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新興技術を通じた雇用への影響 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■新興技術の貿易投資を通じた雇用への影響

(雇用の規模への影響)
前回、貿易プロセスの効率化や、新たな財・サービスを生み出し得るトレードテックに着目していたが、ここでは、トレードテックを導入することによる効果として懸念されている雇用に与える影響について考えていく。

まず、一般的な技術関連投資が雇用に与える影響について見ていく。ここでは、海外事業活動基本調査のデータを用いて、地域別、産業別の海外現地法人における設備投資や研究開発費が、現地法人の将来の雇用に与える影響について分析を行った。まず、地域別の分析結果を見ると、欧州では設備投資と研究開発投資のいずれの投資に対しても将来の雇用に対して負の効果を示す結果となっており、省人化を目的としたロボット等の自動化技術等への投資がなされている可能性がうかがえる。一方で、オセアニアにおける設備投資については正の効果を示す結果となっており、労働補完的な設備投資がなされていることがうかがえる。また、統計的有意性が低い点に留意が必要だが、全体として研究開発投資に比べて設備投資の方が負の効果を示す結果が多くなっており、設備投資が労働代替的な効果を持つ傾向が確認できる。

次に、産業別の結果を見ると、全産業における設備投資や研究開発投資が雇用に与える影響は、いずれも負の効果を示す結果となっており、設備投資の方がより負の効果が大きい結果となっている。産業別に見ると、化学や鉄鋼、情報通信がいずれの投資についても雇用に負の効果を示す結果となっており、これらの産業は、技術投資に対する労働代替性が高いことが示唆される。一方で、食料品や農林漁業に関しては、設備投資に対して有意に雇用が増加する結果となっており、他産業に比べて設備投資においてベルトコンベヤー等の労働補完的な投資対象が多い可能性がうかがえる。これらの結果から、技術関連投資が雇用に与える影響は、地域・産業によって労働代替や労働補完といった目的、また、その効果の程度についても異なる様子がうかがえる。

これまでも、技術が労働市場に与える影響については、労働のコンピュータ化の文脈で、2000年代前半より議論されてきた。これまでの議論では、技術の導入によって定型業務を行う労働需要が減った一方で、非定型業務(解析的・経営的・サービス的作業)を行う労働需要が増加したことが報告されている。近年では、労働と資本が担うタスクやそれに要するスキルの観点から、産業用ロボットの導入による影響に関する実証研究が進められている。上述した先行研究によると、産業用ロボットの導入による雇用への影響は正の効果、負の効果の両面が示されている。例えば、労働者1000人あたり1台のロボットが増加することで、雇用人口比率が0.2ポイント減少し、賃金が0.42%減少する結果がある一方で、我が国における実証研究においては、ロボットの価格が1%低下することによって、ロボットの導入台数は1.54%増加し、さらに雇用も0.44%増加したことが示されており、ロボット導入によって事業が拡大する、または生産性が向上したことで雇用の増加につながったことが示唆されている。これらの結果を踏まえると、産業用ロボットの導入による雇用に与える効果を一意に結論付けることは難しい。こうしたロボットが雇用に与える影響に関する実証分析にあたっては、地域によって異なる人手不足感や産業構造、各産業で行われるタスクの困難さや労働集約度、現状の労働生産性といった様々な要素を踏まえて分析していくことが重要だが、さらに、近年の技術動向も踏まえながら労働市場への影響を捉えていくことが重要と言える。

これまで、ロボットの導入とは多くの場合、製造業の直接製造プロセスに対する産業用ロボットの導入を意味してきた。言い換えれば、自動化が可能な工程を抽出して、産業用ロボットで労働を代替することを意味してきた。しかし、この数年で世界的に開発・導入が急速に進められているサービスロボットや、製造業において間接製造プロセスやサービス産業、農業や林業などにおいても導入が進められている協働ロボットは、人とロボットが安全柵を隔てずに共存することが可能であるという特徴を有している。そのため、協働ロボットはこれまでのような労働代替的な用途はもちろんのこと、労働補完的な用途も拡大している点は注目に値する。さらに、製造業のみならずサービス業へロボット導入が進められることによって、これまでは異なる要素技術として議論されることが多かったAIを含むソフトウェアによる自動化(RPA:Robotic Process Automation)などのサービスの議論と繋がっていく。RPAを用いると、これまで高度なプログラミングスキルを要していた自動化について、基本的なプロセスであればローコードやノーコードにより導入可能となっている。これにより技術の導入に必要なスキルの壁が下がり、需要が高まることで自動化が加速されている。これは、かつてPCにおいてCUI(コマンドユーザインタフェース)が主流だった中、GUI(グラフィックユーザインタフェース)が大衆化したこととのアナロジーとして捉えられ得る。

先述した協働ロボットについても産業用ロボットに同様の変化をもたらしており、基本的な動作についてはローコードやノーコード、直接教示(ダイレクトティーチング)によって実装することが可能となっており、導入障壁が下がっている。ロボットはこれまで数十年にわたり産業応用されてきているが、IoTやAIなどの新興技術の進展に伴い、これらと統合することによって応用先やユーザーの裾野が広がっている。今後は、こうした新興技術が雇用に与える影響を捉えるにあたっては、ロボットやAI等の技術の労働代替的な活用方法のみならず、労働補完的な活用可能性や、複数の要素技術との統合の可能性についても横断的に把握していくことが重要と言える。

(雇用のマッチングへの影響)
前目においては、ロボットやAIといった技術に関する貿易投資が雇用の規模に与える影響について見てきた。ここでは、まず、新興技術がデジタル経済にもたらした新たなデジタル関連労働やその雇用のマッチングを担うデジタルプラットフォームの動向について見ていく。その上で、そうした雇用形態の変容や新興技術の発展を通じて、今後労働市場で求められうる職業やスキルセットについて確認していく。まず、近年拡大している労働市場におけるデジタルプラットフォームについて見ていく。ILO(2021)は、デジタル関連労働について、サービスを提供する場所の観点から「オンラインウェブベースプラットフォーム」と「ロケーションベースプラットフォーム」の大きく2つに分類している。オンラインウェブベースプラットフォームは、プラットフォーム上で求められているタスクを選択し、または、与えられ、書類やプログラムの作成や、コンサルティングを通じて労働を提供するプラットフォームである。オンラインウェブベースプラットフォームは、さらに、フリーランス、コンテスト、マイクロタスク、競技プログラミングの4つに分類されている。労働の提供場所がオンラインであることから、居住場所によらず雇用マッチングが可能であることが特徴となっている。

特に、近年の機械翻訳の飛躍的な発展によって、言語の壁をも超えたタスクのアウトソーシングも可能となっており、これまで国内の労働者でまかなわれてきたタスクについても、国外に居住する労働者が担うことが可能になりつつある。もう一方のロケーションベースプラットフォームは、タクシー、配達といったローカルサービスのためのマッチングプラットフォームであり、対面サービスを提供するため労働を行う場所とサービスを提供する場所が一致している。上述のようなプラットフォームの下で、マッチングプラットフォームを通じて労働機会を獲得する多くの「ギグワーカー」を生み出している。ギグワーカーは仕事の種類や企業との関係の観点から4類型に分類される。

ギグワーカーには、企業のワークフローに結びついており、仕事はプラットフォームを通じて割り当てられる者から、個人で交渉して仕事を獲得するといったよりハイスキルな者まで多様な者が存在している。ギグワーカーの年齢別従事者の割合を見ると、約6割が18歳から35歳と、労働市場全体の割合よりも若年層の比率が高いことが確認できる。また、ギグワーカーの学歴別従事者の割合を見ると、労働市場における大学進学者は約3割である一方で、ギグワーカーに占める大学進学者の割合は4割を越えている。ギグワークは仕事の種類によって求められるスキルについても幅が広く、労働者の多様な働き方のニーズに応え得る労働市場となっているほか、企業側にとってもその時々に応じて必要なスキルを持つ人材を確保することが可能であることから、これまで必要となっていた人材トレーニングの負担も減少するというメリットが存在する。その一方で、労働者にとっては安定した労働機会が得られる保証がないことから収入が安定しないことや、スキル保有が前提となることからトレーニングによりスキルを向上する機会が得られないといったデメリットが存在する。

また、企業にとっても、情報漏洩のリスクや、従業員がギグワーカーへ転向するリスクといったデメリットが存在する。上述したようなギグワーカーの議論を含め、労働者の類型にあたってスキルが用いられるが、こうした労働者のスキルをめぐる議論においては、OECDにおける以下のスキル層の定義が用いられることが多い。上記の定義によると、ハイスキルやミドルスキル、ロースキルは大学・大学院や中等教育といった学歴を主な軸として分類されている。一方で、ロボットやAIといった新興技術が与える影響の議論においては、スキルの考え方に留意が必要である点に触れておきたい。ロボット工学や人工知能の領域においては、ロボットが知能テストやボードゲームでは大人を含む人間を凌駕する性能を発揮させることは比較的容易な一方で、知覚や移動に関しては1歳児のスキルをロボットやAIに与えることは難しいもしくは不可能であるとした定説が、モラベックのパラドックスとして知られている。この点を上記のスキル層の定義に照らすと、特定の分類に該当はしないことが確認できる。もっとも、こうした人間の知覚や移動の能力は成長の過程で身に着けてきた能力であり、いずれの層に分類されるどの人々も多く備えていると言える。

ロボットやAIに代替される産業やタスク、スキルの議論に当たっては、これまでの分類に加えて、人間が多く備えた知覚や移動スキルの要否を勘案した議論を進めていくことが必要であろう。近年の機械学習分野の発達によって、画像認識については人間の精度を上回る事例が増えてきた。これにより、製造工程における製品の傷や凹み、変色などの検査プロセスにおいては自動化に必要な技術的な障壁は越えつつあると言えよう。その一方で、人間の知覚が必要不可欠な加工や組立て、接触を伴う検査については前述の画像認識技術に加えて、人間が手作業で行っている感覚を代替・補完するセンシング技術や制御技術が必要となる。例えば、自動車部品として例示したワイヤハーネスは、自動車の血管や神経ともいわれ、その製造工程は、複雑な作業であり、人間が得意とする知覚や作業能力を要する。そのため、ワイヤハーネスは海外において労働集約的に生産されることが多い。この作業工程は、柔軟物であるワイヤーの動きや曲げ具合を知覚しながら手指を巧みに操る作業であり、AIやロボットによって代替という観点からも技術的障壁が高い。一方で、こうした技術的に困難とされてきた工程についても、作業の代替や補完に向けて国家プロジェクトやスタートアップにおいて研究開発が進められている。仮にこうした技術的障壁が高いタスクについても新たな自動化技術が実用化されると、これまで海外で生産していた中間財製造のプロセスをリショアリングさせるといった貿易構造に変化をもたらしうるほか、労働者に求められるスキルセットにも大きな影響が及び得る。ワイヤハーネスの製造工程はこうした影響の一例に過ぎない。

今後、製造業のみならずサービス業においても、こうした新興技術の研究開発動向を注視しつつ、貿易構造や労働者に求められるスキルセットを捉えながら、教育課程や技能教育へと適応的に反映していくことが重要だと考えられる。上述してきたように、新興技術は、貿易や、貿易投資を通じた雇用に影響を及ぼし、労働者の雇用機会や働き方の選択肢を多様化してきた。こうした変化に関連して、米国労働省は今後10年で増加する・減少する職業について以下のとおり報告している。
雇用者の増加率が大きいと予測される職種として、風力発電サービス技術者、看護師、太陽光発電設置者、統計学者や理学療法士補助者などが挙げられる。世界的な脱炭素に向けたエネルギーシフトの動きを受けた雇用の増加や、技術的に代替が難しい対面サービスを必要とする職種における雇用の増加、デジタル技術の進展を背景とした高スキル人材の需要の増加といった傾向がみられる。一方で、今後雇用者数が減少し「衰退する職種」として、タイピスト、駐車違反取締員、原子力発電所オペレータ、手加工作業、電話交換手といった仕事が挙げられている。これらは、作業や確認といったプロセスについて自動化技術による労働代替性が高いことが主因と考えられる。こうした社会で求められる職業の変化によって、それらに必要となるスキルセットも変わっていく。

今後必要となるスキルには「戦略的学習力」、「心理学」、「指導力」などが挙げられており、時代に合わせて求められるスキルセットが変化する中で、新たな領域の学習や、リスキリングを含めた学びの重要性が高まっていることを示唆している。一方では、「心理学」や「指導力」といった対人スキルの重要性もまた高まっている。今後不必要となるスキルには、「操作の正確さ」、「手作業のすばやさ」、「レート制御」といったロボットやAI等の技術が得意とする領域に関するスキルが挙げられていることが確認できる。このようにデジタル技術の発展や世界全体の潮流、国内市場の動向を受けて、社会で求められるスキルが変化し、職種や産業の労働需要を大きく増減させる可能性が高まっている。さらに、テクノロジーを活用することで空間や時間のみならず身体や脳等の制約がなくなっていく中、労働市場においては、これまでの雇用システムを見直し、多様な働き手が自律性を高めていくことが望まれる。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html