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カーボンニュートラルの実現| ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経産省の白書を参考にした製造業における有用な情報をお届けします。

■カーボンニュートラルの実現

カーボンニュートラルへの取組に対する製造事業者の認識に関する調査によれば、カーボンニュートラルへの取組の必要性について、「大きく増している」及び「増している」の割合は約3割に上る。また、カーボンニュートラルの実現に向けて、「製造工程におけるCO2 排出削減」、「CO2 排出量の見える化」、「再生可能エネルギーの導入」など、様々な具体的な取組が進められている。

(カーボンニュートラルの実現に向けた国際的な動向)
2021 年は、全世界のCO2 排出量に占める割合が約9 割となる、150 を超える国・地域が年限付きのカーボンニュートラルを宣言するなど、各国の気候変動政策が進んだ一年となった。具体的には、COP26(国連気候変動枠組条約第26 回締約国会合)の開催や各国政府の取組に加え、各産業分野の民間企業が参加するイニシアティブの立ち上げや、金融機関が企業などに対して気候関連リスクなどに関する情報開示を推奨するフレームワークの改訂などが行われた。2021 年のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会合)では、パリ協定6条(市場メカニズム)をはじめとする重要な交渉議題で合意に至り、「パリ・ルールブック」が完成するのみならず、議長国・英国の主導で実施された各種テーマ別の「議長国プログラム」でも、様々なイニシアティブが発表され、国家レベルでの国際協調が進んだ。

こうした国主導の取組に加えて、民間企業が主導する取組も始まっている。米国では、COP26 において、ケリー米気候問題担当大統領特使と世界経済フォーラム(WEF)が、産業部門の炭素中立化及びその市場創出に向けたFirst Movers Coalition(以下、「FMC」とする。)イニシアティブを立ち上げた。これは、2050 年までにネット・ゼロという米国の目標を達成するために必要な重要技術の早期市場創出に向け、世界の主要なグローバル企業がグリーンな製品の調達にコミットするためのプラットフォームである。FMC は、航空、海運、鉄鋼、トラックの4分野について野心的な排出基準を掲げ、参加企業に対して、基準を満たす製品の購入へのコミットメントを求めている。FMC には各種製造業(鉄鋼・金属、自動車など)、海運・航空、エネルギー、Apple やAmazon などのサプライチェーンを広くカバーする世界的IT 企業まで幅広い業種の企業が参加している。我が国においても、企業主体の野心的なカーボンニュートラルに向けた取組を後押しする産官学金等も含めた仕組みである「GXリーグ」の構築に向けて準備を進めている。「GXリーグ」は、野心的な炭素削減目標を掲げる企業が、自らCO2 排出量の削減に向けた取組を進め、目標に満たなかった場合には、自主的に企業間での排出量の取引を行う構想である。2023 年度に本格運用を開始すべく、2022 年度に議論と実証の取組を行う予定である。

(気候関連財務情報開示タスクフォース:TCFD)
2015 年4月に開催されたG20 財務大臣・中央銀行総裁会議にて、気候関連課題について金融セクターがどのように考慮していくべきか検討するよう金融安定理事会に要請されたことを受けて、同年12 月に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が設立された。企業等に対し、気候関連リスクや機会に関する情報の開示を推奨すべく、2017 年6月にTCFD 最終報告書が公表された。この最終報告書では、企業に対して、自社ビジネスに影響をもたらす気候関連リスク・機会に関して、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」という4項目について開示するフレームワークを示している。2021 年10 月には、TCFD から、「改訂附属書」と「指標・目標および移行計画に関するガイダンス」が公表された。「改訂附属書」では前述した「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの開示要求項目のうち、「戦略」と「指標と目標」に改訂・追記がなされた。それぞれの項目では、「全セクター向けガイダンス」と「金融セクター向け補足ガイダンス」が存在するが、ここでは「全セクター向けガイダンス」の改訂ポイントを示したい。改訂ポイントは、①特定の気候関連リスク・機会に対する組織の戦略の弾力性を説明するよう求めていること、②温室効果ガス排出量に関する開示推奨範囲の明確化(温室効果ガスの開示について、全ての組織はScope1 とScope2 だけでなく、Scope3 も開示することを検討すべき(排出量の割合が大きい企業については注記で開示を「強く推奨する」と言及))、③鍵となる気候関連目標については関連性があれば業界横断的な気候関連指標カテゴリに沿って説明し、また中間又は長期の目標を開示する組織は可能であれば関連する中間目標を開示する必要があるとしていること、の3点である。「指標・目標および移行計画に関するガイダンス」では、TCFD 最終報告書にも記載されている、
7つの「効果的な開示のための基本原則」を示した上で、移行計画で考慮すべき要素を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの開示要求項目ごとに提示している。我が国では、2019 年に民間主導のTCFD コンソーシアムが設立され、同年よりTCFD サミットを主催するなど、TCFD の活用・発展を牽引している。2021 年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂を受け、プライム市場上場企業に対して、TCFD 又はそれと同等の国際的枠組みに基づく開示の質と量の充実を促す。また、TCFD ガイダンスやグリーン投資ガイダンス、シナリオ分析ガイドの策定・改訂・普及、企業や金融機関によるシナリオ分析の支援などを通じ、開示及び対話の促進や質の向上を図る。さらに、国際会計基準(IFRS)財団等におけるサステナビリティに関する開示の枠組みを策定する国際的な議論に対し、我が国としても積極的に参画する。

(カーボンニュートラルの実現に向けた我が国の取組)
(1)グリーンイノベーション基金
我が国では2020 年10 月に宣言した2050 年カーボンニュートラルを踏まえて、気候変動問題への対応をコストではなく経済成長の機会と捉え、「経済と環境の好循環」の実現を目指す新たな成長戦略として、「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(以下、「グリーン成長戦略」という。)を策定した。カーボンニュートラルの実現には、民間企業等の従来のビジネスモデルや戦略を抜本的に見直す必要がある。そのハードルを乗り越えるためには、国として可能な限り具体的な見通しを示し、高い目標を掲げ、挑戦しやすい環境を作ることが必要である。
グリーン成長戦略では、今後成長が期待される14 分野と各分野で目指すべき高い目標を示した上で、予算、税、規制改革・標準化、民間の資金誘導など様々な政策を総動員して民間企業等の取組を後押ししていくこととしている。

このような取組の中で主要な役割を果たすのが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構に創設された総額2兆円の「グリーンイノベーション基金」である。グリーン成長戦略で示した14 の重要分野のうち、特に政策効果が大きく、社会実装までを見据えて長期間の継続支援が必要な領域について、野心的かつ具体的な2030 年目標とその達成に向けた取組へのコミットメントを示す企業に対して、2030 年度を目途に最長10 年間、革新的技術の研究開発・実証から社会実装まで継続的な支援を行っていく。また成果の最大化に向け、実施主体となる企業の経営者に、経営課題として取り組む強いコミットメントを求め、取組状況が不十分な場合の事業中止・委託費の一部返還や、目標達成度等に応じて国費負担割合が変動する、成功報酬のようなインセンティブ措置を導入している。サプライチェーンの構築に向けた輸送・貯蔵・発電等の技術開発を行う水素関連プロジェクトの実施者が決定された。さらに同年秋には、水素やアンモニア、LNGなどを燃料とする次世代船舶の開発や、水素航空機のコア技術や航空機主要構造部品の複雑形状・飛躍的軽量化を目指す次世代航空機の開発に関するプロジェクトの実施者も決定されており、他の分野においてもプロジェクトの組成が順次進められている。

(2)素材産業のあり方の検討
日本の鉄鋼・化学などの基礎素材産業は、高い国際競争力を有する生産体制を構築しつつ、自動車を始め様々な産業に高機能な部素材を提供するとともに、国内雇用や地域経済を支えてきた重要な存在である。しかし、足下では、①中国の伸長などグローバル競争環境の激化、②エネルギーコストの増大など事業環境の変化、③経済安全保障への関心の高まりといった変化に直面しているほか、2050 年カーボンニュートラル、温室効果ガスを2030 年度に2013 年度比46%削減を目指し、さらに50% の高みに向け挑戦を続けるといった極めて野心的な温暖化対策目標を受けて、生産プロセスの革新や化石燃料からの転換など大胆な投資を進めていく必要がある。特にカーボンニュートラルの実現に向けては、製造プロセスの革新的転換や石炭等火力自家発電所の燃料転換が不可欠となるが、そのための研究開発や設備投資、オペレーションコストなど、新たに生じるコスト負担にどう対応するかが大きな課題となっている。これらの実現に向けては、
①低廉かつ安定したエネルギー(電気・水素・アンモニアなど)の供給、
②サーキュラーエコノミーを実現するリサイクルシステムの確立、
③膨大な脱炭素投資の回収メカニズムの構築、
といった事業環境整備も併せて必要となる。こうした基礎素材産業がカーボンニュートラルを実現しつつ、多様な変革の要請に対応し、生き残りをかけて国際競争力を維持・強化していくためにどのような対策が必要となるのか、経済産業省産業構造審議会の製造産業分科会において2021 年12 月から議論・検討を開始した。同分科会では、我が国の金属産業や化学産業などにおける現状と課題を業界団体からのヒアリングも行いながら整理した上で、基礎素材産業への変革の要請に対して、① 2050 年カーボンニュートラル、②内外における需要の変化とグローバルな競争激化、③デジタル化など新たなビジネスイノベージョンの取り込みと人材育成、の3つの視点に着目しながら議論を進めており、今後、基礎素材産業の将来像を示していく予定である。
これまでの議論の中で委員からは、「基礎素材産業は我が国製造業の競争力の土台として重要であり、部素材の安定供給を可能とする連携体制の構築が必要」、「政府や企業、業界などが実態を踏まえながら各主体が役割分担して取り組む必要がある」、「日本の産業競争力に向けて標準化など国際的なルール面の後押しが必要である」といった意見があげられた。これらの議論を踏まえながら素材産業のあり方について、引き続き検討を進めていく。

(3)我が国製造事業者の取組
カーボンニュートラルの実現に向けて、企業内の独自のカーボンプライシングや、大規模な研究開発及び設備投資、サプライチェーン全体での脱炭素化などの取組が大企業を中心に進むとともに、中小企業でも、CO2 排出量の削減に向けた国際的なイニシアティブへの参加などの事例がみられる。以下このような取組例を紹介する。インターナル・カーボンプライシング(ICP : Internal Carbon Pricing)とは、環境省の「インターナル・カーボンプライシング活用ガイドライン~企業の脱炭素・低炭素投資の推進に向けて~(2022 年3月更新)」によれば、「脱炭素投資推進に向け、企業内部で独自に設定、使用する炭素価格」とされている。SBT(Science-Based Targets)やRE100 といった気候関連目標に紐づく企業の計画策定にも用いる手法の一つであり、脱炭素推進へのインセンティブ、収益機会とリスクの特定、投資意思決定の指針等として活用されている。日本企業においても、実際の資金のやり取りを通じて積極的に低炭素投資を推進したり、炭素価格を大幅に引き上げる企業が出てきている。

事例1
富士通(株)では、全ての事業所を対象に、それぞれの拠点で温室効果ガス排出量の上限を設定し、グループ全体の排出量目標が未達成だった場合には、超過量に応じて省エネ投資や再エネ証書などの購入を行うこととしており、同社のSBT 目標達成に向けて重要な役割を果たしている。

事例2
大和ハウス工業(株)では設備投資の判断材料の一つとして、設備投資後のランニングコストの削減見込額によって初期投資額を何年で回収できるかを示す単純投資回収年数を使用し、この値が一定年数以下であることを設備投資の条件の一つとしている。単純投資回収年数が同程度の省エネ案件については、温室効果ガス排出量の削減によって見込まれる効果を、4,000 円/ tCO2 と設定したICP を用いて計算し、脱炭素に向けた投資を促している。

事例3
(株)日立製作所では工場やオフィスにおけるCO2 排出の削減を促進するため、2019 年度から必要な設備投資にインセンティブを与える「日立インターナルカーボンプライシング(HICP)」制度を運用している。これは、ICP を設定することで設備投資によるCO2 排出量の削減効果を金額換算し、投資効果を評価する取組である。同制度の運用の結果、HICP による2020 年度の省エネルギー投資件数は22件、投資額は2億5,000 万円、年間447t のCO2 排出量の削減につながった。こうした効果を踏まえて、同社では炭素価格をHICP 導入当初の5,000 円/ tCO2 から2021 年8月には14,000 円/ tCO2 へと大幅に引き上げるなど、脱炭素に資する設備投資を一層促進するために野心的な価格設定を行っている。

(出典)経済産業省 2022年版ものづくり白書
 ・https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/index.html

(つづく)Y.H