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新興技術の貿易への影響 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■新興技術の貿易への影響

(トレードテックの概要)
前回、新興技術がデジタル化を推し進めた国際的な財・サービス取引の実態を把握するための枠組みとして、デジタル貿易の概要について示してきたが、こうしたデジタル化を支える新興技術は貿易の構造や仕組みをも大きく変えつつある。WEF(世界経済フォーラム)では「貿易をより効率的、包括的、公平にするための一連の技術やイノベーション」を「トレードテック」と位置づけ、報告書にまとめている。

報告書の作成にあたり国際貿易業務に従事している企業の管理職や役員等を対象として行われた調査によると、最も革新的なトレードテックとして回答が多かった技術として、「サプライチェーンにおけるIoT」、「デジタル決済」、「ECプラットフォーム」、「クラウドコンピューティング」、「5G」などが挙げられている。回答割合が多いトレードテックとしては、既に実用化に至っている要素技術が多い一方で、上記の技術・サービスに続く「AI/機械学習」、「デジタル書類/署名/証明書」、「スマート国境システム」、「ブロックチェーン/分散型台帳技術」、「ロボティクスと自動化」、「VR/AR/MR」、「3Dプリンタ/付加製造」といった技術については、長期的にはトレードテックとしての活用が期待されながらも、技術的障壁が高かったり、社会実装までに時間を要したりする要素技術となっている。

このようなトレードテックが貿易に与える主な影響としては、「コスト削減と高速化」、「新たな財・サービスの創出」、「環境へのポジティブな効果」、「小規模な主体の包摂」、「取引コストの削減による財貿易の拡大」等が挙げられている。例えば、動画や音楽コンテンツは、これまでは記録媒体を店舗販売することによって消費者へと届けられてきたが、通信技術やクラウドストレージ技術の発達によって、店舗販売から電子商取引へ、記録媒体からデータ配信へと変容していくことは、「新たな財・サービスの創出」であり、「財のデジタル化による貿易規模の縮小」の例と言えよう。また、「ロボティクスと自動化」や「3Dプリンタ/付加製造」の技術が発達することによって、これまで海外へアウトソースしていた中間財製造を国内回帰させるリショアリングが促進され、製造プロセス全体を通じた「コスト削減と高速化」が進む可能性がある。一方で、こうしたトレードテックの導入にあたっては、「雇用効果」や「大企業の強化」といった負の効果への懸念も指摘されている。

これらの影響についても、それぞれテクノロジーをめぐる重要課題として研究がなされているが、トレードテックは導入することによって、様々な観点で効率化や最適化が進められる一方で、以下のような課題も指摘されている。

トレードテックに関する課題として最も回答が多いのは、「技術によって異なる複数の規制への対応」である。この点は、個人情報を含むデータの越境移転、データ保存先のサーバーを経済活動が行われる国内に設置するデータローカライゼーションなど、デジタル保護姿勢や規制が地域や国によって異なることが大きく影響している。また、次に回答が多いのは、「デジタルリテラシーの不足」、「技術の複雑化に伴う資本要件の増加」である。これらに共通する点としては、技術の高度化・複雑化が考えられる。技術そのものが高度化することにより、投資やリテラシー獲得に必要な水準が高まっているほか、複数の要素技術を統合するにあたっては個々の技術活用以上に高度な技術水準が求められる。トレードテックの導入にあたっては、個々のトレードテックが持つ可能性や貿易や労働市場に与える影響を捉えることが必要となるが、さらにこれらの技術が急速に進展していくことを踏まえると、早い段階で各要素技術の導入を進めながら、継続利用していく価値や越境利用するにあたっての方策を見極めていくことが重要と言えよう。

(トレードテックの要素技術)
次にトレードテックに含まれる要素技術について活用方法や導入による影響や課題について見ていく。「AI」、「IoT」、「ロボット・自動化」、「5G」、「ブロックチェーン」、「3Dプリンタ」に関する活用事例や課題は以下のようにまとめられる。

①AI
AIは、新たな財・サービスの創出や品質向上、効率化に寄与しうる。また、AIは、業務プロセスの自動化、特に低付加価値の定型業務を代替する可能性があることから、これまで海外で行われていた労働集約型の製造プロセスやサービスのオフショアリングを加速させる可能性を有している。近年では、AIの導入に必要な技術的障壁が低くなっていることから、今後は、生産性向上や競争力強化の観点から積極的な導入が進む傾向が続いていくと考えられる。

②IoT
IoTは、多数のセンサによって物理的な情報を取得し、ネットワークを通じて共有することで、これまでは人手で確認していた情報や、確認が難しかった情報を取得することが可能となる。例えば、貿易における配送物品の位置情報についてリアルタイムに追跡したり、生鮮食品等の状態を監視したりすることを可能にする。IoTデバイスの台数の推移をみると、全体として拡大傾向にある。また、産業別の推移を見ると、これまではスマートフォンや通信デバイス等の「通信」が多かったものの、台数の割合をみると、今後は、「産業用途」や「コンシューマー」のデバイスの割合が増加する予測となっている。

さらに、台数の推移について前年比の推移をみると、「医療」や「産業用途」、「コンシューマー」、「自動車・宇宙航空」で増加が見込まれている。このように、IoTは幅広い産業で活用可能性が期待される一方で、IoTデバイスに必要なネットワークについては、セキュリティのぜい弱性が課題となっている。また、IoTデバイスが今後増大した際には、これまでのサーバー/クライアント型のモデルによる一元管理には限界があることが技術的課題となっている。前述したように、データを国内外で収集している企業は、収集していない企業と比べて生産性が高いことを踏まえると、今後は、サイバーセキュリティに留意しながら積極的な導入を進め、業務プロセスの定量化、可視化、最適化へと活用していくことが重要と言える。

③ロボット・自動化
ロボット・自動化は、物流や作業プロセスの最適化に寄与する。同報告書によると、現状ではコンテナターミナルのうち自動化されているものは3%にとどまり、技術の導入に大きな余地が残されている。ロボットや自動化技術をめぐっては、生産性向上や人手不足の解消といった効果だけでなく、急速な導入に伴う高スキル労働者の不足や、既存の労働者の代替といった労働市場における負の効果も懸念されている。

例えば、ロボットをめぐる貿易構造の影響に関しては、Obashi & Kimura(2021)(“Production Networks: Impact of Digital Technologies”, Asian Economic Journal, Vol. 35, Issue 2, pp. 115-141.)は、東アジアの新興国において、製造業で産業用ロボットの導入が進められることで、地域の生産ネットワーク内での部品や消費財の貿易が促進されたことを示している。また、Faber(2020)(“Robots and Reshoring: Evidence from Mexican Labor Markets”, Journal of International Economics, Vol. 127, November, 103384.)は、米国の製造業において、産業用ロボットの導入によって、メキシコとの加工貿易が縮小し、メキシコの労働市場において雇用への負の影響があったとして、ロボット・自動化技術がグローバルバリューチェーンを置き換える可能性を示唆している。

④5G
5Gは、超高速通信、超低遅延通信、多数同時接続を同時に実現する通信技術であり、主にサービス分野で、これまでも4G通信で利用されてきたECや電子決済、ビデオ会議やオンライン教育のさらなる高度化・高速化が期待される。また、5Gは、AIやロボット・自動化技術と組み合わせることによって、港湾におけるトラックの自動運転、最適な経路計画や輸送を無人で行うといった活用事例も存在する。5Gをめぐっては、米中を中心とした政治的緊張の高まりが懸案されており、5Gの導入のみならず、5Gに対応したサービスの競争優位性の構築にも影響する可能性が指摘されている。

⑤ブロックチェーン
ブロックチェーンは、データを分散的に、安全に保管、伝送することを可能にする技術であり、トレードテックとしては、貿易関連手続きの一元化(シングルウィンドウ化)など、貿易に関連する様々なセクターを横断したデータの安全かつ効率的な管理としての活用が期待される。ブロックチェーン技術の活用によって、データ伝送の透明性が高まる一方で、個人情報や営業秘密を含む情報の適切な保護がサービス運用上の課題となっている。また、ブロックチェーン間での相互運用性については技術的な課題となっており、これが解決されることにより、さらにその利便性は向上することが期待される。

⑥3Dプリンタ
3Dプリンタは、これまでもオーダーメイドの装置や医療用器具、試験機器、非常時用の住居等の製造に用いられているが、貿易においては今後、長期的に財・サービス貿易の規模や構造に大きな影響を与える可能性がある。財貿易については、最終財の貿易から3Dプリンタの材料の貿易へのシフトが進む可能性や、中間財製造が減少する可能性などが指摘されており、一方で、3Dプリンタを用いた財製造に必要な設計データに関するサービス取引については増加することが考えられる。

3Dプリンタが財貿易にもたらす影響については、貿易量の減少と増加の両面の可能性が存在している。貿易量の減少については、3Dプリンタの普及によって製造業において生産されている財の半分が3Dプリンタに置き換わった場合、2060年には3Dプリンタがない場合と比べて財貿易の4分の1が減少するとの推計がある。一方で、貿易量の増加については、Freund、C. etal.(2019)(“Is 3D Printing a Threat to Global Trade? The Trade Effects You Didn’t Hear About”, Policy Research Working Paper, No. 9024, World Bank.)によると、補聴器の生産において3Dプリンタが多く用いられるようになったことで、貿易量が有意に増加した。さらに、Freund、 C. et al. (2019)は、財ごとの重量と物流コストが3Dプリンタによる製造にシフトするための要因になると指摘している。このように、3Dプリンタが短期的には貿易量の増加に寄与する可能性が示唆されている一方で、長期的に貿易総量の減少に寄与する予測となっている。また、3Dプリンタの普及によって貿易構造が変化することにより、製造プロセスにおける型や在庫の位置づけが大きく変化することなどから、サプライチェーンマネジメントの再定義が必要となる可能性がうかがえる。

(3)今後のトレードテック
これまでに示してきたような新興技術に加えて、昨今、IT事業者のみならず、小売事業者や幅広い業界で投資が進められている「メタバース」や「テレプレゼンス」のトレードテックとしての位置づけや活用可能性について見ていく。メタバース(Metaverse)は「Meta(超越)」+「Universe(世界)」を組み合わせた造語であり、オンライン上の仮想空間を意味している。メタバースの概念については国際的に明確に定義されていないものの、2020年度に経済産業省が実施した調査においては、「一つの仮想空間内において、様々な領域のサービスやコンテンツが生産者から消費者へ提供される仮想空間」として扱っている。

メタバースという概念はこれまで主にSNS事業を展開してきたフェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)が、今後の中心的事業をメタバースにすると発表し、その後、2021年10月28日に新たな社名をメタ・プラットフォームズに変更したことで大きく注目を浴びている。メタバースは、特定の機能を特定のプロセスに用いるための要素技術というよりも、様々な活動のあり方を変え得る仮想空間上のプラットフォームとしての役割が大きいと考えられる。トレードテックとしての活用方法としては、例えば、現実世界を模したメタバース上の店舗において商品を販売する越境ECのプラットフォームとしての活用や、店舗従業員がメタバース上のアバターとして接客をするなど新たな越境サービス提供の機会を創出することにより、既存のECでは難しかった顧客体験を提供することが可能となる。

また、メタバースでは、現実世界の地理情報を有するプラットフォームや、港湾や倉庫といった情報とリンクさせたデジタルツインとして位置付けることにより、仮想空間であるメタバース上で物流プロセスの最適化のためのシミュレーションを行った上で、現実世界に活かし、その結果を再度メタバースの設計にフィードバックするような相互に発展するシステムを構築することも可能となる。このような幅広い活用事例や既存技術との関係を踏まえると、メタバースは、これまでに全く存在していなかった概念ではなく、複数の既存の概念を一段と抽象化した上位概念として捉えることができる。

次に、テレプレゼンスについて、その概念をメタバースと対照させながら見ていく。テレプレゼンスは、遠隔地にいながらあたかも直接現場にいるかのような臨場感を得られるプラットフォームである。テレプレゼンスの活用方法はWeb会議システムや移動型ロボットを用いたコミュニケーションツール、アーム型ロボットやそれを操作するインタフェースを有する遠隔操作システムなど、その要素技術や応用先は幅広い。例えば、上述したようなコミュニケーションに関しては、映像や音声を通じてすでに実用化されているが、今後は、スキルが必要な手作業による製造プロセス、工場・倉庫内の保守・点検、触診や外科手術といった医療や介護サービスの提供などについても、直接的な移動を伴わず国内外へ提供することが可能となる。テレプレゼンスを活用することで、移動の制約を取り払われ、財生産の効率化やサービスの質向上に資することは想像に難くない。メタバースとテレプレゼンスを比較すると、メタバースが仮想空間を主眼とした概念である一方、テレプレゼンスは現実空間を主眼とした概念として対照できる。ただし、前述したようにメタバースを現実空間と連動させた都市連動型メタバースのような応用方法も可能であることから、これら2つの概念を明確に分けることは難しく、むしろ、実現したい世界観や機能を念頭に置いた上で、これらの両概念や要素技術を組み合わせながら目的の達成に活用していくことが重要と言えるだろう。メタバースやテレプレゼンスは様々な要素技術を統合することで形成しうるプラットフォームであることから、その市場規模を想定することは容易ではないが、2025年にはメタバースの市場が1兆ドル、また、バーチャルゲームの収益は2025年には4,000億ドルに上るとの試算もある。

メタバースやテレプレゼンス等によって新たな市場が創出、拡大していくことは新たなビジネスの機会となる。一方で、メタバースやテレプレゼンスによって、時間や空間を制約が取り払われ、仮想空間において価値が生み出され、移動をせずとも目的を達成できるようになることは、現実空間や移動の価値について再定義が迫られているとも言える。こうした点は既存のビジネスにおいては存在しなかった要素であり、メタバースやテレプレゼンスを利用しない企業にとっても、それらの特性を捉えながら企業活動へと反映していく必要性が今後強まっていくだろう。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html