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主要国の無形資産投資 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■主要国の無形資産投資の比較

前回は無形資産の重要性について述べたが、国内総生産を推計する国民経済計算は、国連で採択される国際基準(2008NSA)に基づき作成される統計であり、同統計では、無形資産投資は知的財産等生産物への支出として推計されている。国民経済計算おける無形資産投資にはR&Dやコンピュータ・ソフトウェア投資、娯楽作品の原本等への投資が含まれる一方、後述で説明する無形資産投資はより広義なものであり、対象とする項目が多くなっている。

具体的には、企業が所属する従業員に対して、業務に関する技術や知識の水準を向上させるための研修を行えば、それが労働生産性を向上させるなどの効果が期待され、広い意味での無形資産への投資と見なすことができる。本項では、そうした広義の無形資産投資について、各国にどのような違いがあるのかを見ていく。

無形資産投資については、対象とする資産の範囲が明確に定義されていないものの、本項では複数名の経済学者が欧米諸国についての無形資産投資を集計したデータベースであるINTAN-Investを参照し、我が国については独立行政法人経済産業研究所による集計を参照する。具体的に、両集計においては、無形資産投資として、ソフトウェア・データベース、芸術文学作品原本・鉱山開発、意匠(デザイン)、金融業における商品開発、研究開発、ブランド、組織改革、人的資本が含まれている。

先進国の中でも経済規模が大きい主要国で実質無形資産投資の総額を実質付加価値比で見てみると、米国では同比率が2015年から2年連続で低下しているものの、長期的に見れば、我が国以外では2000年に比較して同比率が上昇しており、緩やかに上昇している。更に、実質無形資産投資の各構成項目が、実質無形資産投資に占める比率を各国で比較してみる。特に我が国についての特徴を見ると、R&Dの比重が先進国の中では高くなっているが、組織改革や人的資本の比重が特に低くなっている。こうした特徴を踏まえると、我が国では技術開発への重要性が理解されている一方で、従業員が労働する企業の仕組みや職業訓練への投資が遅れていることが示唆されている。

上述のように、我が国では無形資産投資の中でも特に研究開発の比重が他の先進国よりも高く、独立行政法人経済産業研究所のデータによると我が国の研究開発投資の7割程度と大部分が製造業で支出されており、それが我が国の製造業の多様性維持に貢献していると考えられる。具体的に、任意の国の製造業における活動がどれだけ多様であり、またどれだけ特殊性が高いのかを示す指標として経済複雑性指数が知られている。同指数を本節で取り上げている5か国で比較してみると、我が国とドイツの数値が高くなっており、研究開発の比重と整合的な推移が見られる。国際的な分業体制の確立といったグローバル化や、ロボット技術の発達による自動化が製造業の雇用を削減するのではないかといった議論があるものの、こうした研究開発を背景とした製造業の多様性と特殊性は雇用の維持にも貢献している可能性が考えられる。人的資本や組織改革への投資が明示的な例となるように、無形資産投資は概して従業員のソフトスキルや帰属意識を高めるための投資であると考えられ、引いては労働生産性を高めることに寄与することが期待されていると考えられる。

上記を踏まえて、各国の無形資産投資に含まれる項目と労働生産性の前年比を用いて、これらの相関係数を計測してみる。それによると、我が国については特徴的な動向が見られ、無形資産投資の構成項目の全ての前年比が労働生産性の前年比と正の相関を示している。また、我が国では研究開発が無形資産投資全体の4割程度を占めているが、労働生産性との相関は0.15と低位である。また、労働生産性との相関係数が比較的高い組織開発が占めるシェアは高くはなく、他の先進国と比較してもシェアは低い。ただし、我が国以外を見ても、労働生産性との相関係数が高い項目について無形資産に占めるシェアが必ずしも高くはなく、無形資産投資への資金配分の難しさが示唆されている。

我が国において無形資産投資の実質GDP比が他国対比で小規模に留まっていることの背景の一つとして、我が国の企業では、危機管理対策などの目的で、余剰資金を厚めに準備をしておく傾向があることが考えられる。具体的に、企業部門の資金余剰動向を、各国の投資について比較してみる。それを見ると、世界金融危機の影響が深刻であった2009年前後では、企業が投資に慎重になったこともあり、名目GDP比で見た余剰資金規模はカナダを除き増加した。一方で、それ以外の時期を比較してみると、我が国の余剰資金の名目GDP比の高さが目立っており、企業として利益を留保金として残しておく傾向が強いことが示唆されている。

企業による過度な借入と投資は、その分だけ景気後退に陥った時の経済への打撃が深刻にはなるものの、平時の安定的な投資は経済成長の観点からも重要であり、企業が無形資産を含めた投資に対して積極的になることができる制度を整備していくことが望ましいと考えられる。また、企業による投資への資金分配を見る上で、労働分配率の動向も重要である。そこで各国の労働分配率を比較してみる。それを見ると、米国ではすう勢的な低下が見られているものの、我が国を含めたその他の各国では、近年で労働分配率が上昇していることがわかる。個人消費を安定させていく上で付加価値に占める雇用者報酬の割合を高めることは重要である一方で、資本への分配を通じて企業が成長していくための投資資金を確保するも重要であり、国の社会経済状況に合わせた両者の適切なバランスを維持していくことが必要である。

実際に、米国で見られている労働分配率のすう勢的な低下は、換言すれば、付加価値に占める資本の割合がすう勢的に高まっていることを意味している。即ち、企業側が得る付加価値の比率が高まることで、企業にとっては投資や内部留保といった利益の使用用途を判断するための自由度が高まるということを意味している。それを踏まえて、現行で正式統計となっている国民経済計算を基に米国の設備投資の動向を見ると、現行の統計では無形資産投資に含まれるのは研究開発やソフトウェア等と狭義に留まっていることもあり、構築物や機械といった有形資産投資よりも付加価値に占める割合は低くなっているものの、無形資産投資の付加価値比は有形資産のそれに近づいている。無形資産投資を中心にして、米国企業が成長のために積極的な利益金の運用を行っていることが示唆されている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html