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インド、東南アジア経済の動向(その2) | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■インド、東南アジア経済の動向その2

前回に続き、インドネシアとインドの取組みを概観する。
(インドネシア)
インドネシアも中所得国段階に30年以上とどまっており、「中所得国の罠」のリスクが懸念される。インドネシアは、2030年までに世界の10大経済国に、2045年までに高所得国になることを目指して、中・長期の国家開発計画や、デジタル技術を活用した製造業等の革新のためのロードマップ”Making Indonesia4.0″を策定し、天然資源等の一次産品輸出依存からの脱却と国内付加価値の増大に向けた取組を行っている。特に、サステナビリティとの関係で成長が期待され、インドネシアの脱炭素のコミットメントでも言及されている電気自動車の開発・製造について、リチウムイオン電池原料のニッケル鉱採掘から自動車本体までの国内一貫生産体制の構築を目指している。このうちリチウムイオン電池の製造については、ニッケル鉱採掘・製錬、電池製造、充電設備整備、電池のリサイクル等全般にわたる役割を担うため、2021年3月、国営インドネシアバッテリー公社(IBC)が設立された。リチウムイオン電池のサプライチェーン構築には大規模な投資や高度な技術が必要とされており、海外企業との連携が重要になってくる。

日本企業のほか、中国や韓国、台湾の企業などが合弁会社への出資を行い、電気自動車関連の製造拠点設置に向けた動きを見せるなど、インドネシアの電気自動車サプライチェーン構築に積極的に参画している。こうした取組がインドネシアの産業高度化、経済の高付加価値化につながっていくことが期待されるが、課題もある。例えば、電気自動車用の充電設備については、インドネシア政府は2030年までに一般充電ステーションを3万1,859台、電動二輪用の一般電池交換ステーションを6万7,000台に増設する計画だが、2021年末時点で前者は267台、後者は266台にとどまっている。リチウムイオン電池の国内製造推進の取組は、世界最大のニッケル鉱埋蔵量を有するインドネシアならではの強みを活かした産業戦略といえるが、鉱物資源の国内付加価値向上のために実質的なニッケル鉱の輸出停止を行っていることなどには、国際貿易ルール上の懸念がある。

(インド)
インドの経済規模(名目GDP)は、2021年時点で世界6位であるが、インド与党(BJP)は2030年までに世界3位となることを目指している。しかしながら、世界の工場としてグローバルなバリューチェーンに参画することで高成長を実現した中国と比べ、GDPの伸びは緩慢である。GDPに占める比率が18%程度の農業に就業人口の40%以上が従事しており、農業の生産性の向上とともに、農村に滞留する労働力を吸収する産業の育成が求められているといえる。新興国では、繊維加工や機械の組立てといった製造業の労働集約部門の雇用創出力が期待されるが、インド経済における製造業の比率は1970年代に若干上昇したものの、その後は同程度の比率にとどまり、2010年代は低下傾向にある。インドの場合、経済における農業の比率の低下とともに、製造業ではなくサービス業の比率が上昇している点が特徴的である。製造業の付加価値が伸び悩む中、貿易収支も大幅な赤字となっており、インドの経常収支は慢性的に赤字である。通貨や物価安定の観点からは経常収支赤字の縮小が望ましく、赤字の主要因である貿易収支の改善が求められている。

モディ政権は、2014年に産業振興策”Make in India”を打ち出し、投資環境の整備を通じた直接投資の促進、国内製造業振興を通じた雇用創出、貿易赤字縮小、輸出拡大を目指すとともに、GDPにおける製造業の比率を25%に引き上げるべく取組を進めている。2020年には、”Make in India”推進のための生産連動型優遇政策である”PLI:Production Linked Incentive Scheme”が導入された。これは、輸送機械、電子機器、製薬、食品、繊維等の振興のため、基準年からの売上の増加額に応じて一定の奨励金を給付するものである。これまでに自動車や自動車部品、白物家電など、産業分野ごとのPLI対象企業が順次決定されており、日本企業も選定されている。PLIと平行して”SPECS”(電子部品・半導体製造関連設備投資への補助金給付)、”EMC2.0″(電子機器製造プロジェクトへの補助金給付)、”FAME”(電気自動車購入補助金)などのスキームも用意されている。インドでは海外の携帯電話メーカーやその受託生産企業等の集積が進んできており、通信機器の国内生産額も2010年代半ば以降、急速に増大している。これと並行して携帯電話の輸入の減少が見られ、特に2019年以降は、輸出が輸入を上回って推移するなど、携帯電話の生産・輸出拠点としてのポテンシャルを示しつつある。PLIについては携帯電話等のエレクトロニクス分野のほか、自動車・自動車部品、白物家電、医薬品等についても対象企業の認定が行われており、今後の動きが注目される(医薬品については既に2000年代半ば以降、急速に輸出が拡大している)。

その一方で、輸入依存度を下げ国内生産を増やすために製造品目の関税を段階的に引き上げる「段階的製造プログラム(PMP:Phased Manufacturing Programme)」を導入していること等には、GATT等、国際貿易ルール上の懸念がある。また、中間財等の関税引き上げを行っていることで加工組立て産業の立地誘致には逆効果である可能性もあるとの指摘もある。

(アジアの成長と課題~投資の不足~)
インドやASEAN諸国等、アジアの新興諸国が現在の経済成長を維持しつつ、貧困を撲滅し、気候変動にも対応していくためには、膨大なインフラ投資が必要となる。図は、各国の投資率(名目GDPに占める総固定資本形成の比率)の推移を見たものである。ASEAN諸国では1997年のアジア通貨危機後、投資率が大きく落ち込んだ。インドネシアは、2010年代に30%台に回復しているが、タイやマレーシアでは、より低位にとどまっている。アジア開発銀行の推計によれば、2016年から2030年までの間に必要となるインフラ投資額は東南アジアで、ベースラインで1,470億ドル、気候変動への対応を含んだケースで1,570億ドル(うち、インドネシアがそれぞれ700億ドル、740億ドル)、インドでそれぞれ2,300億ドル、2,610億ドルを見込む。

不足額(2015年時点の投資額との差)の対GDP比は、気候変動対応を考慮したケースの場合、東南アジアで4.1%(うちインドネシアでは5.1%)、インドでは5.3%に相当する。なお、GDP比で見た場合のインフラ投資の不足は、アジア全体では気候変動対応を考慮したケースで2.4%となっており、インドや東南アジアではアジア平均を大きく上回っていることが分かる。また、中所得国の罠を回避し経済の高付加価値化を目指すためには、研究開発投資の増大が必要であるが、インドやASEAN諸国のGDPに占める研究開発支出は低位にとどまっている。

(サステナビリティをめぐる課題~気候変動問題への対応から~)
東南アジアでは、近年、気候変動を原因とする災害が多発しており、経済社会にも深刻な影響が及んでいる。各国も、カーボンニュートラル目標や再生エネルギー導入目標を表明し、取組のためのマスタープランを策定しているが、アジア諸国の足下の電源構成を見ると、CO2排出比率の高い石炭火力に依存している国々も多く、再生エネルギーの利用についても、天候や地理的な条件に鑑みると世界の他地域に比べ安定的な確保は容易ではない(具体的には、降水量が多く、未利用の遊休地が少ないため、中東やアフリカ、豪州内陸のような砂漠地帯と比べて太陽光による実発電効率が低い、また、一部の沿岸部を除き欧州と比べて風速が弱く、台風等の影響から年間を通じた安定的な風力エネルギーが得にくい等の実情がある)。

東南アジアの電力需要は2020年時点の1,111TWhから2050年時点で2,843TWhと今後30年間で2.5倍以上になる見込みであり、当該増加分を全て再生エネルギーで賄うといったアプローチは、アジア諸国にとって必ずしも現実的ではない。また、カーボンニュートラル目標達成のためには、エネルギーの脱炭素化、各分野でのエネルギー効率の改善、土地の利用方法の変更等といった大規模な取組が求められる。ある試算では、パリ協定の目標達成のために2050年までの毎年東南アジアが必要とする投資額は約1,410億ドルに上る。こうした資金需要を満たすためのファイナンスの拡充が求められるほか、アジアの実情を反映した多様なアプローチで脱炭素化への移行の取組(トランジション)を支援するプログラムが必要である。

(アジアの課題解決に向けた日本政府の取組)
東南アジアやインド等、アジア新興諸国の諸課題の解決に向けて、日本としてもアジアのパートナーとしての役割を果たしていくことが求められている。経済の高付加価値化、産業の高度化への取組における技術面、人材面での協力や、環境問題や少子高齢化の問題等、日本が課題先進国として取り組んできた分野について、その経験を活かした協力、アジア諸国と類似したエネルギー構造を有する日本ならではのカーボンニュートラルに向けた支援等が挙げられる。また、デジタル技術の活用を通じてアジアの社会課題を解決する取組やアジアのサプライチェーンの強靭性を高める取組においてアジアとの連携を深めることは、日本の成長にとっても重要な意味を持つ。経済産業省は、2021年5月、「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を公表し、各国のカーボンニュートラルの実現のためのロードマップ策定支援や、現実的なエネルギートランジションに向けた1億ドル規模の先導的な事業展開(アンモニア混焼等によるゼロエミッション火力発電の推進等)、アジア版トランジションファイナンスに向けた検討、再生可能エネルギーやエネルギーマネジメントビジネスに関する官民一体となった協力の推進等、具体的な支援に取り組んでいる。また、2021年10月の日ASEAN首脳会談において日本から提唱した「日ASEAN気候変動アクション・アジェンダ2.0」に基づき、ASEAN地域の脱炭素社会への移行に向けた取組を推進している。

日本政府は、このAETIや「日ASEAN気候変動アクション・アジェンダ2.0」を強化・具体化しつつ、ゼロエミッション技術の開発や水素インフラでの国際共同投資、共同資金調達、技術等の標準化、カーボンクレジット市場を含む「アジア・ゼロエミッション共同体構想」の実現を目指し、アジア諸国との連携を推進していく。このほか、本白書第Ⅱ部第2章でも触れているように、アジアの社会課題解決と価値創造のためのDX事業支援にも取り組んでいる。2022年1月に公表した「アジア未来投資イニシアティブ(AJIF:ASIA-Japan Investing for the Future Initiative)」で示されているように、例えば、国内産業の育成によりサプライチェーンでより付加価値の高い分野を担うことや、新たな産業づくりに向けた基盤となるデジタル化等の技術・ノウハウ・人材を獲得・育成すること、デジタル化・電子化を通じて貿易手続コストを削減し貿易を拡大すること、サプライチェーン管理を高度化すること、社会課題の解決とサステナビリティを実現すること、高齢化が進んでいく中で高齢者等へのケアサービスや健康促進の取組を導入することといった課題に関するASEAN諸国の深い関心を踏まえ、サプライチェーン、連結性、デジタル・イノベーション、人材、グリーン・脱炭素の五つの分野で協力が実施されていく。こうした取組を通じて、日本とアジアが一体となって持続的な成長を実現していくことが期待される。。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html