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経済産業省製造産業局が2024年5月に公表した資料「製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性」からスライド3(3ページ)「我が国マクロ経済の状況」について、背景、統計、国際比較、そして政策的含意について解説をします。

我が国のマクロ経済の状況

(出典)経産省 製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性2024年5月製造産業局 – 検索

「我が国のマクロ経済の状況」
スライド3では、日本経済の全体的な動向を把握するために、いくつかの重要なマクロ経済指標が図表化されており、その目的は、近年の経済が直面してきた外的ショックや内的課題を俯瞰することにある。このスライドは、政策立案者や産業界が現状を正確に理解し、今後の行動方針を検討するうえでの土台となる。
① 実質GDPの推移と構造的課題
図表の一つでは、2000年代以降の日本の**実質GDP(季節調整系列)**の推移が折れ線グラフで示されている。リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)を挟みつつ、緩やかながらも回復基調にあったが、2020年の新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、かつてない急減を経験した。この時期のGDPは四半期ベースで年率▲28.2%という記録的なマイナス成長を示し、戦後最悪レベルの経済収縮を記録している。
その後の回復局面では、公共投資と民間消費、さらに世界経済の回復による輸出拡大が下支えとなったものの、2022年から2023年にかけてはエネルギー価格の高騰、地政学的リスクの増大(ロシアのウクライナ侵攻)、中国経済の減速など複合的な要因が成長を抑制している。これにより、日本の実質GDPは依然としてコロナ前水準への完全回帰には至っていない。
また、このグラフのトレンドから読み取れる重要な点は、長期的に見て日本の成長率が低位にとどまっていることである。これは高齢化に伴う労働力人口の減少、全要素生産性(TFP)の伸び悩み、消費や投資の低迷といった構造的要因が絡み合っている証左である。
② 需要項目別の動向:個人消費・設備投資・輸出
実質GDPの構成要素に目を向けると、個人消費は全体の6割を占める最も大きな項目である。コロナ禍では感染拡大防止のための行動制限や所得減少によって一時的に大きく落ち込んだが、ワクチン接種率の上昇と行動制限の段階的緩和により、2022年以降はサービス消費を中心に持ち直してきている。ただし、2023年以降の物価上昇(特に食品・光熱費)により、実質購買力の低下が再び個人消費の足かせとなっている。
設備投資については、企業収益の回復とともに改善傾向にあるが、今後の需要見通しに対する不透明感や人手不足の深刻化により、慎重な姿勢が継続している。特に中小企業では、DX投資や脱炭素投資への対応が急務であるにもかかわらず、資金・人材の不足により十分な対応が取れていないケースも多い。
輸出は、2021年以降、外需の回復や円安の進行によって拡大基調にあった。しかし、2023年以降は米中の景気減速や中国のゼロコロナ政策後の経済鈍化の影響を受け、成長への寄与は弱まっている。
③ 物価と為替のダイナミズム
日本経済の長年の特徴であった低インフレ・デフレ状態は、2022年以降、エネルギー・原材料価格の高騰、円安、物流制約などによって大きく転換した。消費者物価指数(CPI)は前年比で+3%を超える上昇を記録し、日銀の目標である2%を上回る状況が持続している。
この物価上昇は、いわゆる「良いインフレ」(需要増加に基づく)ではなく、コストプッシュ型のインフレであることが特徴的であり、企業や家計にとってはむしろ実質的な負担増となっている。また、為替については、2022年から2023年にかけて、急速な円安が進行し、一時は1ドル=150円台に達した。これにより輸入物価が押し上げられ、エネルギー・食品・生活必需品などの価格に大きな影響を及ぼした。
一方、輸出型産業や観光業にとっては円安が一定のプラス効果をもたらしており、訪日外国人観光客の急増(いわゆるインバウンド消費の復活)は、地方経済を含めた一部セクターに恩恵を与えている。
④ 雇用・労働市場の現状と中長期的リスク
労働市場の動向は、失業率や有効求人倍率といった統計に反映されており、直近では失業率は2.5%前後、有効求人倍率は1.3倍前後で推移している。表面的には雇用は回復しているように見えるが、その内実を見ると、非正規雇用の比率が高止まりしており、労働の質という観点では課題が残る。
また、製造業や建設業、介護・サービス業などを中心に人手不足が構造的に深刻化しており、生産性向上や外国人材の受け入れ拡大が避けられない状況となっている。女性・高齢者の労働参加は一定程度進んでいるものの、賃金上昇と職場環境改善が伴わなければ、持続的な労働力供給は期待できない。
⑤ 経済政策の含意と今後の展望
以上の分析を踏まえると、我が国のマクロ経済は一見して安定回復を遂げているようにも見えるが、その下には構造的な弱さと変化への対応の遅れという根深い課題が存在する。短期的にはインフレ抑制と景気下支えの両立が求められ、長期的には生産性向上・人口動態への対応・サステナブルな成長の確立が急務である。
特に、次の成長戦略の柱として、①デジタル化、②脱炭素、③人的資本への投資、④地域経済の再活性化などが掲げられており、これらの実現には民間の投資喚起と、政策の一貫性が不可欠である。

つづいて、日本の製造業が置かれている構造的変化を企業行動の観点から読み解き、グローバル化の進展とその影響が、どのように企業の売上、利益、そして雇用構造に反映されているのかを説明します。

製造業企業の状況

(出典)経産省 製造業を巡る現状と課題今後の政策の方向性2024年5月製造産業局 – 検索


●1.グローバル化の進展:日本企業の海外売上比率が世界を上回る
まず注目すべきは、日本の製造業大手企業の「海外売上比率」である。かつては、欧米企業の方が積極的に海外市場に展開していると捉えられていたが、図表によれば2013年には日本企業が米国企業を逆転し、現在では海外売上比率が約68%に達している。これは、欧州(約56%)、米国(約53%)よりも高く、日本の製造業は今や“世界でもっとも外向き”な産業構造を持つようになっていることを意味している。
この現象の背景には、日本の国内市場の成熟・縮小がある。人口減少と購買力の伸び悩みから、日本国内での需要拡大が期待できない中、企業は生き残りをかけて海外市場を主戦場とせざるを得なくなった。加えて、ASEAN諸国やインド、中国など、新興国市場の拡大に伴い、日本企業にとっては“外に出ること”が成長の前提条件となったのである。
加えて、輸送コストや為替リスク、関税の影響を避けるためにも、輸出よりも現地生産が優位となり、結果として「現地でつくって、現地で売る」モデルへと大きくシフトしている。これは、次項の「受取収益」の拡大にも直結する。


●2.輸出よりも「受取収益」:現地子会社で稼ぐ構造へ転換
図表は、日本の製造業企業がどのように利益を得ているかを示すものである。ここでのキーワードは「受取収益」であり、これは主に海外現地法人からの配当金や経常利益の還流を指す。
注目すべきは、受取収益が輸出利益の1.5倍近くに達しているという点である。さらに、図表の注釈では「現地法人向けを除いた輸出利益と比べれば、実に2.8倍にもなる」と記されており、これは企業が輸出よりもFDI(海外直接投資)を通じて現地法人を設立し、その現地法人が稼いだ利益が企業の財務基盤を支えていることを意味する。
この構造の変化は、企業の経営戦略の進化を表しているとも言える。輸出モデルでは為替リスクや貿易摩擦、輸送コストなど多くの不確定要素に晒されるが、現地法人であれば現地市場に密着したビジネス展開が可能であり、同時にスピードや柔軟性でも優位に立てる。現代の国際経済においては、輸出ではなく“現地で勝つ”ことこそが競争力の本質になりつつある。


●3.雇用の重心も海外へ:国内雇用の空洞化という副作用
海外現地法人における従業員数の増加に関する分析がある。結論から言えば、日本の製造業企業の従業員の6割以上が海外に存在する。これは極めて重要な変化である。すなわち、「日本の製造業」と言っても、実態としては“日本にある企業が、世界各地で製造と販売を行っている存在”であるということだ。
この構造は、企業にとっては利益拡大の手段であり、成長戦略としては極めて合理的である。一方で、国内産業・地域経済の視点から見ると、「製造業の空洞化」として憂慮される側面も持つ。特に、地方における雇用機会の喪失や、技術の継承が進まない問題など、社会的課題も引き起こしている。
日本の製造業が海外展開を進めるのは市場ニーズへの対応として当然の選択であるが、そこで得た収益やノウハウをどのように国内に還元していくのか、という政策的仕組みが不可欠である。


●4.政策的な示唆:利益の構造変化を踏まえた再設計が必要
示唆するところは、日本の製造業が「日本国内に工場を持ち、そこでモノを作り、それを世界に輸出する」という従来のモデルから完全に脱却し、“世界を主戦場とする多国籍企業群”へと変貌したという事実である。
したがって、政策もまたこの現実に即した形で再設計される必要がある。例えば:
① 国内産業基盤の再構築支援
 •海外で得た資本を国内に再投資させる税制設計や補助金制度の導入。
 •技術の国内維持や地域雇用の確保を支援する産業政策。
② サプライチェーンの再国際化
 •地政学的リスクに対応するための国内生産回帰や、サプライチェーンの分散化を支援。
③ 海外法人と本社機能の連携強化
 •コーポレートガバナンスの国際標準化や、グローバル経営のプロフェッショナル育成支援。
このように、現場単位では成功しているグローバル展開を、国家全体の持続可能な成長へと結びつける仕組みが、今まさに問われている。<\p>


●総括:日本製造業の「地理的再配置」が問い直す国家の産業戦略
このスライドは、単なる企業データの分析ではない。それは、日本という国家にとっての製造業とは何か、どこで働き、どこで稼ぎ、どこに納税するのかという、「経済主権」の在り方そのものを問うている。
グローバル化は不可避であり、海外展開も不可避である。そのうえで、製造業の利益と雇用が再び国内に根を下ろせるような新しい産業政策の構築こそが、次の国家戦略の要となるだろう。

(つづく)平林良人