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第5回目 OHSMS/EMS/QMS研修主任講師 有賀 源司 氏(2018年8月号アイソス誌掲載)

1.現在の労働安全衛生管理、労働安全衛生マネジメントシステムの問題

 2018年3月12日、ISO45001:2018がついに発行されました。いままで労働安全衛生に関わってきた立場からすると、“よかった”という感慨があります。現在の労働安全衛生管理及び労働安全衛生システム(以下、OHSMS)の問題点には、次の事項があります。

  • ① 活動が進むにつれて、定型化してしまう。
  • ② “0災害”以外のパフォーマンスが考えられない。
  • ③ 形式的な記録が多く、安全衛生の確保に寄与しないものもある。

2.PDCAのCが重要

 ISO45001の「序文」では、「0.4Plan-Do-Check-Actサイクル」が説明されています。PDCAの中で、特に重要なものは、Checkのパフォーマンス評価です。

  • c)Check:労働安全衛生方針及び目標に照らして、活動及びプロセスをモニタリングし、測定し、その結果を報告する。

 活動・プロセスを実行した結果、予定の成果が必ず出るわけではありません。成果が出ない場合、やり方である活動・プロセスを変更することが必要になります。
この全体的な“プロセス”の他に、いろいろな“スモールプロセス”があり、ここにもPDCAがあります。このPDCAにおいても重要なものは“パフォーマンス評価”の“C”です。想定されるいくつかのスモールプロセスの“C”を具体的に考えます。

(1)リスクアセスメントプロセス

 受注から出荷までのプロセスの中で、リスクアセスメントを実施します。このパフォーマンスを評価する機会は、次のような場合が考えられます。リスクアセスメントを実施しているのに、次のような欠陥がありインシデントが発生した場合がよくあります。

  • 危険源が特定されていない。
  • 管理策が不足していた。
  • リスクレベルが低く評価されていた。
  • そもそもリスクアセスメントの対象でなかった。

このような機会は、リスクアセスメント・スモールプロセスの計画のどこが悪いのか、何を改善するのかを検討しなければ、レベルアップしません。

(2)リスクコミュニケーションプロセス

 ISO45001は、コミュニケーションに関係したことが、次のように分散されています。

  • -5.1e) トップマネジメントがOHSマネジメント・OHSMSの重要性を伝達する
  • -5.2 OHS方針は組織内に伝達する
  • -5.4 働く人の協議及び参加
  • -6.1.3 法的及びその他の要求事項でコミュニケーションするものを決定する
  • -6.2.1 OHS目標を伝達する
  • -8.1.4 調達におけるコミュニケーション(ISO45001では、コミュニケーション言葉はありませんが、“調整”という言葉が該当します)
  • -8.2 緊急事態における各人の義務・責任を伝達する
  • -9.1.1 OHSパフォーマンスの結果をコミュニケーションする
  • -9.3 マネジメントレビューでは、利害関係者とのコミュニケーションの問題を報告する

 これらのコミュニケーションは、階層・広報部門・購買部門・総務部門等に分散されて実行されます。
インシデント・退職等があった場合、コミュニケーションエラー及び不足があったか見直す機会になります。
私は顧問企業で、現在までに4件の重大事故を経験しています。いろいろな原因がありますが、“もう少しこんな点をしっかり伝えておけば”、“もう少しここを聞いておけば”重大事故にならなかったと聞きます。コミュニケーションエラー防止は、OHSMSの重要ポイントです。

(3)設備管理プロセス

 食品工場での労働災害を紹介します。麺類の材料をこねるミキサー内にあるうどんのカスを除去する作業をしていました。ミキサーのフタが開くと、設備が停止するリミットスイッチが設置されていました。作業者は、停止後、カス取り作業をしている内に、設備についているリミットスイッチに体が接触してしまい、ミキサーが動き出し、全身を巻き込まれてしましました(図1)。
では、この事例の設備の何が問題なのでしょうか?
厚生労働省は「機械の包括的な安全基準に関する指針」を発表しています。この中の「別紙2 本質安全方策の12」には、次の記述があります。

    12 制御システムの不適切な設計等による危害を防止するため、制御システムについては次に定めるところによるものとすること。

  • (1) 起動は、制御信号のエネルギーの低い状態から高い状態への移行によること。また、停止は、制御信号のエネルギーの高い状態から低い状態への移行によること。
  • (2) 内部動力源の起動又は外部動力源からの動力供給の開始によって運転を開始しないこと。
  • (3) 機械の動力源からの動力供給の中断又は保護装置の作動等によって停止したときは、当該機械は、運転可能な状態に復帰した後においても再起動の操作をしなければ運転を開始しないこと。
  • 以下 略

(出典)厚生労働省 機械の包括的な安全基準に関する指針 平成19年7月31日

 (3)では、「保護装置等の稼動によって停止したときは、再起動の操作の機能」が必要であり、これが不要していたことが根本原因です。つまり、本来、安全装置が働いた時には、リセットする機能がなければ安全といえないのです。ここで、設備管理プロセスの“C”を検討し、次のことが明らかになります。

  • 「機械の包括的な安全基準に関する指針」が必要である。
  • この指針を使うためには、専門的知識・技能が必要である。

 今回は、厚生労働省の指針を紹介しましたが、基本安全規格ISO12100(JISB9700)、さらにグループ安全規格、個別機械安全規格を使用する会社も多いです。
筆者の関係した組織で、次のように設備管理プロセスが変革した事例を紹介します。

  • 組立機で、はさまれ事故があり、労働基準監督署から指導されカバーを取りつけた。既存の設備なので苦労し、70万円もかかった。
  • 生産技術部門が、生産設備設計プロセスの中で、明確に安全を検討するようチェックリストを作成し、運用した。この結果、同機能の組立機で15万円で安全機能が設置できるようになった。
  • 上記を契機に、材料投入、製品取出しが自動化される。
  • 今は簡単な段取替えまで、自動化するように改善されている。

 このように、設備管理を生産性向上へとつなげていく、見直し改善が必要です。

4)OHS教育プロセス

 毎年同じ教育訓練計画を立て、同じように実行するだけでは“C”が機能していません。
教育・スモールプロセスの望まれる成果を次のように考えます。

  • 力量を向上させる。
  • 業務への認識を向上させる。

 ISO45001「7.2力量」の力量対象業務を、どこまで対象を拡大するかは、組織の考え方により異なります。
OHS教育プロセスの“C”は、各教育訓練実施後の適切性、有効性の評価にあります。

  • 教育目的は達成されたか。
  • 安全衛生活動の実行につながっているか。

この“C”の結果から、次の事項につなげる必要があります。

  • -作業主任者の資格取得のみであれば、実務につながっておらず有効ではありません。法的資格取得から、実務につなげた現場での行動になるように、なっているか確認する必要があります。
  • -“C”の反省を。次回の教育及び来年の教育訓練計画に生かすことも重要です。教育訓練計画を“安全衛生行事”にしてはいけません。
5)OHS目標プロセス

 0災害が継続している組織のOHS目標として、「0災害の継続は、OHSMSとして適切なのか?」については、いろいろな意見があります。
目標設定の対象をどこにするかで変わります。

  • 事後的パフォーマンスであれば、0災害
  • 事後的パフォーマンスであれば、プロセスの要素(人・設備・方法・管理)のパフォーマンスになります。したがって、“0災害の継続”の目標でも、プロセスの要素が改善される計画であればよいです。

 OHS目標プロセスの“C”はプロセスの要素(人、設備、方法・管理)が改善ができたかを検討することです。毎年同じことを同じように実行する“OHS行事”ではよくありません。
年度末の見直しで、“改善性”を見直すことが“C”となります。野球の野村監督の言葉を借りると、次のようになります。
「0災に不思議の0災あり、労災に不思議の労災なし」

3.問題はOHS法令プロセス

(1)身近にある労働安全衛生法違反

 平成26年、法改正がありました。概要を、以下に説明します。

  • 化学物質のリスクアセスメントは従来努力義務だったが、一定の物質について義務化された。
  • 50人以上の事業場では、ストレスチェック制度が義務化された。
  • 一定の業種で電気設備の定格容量が合計300kW以上の場合、建物・機械等の設置、主要部分の変更の届出の削除(この中で届出の削除はまれ)組織は、変化の激しい時代にライン・設備等の設置・変更が頻繁に行われている。この状況の中、「法第88条第1項」が廃止された。

 最後の「法第88条第1項」は画期的です。些細な記事ですが、この条項に、どれだけたくさんの方々が苦しんでいたか、想像できます。
OHSMSの規格制定において、日本では、現在の労働安全衛生法の詳細な基準とOHSMSが両立できるかとの問題が挙げられました。つまり、組織の順守評価が厳密に実施された場合、各種の問題が出るという心配でした。例えば、図2にある法違反は現場ではかなり顕在化してあります

(2)コンプライアンスとは何か

 コンプライアンスの目的は、法的リスクから組織を守ることです。重要な法違反があると、組織は社会的制裁を受けることになり、業績低下ひいては倒産に追い込まれます。しかし守るべき法律にはたくさんの矛盾があります。これらについてどのように対応するかを考えることがコンプライアンスの重要な事項であると考えます。
浜辺陽一郎氏は、その著書:「コンプライアンスの考え方」中央公論社、2005年発行で、“思考停止というパターン”を紹介しています。図3はそれを図示したものです。法律だから、とにかくそのまま守るというのは、思考停止なのです。法律のどこに矛盾があり、どう対応するかを考える必要があります。ISO45001:2018の“5.4働く人の協議及び参加d)4)”において、“法的要求事項及びその他の要求事項を満足する方法を決定する”とあります。これは合理的かつ有効な方法を実際に実施する働く人と協議して決めることなのだと考えます。その方法を、図3の中に述べます。

(3)順守評価の結果にどのように取組むか

 実際の法規制に対応するのは、安全衛生の場合、多くは現場です。次のような弊害があっては、有効ではないのです。OHS法令プロセスの“C”は、次の内容を評価することです。法令だから、問答無用と、スタッフが作成した方法を一方的に守ることではないのです。

  • 法令が適切に順守されているか。
  • 法令の目的は何か。
  • それはOHSMSにおいて、必要なことか。
  • 実施での問題点は何か。
  • 現場の人は実施方法を承諾しているか。
  • もっと適切な方法があるか。

3.システムを構築される方々へ

 本稿ではISO45001により、OHSMSを構築し、その後労働安全衛生の成果を向上させるためには、PDCAの“C”が重要であることを紹介しました。OHSMSの最終的な成果は、規格の序文にありますが、”労働に関する負傷及び疾病を防止する“、”安全で健康的な職場を提供する“ことです。
マネジメントシステムは、ガチガチの仕組みを求めているのではなく、組織の外部・内部の課題を考慮し、最も重要な利害関係者である働く人の意見を取り入れたシステムに改善することが重要です。そのためにはPDCAの“C”を機能させることが重要であることを、事例を交えて、ご紹介しました。是非研修に参加し、具体的な体験をしていただくことを、ご提案します。

著者経歴

氏名:有賀 源司



1954年長野県生まれ。1977年大阪工業大学工学部卒業。
1977年大明化学工業株式会社入社、浄水剤の分析を担当。
1988年株式会社キッツ入社。鋳造工場環境改善、教育、騒音・水処理改善担当。
1991年コンサルタントとして独立。
現在、研修講師、審査員、コンサルタントとして活躍中。