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人口推計からみる世界経済の展望 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■世界経済の長期的展望

(政策の選択にも影響を与え得る人口推計)
国の産業構造や経済発展の動向には様々な要因が影響しており、天然資源などに代表される人為的には変えることができない条件は重要な要素となる。一方で、人口は、効果を計測することは困難であるものの、出産・育児に関する給付金や移民政策等の政策対応によってある程度の影響が与えられるという意味において、重要な要素の一つである。人口構成において、労働力人口や高齢人口などの代表的な年齢層の比率の各国間での違いは、家電製品などの耐久消費財需要、旅行などのサービス需要、住居などの固定資産需要、債券や株式といった金融資産需要などに幅広く影響をもたらす。

経済成長への影響という観点からは、特に我が国で顕著であるとおり、労働力人口のすう勢的な減少は、企業での退職年齢の引上げを推奨するといった政策対応がなければ、労働投入量を増やしていくことが難しくなる等といった直接的な影響は避けられない。人口構成の変遷を表す人口動態がもたらす影響は多面的であり、長期的な経済のすう勢を見通していく上で需要である。また、そうした多面的かつ長期的な影響があるゆえに、人口動態が経済政策の選択に対して及ぼす影響も大きく、人口予測が果たす役割は重要である。

一般的に、人口予測は主として三つの要素から構成されており、それらは女性が産む子供の数を示す出生率、人々の平均余命を示す死亡率、そして国家間の人の移動を示す移民である。これらの構成要素は、前提の置き方によって結果の数値に幅が出てくることから、その組み合わせの結果として算出される人口予測も、同様に幅のある結果が出てくるとの性質がある。それを踏まえ、代表的な人口推計である国連経済社会局による推計と、前提となるデータが入手可能なワシントン大学健康指標評価研究所の推計を比較する。両者の推計結果の差異は、任意の国の人口動態を他国の類似局面での経験を参考にして推計するのか(国連経済社会局の手法がこれにあたる)、人口推計の主たる三つの構成要素のそれぞれについて関連すると考えられる他の指標の推移を基にして推計するのか(健康指標評価研究所の手法がこれにあたる)などの違いによって生じる。

出生率については、国連経済社会局の推計では、出生率の水準を三つの局面に分類し、任意の国の人口を同じ局面にあった他国の動向を用いて推計している。他方、健康指標評価研究所の推計は、任意の国の出生率を推計する際に、学歴や避妊需要等を用いており、後述するように、女性の社会進出によって出生率が低下することが指摘されている。死亡率の推計については、平均余命(任意の年齢時点における余命)に関する前提の置き方が重要であり、特に出生時平均余命(すなわち寿命)に関する前提が重要である。前提の置き方について、特に重要であると考えられる要因の一つは医療である。

具体的には、本節で用いている2019年改定版の国連経済社会局による人口予測においては、死亡率を推計する要因として、感染が特に深刻である地域におけるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染状況と、その治療のための多剤併用治療(Antiretroviral Therapy:ART)の普及動向に関するデータが用いられている。他方、健康指標評価研究所では、世界各国の疫学情報をデータベース化するプロジェクトであるGlobal Burden of Disease(世界各国の傷病情報等を収集し、医療システムの改善を目指すプロジェクト)の情報を用いて死亡率を推計している。総じて、死亡率は、医療の普及動向に影響を受けることが指摘されている。移民については、国連経済社会局の推計では、国際情勢等の急激な変化等によって、移民の動向は変化しやすいことから、その動向を予測することが困難であることや、歴史的に見て移民の数は各国の総人口に占める割合が小さいこと等を背景とし、予測期間の大部分において移民数は一定になるとの前提を置いている。

ただし、そうした前提はありながらも、移民の推計には、各国が報告する移民純増減(受入れと送り出しの差)、労働移民のデータ、公的文書に記録が残らない形の移民に関する推計データ、難民の移動動向、受入れ国において生まれる移民の子の数といった情報が用いられている。他方、健康指標評価研究所では、国連経済社会局の推計と同様に紛争や自然災害による死者数の他に、社会人口統計学的特性指数(Socio demographic Index: SDI)を移民の推計に用いている。社会人口統計学的特性指数は、国民一人当たり所得、平均学歴、出生率について、それらの各国の順位を平均して一つの指標とした指数である。以下で議論するとおり、国連経済社会局が用いる労働移民と、健康指標評価研究所が用いる社会人口統計学的特性指数に含まれる学歴といった要因に共通するのは、特に高度技能を持った労働移民や、高度な知識を持つ大学院の留学生の受入れは、移民政策等の政策対応によって一定程度の影響を受けるという点である。

すなわち、移民の動向については、移民政策も重要な要因であることが、国連経済社会局と健康指標評価研究所の推計手法から示唆されている。こうした前提となる要素の推計手法の違いにより、両者の人口推計は異なった結果を示している。上述の推計手法の違いを踏まえて、両者の結果を比較する。増加のペースに違いはあるものの、出生時平均余命(すなわち平均寿命)は時間の経過とともに増えていくとの推計結果は両者に共通である。明示的な説明はなされていないものの、平均寿命の長期化の背景には、上述の死亡率の前提についての説明から示唆されるように、医療の普及などがあると見られる。一方で、両者で特徴的な違いが見られるのは出生率の推移である。時間の経過とともに線形もしくは凹型のペースで低下していくということは共通しているものの、人口の増減が均衡するとされる出生率である人口置換水準の2.10を下回る時期は、国連経済社会局の推計では2070年であり、健康指標評価研究所の推計では2034年と比較的に早期となっている。

健康指標評価研究所の推計では、女性による社会進出の代理変数として避妊需要が高まることを想定しており、それによって出生率が比較的早期に人口置換水準を下回るとされている。また、両者の推計に共通している出生率のすう勢的な低下の見込みが、特に足下の新型コロナウイルスの感染拡大によって、想定されているよりも早いペースで進展していくことも懸念される。我が国における人口動態調査の結果によれば、2020年における人口千人当たりの出生数は6.80人、中国の国家統計局によれば、同国の2020年における人口千人当たりの出生数は8.52人であり、近年の減少が加速している傾向と比較するとしても、現段階では特に新型コロナウイルスの影響と見られる特異な結果にはなっていないように見える。しかし、新型コロナウイルスの感染については、それが世界的に深刻化した2020年初頭から既に二年が経過しているが、ウイルスの変異によって断続的に感染拡大が続いており、収束とは判断できない状況が続いている。こうした状況が更に長期化すれば、外出制限により出会いの機会が減少するほか、労働市場の正常化にも影響が及び、引いては家計の所得環境にも影響を及ぼすことで、家族計画に影響することも考えられる。

新型コロナウイルスのまん延が、人口に対する影響を通じて、長期的な経済成長の動向にも影響する可能性には留意が必要である。上述の違いを踏まえた上で人口推計の結果を比較すると、国連経済社会局による推計では人口が増加していき、予測期間の終点である2100年には世界の人口が108.8億人になることが予測されている。一方で、健康指標評価研究所の推計では、女性の教育機会の改善と社会進出によって出生率が比較的早期に人口置換水準を下回るとの前提があることから、世界の人口は2065年の97.3億人でピークとなり、予測期間の終点である2100年には87.9億人へ減少していることが予測されている。

一方で、両者の間には人口などの定量的な結果に差異はあるものの、定性的な面からの共通点が見られる。具体的には、予測期間である2100年まではインドが中国を抜いて世界最多の人口を擁する国となる、人口が多い国を順番に並べると上位10か国にアフリカ地域の5か国が入ることになるなど、インドとアフリカの人口増加が顕著である、我が国の人口は予測期間の終点である2100年には2020年に比較して4~5割程度も減少している、などといった点が挙げられる。これらの人口推計が示唆している定性的な結果が、どのような影響を持ち得るのかについて以下で議論する。

(労働力人口と経済成長)
人口動態における主要な指標の一つとして、生産年齢人口(15-64歳)が人口に占める割合が挙げられる。この年齢層に所属するようになると、就業をすることで所得が増加し、それによって家電製品などの耐久消費財を始めとして多様な消費需要が出てくるためである。そのような例の一つとして統計面からの説明が可能であると見られるのは、我が国の人口動態と耐久消費財需要の推移である。我が国においては、労働力人口比率は1950年から上昇を始め、2000年以降にすう勢的に低下し始めるまでは安定した推移となっていた。中間層(所得の上位20-80%を占める層と定義)が占める所得割合を見ると、データが入手可能になる1980年から2000年までは、中間層が占める所得割合が、上位10%といった高所得層が占める所得割合をすう勢的に上回っていた。

そうした中間層の所得シェアの推移により、ルームエアコン、カラーテレビ、乗用車といった耐久財の保有は、1980年代にそれらが一世帯につき一台は平均的に見て保有される状況が達成されていた。上述のような我が国での耐久財の普及の経験は計量的な面からも説明される。具体的には、総務省「家計調査」の二人以上の世帯のうち勤労者世帯のデータを用いて、消費支出の可処分所得に対する弾性値(可処分所得の1%の変化に対して消費支出が変化する割合を示す値)を、世帯主の年齢階級別に示したものである。それを見ると、本節の分析では、資産保有等の動向は考慮には入れていないものの、29歳までや30-39歳といった年齢階級の消費支出の同弾性値は、60-69歳や70歳以上といった高齢層に比較して高いことが示されており、比較的に消費意欲が高いことが示唆されている。

我が国のように高齢化の進展が顕著である国では、購買力が高い高齢層の消費を意識した企業戦略が重要である一方で、消費意欲が高い若年層も念頭におくことも重要であり、ひいては、我が国で若年層の増加が耐久財需要を創出した経験を踏まえれば、海外での若年層の想定した戦略も重要であることが示唆されている。また、輸送機械産業での経験則として、一人当たり名目GDPが3,000ドルを超え始めると、その国では自動車を始めとした輸送機械の本格的な普及を意味するモータリゼーションが始まるとされている。それを踏まえて、本節で取り上げる各国の一人当たり名目GDPの推移を見ると、米国は1960年にはモータリゼーションのラインを超えており、日本と中国はそれぞれ1973年と2008年に同ラインを超えた。人口の増加が顕著な国を見ると、インドでは2026年に同ラインを超えることが予測されており、ナイジェリアでも2024年以降に持続的に同ラインを上回ることが予測されている。

モータリゼーションが開始されるとの一人当たり所得の境界線はあくまで経験則ではあるものの、これらの国での動向が注目される。実際に、上述の我が国の中間層における耐久財の普及について見た場合と同様の見方をすると、世界的に見た中間層(所得上位20-80%)が所得全体に占める割合は2000年以降に上昇しており、富裕層(所得上位10%)の同割合は2000年以降に低下している。新興国がグローバルなサプライチェーンに組み込まれていく過程で、主に先進国への輸出が増加したことで新興国の経済成長率が高まったことを以前述べたが、中間層の所得割合の増加は新興国の経済成長率の高まりと時期を同じくしている。こうした中間層の存在感の高まりによって、我が国が辿った形と同様に、耐久財の需要が高まっていくのかについて注目される。

長期的な推計で人口が上位であるインド、ナイジェリア、中国、米国において労働力人口比率を比較すると、我が国のように同比率が人口の半数となる50%までの低下は見込まれていないものの、中国と米国では既にすう勢的に低下しており、インドでも2050年以降にすう勢的な低下が見込まれている。一方で、アフリカ地域の中でも特に人口が多くなると見込まれているナイジェリアでは、少なくとも予測値の存在する2100年までは、それらの国とは逆に同比率がすう勢的に上昇することが見込まれている。上述のような労働力人口が経済成長のすう勢に与える影響は、先進国での経験を踏まえると重要であると見られる。

先進7か国(G7)において労働力人口比率と実質GDP成長率に対する労働の寄与を見ると、時期的な違いはあるもののG7各国では労働力人口比率の低下が見られており、実質GDP成長率への労働の寄与が既往のピーク以上に高まることが困難であることが示唆されている。他方、人口の増加が顕著であるアフリカ地域の諸国においては、教育や職業訓練などといった人的資本の蓄積の動向などにも影響は受けるものの、ナイジェリアのように労働力人口比率がすう勢的に高まっていく国では潜在的な成長性が高いことが示唆されている。一方で、上述のように労働力人口が経済成長に及ぼす影響も重要であるものの、以下でも述べるように中国やインドといった既に人口規模の大きい国や、ナイジェリアといった今後に人口の大幅な増加が見込まれている国では、人口規模に応じてインフラ需要が強まることも重要である。

日本経済研究センターの試算によれば、特に中国の名目GDPは2033年に米国の水準を一旦は上回ることが予測され(2050年には再び米国が中国を上回ることが見込まれている)、世界各国について長期の経済予測を発表している英国のCentre for Economic and Business Researchによれば、主要な先進国・新興国でも名目GDPが順調に増加することが見込まれている。いわゆる生活水準(リビングスタンダード)を計測する上ではGDP総額よりも一人当たりGDPが適切な指標ではある。実際に、いわゆる覇権国家として知られている諸国の一人当たり実質GDPの歴史的な推移を見ると、英国は19世紀の初頭にはオランダを持続的に上回り、19世紀末から20世紀初頭にかけては米国が英国を持続的に上回り始めた。この側面から評価すると、中国の一人当たり実質GDPは米国とは依然として開きがある。しかし、米中対立が深刻である現状を踏まえると、一国の生産規模として国力を測る上ではやはり名目GDP総額は重要な指標であり、中国の名目GDPが米国を上回るとの見通しが与える影響は注視すべきである。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html