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ISO 9001 有効活用のためのビジネス改善ツール(第45回)

平林良人「ISO 9001 有効活用のためのビジネス改善ツール」(2005年)アーカイブ 第45回

第3章 主要な改善アプローチと日本式TQCとの関係

第2章では、多くの先人が成し遂げてきた1960~1980年代までの30年間の日本式TQCの工夫、手法、実践をみてきた。これらの手法の多くは、この時期の日本の高度成長時代のバックボーンにあるものとして、世界中の注目を集めた。当時の海外の識者の間では、「日本の高度成長の裏には、『KAIZEN』がある、『QC Circle Activity』がある、いや『TQC』こそがその秘密だ」と多くの議論を生み、その結果多くの専門家が日本企業を訪問し、日本企業も多くのところがそのノウハウを公開した。
その結果、徹底した日本企業研究、日本式TQC研究がなされ、多くの手法が海外の専門家の格好な研究ターゲットになり、1980年代中頃から日本式TQCが下記のような手法として、あるものは同じ名前で(内容も全く同じか、若干の改善を加えて)、あるものは名前を新しくして(内容は類似、又は新しい発想を加えて)登場してきた。

  • ① バランススコアカード (BSC) 、パフォーマンス評価
  • ② 改善/継続的改善
  • ③ 改善チーム
  • ④ リーン・シンキング (Lean Thinking)
  • ⑤ プロセスマネジメント
  • ⑥ 自己評価法 
  • ⑦ シックスシグマ
  • ⑧ 制約条件の理論(TOC)
  • ⑨ TPM (Total Productive Maintenance)
  • ⑩ TQM

もとより、人類の進化は競争と相互研鑚によって遂げられる。日本式TQCのいろいろな手法が、欧米の研究者によって新しく生まれ変わることは結構なことである。しかし、心しなければならないことは、本家本元の日本がこれらの進化の過程を知らずに、あたかも海外から新しい手法が来たとしてあわてて飛びつくことである。飛びつく前に、海外から来たその手法を正しく理解し、自分自身(日本)の中にあるものとの関係をじっくりと見極めなければならない。
自分自身を理解しようとする気概を持つと、必ず何らかの工夫を生むことになる。受身の気持ちからは改善を生まないが、前向きな気持ちからは新しい発想を生む。TQCの本家本元である日本は、常に1歩先を歩いていかなければならない。

3.1 バランススコアカード(BSC)、パフォーマンス評価

バランス・スコァカード(Balanced Score Card)は、1992年にハーバード大学のカップランとノートン(Kaplan & Norton)がハーバードレビュー誌に論文として発表したのが最初である。経営者は飛行機のコックピットにいる機長のような存在である、とバランススコアカードの提唱者であるカップランとノートン(Kaplan & Norton)はいう。機長はコックピットにずらりと並んだ計器をみて、瞬時に飛行機を上昇させるか、下降させるか、それとも水平飛行をつづけさせるかを判断しなければならない。

企業の経営者も機長と同様に、今日現在の情報を基に経営の方向付けに采配を振るわなければならない。財務諸表の表す諸データは過去の情報であり、今日及び将来を示すデータの把握を工夫しなければならない。バランススコアカードでは、この今日及び将来を示すデータとして、経営における4つの視点の設定を提唱している。この4つの視点は必ずしもカップランとノートンの提唱どおりでなくてよく、組織の実態に合わせて異なるものを選んでもよいという。推奨されている4つの視点とは次のものである。

  • ① 財務の視点
  • ② 顧客の視点
  • ③ 業務プロセスの視点
  • ④ 人材と変革の視点

バランススコアカードでは、4つの視点の業績評価指標に注目し、ビジョンと戦略の実現に向けて、企業経営のマネジメントするためのナビゲーターの役割を果たさせる。このナビゲーターが必要なのは、「これからの将来は必ずしも過去の延長線上にあるとは限らない」、という点にある。もし、将来が過去の延長線上にあり、確信を持って将来を予測することができるならば、伝統的マネジメントシステムでも十分に事が足りる。

バランススコアカードでは、4つの視点を選択したならば、次に経営者の方針に基づき、関係する部門は目標を決めなければならない。そして、改善活動に入っていくのであるが、この改善活動の仕方は、日本のTQCにおける方針管理とよく似ている(第2章 日本式品質管理(日本式TQC)の主要概念、手法 2.3.1 全員参加の品質管理 (2)方針管理 を参照)。
改善活動において重要なことは、これらの改善活動における測定ポイントとメジャーを決めることである。
これは日本式TQCの方針管理に記述されている、

  • 「まず重要なことは方針そのものが最適であること、次に重要なことが評価の対象である。評価にどのような『ものさし』を選ぶかが、ここでいう管理項目を何にするのかということである。しかし、この管理項目を何にするのかが実は難しいのである。例えば、製造であると、不良率、クレーム件数、出荷検査合格率、工程不良率、設備故障率、稼働率、製造原価率、生産性向上率、直行率、不良損失額、操業率、収率等になるであろう。これが、設計になると、設計ミス件数、設計変更率、創意工夫率、特許件数、設計レビュー回数、新製品件数、技術資料登録件数、納期確保率、試作件数等になるであろう。」

と同様のことを行う。

バランススコアカードの特徴は次の通りである。

  • ① バランススコアカードは、PDCAに沿って活動をする。
  • ② バランススコアカードは、4つの視点で企業経営をモニターし、ナビゲーターの役割を果たす。
  • ③ バランススコアカードは、ビジョンと戦略を各種の経営管理プロジェクトと従業員の日々の業務に落とし込む、方針管理の機能を持っている。

ここでも日本式TQCの特徴であった、PDCAの手法が強調されている(第2章 日本式品質管理(日本式TQC)の主要概念、手法 2.3.1 全員参加の品質管理 (1)PDCAサークルを参照)。いってみれば、PDCAのサイクルに方針管理の手法を絡ませたものがバランススコアカードといえるであろう。しかし、バランスという名前が示すように、複数の視点の評価点にバランスを取ること(ある一つのものに偏らないようにする)を主張しているコンセプトは新しいものである。