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品質マニュアルの作り方1994年対応版(第1回)

平林良人「品質マニュアルの作り方1994年対応版」アーカイブ 第1回

このシリーズでは平林良人の今までの著作(共著を含む)のアーカイブをお届けします。今回は「品質マニュアルの作り方1994年対応版」全200ページです。
先に1987年版対応の「品質マニュアルの作り方」をお届けしましたが、今回はISO規格の改訂に伴い、全面的に1994年版規格に合わせた内容に更新したアーカイブです。

第 1 章
ISO 9000シリーズ規格と品質マニュアル

1.1 文書化された品質システム
ISO 9000シリーズ規格はISO 9001,9002,9003の3つの品質モデルから成り立っているが(表1.1参照),品質マニュアルについてはISO 9001と9002(JISZ 9901,9902)のなかにその記述がある。条項4.2“品質システム”の4.2.1項“一般”に出てくる次のものがそれである(下線は筆者,以下同じ)。なお本文中に引用した条項名などの日本語訳は,久米 均編訳,日本規格協会発行『品質保証の国際規格』(1994)に拠った。

“4.2 品質システム

4.2.1 一般
 供給者は,製品が規定要求事項に適合することを確実にするための手段として品質システムを確立し,文書化し,維持すること。供給者は,この規格の要求事項をカバーする品質マニュアルを作成すること。品質マニュアルには品質システムの手順を含めるか,又はその手順を引用し,品質システムで使用する文書の体系の概要を記述すること。
〔参考6〕品質マニュアルの指針は,ISO 10013に示されている。”

 本項は,条項4.1の“経営者の責任”につづく品質システム全体を規定している条項である。ここで“文書化し,維持すること”が要求されているのだが,実はこの「文書化」が,わが国が長年築き上げてきた日本的品質管理と趣を異にするISO 9000シリーズ規格の大きな特徴の1つである。
 文書化するという欧米の企業ではごく当り前の行動が,日本の企業の極めて不得意とするところで,その理由は次のように考えられる。
① 日本では欧米と違って組織構成員の教育レベルが均一であり,ものに書き表さなくても理解し合える基盤がある。
② 日本企業の変化は速く,書類を改訂しなければならない頻度が高いため,いつの間にか書類が改訂されずに旧式になってしまう。また書類を改訂,発布するのに大きな労力が必要となる。

以上の理由に加えて,日本人は論理的に物事を構成し推進していくのが苦手であり,できるなら物事をはっきりさせずに推進していく,あるいは特定の人と人との人間関係で推進していく性向が多々あり,文書化するといった仕事の進め方に不慣れであるということが言える。

表1.1 ISOの規格条項とそれぞれの関係(その1)

条項番号 ISO9001 規格の条項 日本語訳
4.1 Management responsibility 経営者の責任
4.1.1 Quality policy 品質方針
4.1.2 Organization 組織
4.1.2.1 Responsibility and authority 責任及び権限
4.1.2.2 Resources 経営資源
4.1.2.3 Management representative 管理責任者
4.1.3 Management review マネジメント・レビュー
4.2 Quality system 品質システム
4.2.1 General 一般
4.2.2 Quality system procedures 品質システムの手順
4.2.3 Quality planning 品質計画
4.3 Contract review 契約内容の確認
4.3.1 General 一般
4.3.2 Review 内容の確認
4.3.3 Amendment to a contract 契約内容の修正
4.3.4 Records 記録
4.4 Design control 設計管理
4.4.1 General 一般
4.4.2 Design and development planning 設計及び開発の計画
4.4.3 Organizational and technical interfaces 組織上及び技術上のインターフェース
4.4.4 Design input 設計へのインプット
4.4.5 Design output 設計からのアウトプット
4.4.6 Design review デザイン・レビュー
4.4.7 Design verification 設計検証
4.4.8 Design validation 設計の妥当性確認
4.4.9 Design changes 設計変更
4.5 Document and data contro1 文章およびデータの管理
4.5.1 General 一般
4.5.2 Document and data approval and issue 文書及びデータの承認及び発行
4.5.3 Document and data changes 文書及びデータ変更
4.6 Purchasing 購買
4.6.1 General 一般
4.6.2 Evaluation of subcontractors 下請負契約者の評価
4.6.3 Purchasing data 購買データ
4.6.4 Verification of purchased product 購買の検証
4.6.4.1 Supplier verification at subcontractors premises 下請負契約者先での供給者による検証
4.6.4.2 Customer verification of subcontracted product 下請負契約された製品の顧客による検証
4.7 Control of customer-supplied product 顧客支給品の管理
4.8 Product identification and traceability 製品の識別及びトレーサビリティ
4.9 Process control 工程管理
4.10 Inspection and testing 検査・試験
4.10.1 General 一般
4.10.2 Receiving inspection and testing 購入検査・試験
4.10.2.1
4.10.2.2
4.10.2.3
4.10.3 In-process inspection and test 工程内の検査・試験
4.10.4 Final inspection and testing 最終検査・試験
4.10.5 Inspection and test records 検査・試験の記録
4.11 Control of inspection,measuring and test equipment 検査、測定及び試験装置の管理
4.11.1 General 一般
4.11.2 Control procedure 管理手順
4.12 Inspection and test status 検査・試験の状態
4.13 Control of nonconforming product 不適合品の管理
4.13.1 General 一般
4.13.2 Review and disposition of nonconforming product 不適合品の内容確認及び処置
4.14 Corrective and preventive action 是正処置及び処置
4.14.1 General 一般
4.14.2 Corrective action 是正処置
4.14.3 Preventive action 予防処置
4.15 Handling storage packaging,preservation and delivery 取扱い,保管,包装,保存及び引渡し
4.15.1 General 一般
4.15.2 Handling 取扱い
4.15.3 Storage 保管
4.15.4 Packaging 包装
4.15.5 Preservation 保存
4.15.6 Delivery 引渡し
4.16 Control of quality records 品質記録の管理
4.16 Internal quality audits 内部品質監査
4.18 Training 教育・訓練
4.19 Servicing 付帯サービス
4.20 Statistical techniques 統計的手法
4.20.1 Identification of need 必要性の明確化
4.20.2 Procedures 手順

1.2 文書化のメリットとデメリット
では文書化することのメリットとデメリットにはどのようなことがあるのだろうか。
欧米文化圏で仕事をしてみるとすぐ気付くことがある。それは日本人の目からみてこんなことをと思うような内容まで文書にして連絡してくることであり,それが記録として残してあることである。
日本の社会でもときどき見られることだが,相手と十分に打ち合せをしてお互いに理解し合えたと思っていても,実は互いに違うことを考えていたという事例は多く存在する。相当,微にいり細にわたって検討したことでも,文書に書き表してみると,依然として不明確な点が残っていることに気付くこともある。文書化することによって整理とまとめができるということである。曖昧であったり,自分たちに都合よく理解していた内容をより明確にすることができるのである。
加えて,文書化されたものは記録として残るため,後日,事の内容をフォローしたりフィードバックするときに,公平な客観的な記録として活用することもできる。文書化するとは記録として残すことでもある。ラジオやテレビが数多くの情報を瞬時に伝えてもそれはすぐに消滅してしまう。一方,新聞は永久にその情報を保存してくれる。文書化はこの新聞の役割を果たしていると言ってもよい。
以上のことから文書化には“明確に徹底する”という目的と“記録として残す”という2つの目的があることがわかる。そして,この2つの目的に共通して必要とすることは“保管とメンテナンス”の問題である。どんなに立派に文書化されていても,必要とするときにすぐに取り出せないようでは意味がないし,せっかく保管していても,その中身が旧くなってしまったのでは保管の理由がなくなってしまう。実はここに文書化することの大変さがある。

(1) 文書化された品質システムのメリット
 ① 事業体の従業員全員に,品質保証について,明確にその意図するところを伝えることができる。
 ② 品質保証について,経営トップから組織の全体に至るまで,その責任をより明確にすることができる。
 ③ 品質保証について,経営トップから組織の全体に至るまで,その権限をより明確にすることができる。
 ④ 文書化することによって,その事業体の品質保証の全貌を,内外により効果的に提示することができる。
 ⑤ 品質問題を未然に防止することができるとともに,万が一問題が発生した場合でも,課題の解明と対策の実施ガイドとして活用することができる。

(2)文書化された品質システムのデメリット
 ① 品質システムの実態が時間の経過とともに変化していくため,常に文書の更新に努めなければならず,大きな工数がかかる。
 ② 文書化にあたっては正常な状態を想定して記述することが多く,異常時あるいは緊急時の対応に適さないことがありうる。
以上,それぞれにメリット・デメリットはあっても,その内容をよく吟味してみると,圧倒的にメリットのほうが大きいことに気付かれるだろう。品質システムを文書化するにあたっては,メリットはできるだけ大きく,デメリットは極小化する工夫が肝要である。その具体的な方法については第3章“品質マニュアルの編集”のところで述べる。
またISO 9000-1の5.4項“文書化と教育・訓練”に次の記述がある。
“文書化,技能及び要員の教育・訓練を組み合わせた結果として,展開され,実施されている手続きの一貫性を維持することができる。いずれの状況においても,文書化の程度と技能と教育・訓練の程度との間の適切なバランスを追求し,文書化を適切な間隔で維持できる程度の妥当な水準に保つべきである。”