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第3回目 技術顧問 QMS講師 国府 保周 氏(2018年6月号アイソス誌掲載)

機会・リスクに関する質問

 ISO 9001の研修では、機会・リスクに関して質問を受けることが多いです。言葉として目新しいからなのでしょうか。アイソスの2017年8月号でも記しましたが、実際のビジネスの場では、「機会が先にあって、それを推進する際にリスクを伴う」というケースが圧倒的に多いようです。まずは、機会とリスクの意味を再確認しておきましょう[図表1]。

6.1はシステムの計画時の要求事項

 ”6.1 リスク及び機会への取組み”の冒頭は、「品質マネジメントシステムの計画を策定するとき」から書き出しています。機会・リスクへの取組みというと、この活動が単独で存在しているような錯覚に陥りそうですが、あくまでも「品質マネジメントシステムの内容を計画する(設定する)」際の通り道で、4.4.1 f) につながります。つまり6.1は、プロセスアプローチで物事を決める道筋の一角を為します[図表2]。

 6.1.1で機会・リスクに取り組むことを決めた後は、下記の要求事項に乗り継ぎます[図表3]。

リスク・機会への取組みは3Hに着目

 ”3H”という言い方を耳にすることが増えました。「初めて、変更、久しぶり」のことで、どうしても心配なので、普段以上に気を付けます。「不確かさの影響」、つまりリスクです。
3Hを捉える必要が生じるのは、新分野へのビジネスの進出、新製品・サービスの開発、新たな材料・部品の使用、新たな設備・技術の導入、新たな顧客・仕入先との取引開始、従業員の新規採用、ある人物の管理職への登用と、それらの変更・変化や、久々の復帰などですが、何らかの機会を狙うことから始まるケースが多いです。
このうちの多くは、事業計画や予算化、会議での議決などで積極的に進めていますが、世代交代など変化に伴うものや、材料の入手困難、取引先の廃業など、ビジネス環境の変化がきっかけとなるものもあります。

内部監査・審査での調査の切り口

 内部監査・審査でチェックリストを使うことが多いです。ISO 9001をベースにチェックリストを設けると、多様な要素のチェック項目を、規格要求事項の番号順に並べることがよくあります。実際の内部監査や審査は、チェック項目の記載順に調査するというよりも、たとえば「機会・リスクに関連するもの」というくくりで、一連の事項を調査することが多いと思います。また、それら一連のものの調査を、規格の箇条番号順とする必要もありません。

たとえば設備の導入に着目すると

 先ほど3Hの説明で、機会・リスクを捉えるケースの一例として「新たな設備の導入」をあげました。たとえば、新規ビジネス展開の都合、需要の見通し、効率アップ、容量不足、老朽化など、何らかのきっかけで、新たな設備の導入を決めたとします。
新たな設備の導入は“機会”となり得ますが、情報・理解・知識の不足(リスクの定義の注記2)などのため、確定しきれていないもの(=不確かさ)があるならば、その影響(リスク)を考える必要があります。そこで、設備メーカーと打合せや、情報収集、実験・検証などを通じて、確定領域を広げていく、つまりリスク=不確かさの影響を低減していくことでしょう。【6.1】
新たな設備が入ったら試運転して、意図する成果が出るかどうかを調べ、必要に応じて軌道修正を図ります。また、操作者のトレーニングや操作マニュアルの整備も必要かもしれません。これらを通じて、計画段階での詰めが十分であったかが判明します。【9.1.3】
なお、今回の設備導入で学んだことは、将来に活きるので、組織の知識となります。【7.1.6】
新たな設備の導入は投資であり、経営者は気にしていることでしょう。このことに限定して報告を求めることも、限定的なマネジメントレビューへのインプットです。【9.3.2】
それらは、次の事業計画に反映することになるでしょう。【9.3.3, 4.1, 4.2】
これらの主要部分は、[図表3]に示した要求事項間の乗り継ぎに沿っています。

内部監査・審査で調査する順序は?

 いよいよ内部監査・審査の話題です。これら一連の出来事を、①上流→下流の流れに沿って調べるか、②下流→上流の順に調べるか、どちらがよさそうでしょう?
第三者審査で内部監査の状況を拝見すると、物事の流れ、つまり上流→下流の順に調査するケースが圧倒的に多いようです。たしかに内部監査員・審査員にとって、流れに沿って調査するのは自然な動きですが、計画の話から調査が始まると、どうしても漠然とした質問が主体となって、実は監査・審査を受ける側は、けっこう答えにくいものです。また、何らかの問題点の原因やその際に考慮が必要な事項は、下流側で気付いて上流側で詳しく調べる形態となるので、結果から調査を始める方が、監査・審査の充実度が高いようです。

ISO 14001でも新設・変更時に着目

 ISO 14001でも、新たな設備の導入は、監査・審査での調査ポイントです。“6.1.2 環境側面”の第2段落では、環境側面を決定するとき、「a) 変更。これには、計画した又は新規の開発、並びに新規の又は変更された活動、製品及びサービスを含む」を考慮に入れることを要求しており、新たな設備の導入は、これに該当します。
電力や燃料の消費量を、操業を工夫して低減することが多いですが、新たな設備の導入は、抜本的な対策になり得ます。つまり、著しい環境側面の再考と取組みの計画策定【6.1.2, 6.1.4】、設備導入そのものを環境目標の取組みテーマに位置づける【6.2.1】、それに伴う環境パフォーマンスの評価【9.1.1】など、数多くの規格要求事項が関与します。

機会・リスクへの取組みの場面

 機会は随所にあります。箇条6.1の注記2では、下記の例を挙げています[図表4]。

図表4 機会が生じるケースの例(ISO 9001:2015,箇条6.1,注記2)
  • a) 新たな慣行の採用(新たに何かを始める)
  • b) 新製品の発売
  • c) 新市場の開拓
  • d) 新たな顧客への取組み
  • e) パートナーシップの構築(業務委託先・販売代理店など)
  • f) 新たな技術の使用 など

 本稿では、機会・リスクに取り組むきっかけとなる場面の代表例として“3H”を挙げ、「新たな整備の導入」のケースを詳しく見てきました。他にも下記のような場面などがあり得ます[図表5]。

図表5 機会・リスクへの取組みが生じる他の場面の例
  • a) 事業計画の策定時に想定・設定するもの(ビジネス面など)
  • b) 後任に引き継ぐとき(人事異動,世代交代など)
  • c) 内部監査,品質目標,工程や行動の観察などを通じた気付き
  • d) マネジメントレビューなどの会議や人が集まった際の話題

 機会・リスクへの取組みには、戦略的なものも偶発的なものもあれば、市場など利害関係者の変化やマンネリ化・気質の変化など長期的な変化に関する気付きをきっかけとするものもあります。

図表4や5に遭遇したら調査する

 上述のように、機会・リスクへの取組みを内部監査・審査する際は、下流→上流の順に進めるとよい旨を紹介しました。①機会に取り組んで意図した成果が得られたか、②取り組んでうまくいったか苦労したか(計画がどの程度有効だったか)、③今後同様のことが生じたらどうするとよいか(今回の取組みから学んだこと)などを尋ねてみます。
併せて、この種の取組みに普遍的なルール(実施内容や基準)はあるか、それとも状況に応じた計画力・判断力に基づいて実施しているかも尋ねます。前者の形態であれば、ルールで規定している内容が妥当かどうか、後者の形態であれば、どのような力量が求められるかを評価します。決め方が不足しているか、その逆に決めすぎている(画一的すぎる)かを評価することで、規定内容の有効性を見極め、改善に結びつけます

“概念”を扱う要求事項

 “6.1 リスク及び機会への取組み”は、あくまでも“概念”を扱う要求事項であり、“実務の個別詳細”を扱う要求事項ではありません。現実問題として、ここまで記したように、機会・リスクに取り組むケースは非常に多様で、その進め方は、ケースごとに大きく異なります。実運用では、あまり機会とかリスクとかを意識することなく、自然に、しかし、的確に取り組んでいます。したがって、箇条6.1に関連する組織内での規定内容(実施場面や実施内容・手順など)の形態を1つに絞ると、現実と合わなくなります。こうした“概念”を扱うISO 9001:2015の要求事項としては、下記などがあります。[図表6]。

図表6 “概念”を扱う代表的なISO 9001:2015の要求事項
  • 4.1 組織及びその状況の理解
  • 4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
  • 4.4 品質マネジメントシステム及びそのプロセス
  • 5.1.1 (リーダーシップ及びコミットメント)一般
  • 5.1.2 顧客重視
  • 6.1 リスク及び機会への取組み
  • 7.1.1 (資源)一般
  • 9.1.1 (監視,測定,分析及び評価)一般
  • 10.1 (改善)一般
  • 10.3 継続的改善

“概念”を扱う要求事項の調査

 “概念”を扱う要求事項の調査は、容易ではありません。第三者認証審査では、経営者インタビューを審査全体の冒頭に持ってくることが多く、経営者がこれらをどのように捉えているか探ります。ただし、“概念”を扱う要求事項には、文書類や記録(文書化した情報)に関する要求事項はなく、極端な場合、経営者の頭の中にあるだけでも構いません。
しかし、それらを実現させるには、役員会にかける、特定の部門・個人・プロジェクトチームなどに指示して、行動に移させる(またはその準備をさせる)ことになるでしょう。また、理解を促す目的の事項では、関係者に浸透していなければなりません。したがって、指示後の動きを追って、裏をとります。
チェックリストを用いる場合、経営者インタビューで尋ねただけでは、当該チェック項目にOKマークを付けることができません。審査全体が終わった時点で初めてOKマークを付けることが可能となります。

内部監査でも経営者と話し合う場を

 前項では第三者認証審査について記しました。一方、組織内に所属する内部監査員は、普段から経営者の想いが伝わってきていること自体に、内部監査としての機能が備わっているとみてよいケースも多いです。しかし、「あらゆる従業員に知らしめる事項は、あくまでも普遍的なことやアウトラインのみ」というケースも多いです。
ISO 9001では、「経営者本人に対する内部監査」までは要求していません。しかし、経営者の真意を把握することなしで、これらに関する適合/不適合は判定できません。経営者インタビューなどという大げさなものでなくて構いませんが、内部監査員が経営者の意向を直接知る機会を設けるのが、現実的な進め方ではないでしょうか。

研修をうまく活用する

 本稿では「講師がどのように説明しているか」を紹介しました。実践的な内容は、こうした書き物では、なかなかお伝えできません。研修は“ライブ”です。講師が一方的に語るだけでなく、演習の場で意見交換したり、質問を受けたりします。自分が知りたいことを知り、疑問点を解消し、背景や理由を学ぶことで納得性を高め、意味と意義のあるマネジメントシステムの推進や改善に役立てられるよう、ぜひ研修会場にお越しください。お待ちしています。

著者経歴

氏名:国府 保周



1956年三重県生まれ。
1980年三重大学工学部資源化学科卒業。荏原インフィルコ株式会社(現荏原製作所)入社、環境装置プラントを担当。
1987年株式会社エーペックス・インターナショナル入社、エーペックス・カナダ副社長、A‐PEX NEWS編集長、品質保証課長、第三業務部長を歴任。またユーエル日本との合併後は、マネジメントシステム審査部長代理を務める。
2004年株式会社日本ISO評価センター常務取締役。2006年〜活き活き経営システムズ代表。
2007年〜(株)テクノファ技術顧問。現在、研修講師・審査員・コンサルタントとして活躍中。