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品質マニュアルの作り方(第1回)

平林良人「品質マニュアルの作り方」(1993年)アーカイブ 第1回

第 1 章 ISO9000シリーズ規格と品質マニュアル

1.1 文書化された品質システム

ISO9000シリーズ規格はISO9001, ISO9002, ISO9003の3つの品質モデルから成り立っているが(表1.1参照),品質マニュアルについてはISO9001と9002 (JIS Z 9901, 9902)のなかにその記述がある。条項4.2 “品質システム”のなかのNOTE(備考)のa)項に出てくる次のものがそれである(下線は筆者,以下同じ)。
なお本文中に引用した条項は,日本規格協会発行『JIS Z 9900, 9901, 9902, 9903, 9904』(1991)に拠った。
“4.2 Quality system
The supplier shall establish and maintain a documented quality system as a means of ensuring that product conforms to specified requirements.
This shall be include
 a) ……
 NOTE-In meeting specified requirements, timely consideration needs to be given to the following activities:
 a) the preparation of quality plan and a quality manual in  accordance with the specified requirements;
 b) ……”
“4.2 品質システム
供給者は,製品が規定要求事項に確実に適合するように するための手段として,文書化した品質システムを確立し,維持する。この品質システムには,次の事項を含む。
 a) ……
 備考 規定要求事項を満たすために,次の活動に対する時宜を得た配慮が必要である。
 a) 規定要求事項に従った品質計画書及び品質マニュアルを作成すること。
 b) ……。”

本項は,条項4.1の“経営者の責任”につづく品質システム全体を規定している条項である。ここでa documented quality system(文書化された品質システム)が要求されているのだが, 実はこの「文書化された品質システム」が,わが国が長年築き上げてきた日本的品質管理と趣を異にするISO9000シリーズ規格の大きな特徴の1つである。
文書化するという欧米の企業ではごく当り前の行動が,日本の企業の極めて不得意とするところで,その理由は次のように考えられる。
 ① 日本では欧米と違って組織構成員の教育レベルが均一であり,ものに書き表さなくても理解し合える基盤がある。
 ② 日本企業の変化は速く,書類を改訂しなければならない頻度が高いため,いつの間にか書類が改訂されずに旧式になってしまう。また書類を改訂,発布するのに大変な労力が必要となる。
以上の理由に加えて,日本人は論理的に物事を構成し推進していくのが苦手であり,できるなら物事をはっきりさせずに推進していく,あるいは特定の人と人との人間関係で推進していく性向が多々あり,文書化するといった仕事の進め方に不慣れであるということが言える。

1.2 文書化のメリットとデメリット

では文書化することのメリットとデメリットにはどのようなことがあるのだろうか。欧米文化圏で仕事をしてみるとすぐに気付くことがある。それは日本人の目からみてこんなことをと思うような内容まで文書にして連絡してくることであり,それが記録として残してあることである。
日本の社会でもときどき見られることだが,相手と十分に打ち合せをしてお互いに理解し合えたと思っていても,実は互いに違うことを考えていたという事例は多く存在する。相当,微にいり細にわたって検討したことでも,文書に書き表してみると,依然として不明確な点が残っていることに気付くこともある。文書化することによって整理とまとめができるということである。暖昧であったり,自分たちに都合よく理解していたりしていた内容をより明確にすることができるのである。
加えて,文書化されたものは記録として残るため,後日,事の内容をフォローやフィードバックするときに,公平な客観的な記録として活用することもできる。文書化するとは記録として残すことでもある。ラジオやテレビが数多くの情報を瞬時に伝えてもそれはすぐに消滅してしまう。一方,新聞は永久にその情報を保存してくれる。文書化はこの新聞の役割を果たしていると言ってもよい。
以上のことから文書化には“明確に徹底する”という目的と“記録として残す”という2つの目的があることがわかる。そして,この2つの目的に共通して必要とすることは“保管とメンテナンス”の問題である。どんなに立派に文書化されても,必要とするときにすぐに取り出せないようでは意味がないし,せっかく保管していても,その中身がふるくなってしまったのでは保管の理由がなくなってしまう。実はここに文書化することの大変さがある。

(1) 文書化された品質システムのメリット
 ① 事業体の従業員全員に,品質保証について,明確にその意図するところを伝えることができる。
 ② 品質保証について,経営トップから組織の全体に至るまで,その責任をより明確にすることができる。
 ③ 品質保証について,経営トップから組織の全体に至るまで,その権限をより明確にすることができる。
 ④ 文書化することによって,その事業体の品質保証の全貌を,内外により効果的に提示することができる。
 ⑤ 品質問題を未然に防止することができるとともに,万が一問題が発生した場合でも,課題の解明と対策の実施ガイドとして活用することができる。

(2) 文書化された品質システムのデメリット
 ① 品質システムの実態が時間の経過とともに変化していくため,常に文書の更新に努めなければならず,大きな工数がかかる。
 ② 文書化にあたっては正常な状態を想定して記述することが多く,異常時あるいは緊急時の対応に適さないことがありうる。
以上,それぞれにメリット・デメリットはあっても,その内容をよく吟味してみると,圧倒的にメリットのほうが大きいことに気づかれるだろう。品質システムを文書化するにあたっては,メリットはできるだけ大きく,デメリットは極小化する工夫が肝要である。その具体的な方法については第3章“品質マニュアルの編集”のところで述べる。