ISO情報

テクノロジーと貿易 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■イノベーションによって変化する世界貿易構造と経済成長の道筋

(テクノロジーと貿易)
情報通信技術の発展は、地理的距離を超えた即時のコミュニケーションや国内外におけるECサービスの提供を可能にするなど、経済や生活に大きな影響を与えている。また、近年のデジタル化・自動化の発展により、タスクの細分化が可能となったほか、フリーランスプラットフォームの台頭、機械翻訳の飛躍的発展によって言語の壁を越えたタスクのアウトソーシングも可能となったことから、国境を越えたサービスのアウトソーシングが更に進展しつつある。特に、コロナ禍では、行動が大きく制約されたことにより、旅行やビジネスにおける移動機会が減少したものの、その反面、テクノロジーを活用したEC需要は高まったほか、リモートワークやWeb会議システムを活用することで働き方の多様化が進んだ。

デジタル技術は、個々のプロセスの効率化や円滑化のみならず、グローバル化やリショアリングを促すことにより貿易構造を変化させる可能性や、新興技術の浸透に伴って新たな市場や職業を創出し、雇用を生み出すポテンシャルを有する。デジタル技術の進歩や浸透の速度は目覚ましく、これにより新たに創出される財やサービスを利用することで恩恵を受けられる一方で、労働市場の分極化を招き、スキルによる賃金格差が拡大するといった労働市場への負の影響についても関心が高まっている。また、デジタル化を支えるデジタルプラットフォームにはネットワーク効果が働きやすく、市場の独占や寡占を招いていることから、将来に向けた投資やイノベーションの創出を阻害する競争環境の不健全性の是正に向けた議論が行われている。本節では、こうしたデジタル経済の動向を把握するため、デジタル貿易の枠組みを整理した上で、新興技術が貿易や労働市場に与える影響について示す。また、新興技術による格差・不平等への影響についても分析し、影響の緩和に向けた方向性を提示する。

(デジタル貿易の概念)
経済活動の中で、様々な財・サービスのデジタル化は急速に進展しており、こうした経済活動の実態を把握することの重要性が増している。一方で、経済活動の中でテクノロジーが担う領域が広い上、状況変化が大きいことから、全体像を明らかにすることは難しい。こうした状況を踏まえて、デジタル化が進む国際的な財・サービス、さらにはデータをも含む取引の実態を捕捉するべく、デジタル貿易の枠組みに関する議論が国際的に進みつつある。

2018年の通商白書では、OECDによるデジタル貿易の事例を示していたものの、デジタル貿易について国際的な定義は明確化されていなかった。その後、OECD、WTO及びIMFにおいてデジタル貿易の定義や概念が整理され報告書としてとりまとめられた。同報告書では、デジタル貿易を「デジタルで注文される、かつ・またはデジタルで配送される財やサービスの貿易」と定義している。ここで、「デジタルで注文される取引」は、「商品やサービスの国際的な売買を、コンピュータネットワークを介して、注文を受けたり発注したりすることを目的として特別に設計された方法で行うこと」、「デジタルで配送される取引」は、「当該目的のために特別に設計されたコンピュータネットワークを使用して、電子フォーマットで遠隔地に配信される国際取引」とそれぞれ定義されている。上記の定義を踏まえると、デジタル貿易の概念については、以下のように考えることができる。貿易統計に含まれている範囲と情報やデータなどを含む非貨幣性デジタルフローであり既存の貿易統計に含まれていない領域であり活動の実態を捉える上では重要な位置づけの範囲である。また、デジタルプラットフォームによる経済活動は、これらの両領域にまたがっている。つまり、①「デジタル注文・非デジタル配送」の財、②「デジタル注文・非デジタル配送」のサービス、③「デジタル注文・デジタル配送」のサービス、④「非デジタル注文・デジタル配送」のサービスの4つから構成される。これらは、既存の貿易統計の枠組みと電子商取引の利用状況等から概ね捕捉することができる。その一方で、非貨幣性デジタルフローについては上記のような財やサービスの売買が直接的に生じないため、捕捉することが難しい。

また、デジタルプラットフォームの活動の計測方法についても課題が残されている。例えば、デジタルプラットフォームが利用者同士の財・サービス取引の場を提供した場合、利用者が支払うプラットフォームの利用料については、既存の企業統計を通じて捕捉可能であるものの、利用者同士で行われる財・サービス取引の対価を直接捕捉することはできない。さらに、デジタルプラットフォームを通じて越境取引が行われる場合には、新たな課題が生じる。例えば、財・サービスの提供者がA国に居住し、デジタルプラットフォームも同様にA国に拠点を持ち、購入者がB国に居住する場合を考える。この場合、財・サービスの取引は、A国とB国との越境取引となるが、統計上捕捉されているのは、A国に拠点を構えるプラットフォームの手数料に関する売上げのみであり、越境取引の活動実態は捕捉されないため、貿易規模の過小評価につながってしまう。このようにデジタル関連の経済活動について概念整理が進められつつあるものの、直接的な売買の対象とならない情報やデータの扱いやその越境取引規模の推計は今後の課題となっている。そのため、こうした非貨幣性デジタルフローに関する推計手法の新たな開発や、民間データの活用、税務情報等の行政データの活用を含めた幅広いアプローチが必要であり、国際的な議論が行われている。

(データフローの動向)
前述したデジタル貿易の枠組みや課題を踏まえて、世界におけるデータフローの動向について見ていく。データフローには、電子商取引やコンテンツ配信といった財・サービス取引に関する情報が含まれるほか、無償化されている情報検索サービスやコミュニケーションツールの活動規模についても把握することができることから、データフローの動向は、デジタル化された経済活動の実態を把握する観点から重要と言える。

まず、データの流通網であるインターネットの個人の利用状況を見ると、世界全体での利用人口は年々増加しており、2021年(推計値)では6割を越えている。インターネット利用人口の増加に伴い、世界におけるデータフローも増加傾向にある。エリクソンによると、モバイルデータのトラフィックは、通信技術の高度化もあいまって年々増加しており、2027年の総量は1か月当たり約300EB(エクサバイト)と2021年比で約4.5倍になると予測されている。地域別のシェアをみると、2011年時点では、北米、西ヨーロッパが全体の68%を占めていたが、2021年時点では、北米、西ヨーロッパが全体の17%まで低下した一方、インド・ネパール・ブータンと北東アジアの2地域で55%まで拡大している。今後は、東南アジアや中東・アフリカのシェアが、人口増加や経済成長に伴い増加する見込みとなっている。

次にコンテンツ別シェアを見ると、動画が占める割合が2011年に29%、2021年に69%であったが、2027年にはさらに増加し全体の79%を占めると予測されている。今後、より高速な通信インフラの整備が進められることで、利用されるデータ容量も増加していくほか、IoTの産業応用やメタバースといった新たなマーケットが創出されていくことを踏まえると、データフローの規模は更に拡大していくと考えられる。次に、越境データフローの動向を見ていく。越境データの流通量の推移をみると、2021年時点で、アジア大洋州が全体の半数弱を占めており、アジア大洋州、米州、欧州が、越境データフローの約9割を占めていることが確認できる。また、越境データフローは上記のような流通量に加えて、取引されている情報の価値を併せて捉えていくことが重要である。TomiuraE., Ito, B., and Kang, B.(2019)は、企業が国内や海外においてデータ収集を行っている状況と生産性の関係について分析し、国内かつ海外においてデータ収集を行っている企業の生産性が最も高く、次いで国内のみでデータ収集をしている企業の生産性が高く、データ収集を行っていない企業の生産性は最も低いことを示している。また、Tomiura E., Ito, B., and Kang, B.(2019)は、海外でデータを取得している企業ほど欧州における一般データ保護規則(GDPR)や中国のサイバーセキュリティ法等のデータ関連規制の影響を受けていることを示している。こうしたデジタル関連規制の導入件数を見ると、世界全体で増加傾向にある。

導入されている規制の内訳を見ると、特に、データガバナンスや知財等に関する導入数が多く、これらの越境取引が持つ価値に対する認識が世界的に高まっていることを示唆している。今後、こうしたデジタル関連規制の増加傾向が続くと、企業内外の越境データ取引に与える影響が大きくなるおそれがあることから、今後のデジタル関連規制の動向に注視が必要である。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html