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欧州の成長戦略 | ISO情報テクノファ

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■欧州の成長戦略等

EUは、欧州経済の復興と成長のため、グリーン化とデジタル化への移行を政策の中心的な柱とし、様々な施策や方針を相次いで打ち出している。特にグリーンや人権といった共通価値に関する取組のルールづくりで先行することにより、新たなグローバルスタンダードの構築を主導する動きが伺える。炭素国境調整措置等はその一例といえる。こうしたEUの政策動向は、EU市場でビジネスを行う日本企業を含む外国企業にも影響を及ぼすことから、その動向を注視する必要がある。また、中国等、EU域外の特定国への依存度の低減を目指し、戦略的自律の必要性を強調した産業政策や通商政策を展開していることも特徴である。ここでは、EUおよび欧州主要国の成長戦略について概観する。

(1)EUの成長戦略
2019年12月に就任したフォン・デア・ライエン欧州委員長は「欧州グリーンディール」(グリーン化)や「デジタル時代にふさわしい欧州」(デジタル化)を含む6つの優先課題を提示した。

①グリーン化政策
優先課題の一つに挙げられている「欧州グリーンディール」(グリーン化)は、「2050年までの気候中立(温室効果ガスの排出量実質ゼロ)」を拘束力のある目標とし、EUを資源効率的で、競争力のある公正で繁栄した社会に変えることを目指すものである。2019年12月に、欧州委員会は、それを題した「欧州グリーンディール」の成長戦略を取りまとめた。成長戦略では、2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ、経済成長の資源利用からの分離、現代的で資源効率の高い競争力のある経済の実現、人々の健康と幸福の環境リスクからの保護等により、EUを公正で豊かな社会に変えることを目指すとされている。2021年7月には、「欧州気候法」が成立し、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で55%の削減を法的拘束力のある目標とすることが正式決定された。EUは同月、目標の達成に向けて「Fit for 55パッケージ」を発表し、2035年までに内燃機関車販売禁止や炭素国境調整措置等、既存法の改正や新法を含む13の法案を提案した。また、12月には既存法改正、新法案を含む4法案からなる「Fit for 55パッケージ」第二弾も公表されている。

②デジタル化政策
欧州委員会は、デジタル化は、人々を優先し、企業の新たな機会を開く万人に有益なものとすべきとの考えの下、万人に恩恵をもたらすデジタル変革に向けての取組を進めている。2020年2月、EUは、「欧州のデジタルな未来の形成」と題した「デジタル戦略」を発表した。同戦略では、人間を中心に据えたデジタル技術の構築、公平で競争力のあるデジタル経済の成長、民主的で持続可能な社会への貢献、デジタル市場における世界的リーダーの地位確立等の目標が提示されている。また、2021年3月、EUは2030年までの10年間を「デジタルの10年」とし、市民や企業などのデジタル技能や対応力を高めるための施策を推進すると発表した。そこでは、インターネットの世界で「EUの主権を確立」し、人間中心で持続可能なデジタルの未来の実現を目指す「デジタルコンパス」が策定され、具体的な取組の指針が示されている。

③新産業戦略
2020年3月、欧州委員会は、「新産業戦略」を策定した。同戦略は、①欧州の産業競争力の維持、②欧州グリーンディール、③欧州デジタル化への対応を3本柱として、欧州産業の世界におけるリーダーシップ向上を目指すものとなっている。さらに、2021年5月には、「2020年産業戦略アップデート」を公表し、①単一市場の強靱性の強化、②戦略分野の特定国への高依存への対処、③グリーン・デジタル移行の加速の重要性について強調した。また、コロナショックから学んだ教訓を新たな産業戦略に反映し、当初の産業戦略で掲げた「気候変動やデジタル化に対応した社会への移行」という優先課題を再確認しつつも、「開かれた戦略的自律性」の強化を図っていくことが目的として設定されている。

同戦略では、「原材料、電池、有効医薬成分、水素、半導体、クラウドエッジ技術」といった6分野で特定国への依存の低減を目指し、具体的には、半導体や電池、水素といった戦略分野を重点的かつ包括的に支援する「産業アライアンス」の形成を進めるとされている。また、EUでは、域内市場の公平な競争環境確保の目的で加盟国政府による特定企業への補助金支援を禁じているものの、EUにとって重要な政策であり、便益が反競争的効果を上回る範囲において、「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」により、国家補助を認める例外規定を設けている。さらに、2022年2月、欧州委員会は、半導体のEU域内供給を強化し、2030年までに世界市場の20%のシェアを目指す欧州半導体規則案を公表した。同規則案は、半導体を重要な戦略分野と捉え、民間企業に対する補助金ルールの例外規定を活用することにより域内の新規工場建設に対し補助金の交付を可能とする等、EU域内のサプライチェーンの強靱化と欧州の戦略的自律に向けた政策が挙げられている。

④通商戦略
2021年2月、欧州委員会は、新たな通商戦略「開かれた、持続可能で主張する通商政策119」を発表した。同戦略は、「開放性」、「持続可能性」「EUの利益の擁護」を3つの柱とし、①グリーンおよびデジタル化の目標に沿ったEU経済の回復と根本的な転換の支援、②より持続可能で公正なグローバリゼーションのための世界的ルールの形成、③EUの利益を追求し、必要な場合は自律的に権利を行使する能力である「開かれた戦略的自律」の向上をその目的として明示している。

また、EUが今後、通商政策において優先する6つの課題として、①WTO改革、②グリーン化への移行と持続可能なバリューチェーンの推進、③デジタル化への移行とサービス貿易の推進、④EU規制の影響力の強化、⑤近隣諸国やアフリカとの関係強化、⑥通商協定の実施・執行の強化による公平な競争条件の確保が挙げられている。航空機大手への補助金問題の解決や鉄鋼・アルミ追加関税賦課の停止等、EUと米国間の最近の通商問題については、急速に両国の関係に進展がみられた。2021年9月には、米国ピッツバーグにおいて、「第1回米国EU貿易技術評議会(TTC)」が開催され、新興技術の管理や国際的な通商課題での米国とEUの協力について議論された。また、EUは、2021年9月、欧州委員会と外務・安全保障政策上級代表は、同地域との協力強化のための「インド太平洋地域における協力に関するEUの戦略」を公表し、インド太平洋におけるEUのプレゼンスの向上を目指している。なお、中国との間で2020年末に大筋合意に至ったEU中国包括的投資協定については、新疆ウイグル自治区の人権状況を巡り、欧州議会の審議が凍結されており、早期の発効に見通しが立たない困難な状況となっている。

⑤イノベーション戦略(ホライズン・ヨーロッパ)
EUでは、域内企業のイノベーションのための戦略も進めており、1984年以降、研究開発支援プログラムとして、多年次の資金助成枠組み計画を作成し、実行してきている。2021年からは、第9次の枠組み計画にあたる「ホライズン・ヨーロッパ(2021年~2027年)」が開始されている。直面する社会課題に対応し、基本的価値を共有する国々との国際連携を通じて欧州の国際競争力の強化を図ることを目的に、EUの多年度財政枠組み(MMF)に復興パッケージ「次世代のEU」からの50億ユーロを加え、2027年までの7年間で総額955億ユーロの予算が確保されている。

同計画は、①卓越した科学(フロンティア研究支援)、②グローバルチャレンジ・産業競争力(社会課題の解決)、③イノベーティブ・ヨーロッパ(市場創出支援)の3本柱で構成されており、また、グリーン化やデジタル化といった欧州グリーンディールへの対応を優先し、予算額の35%を充当することとしている。注目される施策としては、トップダウンにより特定された課題につき、ロードマップに従い社会実装を進める「ミッション方式プログラム」や複数の産官学がパートナーシップを形成して推進する「パートナーシップ方式」の導入のほか、スタートアップ支援強化のため「欧州イノベーション会議(EIC)」を設立し、革新的アイディアや技術を持つスタートアップの技術開発や商業化、スケールアップを支援し、ハイリスクな投資への支援を強化することが挙げられる。

(2)欧州主要国の成長戦略
①ドイツ
ドイツでは、2005年から16年間首相を務めたアンゲラ・メルケル氏が退任し、2021年12月8日、社会民主党、自由民主党、緑の党の3党の連立によるショルツ新政権が発足した。新政権の外務大臣には、人権や環境等を重視し、中国との関係について厳しい姿勢を示している緑の党の共同党首、ベーアボック氏が就任した。また財務大臣には、健全財政を唱える自由民主党のリントナー党首が就任し、財政赤字拡大に一定のブレーキをかける役割を果たすとみられている。環境政党の緑の党と産業界に近い自由民主党は基本的な考え方に隔たりも多く、今後の政権運営に課題も多いと見られる。

2021年11月、3党は共同記者会見を行い、「さらなる進化に挑戦する自由・正義・持続可能性のための連立」と題する連立合意文書を発表した。連立合意文書の主な内容として、①2045年まで気候中立を実現する、②2030年までに1,500万台の電気自動車の普及を目指し、2035年に内燃機関搭載車の新規登録を禁止する(ただし、e-fuelを燃料とする車両の新規登録は認める)、③コロナショック対応で免除してきた債務ブレーキを2023年から再適用する、④法定最低賃金を時給9.6ユーロから12ユーロに25%引き上げる、新規住宅の建設の年間40万戸のうち10万戸に補助金を交付する、⑤連邦政府の人権及び人道支援部門の機能を強化する、デュー・ディリジェンス法に沿い「ビジネスと人権に関する国家行動計画」を改定するといった事項が挙げられる。

②フランス
フランスでは、2021年10月、マクロン大統領が、国内の製造業振興、研究開発推進、雇用創出等を目指すとともに、原材料や電子部品等の海外への依存度を下げ、国内調達を増加させるため、5年間で300億ユーロを投資する新たな投資計画「フランス2030」を発表した。同計画では、更に40億ユーロを成長企業に直接に出資することも予定されている。計画の詳細や資金の配分についてはまだ具体的に示されていないが、小型原子炉の開発やグリーン水素の製造、産業の脱炭素化、低炭素航空機の製造、電気自動車の生産拡大、創造・文化産業の振興、バイオ医薬品20種の生産、宇宙・深海の探査等を含む10分野に政府の資金の投入が検討されている。マクロン大統領は、本投資計画の狙いをフランスおよび欧州のための生産における自立のための枠組みの再構築であるとして、自律性の強化を強調している。

③英国
2021年7月、英ビジネス・エネルギー産業戦略省(BEIS)は、同国が世界のイノベーション競争で最前線に立つことを目指す新政策「英国イノベーション戦略」を公表した。同戦略は、民間部門の研究開発投資を促し、企業が最先端の科学を製品やサービスに活用できる環境を整備することを目的とした長期計画で、2021年3月に発表した新たな産業政策「より良い復興:成長のための計画(Build Back Better)」を重要な柱の一つとしている。コロナからの復興対策として、インフラ、スキル、イノベーションに重点的に投資を実施し、「グリーン産業革命に向けた10項目」の計画の120億ポンドに加え、インフラ部門に1千億ポンド規模の政府支出を計画しており、スタートアップ支援に37.5億ポンドの支援が予定されている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html