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面談型力量試験から学ぶ中間管理職養成のポイント(その1)

ずいぶん前のことになります。ISO 9001の審査員になるためのJRCA承認ISO 9000審査員研修コースでは、最終日に行う試験において、ペーパーテストだけではなく、面談形式の口頭試問とも言うべき力量試験が行われていました。

10分間という短い時間の中で、力量試験員を相手に、課題に取り組み、不適合を指摘する実践形式の試験でしたので、受講者の皆さんには、物理的負担だけでなく、精神的負担も相当にかかった試験でした。

そしてその負荷のかかる試験が終わったあとに過去から現在にわたって変わらず設定されている2時間の筆記試験が行われていたのです。コースを受講され、そしてなんとしても合格をしたい、という方にとってはずいぶんハードルの高いものであったと思いますが、一方でその当時の試験は非常に意義があるものだったと今でもよく思い返します。審査員研修コースの持つ意義、位置付けを考えると、その思いは今も変わりません。

ISO業界では「パフォーマンス審査」という言葉がよく取り上げられています。お聞きになったことある方もいらっしゃるでしょう。

更に昔の話になっていきますが、平成15(2003)年7月、日本工業標準調査会適合性評価部会より出された管理システム規格適合性評価専門委員会報告書の中にある、「QMSに係る負のスパイラル」という資料にどうしてもその思いは行き当たります。
ISO業界では有名になったこの「負のスパイラル」という言葉、長くこの業界にいらっしゃる方であればお聞きになったことがある方が多いのではないかと思います。
(詳細資料をWebサイトで探し出すことが非常に困難になってしまいました。同資料をご覧になりたい方はテクノファまでご連絡ください。)

この負のスパイラルから脱却を図るために、業界関係者は日夜努力をしてきているつもりなのですが、残念ながらなかなか事態は良い方向に進んでいるとはいえません。
その責任の一端は、良質な審査員候補者をマーケットに送り出す責任を持つ、私共、研修機関にもあるわけですが、研修機関として担うべき役割を十二分に果たしているか?
と問われれば、

残念ながら絶対的に“YES”とは言えない、というのが正直な心境です。

先に、面談型力量試験がずいぶん昔になくなったことに対して、惜別の思いがあることを記しました。受講(受験)される方には間違いなくこの面談型試験は負担でした。

ですが、

あえて申し上げると、審査員候補者としての力量を正しく判断する、という面では、非常に効果のあるものであったと筆者は感じていました。
実はテクノファはJRCAから承認を受けているISO 9001の審査員候補者を養成している複数の研修機関の中では、最初から最後まで、面談型力量試験の積極推進派でした。それだけ大変であっても審査業界に対して優秀かつ潜在能力のある審査員候補者を送り出す仕組みがそこにあったと思っていたからです。

よって、この短期連載では、この面談型力量試験の実施を通じて得たことを皆さんと分かち合い、少しでもQMSの有効活用につなげて頂きたい、という思いで書き進めていきます。

さて、いよいよ今回から、本題です。

いきなり、告白から入りますが、私自身、当時JRCAからの指名を受け、通知書を得て、試験員としてこの力量試験を多くの方(受講されるお客様です)に対して行いました。正直に申し上げますが、JRCAから指名を受けた他の研修機関を含む全力量試験員の中で、一番、不合格者を出してしまった試験員ではなかったと思っております。
もうすでに時効とは思いますが、力量試験の際に、試験員が私にあたり、不合格になってしまった方、ごめんなさい。愛のムチと思ってご容赦頂ければと平にお願いする次第です。

なぜ、それほど多くの不合格者が出てしまったのか。
当然のことではありますが、試験を受けられる方に、より緊張を強いるような応対をした、とか、厳しく採点したということではありません。むしろ、その方の伸び代を見た上で、泣く泣く不合格にした、というケースもあります。
とは言え、そのように説明したとしても、皆さんからすれば言い訳をしているようにしか聞こえないでしょうから、これから3回にわたって、力量の高い審査員、そして内部監査員を目指す上での多くの方が抱える問題点を整理し、その課題を提示して行きたいと思います。

それでは、いよいよ<その1>です。

第1のテーマ:「ポイントを見抜く」

これは、何も審査員/内部監査員に限った話ではないことを長年ビジネスの厳しい第一線で活躍を続けてこられた方はお察しいただけるかもしれません。仕事をしていく上でとても大事な基礎的能力、スポーツの世界でいえば体幹トレーニングに該当するのだと思いますが、鍛え上げておきべき能力がこの「ポイントを見抜く」なのです。

仕事をしていく上で、一担当者であっても、管理者であっても、そして第三者審査の審査員であっても、向き合う仕事のポイントを押さえてその後の活動をしていかなければ結果が伴ってこないことは、誰もが新入社員時代から多くの方に教わり、そしてご自身の経験の中でも、会得されてきていることと思います。

例えば、ある木を見るとしましょう。
さあ、貴方はどの部分にまず目をやりますか。
葉っぱですか。枝振りですか。幹ですか。それとも、土の状態ですか。

どの部分から着目すればよいか、それは、一概には言えません。状況によって異なります。葉が青々と茂っている状態であれば、それらの葉を見るだけでも問題ないでしょう。ですが秋でもないのに、もしある一部分の葉が変色して、茶褐色になっていたとしたら、その次に何をチェックしていきますか。葉に虫がついたのか、そうでなければ幹の部分に何か異変は起きていないか、そして両者とも違うようであれば土の状態、場合によっては根の状態の確認へと進んでいくのではないでしょうか。

仕事も同じです。着手するやり方、取り組み方、中間段階でのチェックの仕方。
キチンと手順が決められ寸分違わぬようにしなければならない業務もありますが、臨機応変に対応しなければならない業務もあります。
いずれにせよ、おかれた環境、状況によって、それらは全て異なります。
そのことを踏まえて、ポイントは何かを把握した上で行動をとる必要がある、ということです。

だいぶ以前に実施していたISO 9000審査員研修コースにおける面談型力量試験では、試験時間が10分間と短いこともあり、あちこち手広く審査してもらう形式は不可能と考えて、試験中で対応して頂く審査対象は極めて限定し、こちらから指定をしていました。
「審査(試験)対象テーマは、Aについて」と記載をしたペーパーを準備段階で用意していました。

しかしながら・・・・・

残念なことに、結果として試験不合格になった方は、この審査(試験)テーマが何であるかを、押さえることができていない方が本当に多かったのです。
仮にも5日間、40時間という厳しい、そしてISO研修の中では最高峰といわれる研修コースを受講される方々なのだから、そのような基本的なことができない、などということはないでしょう、という皆さんからの声が飛んできそうですが、本当のことなのです。

「Aについて」のテーマ、と絞り込んでいるのに、そこには全く触れずに自分自身の勝手な思い込みで「Bに関する」テーマの審査を行なってしまうのです。今これをお読みの読者の方からすれば「そんなことはないだろう」ときっと思われることでしょう。正直試験員としての対応を始めた当初はなんでだろうと私自身、本当に不思議に思っていました。しかし残念ながらそのような方々がその後もどんどん出てくるに及んでようやくわかりました。

「木を見て森を見ず」

という言葉があります。

出題者側である研修機関としては、試験に臨むに当たっての前提条件として「森の状態は・・・・である、そしてその周辺の環境は・・・・である」ということを説明した上で、この木々についてのチェックをしていってください、という意味合いでテーマを選定し、伝えていたつもりなのですが、残念ながら失敗してしまった方々は、森の全体概況も、周辺の環境も気にすることなく、自分が見えた木々についての質問をいきなり勝手に始めてしまった、ということなのです。

もう少し具体例としてお話しすると、

「枯れていますね。どうしてですか。何月何日にこうなったのですか。ほかに枯れてしまった葉っぱは何枚あるのですか」

というような質問を繰り広げてしまった、ということなのです。時間が無限一回くらいにある審査であればまだ許容されるのかもしれませんが、10分間と極めて限られた試験時間の中で、与えられた大きな観点のテーマに対して踏み込んでいくにはあまりに枝葉末節から入ってしまっている、ということなのです。
当然、10分では全く時間が足りません。枯葉の状況がある特定の木だけなのか、周囲の状況はどうなのか、少なくともそのときの季節と、その直前の気象状況等を確認していかなければ大きなテーマの方にたどり着くことはできません。
このように書いてしまうと、何を簡単なことを言っているのだろう、とお感じでしょう。ですがやはり本番の試験の時は、どうしても緊張した状態で挑むことになります。それも場合によっては内部監査員の経験が乏しい方ですと、面と向かって目の前の方とやり取りをする、と考えるだけでも緊張してしまいます。
冷静さを保って、自分を客観視しながら、課題に取り組むためには、やはり、それ相応の経験と自信と、その上にもしかすると度胸も必要かもしれません。

ですが、
その場において、

今、自分が求められている役割は何か?
果たすべき事項は何か?

ということを、常に意識し続けることが出来れば、その壁は突破できるはずです。
残念ながら、次のようなケースにも何度も遭遇しました。
当時行っていた力量試験は、少々乱暴ですが言葉を変えると、不適合を見つける試験、という捉え方が出来ました。
この捉え方、実はとても危険な捉え方なのですが、この観念に凝り固まってしまうと、10分間の試験時間の中で、必至になって、不適合を探そう、探そうとしてしまう方が出るのです。
こうなってくると、まさに典型的な「木を見て森を見ず」の状態に陥ります。
そうではなく、一歩下がってみることが、何よりも大事なのです。

そのために最も大事なことは、

『相手の立場から物事を考えてみる』 

ということなのです。
何をいきなり、そして今更、という印象を持たれる方もいることでしょう。
ですが、一呼吸入れて考えてみて下さい。

この試験、研修機関である我々は、皆さんのことを不合格にさせたい、と思って対応しているのでしょうか、それとも合格させたいと思っているのでしょうか。
この試験は、相対評価ではありませんでした。
つまり、合格者数を一定割合に抑えなければいけない試験ではなく、我々研修機関としては、全員合格して欲しいと思って対応する試験です。

ですが、そこにはやはり合格基準があります。
その基準にどうしても満たない方は、泣く泣く不合格にしなければなりません。
では、その基準とは何か・・・
そうなのです、このことに興味関心を持つことが出来た人は、試験で失敗することはないのです。
笑うに笑えないお話なのですが、実際によくあった話ですので、具体例をお示ししましょう。

試験実施前の説明では、
「この試験は、不適合を見つけることが出来るような設計にしていますが、不適合を見つけることが試験の狙いではありません。途中の(審査)プロセスが大事なのです。
よって、結果として不適合が摘出されなくても、即不合格、ということではありません」
という説明をしていました。
ですが、試験終了直前に、「ああどうしよう、不適合が見つからない」、と慌てふためいたり、あるいは終了後、「不適合を見つけられませんでした、これでダメですね・・・」と首をうなだれて退出されていく方が実は少なからずいました。

研修機関の我々の立場から考えてみて頂ければ、もう少し、気を楽に持って試験を受けていただけるはずだったのに、ということです。
研修機関としては、全員合格してもらいたい(特に5日間の研修を受け持った講師は、受講された皆さんのことを教え子のように思うようになるので)、そのために、少々苦行は与えるけれど、何とか全員乗り切って欲しい、そのために、押さえるべきポイントはこれとこれだよ、と出来る限りの範囲で伝えていたのです。

相手の立場からの物事を見る/考える、ということを日頃から訓練しておけば、力量試験で押さえるべきポイントは、自然と浮かび上がってくるはずなのです。
実際、多くの方は10分の試験時間内で自信をもって正しいプロセスを歩み、試験を終えてその試験会場(部屋)から退出して行かれました。もちろんそれらの方々は皆合格でした。もちろん、不適合はありません。その理由はこれこれしかじかです。と明解に言いきって退出されていく方も時々出ました。このケースも合格です。不適合を見抜けなかったことにより高得点はつきませんが、それでも試験としては十分合格水準にあるという判定だったのです。

そして上記でお伝えしたことは、何も試験だけに限ったお話ではないことはご理解頂けるでしょう。
営業の方でも同じですよね。
どんなにすばらしい商品であっても、お客様のそのときの状況によって、買ってあげてもいいなと思っても、OKと言ってくださらないケースはとても多くあります。そしていざ必要なときには誰も営業マンが来なかったので、結局ネット注文してしまったよ、というパターンです。業務経験のある方であれば似たようなご経験を多くの方がされているのではないでしょうか。

これ以上になると、タイミングという問題にもなりかねないので、元の道に戻りますが、常日頃から相手の立場にたって考えるという訓練を積んでいくことによって、ポイントを見抜くということは決して難しいことではなくなります。
その物事の本質、一番大事なことは何か、ということです。
決して独りよがりにならないようにすることが秘訣です。