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WTOの動向 | ISO情報テクノファ

ISO審査員及びISO内部監査員に経済産業省の白書を参考に各種有用な情報をお届けします。

■WTO全体の動向

2001年にカタールのドーハで行われた第4回WTO閣僚会議においては、WTO設立後初のラウンド交渉として途上国の要求に配慮する形でドーハ開発アジェンダ(以下「ドーハ・ラウンド」)が立ち上げられた。同ラウンドは農林水産物や鉱工業品の貿易のみならず、サービス貿易の自由化に加え、アンチ・ダンピングなどの貿易ルール、貿易と環境、開発のほか、ルール作りを検討すべき分野として投資、競争、貿易円滑化なども含んでいた。その後、交渉分野や参加国の多さ、先進国と新興国の意見の懸隔といった理由から、交渉は長期化した。

第10回WTO閣僚会議(MC10)においては、農業の輸出競争(輸出補助金撤廃、輸出信用の規律強化等)、開発分野で合意を得るとともに、ITA拡大交渉の妥結をみた。ドーハ・ラウンドの今後の扱い及び新たな課題への取組については、最終的に見解は一致せず、閣僚宣言にドーハ・ラウンド交渉についての「新たなアプローチ」が必要であるとの考えと、交渉を継続すべきとの考えが両論併記され、時代に即した新たな課題への取組を求める国があることも明記された。

2017年12月にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた第11回定期閣僚会議(MC11)に向けては、主要分野では大きな前進が得られなかった。MC11の成果文書についても、閣僚会議の最終日まで参加閣僚による交渉が行われたが、閣僚宣言はまとまらず、議長声明の発出にとどまった。また、農業についても、今後の交渉の進め方を含め合意を得ることはできず、先進国,途上国等立場が異なる多くの国の全会一致による合意の難しさが閣僚会議の場においても示された形となった。そうした中でも,各加盟国からはWTOに関与し続ける姿勢は示され、漁業補助金について、第12回定期閣僚会議(MC12)に向けて議論を継続することとなった。また、電子商取引、投資円滑化、中小企業(MSMEs)、サービス国内規制といった今日的課題について、今後のWTOにおける議論を後押しする有志国の共同声明が発出された。特に、電子商取引については日本の主導により、豪州、シンガポールとともに、WTOにおける電子商取引の議論を積極的に進めるべきとの意思を共有する国を集めた有志国閣僚会合を開催し、米国やEUを始め、先進国から途上国まで全71ヵ国・地域が参加する共同声明の発出に至った。

全加盟国での合意形成の難しさが改めて明らかになる一方、分野ごとに有志国で交渉を主導していく新たなアプローチの方向性が示され、MC11は閉幕した。なお、本閣僚会議のマージンで、日本の呼びかけにより、世耕経済産業大臣、マルムストローム欧州委員(貿易担当)及びライトハイザー米国通商代表(いずれも肩書は当時)により日米欧三極貿易大臣会合が開催された。グローバルな競争条件平準化の確保のため、第三国による市場歪曲的措置の排除に向けた、三極間協力の拡大に合意する共同声明を発出した。

現状の貿易を取り巻く問題は、市場歪曲的な措置やデジタル保護主義の広がりなど多様化しているが、WTOは十分に対応できず、一方的な貿易制限措置や対抗措置の応酬や紛争解決機能の停止の誘因の一つになっていることから、WTOの機能改善に向けた「WTO改革」の機運が高まっている。

MC12を機にWTO改革の議論を加速させる必要があるところ、2020年春以降の新型コロナウイルスの感染拡大により、同年6月にカザフスタンで開催予定であったMC12は延期となった。延期先として2021年11月末にスイスのジュネーブで開催が予定され、上述のWTO改革のほか、新型コロナウイルス感染症に関する危機へのWTOの対応に焦点を当てて議論がなされていたが、新型コロナウイルスのオミクロン株の拡がりを受け、開催直前に延期が決定した。延期を受け、交渉のモメンタムを失わないことが重要であり、有志国による取組については、同年12月にサービス国内規制、投資円滑化、電子商取引、貿易と環境持続可能性に関して共同宣言・声明が発出され、その後も議論が継続されている。

(新型コロナウイルス感染症の影響を受けた各国の貿易関連措置とWTOの取組)
2020年3月頃からの新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により、世界経済が再び保護主義に傾く懸念が高まっている。先進国を含む少なくない国が、人工呼吸器・防護服・手術用マスクといった医療行為上重要な製品や医薬品等について、国内向け販売数量枠の設定や販売価格規制、国内での流通を確保するための輸出規制といった貿易制限的措置を行っている。

自国の国民を守る目的で行われる緊急措置は、WTO協定上一定の例外・適用除外が規定されているため必ずしも直ちにWTO協定不整合とはならないものの、例外・適用除外規定が濫用されてはならない。自由で開かれた貿易・投資環境を維持するためには、不必要な貿易介入は抑制されるべきである。新型コロナウイルス感染症に協調して対処するため、首脳・閣僚のレベルで政治的なコミットメントが行われている。

特に、2020年3月30日に開催されたG20貿易・投資大臣臨時会合の閣僚声明では、「新型コロナウイルスに対処するための緊急的な措置は、必要と認められる場合において、的を絞り、目的に照らし相応かつ透明性があり、一時的なものでなければならず、貿易に対する不必要な障壁又はグローバル・サプライチェーンへの混乱を生じさせず、WTOのルールと整合的であるべき」ことに合意した。また、5月には、日本を含む42の加盟国で「新型コロナウイルスと多角的貿易体制に関する閣僚声明」を発出。G20貿易・投資大臣臨時会合で緊急時の貿易措置は関する指針に加え、上級委員会問題の永続的な解決を含むWTO改革に引き続き取り組むことを表明した。さらに、2020年5月、WTO事務局は新型コロナウイルス感染症のため導入された各国の貿易関連措置をまとめた報告書を公表した。

このほか、WTO事務局は各国措置の情報を取りまとめ、ウェブサイト上で随時公表・更新している。なお、新型コロナウイルス感染症対策のうちWTO協定に関連する各国の自主的な取組として、動向としては他にも、医薬品等へのアクセス改善を目的とする、医療関連物資(医薬品・医療機器等)の関税引下げ・撤廃や、治療薬等の特許に対する強制実施許諾(TRIPS協定31条)を極度の緊急事態の場合に迅速に認めるための国内措置・方針の設定が挙げられる。自国優先・保護主義的措置の抑制を図るため、更なる透明性確保や緊急時対応の在り方を含むルール形成に向け、WTOを含めた様々な場において議論を進めていくことが必要である。そのため、同6月のオタワグループ閣僚級会合では、現在及び将来の危機に備え、医療関連製品の貿易円滑化に向けた検討を進めることに合意。同11月のオタワグループ閣僚級会合で、必要不可欠な医療関連物資を確保するために各国が取るべき行動として、輸出規制の規律強化、コロナ関連の必需品の関税削減・撤廃への努力(関税撤廃・削減の範囲や実施方法は各国が自由に決定)、貿易円滑化に関する基準分野でのベストプラクティスの共有、コロナショックに対処するための貿易関連措置の透明性向上等を盛り込んだ「貿易と保健イニシアティブ」を取りまとめた。

各国へのアウトリーチを経て、2022年2月現在、「貿易と保健イニシアティブ」の共同提案国はオタワグループ参加国を含めて61カ国にまで拡大した。なお、新型コロナウイルス感染症に関連するWTOにおける他の取組としては、2020年10月、インド及び南アフリカからTRIPS理事会に対し、新型コロナウイルス感染症の予防、封じ込め及び治療のために、同感染症対策関連の医療品(治療薬、ワクチン、診断キット、マスク、人工呼吸器等)へのタイムリーなアクセスを可能とすることを目的として、TRIPS協定上の一部の義務(著作権、意匠、特許、非開示情報の保護と、それらの権利行使に関する義務)を当面免除することを一般理事会において決定すべき旨の提案がなされている。同年10月の通常会合以降、累次の公式及び非公式のTRIPS理事会が開催され、議論を実施。議論開始当初は、途上国対先進国の構造で議論が行われていたが、2021年5月5日に、米国が本提案に関しワクチンについて支持を表明。また、2021年6月には、EUが本提案への対案として、TRIPS協定31条における強制実施権の要件明確化を内容とする新たな提案(以下、EU提案)を提出。これ以降、TRIPS理事会では本提案、EU提案の両提案について議論がなされている。

本提案について、共同提案国、スリランカ等の賛成国に対し、EU、英国、スイス等は、知的財産保護の重要性を主張し、慎重な姿勢である。これらの加盟国・地域からは、例えば①知的財産はワクチン・治療薬等へのアクセスの障害とはなっていない、②ワクチン等の生産には開発企業による営業秘密・ノウハウの技術移転が不可欠なところ、仮に知的財産の保護義務を免除したとしても、各国での自主的な生産は困難であり、むしろ企業間の円滑な技術移転に逆効果、③将来のパンデミックに備えるためにも研究開発を促す知的財産の保護は重要、等の主張がなされている。EU提案については、共同提案国及び賛成国からは、①強制実施権の規定は既にTRIPS協定上で明確であり、付加価値がない、②強制実施権の利用には要件が設定されており、迅速な実施が不可能、等の主張がなされている。累次の公式及び非公式のTRIPS理事会で議論が行われたが、各国の懸隔は埋まらず、コンセンサスは形成されておらず、依然として議論が継続している(2022年3月時点)。

(WTO改革の必要性)
1995年にWTOが設立されてから四半世紀が経過し、その間の新興国の台頭や産業構造の変化により、WTOは現状の貿易を取り巻く問題に十分に対応できていないとの批判があり、一部の国による一方的な貿易制限措置や対抗措置の誘因の一つになっている。このため、保護主義を抑止し、自由で開かれた貿易体制を維持するためにも、WTOの機能改善に向けた「WTO改革」の機運が高まっている。WTOは、①交渉、②紛争解決、③監視・透明性の3つの機能を有している。①交渉機能について、ドーハ・ラウンド交渉立ち上げから既に20年近く経過しており、新興国の台頭等から、全加盟国による全会一致(コンセンサス)の原則の下でのルール形成は困難な状況となっている。このため、2017年のMC11において、電子商取引、投資円滑化、中小零細企業(MSMEs)、サービス国内規制といった現在の世界経済が直面する課題に即した分野に関する有志国による4つの共同声明イニシアティブ(JSI)が立ち上がったほか、2021年3月には、環境への関心の高まりを受け、有志国による「貿易と環境持続可能性に関する体系的議論(TESSD)」が始動する等、交渉機能向上に向けて取り組んでいる。

②紛争解決機能について、小委員会(パネル)、上級委員会の二審制がWTOにおいて導入されている。上級委員会は、紛争解決機関(DSB)に設置された、「小委員会(パネル)が取り扱った問題についての申立てを審理する」常設機関であり、「7人の者で構成するものとし、そのうちの3人が一の問題の委員を務める」とされている。通常、上級委員の任期終了前に、次の委員の選任が行われるが、2017年6月以降、DSBにおいて、上級委員選任プロセスを開始するためのコンセンサスが形成されていない。これにより、次々と委員が任期を終える一方で、新たな委員の選任がなされない状況が続き、2019年12月には残る上級委員が1名となり、新たに審理を行うことができない状態となっている。なお、2020年11月には、残っていた最後の1名の任期も切れ、上級委員は現在空席となっている。上級委員会がWTO協定に定められた(加盟国の)権利・義務を追加・縮減していると批判を強めている米国の問題意識も踏まえ、2019年1月より、ウォーカーNZ大使(DSB議長)がファシリテーターとなり、上級委員会の機能を改善するための解決策(「ウォーカー原則」)の採択が目指されたが、一部加盟国の反対により採択には至らなかった。上級委員会の機能回復に向けた実質的な議論は、米国の関与を得て進捗するに至らず、パネル判断について上訴(空上訴)されるが、上級委員会の審理が進まないため、WTO協定違反の判断が確定しない事案が累積してきている。

③監視・透明性機能について、加盟国が貿易に影響を与える措置(補助金等)を導入した際にWTOに通報する義務が各協定において規定されているが、この通報義務が遵守されていない場合も多い。措置の透明性の低さは市場歪曲的な政府支援等を助長しやすく、例えば過度な補助金が過剰生産能力の問題をもたらすなど、貿易に悪影響を及ぼすおそれがある。このため、通報義務の適切な履行を促す、より効果的な監視メカニズムの構築に向けて、2018年11月、物品理事会へ日米欧等が共同提案を示した。その後、共同提案国以外のコメントを踏まえ、米国が主導して2021年7月の物品理事会及び一般理事会において改訂案を提示した。一般理事会での採択を目指して議論が行われている。なお、一部の加盟国からは、途上国地位の在り方について議論が提起されている。WTO協定上、発展途上国は、無差別原則及び相互主義に対する例外として「特別かつ異なる待遇」(協定上の義務の一部猶予、補助金削減目標の緩和、技術的支援等)を受けることができる。しかし、WTOには、これらの待遇の対象となる途上国について明確な基準がなく、各国は自己申告により当該待遇を享受できる(自己宣言方式)。経済発展を実現した途上国がこのような待遇を享受することを問題視する意見がある中、ブラジル、シンガポール、韓国、台湾、コスタリカは現在・将来の交渉でこのような待遇を求めないことを宣言している。一方、「特別かつ異なる待遇」は途上国の発展に不可欠であると多くの途上国が主張しており、各交渉分野において「特別かつ異なる待遇」の対象及び程度についても議論されている。

(つづく)Y.H

(出典)経済産業省 通商白書2022
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2022/index.html