれの組織に固有のものであるので,組織ごとに製品、組織構造、規模などに応じてプロセス内の活動の諸要素を決定しなければなりません。

 組織は、目的とする利害関係者のニーズ及び期待を満たしたアウトプットを提供するために、必要なプロセスを決定する必要があります。決定すべきプロセスは、次のような分野・領域に渡ることが推奨されています。

  • a) 製品・サービスに関する運用
  • b) 利害関係者のニーズ及び期待の充足
  • c) 資源の提供
  • d) 監視,測定,改善、改革等の運営管理

 箇条8.2.2では決めたプロセスが対処すべき所(areas)を次のように上げています。

  • a) プロセスの目的
    •  ISO 9001:2015箇条4.4.1 には要求されていない項目です。プロセスには当然目的があるはずですが、その目的を明確にするべきであるという事項です。プロセスの目的を明確にしておかないと、提供すべきアウトプットが決まりません。
  • b) 達成すべき目標及び関連するパフォーマンス指標
    •  ISO 9001:2015箇条4.4.1c)に該当する項目です。達成すべき目標とはプロセスの活動における目標で、次項c) 提供すべきアウトプットにつながるものです。
  • c) 提供すべきアウトプット
    •  次工程(プロセス)へ引き渡すもの(アウトプット)です。b)項の目標及びパフォーマンス指標に合致したものがアウトプットにならなければなりません。
  • d) 利害関係者のニーズ及び期待並びにその変化
  • e) 運用,市場,技術の変化
    • ISO 9001:2015箇条4.4.1g)に該当する項目です。経営環境の変化に対応しなければなりません。
  • f) プロセスの影響
    •  原文は“the impacts of the processes”です。
  • g) 必要となるインプット,資源及び情報並びにその利用可能性
    • ISO 9001:2015箇条4.4.1a)に該当する項目です。
  • h) 実施する必要のある活動及び使用できる方法
    • ISO 9001:2015箇条4.4.1c)に該当する項目です。
  • i) プロセスにおける制約条件
    • 原文は“constraints for the process”です。
  • j) リスク及び機会
    • ISO 9001:2015箇条4.4.1f)に該当する項目です。

 各箇条8.3には、“プロセスオーナ”という言葉が登場します。プロセスマネジメントを扱う場合、プロセスオーナという概念はよく使われます。該当プロセスに責任を持つ組織の個人又はチームですが、決定したプロセスにプロセスオーナを任命することに言及しています。プロセスオーナは、プロセスの相互作用を明確にし,維持し,管理し,改善する責任及び権限を持ち、そのことが組織全体を通して認識されることが必要であるとしています。

 箇条8.4.1では、8.2.2で計画したとおりにプロセスを運営管理することについて述べています。効果的及び効率的にプロセスを運営管理するためには,計画したプロセスとその相互関係を可視化することを推奨しています。プロセス一覧表とかプロセスフロー図、あるいはマトリックス図など組織になじみのある図表でよいですから、見える化を進めることが良いとしています。特にプロセスのアウトプット基準の明確化は重要です。そのためには、プロセスを一連の活動にまで分解して、その実現能力を確認するとよいでしょう。プロセスが計画どおりにいかないことは、多くの要因の影響によって十分にありえると考えておかなければなりません。

 プロセスは次のような要因によるリスクを抱えているでしょう。

  • 1) 人的なもの(知識及び技能の不足,規則違反など)
  • 2) 設備の劣化及び破損
  • 3) 設計・開発のミス
  • 4) 材料の不良
  • 5) プロセス運用環境の変動
  • 6) ニーズ及び期待の変化

 プロセスを運営管理する際には,ISOの他のマネジメントシステムも参考にするとよいでしょう。

  • 1) 製品及びサービスの品質(ISO 9001)
  • 2) 労働安全衛生(ISO 45001)
  • 3) 情報セキュリティ(ISO/IEC 27001)
  • 4) 環境,エネルギー(ISO 14001, ISO 50001)
  • 5) 社会的責任,反贈賄,コンプライアンス(ISO 26000, ISO 37001, ISO 19600)
  • 6) 事業継続,レジリエンス(ISO 22301,ISO 22316)

 プロセス(一連の活動)にはいろいろなやり方があります。従来から実施してきたやり方を変更することは勇気のいることです。しかし、新しい技術を開発又は獲得する中から、より付加価値を付ける活動を推進しなければ持続的な成功には手が届きません。極端なことを言えば、1年前と比較して何も変わらない職場があったならば、それは競争相手に負けることを待っているようなものです。組織がより競争力を付けるために実施しなければならないことは年一度の月刊行事であったり、講演会であったりではありません。プロセスのやり方を変えることです。すなわち一連の活動を観察し、他のより効果的で効率的なやり方を導入することです。そのためには、組織は,人々が改善活動に積極的に参加するように動機付けることが必要です。

 一方で、組織は必要な是正処置又はその他の適切な処置を講じることも必要になります。すなわち、計画された活動と実際の活動の間にギャップが特定される場合などには,原因を究明し対策を取らなければなりません。このような場合のプロセスの変更はネガティブな変更ですが、それでもプロセスが改善されたと評価していいのです。プロセスがいったん運用され、期待した成果を達成したとしても、そのパフォーマンスレベルを継続して維持することは、それなりに大変です。

 パフォーマンスレベルの維持については、プロセスの以下の要素を監視、測定することを推奨しています。

  • ① プロセスを運用する人の力量
  • ② 手順におけるリスク
  • ③ 提供される資源
  • ④ 適切な階層の管理者のフォロー
  • ⑤ 学習,訓練,動機付け及び人的ミス

 プロセスマネジメントの目的は、最終的に組織のパンフォーマンスが向上したかを確認し、もし向上していなかったら8.4.4に戻り、どこに原因があるのかを探らなければなりません。

 ISO 9004では、箇条8.4.5で次のようにガイドしています。
「 組織は,定期的にそのプロセスを監視して,必要な場合には、適切な処置を特定し,実施することが望ましい。」ここでいう必要な場合とは、このまま実施していると期待するパフォーマンス向上に結び付かないような状態(9004ではdeviation:逸脱)を言います。逸脱は,人々,設備,方法,材料,測定及びプロセス運用環境などが当初から変化したことから引き起こされます。したがって、組織が重要視しなくてならないのは,箇条8.4.4にあるいろいろな要素の監視です。そうすることで、組織は効果的で効率的なチェックによりパフォーマンス指標によって表されるパフォーマンスの向上を期待することができます。

 以上