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産業政策の見直し | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■政府の役割強化・産業政策シフト

地政学リスクや不確実性の高まりや、グリーン技術を始めとする先端技術分野の革新もあって、米欧中を中心に国内産業競争力強化のための積極的な産業政策の役割が見直されている。
我が国においても、グリーン関連産業や防衛宇宙産業、半導体産業を中心に政府における需要創出が進む中、政府の経済動向や関与方針を踏まえ、政府調達や投資によって創出される市場を上手く取り込むことを念頭に置き、企業戦略を形成することの重要性が高まっている。

(産業政策の重要性の高まり)
産業政策については、我が国では、戦後復興期、高度経済成長期、バブル後の調整期、安定成長期等の過程で様々な産業政策が行われてきた。他の国についても、例えば、新興国では、1960年代以降、韓国、シンガポール、台湾などの新興工業経済地域(NIEs)や中国、ASEAN主要国は輸出志向型工業化の産業政策を実施し、その後の成長段階に応じて産業政策を変化させてきている。中国では、改革期を通して、国家が経済発展に大きな役割を果たしてきた。労働集約的工業化から資本深化的工業化への移行により、生産性向上が加速し、政策目標を達成するための強固な下地が形成された。アジア四小龍と呼ばれる韓国、シンガポール、香港、台湾は、中所得の罠から抜け出せなかった各国と対照的に、技術・イノベーション政策を数十年にわたって遂行し、高成長を達成した。また、これらの国は、自動車やエレクトロニクスといった産業の開発という長期的でリスクの高い計画に挑み、こうした分野で独自の技術を構築してきた。

先進国でも、米国は、1980年代に市場主義への傾斜が強まるまでは、防衛宇宙産業を中心に産業政策を実施してきた。特定の技術のブレークスルーは、シリコンバレーのような民間の技術普及によるところがあるものの、資金調達等の政府の積極的な政策的支援が果たした役割も大きい。欧州においても、1980年代前に政府間で連携して、産業政策を展開する動きが見られた。産業政策イニシアティブを立ち上げ、フランスとドイツの企業連合としてエアバス社を設立し、その後スペインや英国が参加するなど、共同で産業政策を進め、域内の産業競争力を強化してきた。

他方、1980年代以降は、米国、欧州など先進国を中心に、政府の役割を最小限に抑え、産業政策を前面に出す動きを控える潮流が続いていた。もっとも、足下では、米中対立等による地政学リスクの高まり、半導体やレアメタルといった重要物資のサプライチェーンぜい弱性、カーボンニュートラルを目指す各国の取組の進展などから、再度、産業政策を積極的に打ち出す動きが進んでいる。企業にとっては、米欧中を中心とする積極的な産業政策の動きが強まり、グリーン関連産業や防衛宇宙産業、半導体産業を中心に政府による需要創出が進む中、政府の政策動向や関与方針を踏まえ、政府調達や投資によって創出される市場をうまく取り込むことを念頭に置いて企業戦略を形成することの重要性が高まっている。

産業政策の有効性については、経済学者や政策担当者の間でこれまでも議論されてきたものの、2010年代後半以降、新産業政策や21世紀の産業政策の在り方に関する学術的な議論が活発になっている。例えば、グリーン技術に対する積極的な産業政策は、①脱炭素は世界的な公共財であり、新しいグリーン技術の開発は、投資家の私的リターンより大きな社会的リターンを生み出すにも関わらず、過小投資につながること、②技術の発展は経路依存的であり、産業政策の後押しによってグリーン分野の技術革新にインパクトを与、汚染を引き起こす旧来の生産技術の終焉を促すことが可能であることなどから、経済学的観点からも正当化され得ると説明できる。

産業政策に関する議論の高まりは、経済学の英文書籍・学術論文で、「Industrial Policy」をタイトルと要約に含むものが、48本(2000年)から287本(2020年)と大幅に増加していることからも見てとれる。その中でも、例えば、ハーバード大学のダニ・ロドリック教授は、「21世紀のためのアジェンダとして、産業政策を復興・再生する必要がある。産業政策にとって、市場形成、持続可能性、責任あるグローバリゼーションなど社会的目標が最重要であり、市場の失敗の是正を乗り越えるべきである。産業政策は未知の領域での探求プロセスである」という趣旨の主張をしている。また、MITのダロン・アセモグル教授は、「政府が産業政策で教育や研究に資金提供し、ハイテク設備の主要な購買者になることで、決定的な支援を提供できる」旨を主張している。

このほか、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマリアナ・マッツカート教授は、『企業家としての国家』(2014)や『ミッション・エコノミー』(2021)の中で、「国家は、民間主体が負えないリスクを負って、画期的イノベーションを実施すべき。イノベーション・システムの形成において、国家の役割は根本的に重要である。国家が壮大なミッションを設定して、様々なリソースを広範に動員することで、単なる『市場の失敗の是正』ではなく、『市場の創出』を行うべき」という趣旨の主張をしている。さらに、IMF、国連貿易開発会議(UNCTAD)や国際労働機関(ILO)といった国際機関も、いわゆる「ワシントン・コンセンサス」から脱却し、最近では、経済発展戦略としての産業政策を提言している。

また、ウクライナ危機前後においては、世界情勢の変化を踏まえて、有識者から、今後の産業政策の在り方について、「世界市場の安定に向けた大胆かつ協調的な行動を開始することが不可欠で、供給のボトルネック解消や再生可能エネルギーに関する政府の大規模な資金投入などが必要」といった見解や「長期的な安全保障を強化するためには、対外戦略に経済的レジリエンスも必要」といった見解が表明されている。

(米国における産業政策(サプライチェーン強靱化))
次に各国の産業政策の動向を見ていく。米国では、バイデン政権のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が、2020年に発表した論考において、過去40年間の「新自由主義」を改め、大規模な産業政策を展開することを提唱している。サリバンは、「産業政策は、かつては恥すべきものとみなされていたが、今はほぼ当然のものとみなすべき」とし、「もし、ワシントンが、長期的、変革的ブレークスルーよりも短期的な利益を目指す民間企業のR&Dに依存し続けるのであれば、米国企業は中国企業との競争に敗北し続けるだろう」としている。米国の産業史を見ると、イノベーションが起きる初期段階で、産業政策が行われている。DARPA(国防高等研究計画局)において、当初、軍事目的で開発されたインターネットやGPS、自動音声認識といった技術は、その後、連邦政府の資金を投入することでシリコンバレーを中心に民間企業の設立を促し、ブレークスルーと商業化につながっていった。

米国は、1980年代以降、産業政策から距離を置いてきたものの、足下、米中対立等の地政学リスクや、サプライチェーンの維持といった課題を受けて、これら課題に対応するべく、安全保障に関わる重要物資の安定供給確保や、国内産業競争力強化のための産業政策を展開している。例えば半導体については、国内生産能力強化・研究開発への投資等を進めるとともに、信頼できるパートナーと協力して、強靱・多様・安全なサプライチェーン構築を支援することとしている)。また、ホワイトハウスは、2021年2月の「サプライチェーンに関する大統領令」に基づき、報告書『強靱なサプライチェーンの構築、米国製造業の再活性化、幅広い成長の促進』及びこれに基づくファクトシートを公表し、サプライチェーン強靱化の具体策を提示している。

報告書の中で、米国のサプライチェーン強靱化に向けた長期的戦略として、半導体生産・研究開発への拠出や、EV購入促進に向けた財政支援、蓄電池生産支援・投資、重要鉱物・物資の備蓄強化、公正かつ強靱なサプライチェーン支援のための包括的な貿易戦略の策定を挙げている。さらに同大統領令発出から一年後の2022年2月にはエネルギー産業基盤、運輸産業基盤、公衆衛生・生物事態対処産業基盤、情報通信技術、防衛産業基盤、農産物・食品の6分野について担当省庁から報告書を公表するとともに、ホワイトハウスから過去一年間の行動・成果にかかる報告書及び超党派インフラ法(2021年11月成立、8年間で総額約1兆ドルの投資)に基づく投資を中心とする「米国製造業の活性化及び重要サプライチェーンの確保のためのバイデン・ハリス計画」を発表している。

(欧州における産業政策)
欧州では、ICTや半導体、電気自動車用バッテリーといった新興技術分野を中心に、米国や中国に遅れをとっており、サプライチェーンで重要な位置を占めることができず、またユニコーン企業数でも劣位にあるなど、厳しい競争に直面しているという問題意識の下、ドイツやフランスなどEUの主要国が主導し、EU加盟国で連携しつつ、産業政策を展開している。欧州は、グリーン・デジタルへの移行を柱とした経済復興と成長の実現を目指す中、米国や中国との経済・技術競争の激化に直面している。地政学的な緊張がより一層高まる中、中国など域外への依存度の低減を目的として、戦略的分野(原材料、電池、医薬品原料、水素、半導体、クラウド・エッジ技術)における自律の確保を目指すとともに、グリーンや人権といった共通価値の実現のための取組を域外も含めて求めている。そのような戦略的自律と共通価値の実現のためのツールとして、EUは一丸となって産業政策に取り組んでいる。欧州は、地政学的な緊張が高まっている中、グリーンとデジタルへの移行を行い、経済面及び技術面の自立性を確保することが重要であり、そのために産業政策は必要なツールであるとしている。

グリーン・デジタルへの移行を柱とし、経済復興と成長の実現を目指しており、中国を始め、域外依存の低減を図ることを目的とした戦略的分野における「戦略的自律」を強調している。また、グリーンや人権といった「共通価値」の実現のための取組も域外に求めている。2021年5月には、「2020年産業戦略アップデート」を公表し、アップデート版では、新型コロナウイルスによる環境変化を背景に、こうした危機からの教訓を新たな産業戦略に反映させている。主にコロナショックの影響・教訓、戦略的依存性についての分析を重点とし、①単一市場の強靱性強化、②戦略的分野への高依存の対処、③グリーン・デジタル移行の加速の重要性を強調しており、新型コロナショックなどによる国際的なバリューチェーンの混乱を教訓に、戦略上懸念されるEU域外への依存に対する対応が必要だとしている。また、EUは、バッテリーや水素、重要な原材料等の域内調達比率を高めるべく、重点産業を包括的に支援するべく、欧州バッテリー同盟(EBA)やクリーン水素同盟、原材料同盟(ERMA)といった産業同盟を形成している。

2021年7月には、欧州委員会は、次世代マイクロチップと産業用クラウドの進歩、デジタルインフラ・製品・サービスの強化を目的に「プロセッサ・半導体技術アライアンス」、「産業用クラウドテクノロジーアライアンス」を発表している。このほか、2021年9月、フォンデアライエン欧州委員長は一般教書演説において、アジアに過度に依存する半導体の生産能力の強化の必要性に言及した上で、製造を含む欧州の最先端チップ・エコシステムの構築を目指し、供給の安全を確保し、欧州の画期的技術のための新たな市場を発展目的とする欧州半導体法案を提案している。(4)中国における産業政策中国も、国家主導の産業政策を展開しており、半導体製造装置などのコア技術や高度な部品・素材の海外依存度が高い産業構造にある中、2015年5月に「中国製造2025」を発表し、次世代情報技術や省エネ・新エネ自動車といった10の重点分野について2025年までに7割を国産化することを掲げ、科学技術力・サプライチェーンの強化やコア技術国産化により、サプライチェーンのチョークポイント解消を推進してきている。

新興技術による産業育成の重点分野を設定し、中国国内に当該分野の研究開発機能を設ける内外資企業に優遇税制を提供するなど、積極的に自国内の技術育成を支援している。なお、2014年と2019年に計約5兆円規模の「国家集積回路産業投資資金」が設置されており、これに加えて、各地方政府にも、計約5兆円を超える半導体産業向けの基金が存在し、合計10兆円超の資金が半導体関連技術に投じられていると見られる。また、第1部第2章第4節で見たように、中国の政府補助金の動向を見ると、まず、国有企業だけでなく、民営企業に対しても幅広く交付されており、むしろ、2010年代半ば以降は、補助金総額としては、民営企業が中央政府や地方政府所管の国有企業を上回っている。産業の高度化に当たって、民営企業を含め幅広い企業に対して柔軟な支援を行っている様子がうかがえる。次に、対象業種としては、2015年の「中国製造2025」の公表後、全体に占める関連分野向け補助金のシェアが上昇しており、同分野への補助金が手厚くなっている。その重点10分野の中で、次世代情報技術産業、バイオ医薬・高性能医療機械においては、国有企業よりも民営企業の補助金が大きく拡大しており、民生に近い新分野においては民営企業が先導するという特徴が見受けられる。また、補助金の手厚さ、補助金の売上高に対する比率の上位グループと下位グループで財務状況等の違いを見ると、業種特性など考慮すべき点があるので、直ちに結論付けることはできないが、事実上、補助金が赤字補填を果たしている可能性や研究開発や設備投資を促進していることを示唆している。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html