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共通価値の可視化 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■共通価値の可視化

(共通価値への関心の高まり)
大地震や洪水等の気候変動要因の自然災害や新型コロナウイルス等の感染症、米中対立やウクライナ情勢等の地政学リスクによる供給途絶など、グローバルバリューチェーン(GVC)マネジメントには様々な課題が存在する。こうした課題とともにGVCにおいて向き合うべきものとして近年クローズアップされているのが、サステナビリティや包摂性といった「共通価値」への関心の高まりとそれに伴う企業活動への要請である。個々の企業においては、その社会的責任(CSR)の観点から事業を展開し、環境・社会・ガバナンス(ESG)にかかる情報開示を取引先や金融機関、投資家、ESGに関する企業の取組を評価する評価機関等、様々なステークホルダーに対して十分に行っていくことが求められている。

事業活動におけるサステナビリティの向上を目指す各種の国際イニシアティブに参加し、取組に関するコミットメントを表明するほか、関連する情報の開示を行う企業も増えている。その際には、自社だけでなく、自社に関わるGVC全体で共通価値の実現を目指し、取組に関する情報開示を行っていくことが重要である。複雑化・重層化する取引関係における共通価値の問題をいかに可視化し、適時に適切な対応を取っていくかが、マネジメント上の大きな課題となっている。本節では、「気候変動への対応」、「ビジネスと人権の課題への対応」を軸に共通価値の可視化をめぐる動向を概観し、企業の取組や政策面の課題について検討する。

(気候変動への対応)
気候変動への対応は、国際社会が一体となって取り組むべき喫緊の課題である。1995年から国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が毎年開催され、実効的な温室効果ガス(GHG)排出削減に向けた議論が行われてきた。1997年のCOP3では、2020年までの排出削減の枠組みである「京都議定書」、2015年のCOP21では、2020年以降の新たな枠組みである「パリ協定」が採択され、2021年10月末から11月に英国のグラスゴーで開催されたCOP26では、合意文書に工業化以前からの気温上昇幅を1.5℃に抑えるための努力を追求する決意があらためて示された。企業や金融市場においても脱炭素への関心が高まっており、脱炭素に向けた取組を進めていく上で、個々の経済主体の活動やバリューチェーンにおける炭素排出の状況を可視化し、把握する必要がある。

(1)バリューチェーンにおけるCO2排出
バリューチェーンにおけるGHG(ここではCO2)排出の可視化に係る試みの一つとして、OECDの「CO2 emissions embodied in international trade」が、産業連関表の仕組みを用いて各国の生産や輸出、最終需要に包含されるCO2排出量を推計している。例えば、A国の最終需要に包含されるCO2排出について見ると、A国内及び海外(ここではB国、C国)の排出源となる産業から国内取引や輸出によって各国の中間財生産プロセスに投入され、同様に最終財生産プロセスに投入された後に、A国における最終財の国内取引や、B国、C国からの最終財の輸入を通じてA国の最終需要に包含されていく。A国からの中間財・最終財の総輸出の中には、それぞれの財の生産プロセスに投入されるB国、C国の排出分も間接的に包含され、A国のB国、C国からの中間財や最終財の総輸入の中には、B国、C国の生産プロセスに投入されるA国の排出分も間接的に含まれる。ここで世界の生産からみたCO2排出量の推移を見ると、先進諸国(ここではOECD諸国)では減少している一方、新興諸国(非OECD諸国)では増加しており、世界全体の排出量は増加し続けていることが分かる。

非OECD諸国の排出に占めるアジア新興諸国(中国、インド、ASEANの合計)の比率は、2018年時点で60%を超え、その中でも中国の比率が圧倒的に高い。これら新興諸国におけるCO2排出の増加は、世界の生産拠点としての役割の増大によるところが大きいと考えられる。中国におけるCO2の国内排出を内需向けと外需向け(CO2の輸出)に分けた上で、中国の内需向けの海外排出(CO2の輸入)と併せて推移を概観する。外需向けの排出は、2000年代初めから急速に増加した後、世界金融危機時の一時的な落ち込みを挟んで同程度の排出水準を維持したが、2010年代後半には減少傾向にある。一方、内需向けの排出は、国内排出分のほか輸入分も増えており、中国の位置づけが「世界の工場」から「消費大国」へと変化してきていることが、CO2排出の側面からもうかがえる。例えば海外の最終需要に包含される各国の国内排出と国内の最終需要に包含される海外排出は、それぞれ当該国のCO2の最終需要ベースの「輸出」と「輸入」に当たる。各国・地域のCO2の輸出先・輸入先の上位5か国と、参考としてEU28、ASEANとのCO2の輸出入データ(2018年)を取り、比較する。中国のCO2輸出は、米国向けが最大で、日本、インドが続き、CO2輸入は、韓国、ロシアからが大きい。インドのCO2輸出は、米国向けが最大である。日本を含め各国・地域とも、CO2輸入は中国からが最も多い。米国は、CO2の輸出入とも中国が最大の相手国となっている。また、各国・地域のグロス輸出に含まれるCO2排出を、当該国・地域内の排出分と、原材料や中間財その他の形で輸入された国外・地域外の排出分とに分けて見ることもできる。このうち中国の輸出に内包される国外排出分の内訳を見ると、米国、日本、韓国、インド等での排出分(CO2の「輸入」分)が多く含まれていることが分かる。

これらのデータから、CO2が貿易に内包されて各国・地域間でやりとりされていることが分かる。財やサービスのやりとりの中で付加価値が生まれていくことと表裏をなす形で、CO2の負の「バリューチェーン」が形成されているともいえるだろう。グローバルなカーボンニュートラルの実現のためには、バリューチェーンの一か所(企業でいえば自社内)だけでなく、全体で排出削減の取組を行っていく必要がある。生産、輸出入、消費、そして廃棄・循環といった経済活動のライフサイクル全体を見据えた取組が必要である。

(GVCにおけるCO2排出の把握・情報開示の動きと日本企業の課題)
近年、企業は、バリューチェーン上のCO2排出の把握、情報開示の取組を急速に進めている。パリ協定以後、気候関連財務情報や環境影響を開示する枠組み(TCFD、CDP)や脱炭素に向けた目標設定(RE100、SBT)に関わるイニシアティブ等に対して、日本企業も積極的に参加している。このような枠組みにおいて、企業の排出量の算定・報告基準の一つとして採用されているのが、GHGプロトコル基準(GHG Protocol Corporate Accounting and Reporting Standard)である。この基準には、Scope1(事業者自らによる直接排出)、Scope2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)及び、Scope3(Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出))の分類があり、Scope1から3の合計が当該企業のGVC全体から発生する排出量になる。取組企業の事業形態の違いや取組の難易度を反映して、排出削減コミットメントにScope3を盛り込んでいる企業の比率は今のところ限定的である。グローバル大企業の中には、GVCの脱炭素化を実現するために自社のサプライヤーに対して100%再生可能エネルギー電力の使用等を求める企業が出てきている。

こうした動きに対して、日本のサプライヤー企業も対応を進めており、これらの需要家が主導して再生可能エネルギーの調達に取り組むUDA(User-Driven Alliance)モデルによる取組が拡大し、このような導入モデルに対する政府支援が行われるなど、徐々に取組の増加が見られる。均等化発電原価(LCOE)ベースで各国の再生可能エネルギー(太陽光、風力)発電コストの推移をみてみる。日本を含め、各国とも低下してきているが、足下では、日本の発電コストは諸外国に比べて高くなっている。再生エネルギーの特徴として、日照条件や風況、平地面積といった地理的条件などにより、コスト競争力に大きな差が生じる。日本は諸外国に比べて、こうした諸条件で不利な立場にある。他方、顧客の脱炭素要請に応えられなければ、商品やサービスの調達先として選ばれなくなり、ビジネス機会を失うことになる。再生可能エネルギーへのアクセスが難しい場所からは、企業が退出したり、投資を引き上げたり、アクセスが容易な場所に拠点を移したりするなど、GVCの再構築に向けた行動が促されるであろう。エネルギー面のイコールフッティングの確保は、日本にとって喫緊の課題である。

(カーボンプライシングの世界的動向)
CO2排出の「可視化」の観点から、企業等排出者の脱炭素に向けた行動変容を促す経済的手法として、世界各国で導入が進んでいるカーボンプライシングについて見ていく。カーボンプライシングには様々な種類があるが、代表的手法としては、政府による炭素税(燃料・電気の利用によるCO2排出量に比例して課税)や排出量取引制度(一般的には、全体の排出量の上限を決め、企業等に排出枠・排出権を配分する手法。排出枠・排出権を超過する企業と下回る企業が排出枠・排出権を売買)、企業等によるインターナル・カーボンプライシング(企業が独自に自社のCO2排出に対して価格付けし、投資判断等に活用)、クレジット取引(CO2削減価値をクレジット化して取引)等がある。それぞれの措置・制度の選択や組み合わせ、実施主体や実施方法については脱炭素化の段階に応じた適切なポリシーミックスが求められる。

世界では、2021年4月時点で64の国・地域でカーボンプライシングが稼働しており、世界のCO2排出量の21.5%をカバーしている。国や地域により、導入されているカーボンプライシングの水準は一様ではない。例えば、EUの排出量取引価格(ETSのオークション価格)は、2020年12月にEUが排出削減目標を引き上げてから急速に上昇しており、欧州の産業界(欧州鉄鋼連盟)は、ETS価格の上昇が、炭素排出規制が厳格でないEU域外企業に対する域内企業の競争力に及ぼす負の影響について懸念を表明している。なお、カーボンプライシングの評価については、エネルギー本体価格や再エネ賦課金、エネルギー税制も含めたエネルギーコストへの影響も含めて勘案する必要がある。

(EUの炭素国境調整措置)
EUの炭素国境調整措置導入の動きは、こうした排出削減コストをめぐる内外の公平性重視の文脈からも捉えることができよう。EUは、2050年に気候中立、通過点である2030年に1990年比で55%のCO2排出削減を目指している。その先進的な排出削減の取組は、一方で、それに伴う厳格な規制を回避し、排出基準の緩やかな国や地域で生産や調達を行おうというインセンティブを助長するリスクを孕む。そうした「排出削減のフリーライド」が生じることによる競争条件の歪みや、炭素効率の低い輸入品に国内市場が脅かされるという意味での炭素リーケージを防止すべく、2021年7月、欧州委員会は炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)に関する規則案を公表した。

CBAMは、EU域外から輸入する製品の数量や炭素排出量、炭素コスト等に応じて、EU-ETSに基づく炭素価格分をEUの輸入業者に負担させる仕組みで、規則案では、鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、電力が対象となっており、2023年の導入が予定されている。炭素国境調整措置についてはWTOルールとの整合性が確保されること、炭素排出量の計測においては、正確性と実施可能性の観点からバランスのとれた信頼性の高い計測・評価手法が採られることなど、国際ルール、標準の観点からの議論や検討が深められるべきである。一方で、対応する企業においては、炭素排出や炭素コストの一層の可視化と情報開示の強化が求められていくことに留意する必要がある。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html